第12話 彼の仕事

「みつ、けた。セーレさん!」

 と言ってからすぐ、セーレの身体を抱きしめる。

「あの後、何かされなかった? 快楽屋に連れられて」

 ハウワーは、彼女の肩を掴んだ。

 セーレはその行為に苛立ちながらも……昨日の態度を反省してか、彼女の目から視線を逸らして、その質問に「何もされていませんよ」と答えた。

「昨日はただ、彼の店に行っただけだし」

 ハウワーは、隣の少年に目をやった。

「彼の?」と言ってから、少年の姿を観察する。少年の姿は……なるほど、これは紛う事なき美少年だ。それを見た瞬間に思わずドキッとする程の。彼の笑みには、少女をときめかす何かが詰まっていた。彼の目から視線を逸らす。

 ハウワーは、セーレの腕を掴んだ。

「家の場所を教えて、セーレさん。あなたは、その人と一緒にいちゃいけない。人間の快楽を満たす仕事なんて、くっ。そんな仕事は、破廉恥だよ」

「……そうですね。確かに破廉恥かも知れません、人の快楽を満たす仕事は。でも!」

 セーレは、彼女の手を振り解いた。

「この人は、違う。彼は、自分の復讐を果たす為に。私は、その復讐を肯定します」

 二人の瞳が揺れた。一方は、自分の心を信じるように。もう一方は、相手の言葉に心を揺さぶられるように。二つの瞳は交差して、互いの目をじっと見つめつづけた。

「彼の復讐がどんな物かは、知らないけど。やっぱり」

「なら、自分の目で確かめてはどうですか?」

 セーレは、自分の足下に目を落とした。

「否定するのは、誰にだってできる。大切なのは……私も他人の事は言えませんが、自分の目で見て、自分の頭で考える事じゃないですか? 余計な先入観を捨てて」

「セーレさん」

 セーレは、隣の彼に目をやった。

「ヨハン君」

「なに?」

「彼女は今日も、お店の方にいらっしゃいますか?」

 ヨハンは、彼女の意図を読み取った。

「うん、来ると思うよ。って言うか、彼女はうちの常連だし」

「ふうん。なら」

 セーレは、ハウワーに向き直った。

「ハウワーさん」

「な、なに?」

「今日の夜、彼のお店に来て下さい」

「はっ? ど、どうして?」

「そこに行けば、彼のすべてが分かるからです」

 セーレは、彼女に店の場所を教えた。

 ハウワーは「それ」を拒んだが、最後は「わ、分かった」とうなずいた。

「そんなに言うなら。あたしをその店に連れて行って」

「分かった」と、うなずくヨハン。「なら、夕方に」

 ヨハンは「ニコッ」と笑って、彼女の前から歩き出した。セーレもその後に続いて、彼女の前から歩き出した。二人は(ヨハンの提案で)、セーレの就職祝いに町の中をしばらく歩きつづけた(ヨハンが何か奢ってくれると言う)。

 ハウワーはその背中をしばらく眺めたが、セーレの言葉を思い出すと、憂鬱な顔でその場から歩き出し、町の中をしばらく歩いて、自分の家に帰った。

 

 本当は、行きたくなかったけど。約束だからしょうがない。必要な物を持って、彼の店に行った。彼の店は……通りには面しているが、どちらかと言うと、目立たない方だった。

 店の扉に掛けられた看板も、「快楽屋本店」の文字も、他の看板に紛れてあまり見えなかった。店の玄関を叩く。玄関の扉が開いたのは、彼女がそれを三回叩いた時だった。視界に入る、ヨハンの顔。

 ヨハンは嬉しそうな顔で、店の中に彼女を招き入れた。

「ようこそ、ハウワーさん」

 ハウワーは(恐る恐る)、店の中に入った。店の中は……なんだろう? 物凄くオシャレだった。その雰囲気自体は、とてもエロティックだけど。店の中に置かれた寝台(誰か寝ている?)、椅子、カウンター台のすべてが、彼女の五感を刺激し、何とも言えない感じに彼女を興奮させた。それこそ、セーレの姿を見た瞬間、「ふぇっ!」と震え上がった程に。

 ハウワーは彼女の前を離れつつ、荒れた息をゆっくりと整えた。

「ビ、ビックリしたぁ」

「ご、ごめんなさい。でも」

 セーレは「ニコッ」と笑って、彼女に頭を下げた。

「来てくれてありがとう」

 ハウワーは、彼女の言葉に赤くなった。

「う、うん」

 ヨハンは、寝台の前に彼女を導いた。

「それじゃ、早速」

「う、うん」

 ハウワーは彼の言葉に従い、寝台の上に足を進めた。寝台の上には……誰だろう? 一人の少女が横になっている。身体の上に布を掛けられて、彼女に優しげな笑みを向けていた。

 ハウワーは、その笑みに仰天した。

「うそ? どうして?」

「こんばんは。また会ったわね、ダナリさん」

「レーンさんが」の言葉も虚ろに、ハウワーは寝台の彼女に目を見開いた。「こんな所にいるの?」

 カノンは、身体の布を取っ払った。

「どうしてって? フフフ。ワタシがここの常連だからに決まっているじゃない?」

 彼女の言葉に絶句した。普通のお客ならまだしも、まさか、彼女がここの常連だったなんて。「驚くな」と言う方が、無理な話だった。彼女の言葉に項垂れる。

 ハウワーは不安な顔で、彼女の顔を見下ろした。

「いつから来ているの?」

「半年前」が、彼女の答えだった。「道を歩いていた時に偶然見つけて」

 カノンは、満足げに笑った。

「ここは、本当に素晴らしい店よ」

「すばら」

 しい、と言い切る前に、ヨハンが二人の前にやって来た。

 ヨハンはカノンに何やら耳打ちし、その口元が笑うと、ハウワーの顔に視線を移して、彼女に「それじゃあ」と微笑んだ。「僕の仕事を見せてあげる」

 ハウワーは、その仕事に息を飲んだ。

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