第20話 かつての相棒(後篇)
「町の広場よ。私はそこで、幼い彼女と出会った。彼女は、とても驚いていたよ。自分がどうして、あたしに話し掛けられたのか。その理由がまったく分からないんだから。不安な顔で、自分の周りを見渡すしかない。
私は、その態度を『可愛らしい』と思った。私に媚びを売るわけでもなく、ただ純粋に戸惑っているだけだからね。可愛く思うのは、当然でしょう? 私は、彼女に好意を抱いた。足下のハンカチを拾ってくれた時もね。彼女は私に『それ』を渡すと、公園のベンチから急いで立ち上がろうとした。
私は、彼女を呼び止めた。相手の名前も聞かず……ましてや、そのお礼すら言わないのは失礼でしょう? 私は、彼女にお礼を言った。『ありがとう』って。私は彼女の隣に座ると、嬉しい気持ちで彼女の名前を聞いた。
彼女は、私の質問に戸惑った。『え?』とか、『あっ』とか言ってね。彼女が私の質問に答えたのは、彼女の近くで子ども達が騒ぎ出した時だった。彼女は私の目から視線を逸らすと、震える声で自分の名前を話した。私は、彼女の名前に微笑んだ。
『ハウワー・ダナリか。ふふふ、素敵なお名前ね。私の名前より』
『なっ! そ、そんな事はありません! マヌア家って言ったら』
『あなたが思う程、名門じゃ無いよ。家の風紀は腐りきっているし、それに』
『それに?』
『うんう、何でもない。ただ、自分の親友を思い出しただけで』
『あなたの相棒? その人は』
私は、彼女の質問を無視した。
『ねぇ、ハウワーさん。今からなんだけど』
『はい?』
『二人で何処か、遊びに行かない?』
『え、えええっ! 二人で、ですか?』
『うん。ダメかな?』
彼女は、私の横で俯いた。
『ダ、ダメってわけじゃないんですけど。あたしは……』
私は、彼女の不安に首を振った。
『大丈夫よ、私はぜんぜん。私の事も『ミレイ』って呼んで良いから』
『え? でも、それは!』
『お願い……』
私は、彼女の身体を抱きしめた。
『私の遊びに付き合って! 私の事を独りにしないで! お願いだから』
彼女は、私の誘いに戸惑った。自分の周りに視線を移したり、近くの子ども達に苦笑いしたりして。彼女は誘いの返事をしばらく考えると、諦めたように『分かりました』とうなずいた。『今日は特に用事も無いので、あなたの遊びにお付き合いします』
私は、その答えに喜んだ。
『本当! やったぁ! それじゃ、私の馬車に乗って。広場の外に待たせてあるの!』
私は、自分の馬車まで彼女を連れて行った。『さあ、乗って! さあ、さあ』
馭者の男性は、その声に驚いた。
『お、お嬢様? そちらの方は?』
『あ、すいません。彼女は、私の友達です。先程、広場のベンチで知り合いました』
『さっき会ったばかりの方とお友達になられたのですか?』
『うん、そうだけど? 何か問題はある?』
『い、いえ。問題は無いと思いますが』
私は、彼女の手を握った。ここで放したらきっと、彼女とはもう会えないと思ったから。私は必死な顔で、彼女の手を握りつづけた。
馭者は、私達の顔を見つめた。
『分かりました、貴女のお好きになさって下さい。ただし』
『分かっています。あなたには、何の責任もありません。コレは単なる、私のワガママですから。お母様にも、そう仰って下さい』
馭者は、彼女の顔に視線を移した。たぶん、『乗れ』と言う合図でしょう。私が『乗って』と微笑んだ時にはもう、彼女は馬車の中に乗っていた。私も彼女の隣に乗った。
『座席の座り心地はどう?』
『え? はい、心地好いです。こんな座席には、座った事がありません』
『そう、それは良かった』
私は、馭者の男性に視線を移した。
『出して下さい』
『どちらまで?』
『この子が喜びそうな所に』
馭者は、彼女の方にサッと振りかえった。
『畏まりました。では、自由に走らせて頂きます』
『お願います』
馭者は、私の馬車を走らせた。
私は、窓の外に目をやった。彼女も、私と同じ所に目をやった。私達は、外の風景をしばらく見つづけた。私は、彼女の横顔に視線を戻した。
『貴女の家は、どこら辺にあるの?』
彼女は、窓の外から視線を逸らさなかった。
『それを知ってどうするんです?』
『ふふふ、今度遊びに行こうと思って。あなたの家に』
『あたしの家に来てもつまらないですよ?』
『うんう、そんな事はない。今だって凄く楽しいから。あなたの家に行っても』
『分かりました。でも、あまり遊びには来ないで下さい。あたしの為にも』
『うん、約束する! だから教えて』
彼女は、私に自分の住所を教えた」
ヨハンは、テーブルの上に頬杖をついた。
「彼女の家は、楽しかった?」
「ええ、とても。彼女の家には、全部があった。私の家では、決して手に入らない。文字通りの『全部』が。私は、その全部に憧れた。彼女には、生まれながらの自由がある。自分の人生を選ぶ事はもちろん、その好きな人と結婚する事も。私には」
「君にも、その自由はある。『自分がそう在りたい』と望む限り」
「私は、彼女のように強くない。自分の失ったモノを取り戻す事も。私は決して、彼女の事を失いたくなかった。その理由はよく分からないけれど」
「たぶん、『僕の代わり』を探していたんだよ」
「そうかもね。そうだったら」
「ミレイ?」
「私は、最低の人間だよ」
ヨハンは、彼女の手に触れた。
「そんな事はない。君の『それ』はたぶん、普通の感情だよ。『心の隙間を埋めたい』って言う。それは、どんな人でも抱く感情じゃないかな?」
「……ありがとう、ヨハン」
ヨハンは、自分の手を引っ込めた。
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