第19話 かつての相棒(前篇)

 約束の五時。

 ヨハンは、待ち合わせの場所に着いた。

「ごめん。仕事の方が少し長引いちゃって。待った?」

「うんう。私も今、来たばかりだから。家の馬車に送って貰って」

「そう。それじゃ、帰りも同じ場所で待っていた方が良いね?」

「うん! 馭者の人にも、そうお願いしている」

「分かった」

 ヨハンは博物館の前から歩き出し、ミレイもそれに続いて歩き出した。

 ミレイは、彼の隣に並んだ。

「どこのカフェに行くの?」

「僕がいつも行っている店。そこの紅茶が美味しくてさ。店の紅茶も、それを参考にしているんだよ」

 二人は、その喫茶店に向かった。町の人々で賑わうカフェに。店の中には、二人と同じような恋人達も見られた。

 ミレイは、その光景に胸を躍らせた。

「素敵、こんな所」

「もしかして、初めて来た?」

「……うん。私の親は、こう言うのに疎いから。それに」

「君の親は、厳しいからね」

「うん……」

 二人は、テーブルの席に座った。

「何を飲む?」

「紅茶で良いよ」

「分かった。すいません、紅茶を二つ下さい」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 ヨハンは店員の背中を見送ったが、ミレイが彼に「ねぇ、ヨハン」と話し掛けると、彼女の方に向き直り、穏やかな顔で彼女に微笑んだ。

「なに?」

「私の事を恨んでいる?」

「君の事を恨んでいる?」

「そう。私は、あなたに酷い事をしちゃったから。その所為で」

「君を恨む理由は、どこにもないよ。それどころか、くっ。僕はずっと、君に謝りたかったんだ。自分の相棒にあんな事を」

「ヨハン……」

「本当にごめん」

 ミレイは、彼の謝罪に涙を流した。

「馬鹿みたいだね、私達。本当は、お互いの事を、うっ。ちっとも恨んでいなかったのに。今日までぜんぜん気づかなかったんだから。本当に馬鹿者よ」

 二人は、互いの誤解を笑い合った。

「ねぇ、ヨハン」

「なに?」

「私達、やり直せないかな? 昔みたいに」

 ヨハンは、彼女の言葉に首を振った。

「それはたぶん、無理だと思うよ? 僕は、こんな仕事だし。それに」

「そ、それに?」

「君の事もあるから」

 ミレイは、彼の意図を察した。

「……お母さんは、本物の悪魔だよ。昔の失恋を根に持って、くっ。私とヨハンを遊ばせていたのも」

「うん、僕の父に対する復讐だった。『あなたの事は、決して忘れない』と。君のお母さんは、その事をずっと思っていたんだ」

「恐ろしいね」

「うん、恐ろしいよ。父さんも、ずっと悩んでいた。『彼女の恨みをどう晴らすべきか』ってね。その姿は……。父さんは、僕に謝った。『自分の所為でこうなった』と。自分があの時、君のお母さんと結婚していれば。君の家は、文字通りの名家だからね。平民のお父さんが、それと結婚すれば」

「お父さんは、お母さんのどこに惹かれたの?」

「たぶん、『中身』じゃないのかな? 母さんは確かに美人だったけど、だからって物凄い美人ってわけでもないし。考えられるとすれば……。父さんは、僕の母さんと結婚した。周りからどんなに反対されても、その気持ちを決して曲げようとせずに。僕は、そんな父を凄いと思っている」

「自分の家から出て行った時も?」

 ヨハンは、彼女に顔を近づけた。

「ここから先は、誰にも言わないでね」

「う、うん、良いよ。誰にも言わない。約束する」

「僕は、自分の家から出て行った。家の両親は、それに反対したけどね。『お前が出ていく必要はない。お前は、何も悪くないんだ』と。両親は、僕の事を説得しつづけた。僕は大事な一人息子だったし、その僕がもし出ていったら」

「うん、とても困るだろうね。でも、あなたは出て行った。両親の説得を無視して、本当に親不孝な息子だよ」

「自分でもそう思う。だけど、自分の心には逆らえなかった。『お前はもう、ここにいちゃいけない』って。『お前にはたぶん、お前がやるべきなにか、その役割があるんだ』って。僕は、自分の不運を生かそうと思った。その不運を生かせばきっと、多くの人を救えると思ったから。社会の偏見や差別に苦しむ人達を。僕は色んな人に生かされて、今の店を開業した」

 ミレイは、幼馴染の目を見つめた。

「凄いね、ヨハンは。私とは、ぜんぜん」

「そんな事は、ないよ。こいつは言わば、僕の意地みたいなモノだからね。不満と贖罪が入り交じった。だから、ぜんぜん凄くない。君が思うような」

「でも!」

 ヨハンは、自分の紅茶を啜った。

「ミレイだって、自分の大切な人を守ろうとしているじゃないか?」

「ハウワーの事?」

「うん。彼女は、君の大切な人なんでしょう?」

「ええ、唯一無二の親友よ。あなたは……昔は相棒だったけど。彼女の場合は」

「彼女とは、どこで知り合ったの?」

 ミレイは、親友との出会いを思い返した。

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