第16話 嫌な邂逅

「ハウワーいるか? お父さんが迎えに来たぞ!」

 ヨハンはその声に驚いて、店の奥からサッと現れた。

「どちら様ですか? 『迎えに来た』って?」

「テメェは、ここの店主か?」

「はい、そうですけど。あなたは?」

「ヨハン君!」

「セーレさん? 君がどうして? 果物屋に行ったんじゃ」

「ああうん、そうなんだけど。実は」

 ヨハンは、彼女の話に驚いた。

「ハウワーさんがいなくなった?」

「うん、お茶会の友達から酷い事を言われて。『ミレイ』って子も」

「ミレイ!」

 セーレは、彼の反応に首を傾げた。

「ヨハン君?」

「あ、いや、何でもない。その『ミレイ』って子も、彼女の事を捜しているの?」

「うん、この人の話じゃ。この人は。彼女のお父さんなの」

「彼女のお父さん?」

「昨日は、うちの馬鹿娘が世話になった」

「え? あ、いえ。僕はただ、彼女に商売の事を分かって貰おうと思って」

「そうか。まあ、そんな事は、どうでも良いがね」

 男は、店の椅子に腰掛けた。

「客は、いるのか?」

「朝の時にはいましたが。今日の予約は、午後からです」

「そうか。なら。午前中だけで良い。アイツの事を待たせてくれ」

「彼女がここに来る確証は、ありませんが?」

「だが、闇雲に捜し回るよりはマシだ。アイツはきっと、この店にやって来る。他に行く所も無いしね。今頃は」

「鉄橋の上で泣いているかも知れない?」

「ああ。あくまで、俺の想像だけどな」

 セーレは二人の会話を聞いていたが、やがてその場から走り出した。

「私、ハウワーさんの事を捜しに行って来ます。お二人は、ここで待っていて下さい」

 男は、彼女の背中を見送った。

「アイツは、良い友達を持ったな。本当に」

「それは、彼女が素晴らしい人だからですよ。心の中が綺麗で」

「テメェには、友達はいねぇのか?」

 ヨハンは二人分の紅茶を作り、彼にその一つを渡した。

「昔はいましたよ、僕にも大事な友達が。でも」

「淋しいな」

「ええ。でも……それは、仕方ない事です。全部の原因は、自分にあるんですから。その事を悔やんでも」

 男は、カップの紅茶を啜った。

「まあ、そいつを繰り返すのが人生だ。特に男の」

「はい、それは何となく」

 を聞く前に、男は皿の上にカップを戻した。

「美味い紅茶だな。店のヤツとほとんど変わらねぇ。お前さん、こっちの方で食った方が良いじゃねぇか?」

 ヨハンは、その提案に首を振った。

「それは、僕の趣味ですから。趣味で食べていけるほど、世の中は甘くない」

「まあな。しかし、だからと言って」

「快楽屋は、仕事です。趣味じゃない」

「だが、好んで選ぶ仕事でもない」

 男は、彼の目を睨んだ。

「堅気の世界に戻れ。今からでも遅くない。テメェのような」

「有り難うございます。でも、自分で選んだ道ですから。途中で辞めるわけにはいかない」

「親は、何も言わねぇのか?」

 ヨハンの顔が一瞬、曇った。

「ええ。僕の親は」

「そう言うのに理解があるって、か? 冗談じゃねぇ! そつらを今すぐ連れて来い」

「連れて来てどうするんです?」

「ぶん殴ってやる」

「それは、止した方が良いですよ?」

「どうしてだ?」

「父の覚悟は、揺るがない。母は、元娼婦ですから」

「元娼婦?」

「ええ」

 男は、椅子の背もたれに寄り掛かった。

「テメェの家族は、極悪人だな。あるいは、文字通りの糞野郎か」

「それでも、僕にとっては『親』です。掛け替えのない」

 男の目から涙が溢れた。「ちくしょう」

 男は両目の涙を拭い、ヨハンはその光景に驚いた。

「え? なっ! どうしたんですか? 急に」

「あ、いや。自分がこう、情けなくなってね。同じ子を持つ親としてさ」

「すいません」

「謝る事はねぇよ。テメェは、何も悪くねぇんだ。こんな人生になったのも」

「誰かの所為にするのは簡単です。でも、僕は『それ』に屈したくない。自分の運命がどんなに辛くてもね。それに、ちゃんと救いもありましたから。僕の事を『相棒』と思ってくれた。僕は、あのと出会えただけでも幸せです」

 ヨハンは嬉しそうな顔で、元相棒の少女を思い浮かべた。

 元相棒の少女は、町の中を歩いていた。今の親友、ハウワーを捜すために。彼女は風景の動き、その一つ一つを決して見逃さなかった。「こんなに捜しているのに、もう! ハウワーは一体」

 どこに言ってしまったのだろうか? 町の空気はもう、お昼近くになっている。彼女の視界に入るすべてが、通りのパン屋から漂う美味しそうな匂いに溢れていた。

 ミレイはその匂いに苛立ち、セーレも「それ」に不満を覚えた。

 セーレは一人でハウワーを捜したが、ふとある少女が目に入ると、今の苛立ちを忘れて、彼女の「私がハウワーの行為を肯定していれば」に驚きながら、彼女の前に急いで近づいた。

「やっぱり、馬車の中に乗っていた」

 ミレイは、彼女の登場に驚いた。

「う、え? あなたは、誰?」

「私は、セーレ・バル。ハウワーさんのお父さんから聞いて、彼女の事をずっと捜しているの。あなたは?」

「私は……私は、ミレイ・マヌア。マヌア家の一人娘で」

「ふうん、お嬢様なんだ」

 ミレイは、彼女の口調にイラッとした。

「そうだけど? あなたは、なに? ハウワーとどう言う関係なの?」

「私は、彼女のしりあっ、友達です」

「え? くっ! 私も、彼女の友達です。だからこうして、彼女の事を捜している」

「彼女の事は、見つけられた?」

 ミレイの顔が暗くなった。

「うんう、ぜんぜん。町の人にも聞いたけど、それらしい事は見なかったって」

「……そう、私の方も同じ。だから」

「え? あてがあるの?」

「いいえ。これはあくまで、私の勘。彼女はきっと」

「私も一緒に連れて行って。私は、彼女に謝りたいの!」

 セーレは、彼女のお願いに目を細めた。

「良いよ。ただし、外れても文句は言わないでね」

「分かっているわ」

 二人は(主にセーレの案内で)、町の鉄橋に向かって走った。

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