第14話 今までありがとう

 朝の日差しを浴びたのは良いが、彼の気持ちはどこまでも不機嫌だった。今日は、仕事が休みだと言うのに。胸のイライラがまったく取れなかった。

 彼は不機嫌な顔で、食堂の椅子に座った。

「まったく! 昨日は、帰りが遅いと思ったら。今日はまた、お友達とお茶会かよ?」

「そうね。でも、それが青春でしょう? あの子はまだ、17歳なんだし」

「もう、17歳だよ。『17歳』といいや、悪い男の一人くらい」

「あら? 自分の娘を信じていないの?」

「自分の娘を信じているからだよ。あいつは、俺が思っている以上に初心だ。恋愛の良し悪しも分からねぇで。だから心配なんだよ。変な男に騙されていないか。アイツを送った奴は、お前も見ていないんだろう?」

「ええ、あたしが家の外に行っても。家の外には、誰もいなかったわ」

「ちぇ、気持ちの悪い奴。恋人の両親に挨拶もしねぇで」

「本当にただの友達かもしれないわよ?」

「だとしても、だ! 普通は、挨拶の一つくらいするだろう? 『こんばんは』とかさ」

「そうね。それはちょっと、失礼かも。今度、合った時に」

「ああ、『ガツン』と言ってやれ。俺も一発、説教してやる!」

「ふふふ、あまりやり過ぎないでね?」

 と、彼女が言った時だった。ハウワーが食堂の中に入ってきた。どこか嬉しそうな顔で、食堂の椅子に腰掛ける。

 ハウワーは、二人に挨拶した。

「おはよう、お父さん、お母さん」

「ふふふ、おはよう。今日も、気合いが入っているわね?」

「ミレイ達とのお茶会だからね。ブスのあたしは、身だしなみくらいきちんとしないと。周りのみんなに笑われちゃう」

 彼女は「クスッ」と笑い、今日の朝食を食べてからすぐ、屋敷の玄関に向かって歩き出した。「それじゃ、行って来ます」

「うん、行ってらっしゃい。気をつけてね」

「はい!」

 彼女は、友人の屋敷に向かった。屋敷の中庭ではいつも通り(ミレイはまだ、来ていないようだが)、友人達が彼女の到着を待っていた。彼女は、テーブルの前に歩み寄った。

「おはよう、みんな」

 友人達は、彼女の挨拶に応えなかった。

「ねぇ? 前から思っていたけど。あんたって、アタシらよりも年下(アリスとは、同い年だけど)だよね? その年下が、アタシらに『おはよう』は無いんじゃないの? 目上に対する礼儀も忘れるなんて」

「うん、うん。アンタがミレイの友達だから、アタシ達も仲間に入れていたのに。それを忘れるとか、身の程知らずにも程があるわ!」

「え、あ、どうしちゃったの? みんな」

 ハウワーは周りの人々を見渡したが、アリスは辛そうな顔で俯き、ノエルも暗くはないが、真剣な顔で彼女の顔を見つめていた。

 少女達は、それぞれの席から立ち上がった。

「『どうしちゃったの?』は、アンタの方よ! なんで」

 から一層に、彼女の顔が険しくなった。

「アタシ、見ちゃったんだよね? 昨日の夜、アンタが快楽屋の中から出てくるのを」

「え?」と、ミレイの声が響く(どうやら、屋敷に着いたようだ)。「まさか、ハウワーが?」

 ミレイは周りの声を無視し、ハウワーの前に駆け寄った。

「なんで? どうして? ハウワーは」

「んっ」と、少女の瞳が震える。最初は「それ」に戸惑ったが、親友が真剣な顔で彼女を見つめると、その瞳に促されるように、両目の涙を必死に堪えつつ、親友に昨日の出来事をゆっくりと話した。

「『後悔していない』って言ったら、嘘になるけどね。今は……前よりは偏見を持っていないって言うか。それを気づかせてくれたロジクの事も」

 ミレイは、その性に驚いた。

「『ロジク』って、まさか! ねぇ、ハウワー」

「なに?」

「そこの店主は、誰がやっているの?」

「え? 『ヨハン・ロジク』って男の子だよ? 歳の方は、あたしと同じくらいかな? あたしは、べ、別に、好みじゃないけど、凄い美少年だった」

 ミレイは、その話に胸を痛めた。

「そう、なんだ。ヨハンが快楽屋に、くっ」

「ど、どうしたの? ミレイ」

 少女達は、その態度に腹を立てた。

「アンタが泣かせたんじゃない! 訳の分からない事を言って!」

「そうよ! アンタが快楽屋に行かなきゃ、こんな事にはならなかったんだ!」

 少女の一人が唸る。

「帰って」

「え?」

「『帰れ』って言っているの! アンタは、この場に相応しくない。だから……ここにはもう、来ないで!」

「……分かった。今までありがとう。あたしは、くっ。本当に楽しかった」

 少女達は、その言葉に俯いた。

 ミレイは、親友の手を掴んだ。

「ダメ、行っちゃ」

 の声は、ハウワーに届かなかった。「ごめんね、ミレイ」の言葉と共に。ハウワーは親友の手を払って、屋敷の中から出て行った。

 ミレイは、その場に泣き崩れた。周りの少女達(主にアリス)から、自分の背中を摩られる形で。彼女は自分の顔を上げると、悔しげな顔で周りの少女達を見渡した。

「別に良いじゃない、そんな事」

「なっ、ミレイ!」

「私も馬鹿だった。友達が快楽屋の中に入ったって、その友達は」

「それじゃ、ミレイは耐えられるの? 自分の親友が」

「うっ」

「破廉恥な女だったら? 以前と同じように付き合っていける? アタシには、無理だな。自分の近くにそう言う人がいると思うと。相手の目すら、まともに見られない。『相手は今、何を考えているんだろう?』って。それはとても、気持ち悪い事だと思うよ?」

 他の少女達も、それに「うん、うん」とうなずいた。

「アタシも、そう思う」

「アタシも、アタシも」

 少女達は互いの意見にホッとしたが、ミレイには「それ」が我慢できなかった。

「そうね。でも、私は」

「なに? ミレイも、『エッチな事』が好きなの?」

「うんう。私は、エッチな事が嫌いだよ。あの時からずっと」

「なら!」

「でも、彼女の事は否定しない。たとえ、『エッチな事』が好きな女の子でも。それは、友情とは関わりない事でしょう?」

 ミレイは、屋敷の出口に向かって歩き出した。

「ハウワーを捜してくる」

「なっ!」と、驚く少女達。「待って! 捜しては、ダメ」

 少女達は彼女を呼び止めようとしたが、彼女は「それ」に従わなかった。友人達の前から遠ざかる彼女、その瞳には揺るぎない信念が宿っている。「親友の事を絶対に見つけてやる」と言う信念が。その信念は、少女達の心を大きく揺さぶった。

 少女達は、互いの顔を見合った。

「なによ。これじゃ、アタシ達が悪者みたいじゃない?」

 彼女達は暗い顔で、それぞれの椅子に座り直した。

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