第16話 嵐の後

ポールと智ちゃんが去ったあとは、食堂の親父が割れたビール瓶をかたずけながらなにか文句を言ってます。中田さんが多分タイ語であやまってくれているらしい・・・私はこの食堂では騒ぎを起こす困った客になったわけですから。


「中田さん・・ご迷惑かけてどうもすみません」


「いえ。この親父もそんなには怒っていませんから、気にしなくていいです」


・・・そうだ気になっていたことがひとつ・・・

「それはそうと中田さん・・さっきポールになんて言ったんですか?」


「あはは、あれね。日本人は誰でもこのくらいは出来るから日本人とケンカしちゃだめだ・・・って言ってやったんです。あいつ結構びびってたんですよ。それにね、僕がタイ語で話かけたものだから、ここの店員との会話・・あれ全部バレてるのが分かってあわてて出ていったんですよ。面白かったです」


どちらかといえばポーカーフェイスな中田さんが、はじめて楽しげに喋るのを見ました。


「でも、さっきのあれ、空手ですか?すごいですねえ。痛快でしたよ」


「・・いやあ。あれはまあ手品みたいなものなので。恥ずかしいです」


「僕もあのポールってやつの態度、気に入らなかったのでね。本当に面白かったです

・・・ま、しかし・・それはそうと・・・」


中田さんの顔が急にもとのポーカーフェイスに戻りました。


「冨井さん。今すぐに宿を変えたほうがいいですね」

・・・え、どういうこと??


「あのポールって奴、何者か知りませんがT大生で無いことは確かです。多分ゴロツキの類でしょう。僕たちは奴に女の前で恥かかせてしまいましたから、仲間を連れて仕返しにくるかもしれません。タイ人てこういうこと根に持つ奴が多くて・・。用心のためです。そうしましょう」


・・・そういうものなのか?ここまでタイ語を自由に操る中田さんの言うことです。

そういうものなのかもしれません。


「しかし、急に宿を変わると言っても・・・」


「大丈夫です。実は私はちょうど今日宿を変えるつもりだったので・・助手のレック

がすでに新しい宿を見つけているはずですから、冨井さんもそっちに移れば良い

でしょう」


バンコクわずか2日目にしてやけにあわただしい事ですが、結局私は中田さんの勧めるままチャイナタウンを後にすることになりました。


荷物をまとめてとりあえず世話になったみんなに挨拶くらいはと思い、水口くんの部屋へ行って事情を説明します。


「・・・ふ~ん。そんなことが・・・まあ中田さん、用心しすぎな気もするが念のためかもな。」

「高岡さんにも挨拶しときたいんだけど、部屋にいるのかな?」


「高岡さん、いま茶室にいってるから・・俺のほうから言っとくよ」


・・・茶室?喫茶店のことか?


「じゃ、よろしくたのみます。また来ます。いろいろありがとう」


「おお、元気でな」


こんな感じで水口くんと別れたのですが、この後彼とは再び会っておりません。

今度はちゃんと世界旅行できたのだろうか?(今でもまだやってたりして)


後から聞いた話では中田さんの用心は当たっていたようで、ポールとその仲間らしいのが**ホテル周辺をうろついていたらしいです。


私はこのあと5日ほどバンコクに滞在したあと、スリランカに向かうことになりますのでもう少しお話を続けてもよいのですが、長くなったのでバンコクでの話はひとまずここで切ろうと思います。


ここまでのバンコクでのホラ話を私は「ムエタイに初勝利した話」と呼んでおりますが、よく考えてみればナンパに失敗した腹いせにビール瓶を割っただけなんですよね・・・。

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