第15話 いなくなった
ミレイは、親友の姿を捜した。彼女が立ち寄りそうな場所から、何度も行った事がある彼女の家まで。彼女は、親友の両親に事情を話した。
「まさか、うちの娘が」と、彼女の父。「昨日の帰りが遅かったのは、チッ。そう言う事だったのか! まだ、ガキのくせに」
「そうね。あたしもかなり、ショックだわ」
ミレイも、二人の言葉に暗くなった。
「おそらく……家まで彼女を送ったのも、そこの店主さんだと思います。自分と大体、同い年くらいの。お二人にその事を話さなかったのは」
「自分の親を傷つけたくなかったから?」
「はい。私は、そう思います」
「ケッ、馬鹿な娘だ。親がそんな事くらいで。隠し事をされる方がずっと辛いよ」
「……お父さん」
「おい、母さん」
「はい?」
「俺達も捜すぞ」
「え? ……そうね。あの子の事は、放っておけないし」
「そう言う事だ。あの馬鹿娘には一発、お説教を食らわせなきゃならねぇ」
「それは、逆効果だと思います。今の彼女に必要なモノは、他人の与える寛大な心。世間の常識には、決して捕らわれない。だから」
「お嬢ちゃ、くっ。思い当たる場所は、すべて捜したのかい?」
「はい、彼女が行きそうな場所は。彼女はいつも」
ミレイは、ある事に気づいた。
「まさか!」
「なに? ハウワーのいる場所が分かったの?」
「確証はありませんが、今の状況で最も行きそうな場所は分かりました」
「どこ?」
「彼の店です。ヨハン・ロジクのやっている快楽屋。今の彼女が行くとしたら、たぶん、そこしかありません」
「よし、なら、その快楽屋に案内してくれ!」
「ごめんなさい」
「え?」
「彼女から店の話は聞いたんですが、詳しい話は教えてくれなくて。本人も、『セーレ』って人から場所を教えて貰っただけらしいですし」
「そうか。だが!」
「そんな事は、関係ねぇ。こっちは、三人もいるんだ」
「そうですね。人数がいれば、それだけ捜す範囲も広くなる。ここは何としても、ヨハンさんの快楽屋を探しましょう」
「ああ、当然だ!」
三人は、それぞれの方向に分かれてハウワーを捜しはじめた。父親は町の北側に、母親はその逆方向に。
ミレイは、町の東側を探した。東側の道路は、道行く人々で溢れていた。道路の外側を走る馬車はもちろん、その内側を歩く歩行者達も。彼らは各々の調子で、町の道路を歩いている。その中には「きゃあ!」と転ぶものもいたが、そう言うのは本当に稀で、セーレがヨハンに買い物を頼まれた時も、店の外では変わらぬ景色が流れていた。
ヨハンは、彼女に買い物代を渡した。
「ごめんね、セーレさん」
「うんう、大丈夫。それじゃ、行って来ます」
「行ってらっしゃい」
セーレは店の中から出て、町の果物屋に行った。果物屋の中では……理由は分からないが、一人の男性が「ワーワー」と喚いている。周りの迷惑などお構いなしに、店の従業員達も「まずは、落ち着いて下さい」と困り果てていた。
セーレは、従業員の一人にそっと近づいた。
「何の騒ぎです?」
従業員は彼女の登場に驚いたが、彼女が自分の敵でないと分かると、困ったような顔でその質問に答えた。
「お問い合わせだよ。それも、かなり乱暴な」
「お問い合わせ? それって、どう言う?」
「あの人の話を聞けば、分かるよ」
セーレは不思議そうな顔で、男の言葉に耳を傾けた。「だ、か、ら、『ヨハンの店がどこにあるのか?』って聞いているんだよ!」と言う。それを聞いた瞬間、「なっ」と驚いてしまった。
「ヨハン、まさか」
「え? 知っているの?」
「は、はい。私が働いている店で」
「働いている? あなたが」
従業員はその経緯を聞こうとしたが、ある従業員が「お待たせ致しました。こちらの者がご説明致しますので」と言うのを聞いて、不本意ながらも男の顔に視線を戻した。
店主の男は、男に頭を下げた。
「お待たせ致しました。申し訳ございません。私の教育が不十分でして。以後は、気をつけます」
「くっ、まあいい。ヨハン・ロジクの店がどこにあるのか教えろ」
「ヨハン・ロジクの店、でございますか?」
「そうだ」
「申し訳ございません。そのような店は」
と店主が言った時、セーレが「知っています、その店」と言った。セーレは彼の前に立って、その目をじっと見つめた。
男は、その目に(言いようのない)威圧感を覚えた。
「ほう、知っているとはね。お嬢さん」
「はい?」
「歳は、いくつだい?」
「17歳ですが?」
「なるほど。うちの娘と」
「あなたのお嬢さんがどうしたんですか? それに、ヨハン君の店も」
セーレは、彼の目を睨んだ。
「娘さんの名前は?」
「ハウワーだ。ハウワー・ダナリ。歳は」
「私と同じ17歳ですよね? 彼女の事も知っています」
「本当か!」
「はい。彼女は……ハウワーさんは、昨日の夜に帰った筈ですが?」
「ああ、自分の家には、ちゃんと帰ったよ。今日の朝食もしっかりと食べた。だが」
男は彼女に今までの経緯を話し、彼女はその話に目を見開いた。
「戻っていないですか? 家に」
男の答えは、「ああ」だった。
「親友の子も心配していたよ。『自分の親友は一体、どこに行ったんだろう?』ってな。まったく、人騒がせな娘だよ。自分の欲望を知られたくらいで」
「そんなに単純じゃありません。彼女はきっと、私達が思う以上に苦しんでいると思います」
「……そうだな、すまない。俺も少し、配慮が足りなかった。俺は、父親失格だな」
「お父さん! くっ、そんな事はありません。お父さんには、愛情があります。娘の事を思って走れるくらい。私の親は、私の為に走ってくれなかった」
セーレは、彼女の手を握った。
「彼の店に案内します。お父さんは、そこで待っていてください。他の人が彼女を捜している間、彼女がそこに現れるかも知れませんから」
「そうだな。あるいはもう、そこに来ているかも知れない。君と入れ違いになって」
「はい!」
セーレは果物屋で買い物を済ませ、彼の店に男を案内した。
「この店です」
「おお、ここか!」
男は、店の扉を勢いよく開けた。
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