Code:Ⅸ 沈黙する不正刺客

 薄暗い室内は相変わらず煤けた火薬とほんのりとした鉄と血の臭いがこびり付いていた。彼女達にはそこが唯一絶対の空間であり、帰るべき場所。同時に、彼女達の半身とも言える武器達を仕舞い、彼女達が寝食を行う家。

 ウロボロスにて新たな任務を与えられた400分隊は、一度装備を整え補充をするために、ねぐらとしている建物に帰ってきていた。そこは市街地から離れており、他に人は誰もいない廃棄されて久しいビルの中のワンフロア。所々崩壊こそしているが、かつては軍事拠点にも使われていたため防衛能力も高く、400分隊――――と言うよりも、蓬が見つけ利用を決めたそこは最低限のライフラインだけを確保した根城となっていた。

「蓬、準備が終わったわ」

「そう、何か飲んで待ってて頂戴」

「わかったわ……アリスは?」

「とっておきの物を持ってくるとか、可愛いところがあるわねあの子も」

「まだ子供だもの、そういうものよ」

 旧時代の大陸にあったという人民共和国の伝統衣装に似せた格好に身を包み、作戦時に用いている外套を羽織った李雨は、しかしその体に様々な武装を携えていた。懐から見えるタクティカルナイフや右太腿にベルトで固定されたサバイバルナイフ、反対の腿にはハンドガンホルスターに収められた拳銃。腰に回るベルトには手投げの武装やカルミアが渡してきた薬品などが入れられているであろう戦術ポーチ。傍らには蓬やアリスが持つものと同じ、400分隊の識別マークを彫り込んであるガンケースが、物々しく立てかけられていた。

「蓬は準備終わったの? 見た所全然装備を身に着けてない様に見えるけど」

「外で待機しているヘリの中にもう積んであるわ。私はまず別地点からの狙撃をしてから行くから」

「私の眼の演算は無くて大丈夫?」

「貴女の眼は確かに遠距離狙撃に向いている多元演算機能があるけれど、今回最も危険なのはアリスで、より援護に向いているのは李雨、貴女よ。だからこそあの子の支援を任せているんだもの」

「ならしっかり守りましょうか。今回は何時もの旧時代の銃器だけじゃないから」

「難易度が違うもの、当然」

 世界が度重なる戦いと荒廃を繰り返していった結末。たった一つの新エネルギーを奪い奪われとやった末に、その新エネルギーによって世界を崩壊させたのは人間への最高の皮肉だろう。太陽に近づきすぎたイカロスは日輪と言う過ぎたものに近づき過ぎた故に蝋の羽を失い、蜘蛛の糸に縋りついた強欲な人間はその強欲さで救いの光から目を離された。ならば、半恒常的に作用する、あらゆる性質のエネルギーへの代替が可能なものを人間如きが傲慢にも求めれば――――その結論が今のこの世界の惨状なのだろう。

「おわったー!」

 ガチャガチャと耳障りな音を引っ提げて部屋から出てきたアリスは、出で立ちこそ普段のワイシャツの上に上着を羽織り、キュロットを穿いた姿だったが、その上着の中には丁寧に括り収納された爆発物の数々。自慢げに上着の裾を広げ、アリスは自慢げな様子で蓬と李雨の前に立っていた。

「それがさっき言っていた『とっておき』かしら? 物騒なとっておきね……」

「そうだよ、今までアリスが作ってきた爆弾の中でもかなり強いよ!」

「コードネームにふさわしい働きを期待しておくわ。それじゃあ行きましょう」

「了解。アリス、無線は装着した?」

「着けた! 李雨は?」

「私も大丈夫よ、ほら」

 李雨とアリスが互いに耳元に装着したインカム型の無線を見せ合う。この400分隊員のインカム型マルチ無線機――――通称『夢幻糸コントラクト』は、それぞれが独特のデザインをしているものの、その機能は高く数十㎞や数百㎞先であってもほぼノイズなく通信が可能であり、耐久性能や極地用耐性も万全にされている。この機器はウロボロスが誇る技師、篝火の製作したものであり、通信以外にも収納されたコードを接続すれば簡単なクラッキングも可能なマルチツールとなっている。

