第7話 魔法 見えぬ思惑

次の日になって、フェリックスは二度寝をしたがるアンリを叩き起こし、グランルージュ家に向かうことになった。

「ふわぁ、まだ寝てたい…」

「もう昨日から12時間も寝てただろう。農民のおっさんなんて3時間も前に起きてたぞ。」

やれやれと言った感じでフェリックスはトボトボと歩くアンリの背中を押しながら歩いていくと、グランルージュ家の前には既に人が立っているようだ。

「ほら、お前が遅いから待たせてるじゃないか!」

フェリックスはここぞとばかりに非難する。

「多分それも占術とやらで分かってたんだろう。ぴったりなはずだ。」

鉄面皮なアンリには効かなかった。やたらウキウキとした足取りで歩いていると、向こうは気がついたのか、会釈をしてきた。

「お待ちしておりました。」

どうやら昨日とは違う人のようだ。何やら気品が漂っているところからすると、使用人ではないようである。身なりもそれなりに整っている。

「うむ。ご苦労様である。」

アンリはなんだか偉そうな態度で返した。

フェリックスも挨拶を終え、中に案内してもらうと、出された茶菓子など目もくれず、早速彼女に質問をした。

「あの後、結局どうなったのでしょうか?」

「はい。ソルは…いえ、フェリックス様のソレイユスルはあの後無事に目覚めまして、今から当主交代のための儀式の準備をしております。心身共に問題はありません。儀式は2日後を予定しておりますので、3日後にはお二方の元へ引越しができるでしょう。ただお二方はまだこちらには仮の住まいもないと伺っております。ですので、聖地選びと建設は我々におまかせください。」

何やら全て計画がされ、既に進行中のようである。

「!!いいのですか。そこまでしていただいて。ただこちらはご迷惑をおかけしただけなんですが。」

フェリックスは心から申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そんな彼の脇腹を小突くアンリ。小声でフェリックスに話しかける。

「なあ、ところで、あの人、誰なんだよ。さっきから名前聞いてないんだが。」

「そうだよな。結構偉い人っぽいし。後、どうやって呼べばいいんだっけ?」

「名前の先頭部分とかで呼ぶのが多いな。細かく変わることも多いが。どうもソルは身内としか話さなかったとかで本名で呼ばれることが多かったんだろう。普通は愛称も同時に言うから安心しろ。」

「なるほど。」

二人が小声で話し合っているのを終えたのを確認した彼女は、

「あ、いいですか。そういえば自己紹介がまだでした。私はドュミルナ、ドゥミとお呼びください。さて、話を最初からしますと、そもそもどういった経緯かは分かっていなかったのですが、我がグランルージュ家の中から巫女として誰かが選ばれ、新たな二柱の神にお仕えすることになるということも、占術で分かっていたのです。それゆえもっともふさわしいであろう彼女が昨日接待させていただいたわけでした。一応彼女も当主という身。正式に決まるまではその地位を降りることはできないので、2日もかかってしまうことになり、大変申し訳ありません。それと神殿は、これはなにぶん100年前のものはもう劣化しており、お二方にはふさわしくないため、大急ぎで新しい神殿のための選定をしておりましたが、お二方の司るものが何であるのか判らないため、これも手間取っていました。申し訳ありませんでした。どうやらお二人のうちフェリックス様は概念神、アンリ様は地域神のようなので、そのように今見繕っております。」

彼女はスラスラと現在の状況を説明してくれた。しかし、それは双方の(というかフェリックスとドゥミの)認識のズレが一層明確になっただけであった。

「え、ええ?えええっと、つまり、怒ってないんですか?どうしてそこまでやってくれるのですか?今我々は何の見返りも用意できないんですよ。」

フェリックスは困惑して尋ねた。

そうこうしている間にアンリは勝手にフェリックスの分の茶菓子を横取りしようとし、無言の鉄拳制裁を食らっていた。

「ふふ、仲がよろしいのですね。確かに、何も知らない”人”からすれば私共の態度は腑に落ちないかもしれません。フェリックス様は自分がこの地に降臨した理由をご存知ですか?」

このような質問にフェリックスは戸惑った。今までは何せアンリの気まぐれで連れてこられた以上の理由があったとは思えなかったのである。しかし、彼はそこまで察しの悪い神ではなかった。

「その、100年前にいなくなった神々と関係している、と?」

と答えを言い当てた。

「はい、実はこの地域で祀られていた二柱の神が100年前、突然いなくなってしまい、以来この地域では人が神の恩恵を得ることができなくなってしまったのです。それ以来、皆は神の降臨を待ち望んでいたのです。そして神の所業には運命力が働くもの。ですから例えフェリックス様、貴神とソルの間に起こった事も偶然の事故ではなく必然だったと考えております。」

どことなく言い方にトゲがあるあたり、本心では怒っていそうである。

「す、すみません、私は、まだ神としての常識がないもので…」

なぜか圧に押されてへり下るフェリックス。

「いえ、おかげで私が当主として取り仕切らないといけないなんて、なんて面倒なんだろうなんて考えておりませんよ?」

完全な嫌味である。しかもそれを笑顔で言うのだからたまらない。

「ソルは例え何をやらせても完璧ですから、巫女も完璧にこなせるだろうと思います。しかし、フェリックス様、貴神はどうでしょうか?取り返しがつかないとはいえ、一応はこちらも認めるためには納得できる材料が欲しいのです。」

