Code:XVI 蒼い、青いソラ
「痛ってぇ……クソッタレが……!」
「助けてもらっただけありがたいと思え、キリア。無様にもあんな年端もいかない少女に負けるなんて情けないにも程がある。恥じろ」
「……っせぇな、後なんでテメェも居んだよペンタリア」
「猪突猛進な犬の回収よ」
「陰気な菌糸みてぇな女が……」
「それだけ口が動くなら問題なさそうね、それにしても肉体の大部分が欠損しているけれど」
「俺の深層能力を忘れたか? そのクソ小せェ脳をもっと使え」
「貴方の様な馬鹿に使う領域は限られているの」
世界の何処か、隠匿された場所。光の射さない部屋でキリアはベッドに横たわり、ジリア、ペンタリアはその傍らで椅子に腰かけ傷だらけの男を眺めていた。夥しい数のチューブが群れを成すようにキリアの体へと這い繋がれている様は、宛ら人体実験の様相となっていた。
キリアの胴や腕の欠損部位はチューブ以外に、冷気を未だ放つ氷塊が皮膚表面を覆っていた。常温状態でかなりの時間が経過しているにもかかわらず、その氷塊が融解する兆しは一切なく、ただひたすらに肉体を冷やし続けている。
「俺が赴いていてよかったな、テトラリアがここに居たら間違いなく焼いて塞がれていただろう」
「あのバカ女、加減を知らねェからな」
「で、何があったのかしら? 曲がりなりにも近接戦闘に特化した貴方が少女一人に負けるとはにわかには信じ難いのだけれど」
本を手に乾いた紙の音を響かせていたペンタリアは、視線を上げないままにそう問うた。彼女の疑問も当然であり、キリアと言う男はICOを形成する幹部――――
「…………あの女だ」
「あの女?」
「アンドロイドのクソ女、殲滅者だ」
殲滅者。アナイアレーター。煤けた髪色に鮮血を想起させるメッシュと隈と入れ墨。無表情無感情のままに人知を超えた力を振るい、遠隔からの狙撃を背にかつてのICOを壊滅寸前まで追いやったその者の名に、ジリアとペンタリアは顔を強張らせる。
「……馬鹿な、奴はあの施設から300㎞離れたビル屋上から狙撃をしたんだぞ」
「にわかには信じられないわね……」
「テメェらがどう思おうが知ったこっちゃねェがな、事実として俺はあの女にブン殴られて吹っ飛ばされたんだよ」
「……何故だ、不可能なはずだ」
「仮定の言葉は現実の前じゃ何の意味もねェ、実際に発生した事象を否定するなんて俺達は尚更する訳にはいかねェんだよ」
目を閉じ、様々な感情を混ぜた溜息を大きく溢すキリアの姿に、傍らの二人は沈黙を選ぶしかなかった。
ICOにとっては忌々しい過去の出来事、ウロボロスの方での作戦名は『ICO包囲殲滅戦』と呼ばれていたそれにより、かつて保有していた施設や資源、化学素材や人員は大きく失なわれた。資金確保のための麻薬取引の現場をウロボロスによって抑えられ、以前より様々な作戦を妨害してきていたウロボロスが抱えるアンドロイドや精鋭部隊によって、現在の幹部数人含めた多くの人間がその圧倒的な戦力によって制圧された。幸い幹部と何人かの仲間は脱出することができたのだが、しかしICOの組織全体から見ればその被害は甚大なものだった。捕縛された人間達への自白によって多くの研究施設にウロボロスの手が伸び、更には管理体制の厳格化によってよりそれらの行動をICOは以前以上に制限されることとなり、組織発足時からの計画は頓挫する事となってしまった。
「…………はぁ、頭の痛い話だ。まだ何か忍ばせているのかあのアンドロイドは」
「一筋縄ではいきそうにないわね、宣戦布告をしたのはいいけれど」
「不確定事項をそのままにするのは危険だ、引き続き彼女からの情報収集からの報告を待つしかない。今はできる事だけをするのみだ」
「他の人達にも今回の事は報告しましょう、明日にでも幹部を招集して頂戴。今日は疲れたから私はもう休むわ」
「あぁ、わかった」
「オイ、何時までこれ繋げてりゃいいんだ?」
「日付が変わるまでだ、大人しくして居ろ。大体お前は肉体の損傷と同レベルでオーバードーズ状態になっているんだ、偶にはジッとしていても罰は当たらない」
「……チッ」
