第22話 メインディッシュ

「うううっ、服がダボダボで動きづらい。それに視界も」

「ごめんね。でも、その仮面を外したら」

「分かっている。ピエロの正体がばれちゃうもんね。本当は凄く嫌だけど、ここは何とか我慢する」

「ありがとう。それじゃ」

「うん、行こう! お茶会の会場に」

 二人は、屋敷の中庭に向って歩いた。

「ごめんね、遅れちゃって」

「まったく、ようやく来たと思ったら。そっちの道化師は、なに? 私達の事を馬鹿にしているの? ミレイは!」

「今日のお茶会は、普段より楽しくしようと思ってね。皆には内緒だったけど」

「ふーん。つまりは、サプライズってわけか」

「そう言う事」

 少女達は、互いの顔を見合った。

「まあ、辛気臭いよりかは良いかもね。重苦しいお茶は」

「うん! うん! 私も耐えられない。お茶会はやっぱり、楽しい方が良いよ!」

 ミレイは、少女達の反応に微笑んだ。

「皆、ありがとう。私のサプライズを喜んでくれて。今日は、思いきり楽しんで下さい」

 ミレイは、道化師の耳元に囁いた。

「もう少しすれば、『彼』もここにやって来る。それまでは、何とか」

「うん、この場を盛り上げるよ」

 道化師は奇妙なダンスを踊り、少女達はそのダンスに盛り上がった。

「アハハハハ! なに、あのダンス? 物凄く変なんだけど!」

「ねぇ、ミレイ。あのピエロにダンスを教えても良い? あんなのぜんぜんダンスじゃないよ!」

 道化師は、それらの声にイラッとした。

「仕方ないでしょう! 即興なんだから」

「え?」

「今、喋った?」

「えぇええ、うそ! 私には、何も聞こえなかったな!」

 ミレイは、道化師の中身に咳払いした。

 道化師は、仮面越しから彼女に謝った。他の少女には、聞こえないように。彼女はミレイから視線を逸らすと、真面目な顔でそのダンスをまた踊りはじめた。

 少女達は、彼女のダンスに爆笑した。

 ミレイは、中庭の出入り口に目をやった。中庭の出入り口にはまだ、彼の姿は見られない。その足音を聞き取る事も、彼が彼女の隣に現われるまで何も感じられなかった。

 ミレイは、彼の登場に驚いた。

「なっ、ヨハン! どうやって?」

 ヨハンは、彼女の口を塞いだ。

「しっ! 周りの皆に気づかれちゃうよ?」

「どうやって入って来たの?」

「僕は、君の幼馴染み。ここの事は、君と同じくらい知っている。今の状況は?」

 ミレイは、その質問に身構えた。

「見ての通りよ。彼女の頑張りで、ほら? 誰もあなたの事に気づいていない」

「ふふふ、上出来だ。彼女は、一流のエンターテイナーになれる。でも」

 ヨハンは、幼馴染みの少女にうなずいた。

「後は、僕に任せて」

「分かった、貴方の計画通りに」

 ミレイは、自分の席からサッと立ち上がった。

「さーて、皆さん。前座はここまでです。これからは、本命のショーをお楽しみ下さい!」

 道化師は親友の笑みに呆けると、不安げな顔でその隣に視線を移した。

「あたしと同じ道化師? いや、アレは」

 少女達は、ヨハンの衣装にときめいた。

「格好良い! 奇術師の衣装ね。お顔は、仮面に隠れて見ないけれど」

「ねぇ、ミレイ。その人も、あなたの雇った道化なの?」

「うん、彼が今回のメインディッシュ。素材は一級品だから、皆もじっくりと味わってね」

 少女達は、道化姿のヨハンに見惚れた。

 ヨハンは、皆の前で奇術を見せた。紅茶の色が突然変わったり、その紅茶がサッと見えなくなったりする奇術を。彼は人差し指で、カップの縁をなでた。

「『紅茶の色が無くなったから』と言って、その紅茶自体が無くなったとは限らない。すべては、人の思い込みさ。相手の本性を視ようと思えば、人はいつでも『それ』を見る事ができる。今の君達と同じように」

 少女達は、彼の言葉を嘲笑った。

「ふふふ、面白い奇術師ですね? あなた。でも」

「ええ、そう言う話は止めた方が良いよ? 特に今日みたいな日は、ね。せっかくのお茶も不味くなってしまうわ」

 ヨハンは、彼らの笑顔に目を細めた。

「そうですね、以後は気をつけます。ですが」

「はい?」

「私にも『意地』って物がありましてね。言われっ放しは、気に入らないんです」

 ヨハンは、周りの少女達を睨んだ。

 少女達は、彼の視線を睨み返した。

「あなたの出身は?」

「平民ですが、今はとある店を営んでいます」

「どんな店を?」

「教えられません」

「どうして?」

「店の名誉に関わる事なので。あなた達には、お教えできないんですよ」

「ふーん、そうなんだ」

「その手品はいつ覚えたの?」

「三年程前ですかね? ふと興味が沸いたので、覚えて置こうと思ったんです」

 ヨハンは、ミレイの紅茶を零した。

「他に質問は?」

「そうね。あなたが言った、さっきの言葉。『物事の本質を視ようと思えば』だっけ? その意味を詳しく、出来れば具体的に教えて欲しんだけど?」

「ええ、良いですよ。じっくり詳しく教えてあげましょう」

 彼は、少女の一人に歩み寄った。

「目を瞑って下さい」

「え? うん……こう?」

「はい、とても素晴らしいです」

 ヨハンは人差し指にオイルを垂らし、それで彼女の額をゆっくりと撫でた。

 少女はその快感に悶えてからすぐ、地面の上に倒れてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る