第17話 見つかったのは良いが

 鉄橋の上では、ハウワーが下の川を眺めていた。川の水面には、陽の光が当たっている。水面を漂う波の一つ一つに。それらの光は、彼女の心を何度も締めつけた。

 ハウワーは今の場所から歩き出そうとしたが、友達の姿に驚くと、戸惑うような顔で鉄橋の欄干に寄り掛かった。

「ど、どうして、二人が?」

 二人は、彼女の声に応えなかった。

 ミレイは、彼女の身体を抱きしめた。

「ごめんなさい! 私」

「え? うっ、ミレイ、どうし」

「私は、あなたの事を肯定できなかった。あなたは、大事な親友なのに。それを」

「ミレイ……」

 ハウワーは、彼女の身体を抱きしめ返した。

「ミレイは、何も悪くないよ。それどころか」

「え?」

「あたしの事をこうして、セーレさんも捜してくれたんだよね?」

「ハウワーさん」

 セーレは、彼女の前に歩み寄った。

「ずっとここにいたの?」

「うん、何となくだけど。ここにくれば……うんう、何でもない」

「そう」

 セーレは、彼女の手を握った。

「店に行きましょう。あなたのお父さんが、ヨハン君が、あなたの事を待っているから」

「お父さんとロジクが?」

「はい」

「……分かった。彼の店に行くよ」

 三人は、ヨハンの店に向かって歩き出した。

「店で待っているのは、二人だけ?」

「うん。私も偶然、お父さんと出会えただけですから。果物屋の中で」

「ふうん、そうなんだ」

 ミレイは横目で、セーレの顔を見た。

「あなたは何故、その快楽屋に行ったんです」

「なに? 私がそこに行っちゃ悪いの? ええ?」

「い、いえ、悪くないけれど。くっ! やだ、聞いただけじゃない? それなにの」

「『酷すぎないか』って? ふんっ! 私から言わせれば」

「何です?」

「何でもありません!」

 二人は、互いの視線を逸らし合った。

 ハウワーはその迫力(「この二人はどうして、仲がこんなに悪いんだろう?」)に戦いたが、ふと母親の事を思い出すと、悲しげな顔で母親の事を思いはじめた。

 彼女の母親は、町の中を歩いていた。自分の娘を探し出す為に。彼女は町の大通りに戻ると、不安な顔でその道路をまた進み出そうとしたが、「え?」

 余所見をしていた所為かも知れない。今の場所から進み出そうとした瞬間、自分の近くを歩いていた少女に「きゃっ」とぶつかってしまった。

 彼女は、その少女に謝った。

「ごめんなさい! 良く確かめないで」

 少女は、彼女の謝罪に答えなかった。

「凄い汗。かなり歩いたんですか?」

「え? ええ、まあ。人をちょっと捜していて、実は」

「そうですか。誰を捜しているんです? ワタシのもし、知っている人なら」

「そ、そう。実はね、あたしの娘なんだけど。名前は」

 少女は、その名前に驚いた。

「ハウワー? それが娘さんの名前ですか?」

「ええ、うちの大事な一人娘。今日は、お友達のお茶会に行ったんだけど」

「皆さんの前からいなくなったんですね?」

「うん、自分の心を傷つけられて。あたし達はずっと、娘の事を捜しているわ。うちの娘がどこに行ったのか? ミレイちゃん、お友達の話では」

「ヨハン・ロジクの店、そこの快楽屋に行った可能性が高いと?」

「ええ、でも」

「その店が見つからない?」

「ええ」

「なるほど。分かりました。それじゃ、その店に行ってみましょう」

「なっ! あなた、その店を知っているの?」

「はい。ワタシは、そこの常連ですから。ちなみに娘さんの事も知っています。向こうがどう思っているかは分かりませんが、一応。彼女は、ワタシの知り合いです」

「娘の知り合い?」

「行きましょう、もうすぐお昼です。午後には、予約が入っている筈ですから。急がないと」

「あ、待って!」

「なんですか?」

「あなたの名前は?」

「カノンです。カノン・レーン。歳は、娘さんと同い年です」

「娘と同い年? あ、待って! カノンさん」

 二人(主にカノンの案内で)は、ヨハンに店に向かった。店の前まで行くと、これも何かの導きなのか。セーレ達と裁ち合わせになった。

 母親は、娘の身体を抱きしめた。

「あんたって子は! どれだけの人に」

「うううっ、お母さん。ごめんなさい! ごめんなさい! うわぁあああん」

 カノンは、その光景に微笑んだ。

「店の中に入りましょう。ここにいては」

「そうですね」と、セーレもうなずいた。「色んな人に見られちゃう」

 彼女達は、店の中に入った。店の中ではもちろん、ヨハン達が彼らの帰りを待っていた。彼女達はヨハン達の前に行くと、父親(ハウワー限定)に身体を抱きしめられたり、店の主に「お帰り、ありがとう」と労われたりした。

 父親は、自分の娘を殴った。

「馬鹿野郎! どれだけの人に心配を掛けたと思っているんだ! 自分の家にも帰らねぇで、まったく」

「ぐひぃ、ごめんなさい。これからはちゃんと、あっ! グリグリは止めて! お父さん!」

「うるせぇ! 馬鹿娘には、これくらいが丁度良いんだよ」

 ヨハンは、彼の怒りをなだめた。

「まあまあ、お父さん。彼女も反省していますし、それくらいで」

「ケッ、分かったよ」

 ヨハンは、店の椅子にハウワーを座らせた。

「大凡の事は、セーレさんから聞いたよ。大変だったね? 僕も、自分のできる範囲で」

「ヨハン!」

 ヨハンは、その声に驚いた。周りの少女達も……特にセーレは不快な顔で、声の主を睨んでいる。声の主からどんなに睨み返されても。その目を決して逸らす事はなかった。

 ミレイはその視線を逸らして、ヨハンの前に歩み寄った。

「肩に掛かるまでの黒髪、まさか!」

「うん、そうだよ。ミレイ・マヌア。あなたと幼馴染の」

 ミレイは「クスッ」と笑って、その頬を赤らめた。

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