第15話 空手バックパッカー VS ムエタイ

ひとつ、お断りしておきますと私はけっして喧嘩っ早い性格というわけではなく、むしろ根が臆病ななものですから極力争いは避けたいと考えます。ところがこのときはやはり、はじめての海外ということもあって神経が尖っていたのでしょう。


「日本人は全員、空手ができるの?」


・・・なにかバカにした様な態度で言うポールの言葉で簡単に導火線に火がつきました。


「おふこおおおす!!」


私は直接英語(?)で答えると同時に中田さんの前にあるビールびん2本を手に取りました。

得意のハッタリ技を披露してやろうと思ったのです。


「見てろよ!」


私は言うとビールびん2本を自分から見て縦に5センチくらいの間隔で並べました。

手前のびんは空ですが奥のびんにはまだビールが少し残っています。


私は椅子から少し腰を浮かした姿勢になり右の拳をわき腹に引き寄せて・・・・


・・「せいやああああっ!!」


気合もろとも手前のびんに素早く突きを入れてすぐ引き戻します。

乾いた音をたてて・・2本のビールびんの上半分は割れて崩れ落ち、下半分はそのま

まテーブルの上に立っています。ぐっ!と中田さんが息を呑む音が聞こえました。


・・・・こう書くと何かすごい神業の様に思えますが、実はこれ、手品みたいなものでして実際には2本のビールびんがぶつかって割れただけのことなのです。

横に並べて手刀で叩くともっと簡単なのですが、ガラス片が吹っ飛んでいくと危険ですのでジャブのような突きを使用したわけです。


※手を切る危険性がありますので、決して真似しないでください。


外国人にこの手の技を見せる場合、技そのものはたいしたことなくても前後のポーズさえ決めれば意外に効果あったりします。黒人はバスケットやダンスが上手いと、つい私たちが思い込んでしまうのと同様に、日本人なら空手が上手いとむこうは思ってくれますから。


私は十分に残心のポーズをとってから拳をおろして、ポールに目をやりました。

ポールの顔からニヤニヤ笑いが消えていました。・・・智ちゃんの顔はひきつっている・・私のせいで場の空気が一気に悪くなったのは間違いありません。食堂にいる他の客もみんなこっちを見ているし。


するとポールは私の顔を睨みながらスッと立ち上がりました。


・・・やる気か?・・・・・・・・・


私は身構えました。その時です。


「***************!!」


ふいに、中田さんがタイ語でポールに何か話し掛けました。ポールはおどろいた顔で一度中田さんの顔を見てから智ちゃんのほうを向き、「トモコ、行こう」食堂を出て行きました。

私は何がなんだか訳がわかりませんでしたが、これは・・しかし・・もしかして。


・・・ムエタイに一勝したということか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る