第6話 わたしの裸も、見たくない?

 昇天とは違うが、それに近い快感はあった。全身に走る、電気のような快感。その中に混じって……いや、その中には何も混じっていなかった。自分の右手はあくまで、自身自身を慰めただけ。彼のような精神、女性に対する奉仕の精神は、残念ながら入っていなかった。自分自身への慰めは結局、単なる自己満足でしかない。他人の快楽を満たすような技術は、一朝一夕では得られないのだ。


 何とも言えない悔しさが襲う。

 

 ナムリィは「それ」を感じたまま、相対する快楽も連れて、店の壁に寄り掛かった。

 

 ヨハンは右手の手を止め、お客がサービスに満足しているかを確かめた。


 お客は、彼のサービスに満足していた。身体のすべてを悦ばせて。その口からも、淫らな唾液を垂らしていた。唾液は彼女の口を伝って、ベッドの上に染み込んでいる。

 

 ヨハンはカノンの頭を撫で、彼女が風邪を引かないように、その上に毛布を掛けた。


「今日のサービスは、ちょっと強めだったからね」と言って、優しげに笑うヨハン。「いつもより深い所に沈んでしまった」


「そ、そうなんだ」


 ナムリィは頬の火照りを隠し、店の壁から背を離して、カノンの眠るベッドに向かった。


「寝かせておくの?」


「しばらくはね。家の人が心配するから、一時間くらいしたら起すけど」


 ヨハンは、お客の頬に触れた。お客は満足げな顔で、「スヤスヤ」と眠っている。


 ナムリィは、その寝顔に何とも言えない感情を覚えた。


「ねぇ、ヨハンさん」


「ん?」


「ヨハンさんは……この仕事、好き?」


「え?」と驚くヨハンだったが、すぐに「ああ」とうなずいた。「これしか、食べて行く方法を知らないからね」


「……そっか」


 ナムリィは、カノンの瞼に触れた。


「私も」


「ん?」


「私も、ヨハンさんのようになれるかな?」


「それは、君の努力次第だよ」


 厳しい言葉だが、不思議と嫌な気はしなかった。


「そうだよね」


 ナムリィは、彼の目を見つめた。


「私、頑張る。頑張って、ヨハンさんのような一流の快楽屋になる」


「ああ」


 二人は、互いの顔を見合った。


「その為にはまず、自分専用の『オイル』を作れないとね」


 ヨハンは、彼女に自分の使っているオイルを見せた。彼のオイルは、黄金色に輝いている。塗られた相手の肌をより美しくさせるような、その表面もまるでワインのように光輝いていた。


「このまま使ったら、使った君も昇天してしまう。このオイルは、どんな女性にも効く最高のオイルなんだ。その一滴を垂らすだけで、相手に快楽を与える程に」


 ナムリィは、その説明に息を飲んだ。


「つまり」


「ん?」


「私だけの、私には効かないオイルを作らなきゃダメって事?」


 ヨハンは、彼女の目を見つめた。


「まあ、そう言う事になるね。その作業はたぶん、とても難しいと思う。特定の人間だけに効かないオイルを作るのは」


 を聞いても、ナムリィの決意は変わらなかった。


「それでも!」


 ナムリィは、両手の拳を握り締めた。


「私、この仕事をやってみる!」


 ヨハンは、彼女の言葉に微笑んだ。それを聞いていたセーレも。二人は互いの顔を見合い、そしてまた、彼女の顔に視線を戻した。


「そっか」


 ヨハンは彼女に握手を求めようとしたが、カノンが目を覚ましたので、彼女の方に視線を向け、その表情に「クスッ」と微笑んだ。


「おはよう」


 カノンも上半身を起し、彼の笑みに「おはよう」と笑いかえした。


「今日の奉仕も最高だったわ」


「ありがとう」


 二人は、「ニコッ」と笑い合った。


 カノンは毛布の中から出ると、身体のオイルを拭き取って、自分の服を着はじめた。


 ナムリィは、その光景に名残惜しさを感じた(もう少し、彼女の裸が観たかったらしい)。


 ヨハンは、カノンの手を握った。


「家まで送って行くよ」


「ええ」


 二人は並んで、店の中から出て行った。


 ナムリィは、その背中を見送った。


 セーレは、店の椅子に腰掛けた。


「たぶん、一時間くらいしたら帰って……。ナムリィさん?」


「ハッ」としたナムリィは、急いで「何でもない」と誤魔化した。「少しぼうっとしちゃって」


「ふうん」


 セーレは、彼女の反応に目を細めた。


「ナムリィさん」


 から少し間を置いて、「彼女の身体、綺麗だったでしょう」と聞いた。


「え?」


「惚けなくて良い。本当の事を言って」


「う、うん、同姓の私でもドキドキしちゃくらいに。彼女はまるで、妖精の様だった」


 二人は、互いの目を見合った。


「ナムリィさん」


「なに?」


「わたしの裸も、見たくない?」


「え?」


 の続きに一瞬、詰まった。


「あなたの裸も?」


「うん」


 セーレは恥ずかしげな顔で、自分の胸に触れた。


「この間、初めて奉仕を受けてね。その時に裸を見られたんだけど」


 ナムリィは、その続きを何となく察した。


「裸を見られるのが快感になった?」


「うんう」と、首を振るセーレ。「そこまではなっていないけど。ただ、あの時の奉仕が」


「忘れられない?」


「うん……」


 セーレは、彼女の目を見つめた。


「最初は、下手でも良い。下手でも良いから……あなたが巧くなるまで、あなたの練習に付き合う。オイルの効き目を試す方も」


 ナムリィも、彼女の目を見つめ返した。


「良いの?」


「うん」


 ナムリィは、彼女に頭を下げた。


「ありがとう」


 セーレは、その言葉に「うんう」と微笑んだ。

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