第103話 新たな任務

「中田さん。仕事をください」


1昨日、GPOから帰って来た私の顔を見て、おおよその事情を察してくれた中田さんはあまり多くを語らず「2~3日休んでいいですよ」と言ってくれていました。


それから私は部屋でひとり、苦しみもがいたり、メソメソと泣き続けたり。

ぼんやりとインドゥルワの思い出に浸ったり、その時が二度と帰ってこない現実に絶望したり。

そんな一日を過ごした日の翌朝から、行動を起こしました。


まずは宿のゴミ焼却場に行って、サトミからの手紙を燃やしました。


写真は・・幸せそうなサトミと私の写真を見ていると、あの時に戻れるような不思議な感覚があります。


しばらくためらった後、これも意を決して火の中に投げ込みました。


・・・今の僕には何も無い。任務も愛する人も夢も希望も。


しかし私はこれで廃人になるほどネガティブな人間ではありませんでした。


・・・僕はまだ若い。サトミも言っていたように未来がある。

何も無いということは、しがらみもないということだ。

なんでも出来るということだ。僕は前に進まなければならない。


まずは今すぐに出来ることをする。

それは「仕事」です。


そういうわけで私はゴミ焼却場から真っすぐに、中田さんの部屋を訪ねたのです。


「仕事ですか?トミーさん、もう大丈夫なんですか?」


「見くびらないでください。何も女に振られるのは初めてじゃありません。どうってことないです」


「そうですか・・・でも、まだなんだか顔色悪いですよ。もう少し休んだ方がいいんじゃ?」


「いえ、大丈夫です。カンボジアでもアフガンでもイラクでもどこでも行きますよ!」


中田さんはあきれた表情で言いました。


「あんまり大丈夫そうじゃないなあ・・カンボジアでもアフガンでもって、まるで死に急いでるように見えますよ。うーん・・」


少し考えて中田さんが手帳を確認します。そして言いました。


「今はトミーさんが希望するような危険な仕事は無いんですが、よかったらチェンマイに行ってもらえませんか?」


「チェンマイ・・・ですか・・?」


チェンマイはバンコクに次ぐ第二の都市。

スリランカでいうとコロンボに対するキャンディに当たります。


「ああそうですね、キャンディに似ているかもしれません。標高の高い古都でバンコクより涼しいところも似ています」中田さんもそう言いました。


「それで僕は、チェンマイで何をすれば良いのですか?」


「仕事自体は簡単です。まず静子さんという人に会ってください」


「静子さん?日本人の女性ですか。中田さんの彼女のひとりですか?」


「違いますよ!仕事の付き合いだけです」


「ええ・・でも中田さん、当然口説いたんでしょ?」


本当にもう・・・と、中田さん。


「トミーさんは僕のこと誤解してますよね。僕が女性なら誰でも口説くと思ってるでしょ」


「え?違うんですか?」


「確かにほとんどの女性は口説く対象なんですが、静子さんは別なんです」


・・・美醜も老若も問わない中田さんの守備範囲外の女性?それはかなり興味あります。


「僕はあの人がちょっと苦手なんです。静子さんも僕のことをどうも嫌ってるみたいだし。まあそんなことはどうでもいいです。仕事の内容を説明します」


中田さんの説明によると、静子さんという人はチェンマイで特産品の綿織物であるジョムトンを使った洋服を作る工房を経営しているとか。

その他にも染織や縫製全般を取り扱う工場を持っている、女性社長らしいです。

従業員は主にチェンマイの女性たち、山岳民族の女性たちという、女だらけの職場らしいです。

そんな女だらけの職場を、無類の女好きの中田さんが敬遠するというのは、よほど静子さんという女性が苦手のようです。


今回の私の任務は、本来は中田さんの専門外の仕事なのですが、彼が日本の業者から受注して静子さんに発注したジョムトンの服を受け取り、検品したうえでそれを日本の顧客に発送すること。


「特に難しいことはありません。主に力仕事になりますけどね。あとで検品項目を書いた書類を渡しますので、それを見ながらチェックしてください。あと、発送につかうカーゴ屋の所在と。インボイスは書けますよね?」


「はい、中田さんとの仕事で何度も書きましたので大丈夫です。それはそうと・・・」


私は部屋の隅に目をやり、中田さんに尋ねました。


「あそこでさっきから膝を抱えて泣いている女の人は誰ですか?ちょっと気になるんですけど・・」



・・・・



中田さんにとって、女性との出会いと別れはまさに日常茶飯事のようです。

僕のように、たったひとりの女性に振られただけでメソメソしているなんて、バカみたいに見えるんじゃないだろうか?

そう思って尋ねたことがあります。


「そんなことないですよ。僕だって命を賭けてもいいと思うくらい愛した女性は居ました。だから今のトミーさんの気持ちは痛いほどよくわかります」


・・・そうなんだ。。中田さんにもそんな人が居たなんて。

もしかしたら、何か本当に痛い別れを経験して、今みたいな中田さんが生まれたのかもしれないな。

僕も中田さんみたいになれば、この胸の傷の痛みは癒えるのだろうか?


そんなことを考えていました。

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