第3話 未知 神の力と人の心

気がつけばそこは山の上だった。苔や草以外の木が生えていないことから森林限界を越えた場所なのだろうか。見当たらないが、近くにあいつ、アンリはいるのだろうか。


そうして彼は周囲を見渡していたが、結局どこにも見つからない。

さらに、彼はまだ自分の変化には気づいていなかった。そう、彼はもう一平均的な人間ではなく、神の肉体になっていた。そして神としてこの世界で与えられた名前が、フェリックス。

ここからは二人をアンリとフェリックスと呼ぶことにする。

「おーい、アンリ、いるのか!」

力の限り叫ぶ。しかし返事は来ない。

「仕方ない、ひとまず下山するか。一応目印でも残しておこう。」

服の袖を引きちぎって印を作ろうとする。そこでフェリックスは気がついた。

服は全く元のままの形を留めている。

自分が服を着ていることは問題ない。肉体と一緒に作ってもらったようだから、当然だ。しかし、なぜその服を引きちぎっても元に戻るのか?

これもいわゆる魔法なのかと考えたが、アンリがいない状況ではおかしい。

「自己再生してる?」

首を傾げつつ、印を結び、下山を開始したフェリックスだった。

山の中腹に差し掛かり、そろそろ森も深くなってきた頃だろうか。

袖を引きちぎろうとしたら袖が戻っていないことに気がつく。

「あれ、再生切れかな。」

ふと、この服は惜しいから元に戻って欲しいという思いが頭をよぎった。

すると、見る間に服の袖が再生するではないか。

「服の機能じゃないってことか?」

フェリックスは考えた。だとすれば自分の力の可能性がある。最後の言葉から考えるに自分も神になっているらしいから。すると自分もアンリのように性転換とかできるのか!?

考えてはみたものの、何も起こらなかった。できない理由は分からなかったが、特に気にならなかったので、一先ず下山の仕方を考えつつ、休憩する場所を探すことにした。少し離れたところから水の音がしたので水を飲みつつ休憩することにし、そちらに移動していると、何やら別の音が聞こえてきた。

「ズズズ…ズズ..」

何かが複数、這いずり回っているような、そんな不気味な音。それが森のあちらこちらから聞こえてくるのだ。

そして、その音の正体は水場に着くと、すぐに明らかになった。

何やら黒い霧状のヒモ、いや、ヘビというべきよく分からないものが何本も空中を動き回り、木や岩に触れるたびの黒いシミを作っている。

「なんだこれ…」

急いで逃げ出すフェリックス。

しかし足元は岩場であまり早く走ることができずに黒いものは一瞬で彼にまとわりつく。

すると、すぐにその黒いものは引っ込んで消え去っていった。

「なんだったんだろうか。」

彼の頬にはまだその感触が残っていた。不思議な感触だった。熱く、そして冷たかった。

「みーつーけたー」

遠くから声がする。アンリだ。

「ちょっと、そっち行くから待ってて!」

「わかった!」

アンリが息急き切って走ってきた。するとあの不気味なヘビ?はアンリの能力だったんだろうか。

「久しぶりに使ったなー、あれ。こっちじゃやっぱり使いやすいな。」

アンリはウンウンと一人で納得している。

「あれ、なんなんだよ。」

「あれは、僕の能力だよ。範囲を探索するためのいわゆる触角を伸ばしてたのさ。使い勝手が大体2つ目ぐらいの能力なんだよね。この世界じゃ使いやすい。」

この世界は元の世界の数万倍の規模の超能力、魔法が使える。さっき説明されたことだ、とフェリックスは思いだす。

「元の世界でも使ってたのか?」

「まあ、神以外には見えないからね。でも5mが限界だったかな?こっちじゃ余裕で10kmは使えるな。」

「へーえ。してたのか、そう、色々なことを?」

「いや、これは見えるってわけじゃない。いるのが分かるぐらいだよ。そこまで便利じゃない。」

それならいい、と納得するフェリックス。アンリのことは、やりそうではあるけど、実行まではしない性格だ、と知っていた。

「なるほど。で、ところでなんで離れて落ちてたわけ?」

「誰かさんが手を振りほどいて投げ飛ばしたからだね。」

「なんか服が再生するんだけど?」

「そりゃ君も神なんだからそれぐらいはできるさ。」

「神になるって最後まで言わなかったのは?」

「忘れてました。」

「最後に聞くけど、これからの計画は?」

「全くないよ!」

「…」

もはやツッコミを入れる気すらないので、無言になったフェリックスは、色々と後悔しつつ、ため息をついた。

そんなこんなで下山した二人であったが、何せ計画の一つもないのである。

「一応、ここにある村を訪ねようと思う。」

アンリは言う。

「村、あるんだな。」

「まあ田舎の村さ。そら、見えてきた。」

指差した先にあるのは、古い茅葺き屋根の家が数軒連なり、その隣には小さな畑がいくつかある光景だった。

「この世界って確か近世レベルだったよな?」

フェリックスは現代のような便利な社会は期待していなかったが、せめて貨幣経済ぐらいはあって欲しかったのである。

「大丈夫、江戸時代ぐらいはある。治安もいいし。」

そうか、それならある程度期待できるな、とフェリックスは安堵した。

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