第13話 理解

 最初に感想を述べるとしたら、とにかく凄い。上品な佇まいの少女が、あんなにも乱れてしまうなんて。彼女の口から漏れる声には、聞き手の情欲をくすぐる甘美な響きが潜んでいた。

 ハウワーは、カノンの裸から視線を逸らした。

「こ、こんなの、うううっ。やっぱり、破廉恥だよ」

「確かにね」と、ヨハンが微笑んだ。「これは、どう見ても破廉恥だ。店のオイルで女性を喜ばせるなんて。エロティックにも程がある。君の感じた『それ』は、決して間違いじゃないよ」

 ヨハンは昇天中のカノンから離れ、彼女に温かい紅茶を煎れた。

 ハウワーは紅茶を恐る恐る受け取ったが……今の興奮が冷めないのか、紅茶を啜る時はもちろん、それを喉に流す時も、思わず「ゲホゲホ」とむせてしまった。

 セーレは、彼女の背中を摩った。

「だ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫。ちょっとむせただけで。ゲホンゲホン」と言いながら、口の唾を拭い取る。右手を使ってやや乱暴に。その作業が終わると、今度はヨハンの顔に目をやり、その目を真剣に見つめはじめた。

「ねぇ?」

「ん?」

「あなたは」

 ハウワーは、自分の足下に目を落とした。

「どうして、こんな商売をやっているの? あたしとも、ほとんど歳が変わらないのに」

「復讐の為さ。僕は復讐の」

 ヨハンはその動機も含めて、ハウワーに「自分が快楽屋になるまで経緯」を説明した。

 ハウワーは、その説明に胸を痛めた。今までは、「偏見」の気持ちしかなかったのに。今の彼女には、彼に対する哀れみ……いや、切なさに似た同情しかなかった。それを聞いていたセーレの目にも、涙が浮かんでいる。

 二人は互いの顔を見合うと、一方は自分の涙を拭い、もう一方は彼の身体を抱きしめた。

 セーレは何も言わず、ヨハンの身体を抱きしめつづけた。

 ハウワーは、ヨハンの顔に視線を戻した。

「苦労したんだね、あなた」

「……うん、ここまでくるのに。結構な時間が掛かった。自分の店を持って。最初は、お客がぜんぜん来なかったんだよ?」

「ふうん」とは、うなずけなかった。そううなずいたらきっと、彼の大事なモノを壊してしまうと思ったから。皿の上にカップを戻す。

 ハウワーは、椅子の上からそっと立ち上がった。

「ごちそうさま。紅茶、凄く美味しかったよ」

「そう、なら良かった」

 ヨハンは彼女から容器類を受け取り、それらを流し台に持って行くと、外出に必要な物を持って、彼女の所にまた戻った。

「家まで送って行くよ。夜の町は、色々と危ないからね。男と一緒に帰った方が安心でしょう?」

「え?」と驚くハウワーだったが、すぐに「う、うん。お願いします」とうなずいた。

 ヨハンは寝台のカノンを起こし、それからセーレの顔に視線を移した。

「セーレさんは、店の中で待っていて。帰ったら夕ご飯にするから」

「うん。ありがとう。気をつけてね」

 セーレは、三人の背中を見送った。

 三人は、店の外に出た。近くの道路を走っていた、ハウワーの友人に見られているのも知らないで。彼女は三人の姿を見つめると、不安な顔で隣の父親に話し掛けた。

「お父様見て下さい、ほら? あそこ」

 父親は娘の指差すに三人に目をやったが、その後ろにある……つまりは、快楽屋だ。それに気づくと、怒ったような顔で隣の娘に怒鳴った。

「見るんじゃない! あの店は、快楽屋だ」

「快楽屋って、まさか! あそこいるのは、私の友人ですよ?」

「それなら、くっ! そこのお客様なんだろう? 認めたくはないが」

「そんな!」

 少女は、馬車の中で項垂れた。

「ハウワー……」

 彼女を乗せた馬車は、三人の前から遠ざかった。

 三人は、それに気づかなかった。

「それじゃ行こうか? 最初は、カノンさんの家からで良い?」

「う、うん。良いよ」

「フフフ、ごめんなさいね」

 三人は互いの顔を見合って、その場からゆっくりと歩き出した。

 カノンは、隣のハウワーに耳打ちした。

「彼の仕事は、どうだった?」

「う、うん。とても刺激的で」

 の続きは、上手く言い表せなかった。

「とにかく、凄かったよ」

「フフフ、そう」

 カノンの口元が笑った。

「あなたも、『あれ』をやってみる?」

 ハウワーの顔が赤くなった。

「え、なっ、うっ。あたしは」

「フフフ、冗談よ。あなたは、その純潔を保つべきだわ」

「う、うん」

 二人は、「そうだね」の言葉に押し黙った。

 ……カノンの家に着いた。カノンは「そこ」で、ヨハン達と別れた。

 ヨハンはハウワーから家の場所を聞き、その場所に向かって(彼女と)歩き出した。

 ハウワーは、隣の彼に頭を下げた。

「ごめんね。あたしの家、ここから結構遠くて」

「うんう。それよりも」

「え?」

「帰りが遅くなっちゃって、ごめんね」

 ヨハンは、彼女に(謝罪の意味も込めて)微笑んだ。

 ハウワーは、その微笑みにドキッとした。

「うんう、だ、大丈夫」

 二人は無言で、町の中をしばらく歩きつづけた。

「ね、ねぇ?」

「ん?」

「あなたの事なんだけど」

 から、少し間を開ける。

「なんて、呼べば良い?」

「ハウワーさんの好きで良いよ?」

「そう、それじゃ」

 深呼吸を三回。それが終わったら、彼の目をじっと見つめた。

「ロジクで良い? あたしの事は、ダナリで良いからさ」

「う、うん、良いけど。でも、良いの?」

「自分の事、本当は『さん、付け』されるの逃げ手だからさ。あの二人にはまだ、言っていないけど」

「分かった。それじゃ、ダナリって呼ばせて貰う」

「ありがとう」

 彼女の家に着いた。

「それじゃ、送ってくれてありがとう」

 ハウワーは「ニコッ」と笑って、家の中に入った。

 ヨハンはその背中をしばらく見つめたが、彼女の背中が見えなくなると、穏やかな顔でその場からゆっくりと歩き出した。

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