「ふむ、汝、神による決定事項を人の身で覆さんとするつもりか?身の程をわきまえよ。」

アンリが突然割り込む。どうやら怒っているようである。そんなに偉そうにできる理由が分からない、と思いつつももう慣れたのでフェリックスは黙っている。

「覆すつもりはありません。ただわた..皆を納得させるだけの、神としての力を見せて欲しいのです。そのために、フェリックス様は2日後、ソルとともに試練に立ち向かってもらいます。」

「ドゥミ、それはあまりにも厳しすぎるぞよ。フェリックスはまだ神になって二日目ぞ。この世界に慣れておらぬし、魔法とて使えず。試練の内容如何によっては我々は帰ってもいいのだぞ。」

アンリは本気だ。眉間にシワが寄っている。今まで見たことがなかったが、まさに覇気と言うべきオーラが立ち上っているような、近寄れないほどの重圧がある。ドゥミもさっきまでと豹変したアンリの姿に萎縮し、震えてしまっているようである。

「さあどうした。試練とやらの内容を説明して見よ。」

アンリは畳み掛ける。

「は、はい。試練の内容は、『二人で協力し、鉄岩連峰の頂上にある試練の間に行き、誓いの石を取ってくる』ことです。」

「ふむ。鉄岩連峰か…」

「鉄岩連峰、確かあそこは森林限界をはるかに超えた山々だったはず。たった二人で挑むのは無謀すぎますね。」

フェリックスも天界?で習った知識があるので地理なども大体理解している。

この世界にはないであろう衛星写真なども見られたので、鉄岩連峰がどれだけ凄いかも分かっている、地球であればアンデス山地に匹敵する長大なものだ、と言ってしまえるだろう。

この大陸を真っ二つに二分する巨大な連峰、しかも非常に硬い岩石でできているため山からたやすく土砂が流出するのであまり森も豊かではない。

「これは神代より何度も行われてきた通過儀礼。故に道の整備や途中での休憩などは万全です。問題は貴神様にそれらを正しく利用することができるのか、言うならは人間力と知恵が問われる試練なのです。」

ドゥミがそう趣旨を説明するのを聞いて、アンリはどうにもおかしいと訝しんだ。

なぜならそれは、試練というにはヌルすぎるのである。今説明している要素では、神に必要な素養全てに対して試すことができると思わない。同時に巫女としての必要な素養については全く試すことができない。それらを試すならそこではなく、むしろここのような人のいる場所がふさわしい。

まだ、何か隠していることがあるな。アンリはそう確信しつつも、ダメだった場合は自分がフォローすればいいと考え、この場であえて黙ることにした。

「我々の失態を汝らが全て許す、と保証してくれるのなら、この神アンリがその試練、許可しよう。もちろんそれまで準備はさせてもらうぞ。」

そう言いつつもう機嫌を直したのかドゥミの分の菓子をほうばっている。

「もちろんです。我らグランルージュ家一同、神様方の従者と思って使ってもらって構いません。おそらく必要なものは全て当家で揃うと思います。」

そう言いながらアンリの食べようとしている最後の一切れをつまんで止める。

「手で直接菓子に触れるな。礼がなっておらんであろう。」

「それは、私の、です!」

「ドゥミ様、もうそいつをしょっ引いちゃって構いませんよ、同じ神の私が許します。というか今までの失態分全部まとめて罰を与えたい気分なんで。」

「わかりました。お二方には今日から神殿完成までは、ここの本宅に住んでいただきますが、アンリ様は少なくとも私の機嫌が直るまではおやつ抜きということで。」

そういってかっこよく決めたドゥミの言葉にもはや覆せない上下関係を悟ったアンリは無言でうなだれていた。

その後彼らは怒号の勢いで準備を開始した。山に行くために必要な装備の点検から、食料の輸送量の検討、結果どう考えてもたりないと分かったので、途中までついていく食料輸送隊の抜擢。天候不順、遭難などの緊急事態での行動マニュアルの作成。過去の記録を渉猟し、他にも問題はないのか細かく調査。これらをこなしていくうちに日が暮れてきた。

「おーい、アンリ、晩御飯らしいぞ!」

フェリックスが作業中のアンリに声を掛ける。ここでは朝起きが早いので晩御飯も日が暮れる前であったりする。

「晩御飯は要らない。言ってるだろ、神は食べる必要はないんだって。」

アンリはなぜか不機嫌である。

「そんなに早く準備を終わらせたいのか?」

フェリックスが尋ねる。その態度に何か匂う部分があったからである。

「いや、もう寝る。良い子は日が沈んだら寝るものだ。」

頑なにそこは譲らないといった意思を感じる声で、アンリは言った。

「なあ、神って本当は寝る必要はないんじゃないか?実際俺も寝ずに過ごしていて何の問題もなかったし。」

「普通はな。だが僕の場合は違う。この問題は、君には深く関わって欲しくないんだ。僕は、寝なければいけない。」

どこか珍しく真剣な表情でそう言いながら、寝室の襖をぴしゃりと閉めた。

まあ後でフェリックスもそこで寝るのだが、後で入って見たアンリの寝顔は何の変哲も無いかわいい女の子のものであった。

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