忌々し気に舌打ちをしながらベッドに体を沈めるキリアを呆れた目で見るペンタリアは、開いていた本を閉じ立ち上がると部屋を後にした。若干隈のあるその瞳を擦りながら眠たげな姿を見送ったジリアはそれに倣う様に立ち上がり扉の方へと歩みを進める。
「……ジリア」
背後からキリアが声をかけてくる。その声に反応し、顔だけを肩越しにベッドの上の男に向けた。
「なんだ」
「あの女が作った部隊……400分隊だったか。あれは早々に潰さねェと厄介極まりねェ」
「……だろうな。お前と交戦した金髪の少女も、処刑人も、殲滅者も。我々が深層能力を得た今でも十分な脅威だ。そして……」
「あのいけすかねェ
「……正直、あの男一人で我々深層能力者のほぼ全てを完封されるだろう。唯一の希望は彼女だけだ」
「……その希望を手元に置いていないのはどうなんだかねェ」
「彼女きっての希望だ。我々は盤石の備えをし計画を進めるのに集中するべきだ」
「…………ハッ、そうか。もういい」
「大人しく寝ていろよ」
お互いに吐き捨てる様に言葉を交わし、ジリアはキリアの寝る部屋を後にした。退出した先の廊下は薄暗く、そして淀んだ空気を充満させていた。まるでジリアの抱く懸念と、組織の行く末を案じしている様な――――。
「……今はただ、進むのみ――――か」
余計な思考を頭を振って霧散させる。揺れた髪を指で整え、男は薄暗い廊下の先へと消えていった。
瓦礫が崩れる音が空しく鳴る。蓬の放ったただの殴打によって発生した衝撃波は、半端な機関銃が比肩できない程の威力を局所的に起こした。砂塵と混凝土片が李雨とアリスの肌に当たる。
「けほっ……処刑人?」
「居るわよ、殲滅者は加減を知らないのかしら」
視界が晴れたアリスと李雨は互いの所在を確かめる。アリスの用いた『鉄鋼片放射射出起爆粘土』と呼ばれる、少量でC4と同等の破壊力を出す事ができる火薬含有の粘土に、廃材の鉄鋼片を混じらせ爆風と炎熱、鉄片による攻撃が可能な物。それによって破壊された壁や床を更に人間を殴打し弾き飛ばした蓬の行動により、辺りは先程まで小綺麗だった部屋は爆撃機数機によって絨毯爆撃された跡の様になっていた。呆れた様な声と表情で周囲を見る李雨はアリスの下に近付くと、先程注射器を打ち込んだ箇所を見る。大きく拉げ無理に正された脚は、治癒促進情報を埋め込まれたUA-275の効果によって既に八割方が修復されていた。びきりぐじゅりと音を立てて元の形状へと戻っていく様はあまりにも不快な景色だが、これでも完治には至らない。あくまで急増で不足箇所を再生させ、遺伝子情報を基に形状を元に戻しているだけ。歪みへこんだ粘土細工の該当箇所に同量の粘土を宛がえば形だけは元に戻せるが、その接合部は完全には接着していない様に。
それに加え、アリスは今回の戦闘においてサポーターによるUA-275の投与量が規定値ギリギリとなっていた。その証左が、彼女の瞳の色。普段は鮮やかな鮮血の如き赤であるはずのそれは、今や蛍光色の緑が不自然に混ざった状態。万能の物質と言えど、人体には本来極めて有害であることには変わりはない。暫くの投与は勿論、接触も控えなければ例え生成され正規の手順で体内に取り込もうと曝露者になりかねない。アリスもそれを理解しているのか、既に左腕のサポーターは完全に機能を停止させていた。
疲れ切った顔ながら何処か安堵の雰囲気を浮かべるアリスの髪を、李雨は優しく撫でる。
「……?」
「お疲れ様、たった一人でよく頑張ったわね」
「……でも、倒しきれなかった」
「あれだけダメージを与えたのは称賛ものよ。アイツの強さは私も殲滅者も知っている。だからそんな程度の事で貴女を責めたりしないわ」
「本当……?」
「えぇ、だからそんな泣きそうな顔をしちゃだめ。まだミッションは終わっていないもの」
「そう、まだ終わっていないわ」
李雨の言葉に同調する声。それはアリスのものではなかった。顔を陥没し穴の開いた床の方へとやると、埃を払う様にしながらこちらに歩いて来る蓬の姿があった。
「おかえりなさい、アイツは?」
「既に回収されていたわ、恐らく生きている。大方ジリアと貴女が接敵した奴ね。誰?」
