第18話 修羅場
セーレは二人の関係に驚いたが、ハウワーは「それ」を呆然と眺め、カノンは冷静な顔で「それ」をじっと眺めつづけた。
ヨハンは、幼馴染の少女に微笑んだ。
「綺麗になったね、ミレイ。昔よりもずっと」
ミレイは、その一言に暗くなった。
「あなたは、ぜんぜん変わっていない。あの時からずっと」
二人は互いの顔をしばらく見合ったが、セーレが「ゴホン」と咳払いすると、気まずそうな顔で互いの視線を逸らし合った。
ヨハンは、周りの人々を見渡した。
「皆さん、喉は渇いていませんか? 紅茶は、どうです?」
周りの人々は、彼の言葉にうなずいた。
「お願いします」
ヨハンは、全員分の紅茶を作った。
「どうぞ」
カノンは、カップの紅茶を啜った。
「フフフ、美味しい。あなたの紅茶は、いつ飲んでも素敵だわ。ワタシの要望にも、きちんと応えてくれるし」
「そちゃあ、店の常連客だもの。これくらいのサービスはするさ」
「うふ、ありがとう。でも、現実は砂糖のように甘くない。彼女の事を考えると」
「……そうだね。ダナリ」
「なに?」
「君はこれから、どうする? 今後の事も含めて」
ハウワーの目が潤んだ。
「うーん、どうしようかな? 自分でも、良く分からないよ。あたし自身が、どうしたいのか? 友達とも、以前のように付き合えないと思うし」
「私がいる。私があなたをフォローするよ。貴族の友達からなんて言われたって」
「ミレイ……」
「ふん! そんな事、出来るわけがないじゃん!」
ミレイは、セーレの顔を睨んだ。
「なんですって? もう一回」
「ええ、何回でも言ってあげる! あなたには、絶対にできない。彼女の行為を肯定できなかったあなたが。それに!」
「なによ?」
「人が人を守るのは、あなたが思う以上に大変なの。あなたは、自分の人生を犠牲にできる? 社会の偏見や差別から、彼女の事をずっと守っていられるの? 私には、できないな。どんなに頑張っても、自分の食事を分け与えるのが精々。あなたのそれは、一度も他人を救った事が」
「うるさい! 私だって、本当は大事な人を救いたかったわよ!」
ヨハンは、彼女の言葉に胸を打たれた。
「ミレイ……」
ミレイは、セーレの服を掴んだ。
「でも、私は救えなかった。だから、今度こそ失いたくないの。私のすべてを賭けて」
「ふうん。それで?」
「具体的な策は、あるのか?」と、カノン。彼女は、皿の上にカップを置いた。「あなたの気持ちは、分かるわ。最悪の場合は、その子達ともう合わなければ良いんだしね。でも、その方法では何も解決されない。それどころか、事態はますます悪化してしまう。女の子は、『噂』が大好きよ。それがどんなに些細な事であってもね。彼女達はきっと」
ヨハンは、店の内壁に寄り掛かった。
「うん、社交界のネタにされるだろう。『悪しき性の乱れ』とか、好き勝手に盛り上がる筈だ。たとえ、本人にそれが聞こえなくても。その行為は、大変な侮辱だよ」
を聞いて、ミレイは「うっ」と項垂れた。
「う、くっ、それじゃ、私にできる事なんて」
「うん。何も無いかも知れない。でも、諦めちゃダメだ。自分の心が折れない限りね。僕は、そうやって生きてきた」
ヨハンは幼馴染の少女に微笑んだが、店の時計にふと目をやると、真面目な顔でその針に目を見開いた。「もう、こんな時間か」
カノンも、店の時計に目を細めた。
「午後のお客が来るわね」
「ハッ!」と、ハウワーは驚いた。「ご、ごめん、ロジク」
「うんう、気にしなくて良いよ。今は、そっちの方が大事だからね」
「ロジク……」
ハウワーは彼の言葉にホッとする一方、その厚意そのものに胸をときめかせていた。
カノンは、その光景に微笑んだ。
「ハウワーさん」
「は、はい!」
「色々と話したい事もあるでしょう。今日は、あなたのお宅にお邪魔しても良いかしら?」
「え? うちに?」
ハウワーは、母親の顔に目をやった。それに合わせて、母親が「ハウワーが良ければ」とうなずいた。ハウワーはカノンに「良いよ」とうなずき、椅子の上から立ち上がって、店の出入り口まで行き、両親達と一緒(カノン曰く、今日は店に行かないらしい)に店の中から出て行った。
セーレは、ミレイの顔に視線を移した。
「あなたは、どうするの?」
ミレイは、その質問にハッとした。
「私?」
「そう、あなた。あなたは、これから」
「今日の夜、何処かのカフェで会えないからな? もちろん、二人きりで」
ミレイは、彼の誘いに驚いた(その近くで苛立つミレイを無視して)。
「良いの? 私は……」
「うん、君と話がしたいんだ。久しぶりにね」
「……うん。私もあなたと話がしたかった、ずっと。店の場所は、あなたに任せるよ」
「ありがとう。それじゃ、夕方の五時に。博物館の場所は、分かるよね?」
「ええ、知っているわ。町の真ん中くらいにある、あの古い博物館でしょう?」
「うん、そう。待ち合わせの場所は、そこで良い?」
「ええ、構わないよ。そこなら私も分かりやすいし。それじゃ」
ミレイは店の扉に向かって歩き出したが、その瞬間、セーレがヨハンの唇を奪った。「あっ」と驚くような光景。ミレイは、その光景にワナワナと震えた。
「ちょっ、今」
セーレは彼女、「恋敵?」の顔を睨みつけた。
「彼といくら話しても構わない。でも、これだけは忘れないで。私が娼婦の娘だって事を。娼婦の娘は、嫉妬深いの。自分のお客を奪うのは、絶対に許さないくらい」
ミレイは、彼女の言葉に怯まなかった。
「ええ、もちろん。絶対に忘れない」
二人は、互いの目を激しく睨み合った。
ヨハンは、その光景に首を傾げた。「あの二人、どうしてあんなに仲が悪いんだ?」と。彼はその答えを考えつづけたが、約束の時間になっても、その答えは見つからなかった。
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