想いの郵便局

 どこよりも高い所にそれはあった。


 『龍のポスト』


 天と地、あの世とこの世など、結ばれない二つのものを繋ぐ龍。龍のポストは、そうした『ありえない場所』に想いを届けられる幻のポストだった。ただし、どこにあるのかは誰にも分からない。龍のポストは日々移動し、本当に必要な人の前にだけ現れる。

そんな不確かな物を、満月みつきは探し続けていた。


『ごめん、ありがとう』

それだけ書かれたメモを置いて、満月の友達、朝日あさひは姿を消した。もう3年も前の事である。

当時、朝日とはまだ2年の付き合いで、クラスも一度、一緒になっただけだった。親友と言いたい人は他にいる。朝日はあくまでも友達。そう思っていた。

でも、居なくなって、朝日と日々の鬱憤を晴らす事が出来なくなって、初めて気づいた。

『朝日はただの友達なんかじゃない』

こんなにも自分にとって大切な人だとは思っていなかった。

本当に大切なものは、失って、初めて気づく。失った後では、もう遅い。それを目の当たりにした瞬間だった。

一度だけでいい。数分でいい。朝日と話がしたい。

グッと握り締めた拳を悲風ひふうが通り越した。


―シャン


鈴の音に呼ばれた気がして満月は顔を上げた。そして、見えた物に心を奪われた。

「……りゅうせいぐん」

夜空には、無数の曲線が途絶える事無く、星々の間を揚揚と流れていた。鈴の音もそれに合わせて歌っている。それから、龍星群は陣形を変え、満月を取り囲んだ。


「はじめまして。龍のポストです」


唐突に聞こえてきたその言葉に満月は言葉を失った。どうにか首だけ縦に振る。


「あなたが探している方は鈴森朝日さんでよろしいですね?」


 また満月は首だけ縦に振る。


「先月、こちら側に来てしまったので、龍のポストの利用が認められました。最後の便りになります。あなたの想いを教えて下さい」


 色んな感情が混ざり、涙が溢れ出す。嗚咽を堪えながら満月は言葉にした。

「朝日……どうして居なくなったの。ずっと一緒に居て欲しかったのに。もっと沢山喋りたかったのに」

 目を閉じれば今でも鮮明に蘇る。当たり前の日常が、どれだけ力をくれたか。自分の太陽で居てくれた朝日に、言いたい事はこれしかない。

「大好きだよ、朝日。沢山思い出くれてありがとう。これからも大切な仲間だよ。忘れない、絶対に。忘れないから。朝日のおかげで本当に楽しかった……じゃあ、またね」

 親友とは言いたくなかった。会えることはなくとも、いつもの『またね』という言葉で話を締めたかった。

満月が頷くと龍のポストは「承りました」と言って、鈴の音と共に夜空へ帰って行った。


 龍のポストを利用出来るのは一人につき一回。これで朝日に便りを送ることは、もう出来なくなった。それでも、生前に言い忘れた事を伝えられただけでも、満月の心は十分に救われていた。

 


 『当たり前』が持つ幸せ。何気ない会話の一部さえ、いつかは大切な思い出になる。

 言葉にして伝える事は難しい。

 それの救済措置なのか、言葉にせずとも伝わる事もある。

 それでも、言葉にしないと伝わらない事だってある。

 人間はどうしても難しい事からは逃げたくなる。

 龍のポストは、そんな人間が持つ『弱さ』を補ってくれる、幻のポストである。

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