「ペンタリア。あの狂人集団、可笑しな力を使う様になったわね」
「キリアは身体強化、ジリアは氷塊かしら。魔法か超能力みたいね」
「現にペンタリアはそう言ってたわ、そんな本人は雷電、電撃を使ってた」
「……ねぇ、二人はアイツらを知っているの?」
当然のように交わされる会話。勝手知ったる相手の様に共通の話をされ、アリスは若干不貞腐れたように問う。それをわかっているのかどうかわからない無表情で、蓬は答える。
「えぇ、起爆者と処刑人がまだ互いに知らない頃。この分隊を作る前の話よ」
「ICOとは昔から小競り合いは起こってたのよね、それが大規模な麻薬取引の現場を抑えられる情報がもたらされて一網打尽。幹部こそ逃がしたけど、多くのICOの人間を捉えられたの」
「その幹部は情報では九人――――あぁ、正確には今は八人だったかしら? 素性がわからないのも何人か居たわね」
「一人はどうしたの?」
「機密情報、開示はできないわ。知ってるのは一部だけよ」
「ふぅん」
「それより殲滅者、ここの地下の調査はしなくていいのかしら?音響マッピングでは地下に何かあるみたいだったけれど」
李雨の言葉の通り、アリスがコアの探索と並行して行われた音響探査による施設内構造は既に完了し、その地下に巨大な空洞がある事も共有されていた。今回のミッションが施設のEMPエリアの解除だけでなく、人間の消失と施設内調査も兼ねているのはブリーフィングでも確認されていた。李雨の疑問は当然であり、故に蓬も当然の様に返答した。
「それだけれど、先程調査は終わらしたわ。ここへ調査に赴いた人間の消失理由も、ここの施設を利用していた奴らの目的の一端もわかった」
「教えて」
「消失理由の前にこの施設をIOCが利用していた理由。それはこの施設地下にUA-275の採取が可能な地下空間が存在していた。奴らはそれを利用して何らかの研究を優位で効率的に進められるようにしていたわ。ウロボロスの探査チームはその地下にある実験場でUA-275を用いた人体実験の被験者になっていた」
「……そう、なんだ」
「まさかここでそんなことができていたなんて、道理で厳重な隠匿をしていた訳ね」
「でもジリアは言っていた、ここはもう用済みだと。恐らくここでできる研究はしつくしたんでしょう、正直ここをこれ以上探査するメリットは皆無よ」
「じゃあ後は帰投するだけかしら?」
「ここの残骸処理はウロボロスの後続編成される
蓬はそう言い、アリスを抱きかかえる。まるで丸太を担ぐように、アリスの体は蓬の肩に乗せられた。
「わっ! 殲滅者、この運び方はやだぁ!!」
「我慢なさい、足を痛めているのに他に方法がないもの」
「丸太みたいな扱いね」
「お姫様抱っこ!」
「足に刺激がいってもいいならやるわよ」
その蓬の言葉に、アリスはすっと真顔になった。どれだけ無様な運び方に成ろうとも、捻じ折られた脚へ刺激が来ないならばそれに越した事は無い。あの激痛を思い出したアリスは、大人しく口を噤んだ。
そのまま蓬はアリスを抱え建物から飛び降りる。李雨もワイヤーを用いて地上へと降り立つと、示し合わせたかのように上空からウロボロスのヘリが到着した。
「ねぇ、私のガンケースは?」
「回収済み、処刑人のも」
「それは良かったわ、お気に入りの武器が無くなったら悲しいもの」
「私のAMR-2500だけは一旦回収に戻らないといけないわ。面倒だけれどあれを持ち上げるのすら人間には不可能だし」
ヘリから降ろされた足場付きのワイヤに足をかけ、上に引っ張り上げられながら会話をする三人。機内へと到着した蓬に、操縦士が振り向く。
「殲滅者、AMR-2500は
「あら、それなら真っ直ぐ頼むわ」
「了解――――こちら
『こちら情報課、了解』
機械的な会話が交わされ、ヘリは踵を返す。研究施設は黒煙を上げ、所々が崩壊し始めている。先程蓬が言った抹消部隊による施設破壊が開始したのか、所々から激しい爆発音が響く。その景色を視界から外し、蓬・李雨・アリスは雲が一切消え去った青い空――――
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