第21話 道化師

「それから彼女と仲良くなったんだね?」

「ええ、時間は少し掛かったけど。彼女は、私に心を開いてくれた。名前の呼び方も『ミレイさん』から『ミレイ』に変わって。私達は、色んな所に行った。屋敷の馬車を使ったね。私の友達に彼女を紹介したのも、丁度その頃だった」

「お友達は、彼女の事を受け入れたの?」

「たぶん……」

 彼女は、カップの飲み口を擦った。

「私の前では、仲良くしていたよ。自分の好みを言い合ったり、友達の失恋を励まし合ったりして。その光景は、くっ! だから余計に悔しい。彼女達がこんな」

「隣の人間が自分と同じ感情を抱くとは限らない。彼女達は普通の、普通って言葉自体に語弊があるかも知れないけどね。ごく一般的な感覚を持つ少女達だ。貴族は貴族であるべきだし、女の子は純潔を保つべきである。その常識から外れた者は」

「イジメの対象?」

「そう、だね」

 ヨハンは、自分の顎を摘まんだ(何やら考えている様子だ)。

「貴族の友達は、何人いる?」

「え? ううん、貴族の友達は」

 ミレイは彼に友達の人数を教え、彼はその人数に目を細めた。

「なるほど、まあまあの数だね。多すぎず、少なすぎず」

「うん。社交界にはもっと大勢の友達が来るんだけど、いつものお茶会に来るのは」

「お茶会は、誰の屋敷でやっているの?」

 ヨハンは、その答えに何度かうなずいた。

「次のお茶会はいつ?」

「二日後の木曜日。でも、こんな事があったから」

「開かれるかどうかは分からない、か」

「うん……」

 ヨハンは少し、考えた。

「よし! なら、君の屋敷でお茶会を開こう」

「え?」と、ミレイは立ち上がった。「私の屋敷で?」

「うん、それなら確実に開かれるでしょう? 木曜のお茶会に期待するよりね」

「まあ、確かに。だけどもし、そのお茶会に誰も来なかったら?」

「その時は、無理やりにでも集めれば良い。『新たな絆を結びなおそう』とか、女子の不安を取り除く文句は幾いくらでもある。それこそ、彼女の悪口とか」

「私にハウワーの悪口を言えって言うの?」

「別に本気で言わなくても良い、彼女達の同調意識を刺激できればね。君はただ、お茶会の面子を集めるだけで良いんだよ。その後は、僕が」

「ダメよ! ヨハンには、迷惑は掛けられない。この問題は」

「君だけの問題じゃない。今回の事に関わった……それこそ、全員の問題だ。無関係な人なんていない! 僕も、君も。僕は、自分のやれる事をする」

「ヨハン……うん、ありがとう。あなたには」

 ヨハンは彼女に顔を近づけ、その計画を静かに話しはじめた。


 彼の計画が一体どう言うモノだったのか。その内容は、「彼の計画」を知るミレイにしか分からなかった。ミレイは親友の家まで行くと、不安げな顔で親友が現われるのを待った。

 親友は、数分程で現われた。

「ミレイ……」

「おはよう、二日ぶりだね。気持ちの方はどう?」

「うん。大分、落ちついたかな? カノンさんもずっと、私の隣に居てくれたしね」

「そっか。それなら……彼女はまだ、家に居るの?」

「うんう、昨日の夜に出て行った。『また会いに行く』って」

「ふーん、良かったね」

「うん! 本当に」

 ミレイは真面目な顔で、親友の目を見つめた。

「ねぇ、ハウワー」

「なに?」

「今日、何か予定はある?」

「いや、特に無いけど?」

「良かった。それじゃ、私と一緒に来て」

「え? なっ、今すぐ?」

「そう、今すぐ。あなたには少し、やって貰いたい事があるんだ」

「それは、どうしてもやらなくちゃダメ?」

「うん、絶対に」

 ハウンドは、親友の目を見つめかえした。

「分かったよ、ミレイの言葉に従う」

 ミレイは、その返事に喜んだ。

「ここの近くに馬車を待たせてあるから。そこまで一緒に来てもらえる?」

「うん、分かった。ここで少し待っていて。家のお母さんに」

 彼女は一旦、家の中に戻った。

「お待たせ、ミレイ。お母さんに許しを貰ってきたよ。『晩御飯までには戻って来なさい』って」

 ミレイは、近くの馬車に向って歩きだした。ハウンドも、それに続く形で歩きだした。二人は馬車の前まで行くと、無言でその中に乗った。

 ハウワーは、ミレイの隣に座った。

「この馬車は何所に行くの?」

「私の屋敷だよ。あなたにはそこで、私の用意した『衣装』に着替えて貰う」

「なっ! どうしてそんな物に? あたしが」

「あなたの未来を守る為だよ」

「あたしの未来を守る?」

「そう、あなたの未来を守る為。コレは、『彼』と考えた計画なんだ。二日前の夜に」

 ハウワーは、今の話に胸を痛めた。

「彼も今回の事に関わっているの?」

「ええ、八割近く。計画の内容も、彼が考えたんだよ」

「へぇ、凄いね。どんな計画なのかは分からないけど、たった二日で」

「うん、私も凄いと思っている。彼の閃きに。ヨハンは」

 二人は、馬車の中でうなずき合った。屋敷の馬車は、三十分程で目的地に着いた。二人は、馬車の中から降りた。「次は、私の部屋に来て」

 ミレイは、自分の部屋に親友を連れて行った。

 彼女の部屋は、華やかだった。部屋の壁には見事な装飾が施され、ベッドの手摺にも高価な金属が使われている。主人の顔が綺麗に映ってしまう程、手摺の表面がピカピカに磨き上げられていた。

 ハウワーは、その光景に溜め息をついた。

「相変わらずの部屋だね。あたしの部屋とは、ぜんぜん違う」

 彼女は、親友の横顔に目をやった。

「それで、何に着替えればいいの?」

 ミレイは、部屋のクローゼットを開けた。

「コレだよ」

「なっ! 道化師の衣装? そんな物に?」

「ええ。貴女には、コレに着替えてもらう。私の部屋で」

 ハウワーは、彼女の横顔を見つめた。

「コレに着替えてどうするの?」

「余興をして貰う、『彼』と一緒に。今日は、私の屋敷でお茶会が開かれるの。主催者はもちろん、私。お茶会のお客様は」

「まさか!」

 ミレイは、彼女の肩に手を置いた。

「大丈夫。それを着れば、絶対にばれないわ。『彼』も変装してくるしね。あなたは、堂々としていればいいの。自分に自信を持って」

「ミレイ……」

 ミレイは、クローゼットの中から衣装を取りだした。

「それじゃ早速、これに着替えて。お茶会は十時からだから、早くしないと」

「え? うん、分かった!」

 ハウワーは、道化師の衣装に着替えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る