最終話 心は、いつも繋がっている

「ねぇ、ヨハン」

「ん、なに?」

「また、会える?」

「僕と会えば、マヌア家の名にキズが付くよ?」

「それでも構わない。私は、あなたの相棒だから。家の名前に疵が付くくらい」

 ヨハンは、彼女の涙を拭った。

「平気、なわけがないだろう? マヌア家は、名門なんだから。名家のお嬢様が、平民の……ましてや、快楽屋の男と付き合っちゃいけない」

「ヨハン……」

 ヨハンの口元が笑った。

「大丈夫。物理的には付き合えないけど、心の方はいつも君と繋がっているから」

 ヨハンは「ニコッ」と笑って、彼女の前からいなくなった。

 ミレイは「それ」を見送る事なく、その場にそっと座り込んだ。

 ヨハンは、自分の店に帰った。店の中では、セーレが彼の帰りを待っていた。少し淋しげな顔で。彼が「ただいま」と言った時も……余程嬉しかったのか、彼の身体に「お帰りなさい」と抱きついた。

 セーレは彼の身体を離し、その顔を見上げた。

「どうだった?」

 ヨハンは、その質問に微笑んだ。

「大丈夫だったよ。みんな、凄く喜んでいた」

「そう。カノン様も、ヨハン君の事を信じていたよ? 『ロジク君なら絶対に大丈夫』って」

「そっか。カノンさんにも、心配を掛けちゃったからね。今度、サービスしなきゃ」

「うん」

 セーレは上目遣いで、ヨハンの目を見つめた。

「ねぇ、ヨハン君」

「ん?」

「上手く行った記念に。また、二人でお出かけしたいな。私、あなたと一緒に行きたい所がいっぱいあるの。町の中にあるカフェとか、素敵な匂いのするパン屋さんとか。それに!」

「僕としては、町の劇場なんかも良いかな? 最近じゃ、悲劇よりも喜劇の方が流行っているし。観ていて、とても幸せな気持ちになれるよ?」

「おお、良いね! それ最高! 誰かの罪で泣かされるより」

「うん、誰かの愛で笑った方が良い」

 二人は、楽しげに笑い合った。

「チケットは、僕が用意するよ」

 ヨハンはテーブルの新聞(新聞には、チケットの売り場や値段などが書かれている)に手を伸ばしたが、店の玄関が勢いよく叩かれると、その手をスッと引っ込めて、玄関の方に視線を移した。

「おかしいな。今日の予約は、午後からの筈なのに」

 彼はセーレと顔を見合わせてからすぐ、無感動な顔で店の玄関に向かった。玄関の外には、一人の女性が立っていた。年齢的にはそう、ヨハンの歳よりもやや上なくらいか。恐らくは、二十代前後だろう。「開けて」と叫ぶ声も可愛らしかったし、それに応じたお礼もかなり若々しかった。

 ヨハンは、来客の女性に頭を下げた。

「申し訳ございません。本日は、午後からの開店でして。予約の無いお客様は」

「え? ダメなの?」

「はい」

「どうしよう? 困ったなぁ」

「どうかされたんですか?」

「ああうん、ちょっとね」

 女性は、顔の変装を取った。

「劇団の休みは、今日しかないのに。これじゃ」

「なっ! あなたは、もしかして?」

「あら? 気づいちゃった? あたしは」

「ええ! もちろん、知っていますよ。劇団の名女優として有名な! 観劇を趣味とする人なら、まず知らない者はいません」

「へぇ、それは光栄だわ。あなたのような子にも」

 ヨハンは、相手の目を見つめた。

「そんな名女優が何の用です?」

 女性の顔が赤くなった。

「ここは、快楽屋なんでしょう?」

「はい、そうですが?」

「なら、用件は分かるじゃない! あたしも、色々と溜まっているのよ? それを発散したいと思うのは」

「自然な事ですね」

「でしょう? だからお願い! 一時間だけでも、ね?」

「う、うっ、分かりました。今回は特別に、ん? 待てよ」

 彼は、ふと良い事を思いついた。

「そう言う事でしたら、こちらとしても特別料金を頂きます」

「なっ、えぇええ! 特別料金? あたし、お金はそんなに持って来て」

「大丈夫です。お金の方は頂きませんから」

「そ、そう。でも……それじゃ、特別料金って?」

「劇場のチケットです」

「劇場のチケット?」

「はい、あなたが出演する。今回の料金は、そのチケットで構いません」

 女性はその要求に驚いたが、やがて「アハハハハ」と笑いはじめた。

「おかしい! あなたって面白人ね」

「自分じゃ、そうは思いませんが」

「チケットは、何枚欲しいの?」

「二枚で」

「分かったわ、すぐに用意します」

「有り難うございます」

 ヨハンは彼女に頭を下げて、店の中に彼女を導いた。

 彼女は(興味津々に)店の中を見渡したり、雑用係のセーレに驚いたりした。

「甘い匂いの部屋。でも、嫌な感じはしないわ」

「有り難うございます」

 女性は、店の寝台に目をやった。

「そこへ横になればいいの?」

「はい。ですがまず、服の方を脱いで頂いて」

「ああうん、そう? それじゃ……これでいい?」

「はい、結構です。あとは」

「横になればいいのね?」

「ええ」

 女性は、ベッドの感触を楽しんだ。

「うーん。悪くないは、無いかな? 高級ホテルのベッドまでは、いかないけれど」

「申し訳御座いません。でも、すぐに慣れますから」

「う、ううう、そう? なら」

 ヨハンは、女性の顔を見下ろした。

「本日は、どのような快感が欲しいですか?」

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