ラノベ編集者と夏目漱石

@bananana

猫伝…的な

「ううむ…」


明治三十八年。まだそれほど有名ではない、夏目金之助…又の名を夏目漱石がウンウンと悩んでおりました。


「さてはて…題名をどうしたものかなぁ…」


この夏目漱石って男は、東京帝大で先生をやってるお偉いさんなんでこざいますが、色々あって小説を書いて見ることにしたのであります。ホイホイと中身を書いていき、掲載も決まったはいいものの、題名タイトルがなかなかつけられず、今に至るってなわけで。


「いかん…『猫伝』としか思いつかん。しかしそれでは味気ない気もする…」


部屋の中をあっちに行ったりこっちに行ったり。そんなことを繰り返しても思いつかないときは思いつかないものです。


「ちと出かけるか…」


結局、ふらりと散歩にでもいくことにした次第。


並木を通り、ふらふらと歩くにはいいものの、頭の中は猫でいっぱい。名もなき猫の話に名前をつける…なんて冗談にも思えることを唸って捻って歩くわけで。


「猫話…違う。猫ノ日常?これも違う…」


そんなことを言って歩いていると、やはりと言ってはなんですが、漱石先生は先刻の雨で溜まった水溜りに足を突っ込んでしまうのです。


普通であれば濡れて済むものを、この水溜り底知れぬほど深く、ずるりと吸い込まれていったにであります。


「ぬぉっ!?なんだこの」


陽も傾く中、何事もなかったかのように漱石先生だけ吸い込まれたのであります。



「…な、なんだ…?」


気がつけば周りは少しばかりこぎれいな、そしてかなり騒々しい所に変わってたんであります。はっきり言って狐に化かされてるような気分であります。


「…大丈夫ですか…?」


ふと声のする方を見れば…西洋人の正装をした若者がいたのであります。確かスウツと言った服でしょう。


「い、いえご心配なく。私も何が何だかわからないもので」


「急に木の上から落ちてきたもんでびっくりしましたよ〜」


「木の上から…さてはて、いよいよ意味がわかりませんが…なんにせよこの状況は…?」


「状況ですか?いつもの東京ですけどねぇ」


「東京?倫敦ロンドンでもこんな大きなビルディングは…といってももはや常識は通用しないようですな」


「…?とりあえず落ち着きがてらにスタバよりませんか?僕いく途中だったんですよ」


てな訳で、漱石先生スタバに行くことになりまして。


「へぇ〜。作家さんですか」


「まだなる過程ともいうべき所ですがね」


「奇遇ですね!僕も編集者見習いやってるんですよ!」


「そうでしたか…ならば一つ相談に乗ってはくれませんか」


「もちろん!で、その相談ってのは…」


「題名がつけられんので困ってる次第で」


「タイトルですか…僕ラノベ編集志望なんで…どんなお話なんですか?」


「猫の視点で我々の愚鈍な生活を風刺…とまではいかんのですが考察するといった話でして」


漱石先生、かくかくしかじか作品を紹介します。


「猫ですか…ううん…じゃ、ここは先例から学ぶというのはどうでしょう?」


「先例ですか…例えば…?」


「そうだな…『転生したら猫だった件〜のんびり居候フリーライフ〜』ってのはどうでしょう」


「随分と突飛な言葉で…横文字も織り交ぜるとはまた前衛的な…」


「あ、あと横文字シリーズでいえば『キャットライフオフライン』…とか?」


「オフライン…?そんな要素はなかったと思われるが…」


「略してCLOですね」


「略す必要性を感じないんだが…」


漱石先生、困惑いたします。それもそのはず。漱石先生、はるか未来の21世紀にやってきたんであります。言葉ってのは、我々が古文や漢文を読むのが難しいように、かなり変わっていくものなのであります。さらに若者ことばの真骨頂とも言えるラノベ言葉なんてものは理解に苦しんで当然なのであります。


「ま、まあ語りかけるようなものはいいかも知れない」


「そうですか…それ系でいくと…『これは子ネコですか?—はい。名もなき居候です』とか…」


「答えまで付属しているとは」


「『俺の拾い猫がこんなに可愛いわけがない』とか…」


「何か相反する感情を感じる」


「『子猫だけど愛さえあれば問題ないよねっ』とか…?」


「問題は…ある」


「『捨て猫が薄暗い所から来るそうですよ?』とか…」


「ついに噂に」


「そんな感じですかね」


「…理解が追いつかんな」


「そうですか…」


暫し沈黙。


「…長いのがダメだったら短めのは?」


「確かに良いかもしれん。教えてくれ」


「例えば…『おれねこ』とか」


「短すぎないか…?」


「いえいえ、そんなことないです。なんなら『ねこネコ!』とかでも」


「ううむ…」


「『ねこネコキャット』とか、『我が家の子猫さま。』とかもいけそうですよ」


「なるほど…平凡のようで発信性の高いものが良いというのはわかってきた」


さすがは漱石先生、解釈がお上手で。


「発信性でしたら、一言注目させるような一言を置くのも手かもしれません」


「ほう」


「そうですね…『住み着け!ニャン子さん』とか、『週末何してますか?寝てますか?居候してもいいですか?』…などなど…」


「ふうむ」


「…とまあ、流行りもいいですけど、意外とそっけない付け方しているのも多いんですよ。タイトルなんてこういっちゃなんですがあまり関係ないような」


「しかしなあ…」


「まあでも着眼点が面白いので売れると思いますよ!猫目線はあまり聞かないな」


「ありがとう」


「ところでお名前はなんというんです?こう出会えたのも何かの縁ですし」


「ああ、私の名前は夏目—」


と、ここで強引にもタイムパトロールの乱入であります。過去は変えてはいけないのであります。いささか作者の都合も垣間見えますが、ここで漱石先生、過去へ強制送還でございます。


「漱きっ!!…いてててて…」


ふと気づけばあの水溜まりの前。

陽は傾き今にも落ちそうであります。ちょうど3時間経った頃合いでございましょう。


「なんだったんだ…?」


漱石先生、頭をぽりぽり書きつつ、理解を諦め帰宅の途につきます。

が、しかし途中で何かを決心したのか足早になったのでございます。

そして帰るや否やスッと赤鉛筆を持つと、原稿用紙の一行目に赤丸をして一つ頷きました。


「あれこれ考えれば考えるほどよくわからなくなるものだ。何事も余裕を持ってやらなければいかん」


まさに余裕派。智に働けば角が立つ…これは少々意味が違いますかね。


お後がよろしいようで。

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