 それぞれがマルチ無線機を起動させ、デバイス本体に淡い光が灯る。それを確認した三人は、各々の荷物を持って外に待機しているウロボロス社の軍用ヘリへと向かった。






 場所は変わり軍用ヘリ内。鼓膜を大きく震わすヘリの駆動音とプロペラの音と共に、漆黒の機体は相変わらずの煤けた雲が広がる空を飛んでいた。蓬達三人は、備え付けられたシートに座り、固く締められたベルトに固定されながら作戦行動の確認を行っていた。

「もう一度確認するわ。アリスは斥候及び破壊工作、敵敷地内に入り次第内部のマッピングをオフライン音響デバイスで行う。それと並行してEMPを発生させている装置を探し、その外壁を破壊する。十中八九、これほど広範囲で強力な発生装置を使っているなら高所にあるはず」

「蓬の狙撃じゃダメなの?」

「そう言う装置を防護している防護壁なら、例えアンチマテリアルライフルの攻撃でも防ぎきる強度があると考えるのが妥当よ。外が駄目なら内、流石に貴女の爆発物なら破壊は可能なはずよ」

「なるほどー」

「李雨はEMP有効射程圏ギリギリの外周から敵増援や不審な動きが無いかを熱探知のスコープを使いながらアリスの援護。アリスと私の破壊行動でEMPが消失したのを確認した後に、アリスの後を追って強襲」

「狙撃用武装は強襲時にはどうすればいいのかしら」

「味方識別ビーコンを置いておけば、ウロボロスが回収してくれるわ。忘れない様に」

「了解」

「そして私は、貴女達二人を目標地点まで移送した後に、約300㎞地点の廃棄都市にある最も高いビルの屋上で待機。アリスの外壁破壊が確認できたと同時にEMP発生装置をこれで破壊するわ」

 蓬は横に立てかけている何時ものガンケースの更に横にある、普段は見慣れない巨大なガンケースを軽く叩く。その中には、普段はほとんど使用する機会の無い超々長距離狙撃用特殊弾使用アンチマテリアルライフル『AMR-2500 デゾレーション・スタビライザー』が入っていた。その大きさは約200㎝、重量約50㎏の規格外の値であり、これはウロボロスが2500年前後に開発した特務アンドロイド専用軍事戦術武装として蓬及び艾のみが使用を許可されているライフルだ。そのあまりに大きく重いことに加え、本来人間大の存在が扱うことを想定されていない特殊弾を用いているため、人間が扱えば例え補助具や義手などの機械パーツで緩衝場所を作っていようと容赦無く、容易に身体を破壊できる反動を発生させる。故に、通常はウロボロス責任者であるランヴァルト・ハイデッガー、兵装課最高責任者二人の使用許可、所有者である蓬或いは艾の使用権限行使の入力によって初めて使用できるものになっている。

「相変わらず規格外に大きいわね……そんなもの振り回してる貴女と艾の膂力も大概だけど」

「これ、アリスが使ったらどうなるの? 李雨」

「運が良ければ貴女の体が粉々になるわ」

「ふぇ……」

「引き金を引くにはアンドロイドが持つ信号の認識をさせるか、ロックの強制解除でもしない限りできないから安心しなさい。そもそもアリスの力じゃ持ち上げることもできないわ」

「それにしても、その武装使用の許可を出してきた辺りウロボロスも件の施設関連には手を焼いているみたいね」

「半世紀前から実体の掴めていない状態で、更にはこちらの人的資源も無駄に消費されているなら、寧ろ遅すぎる対応にも思えるけれど」

「何でアリス達に頼んだのかな? 今回のミッション」

「さぁ、使い潰しの効く傭兵であり成功確率が高いからじゃないかしら」

「ひどーい」

「私達の扱いなんてそんなものよね、厚遇な面もあるし」

「そうね……ん、着いたわよ」

 蓬のその言葉が李雨とアリスに聞こえたと同時に、ヘリ側面の扉が開け放たれた。そこは荒れ果てて植物に侵食こそされてはいたが、辛うじて居住区が確認できるのと、そして広大な敷地を占める煤けた白い混凝土コンクリートの建物が見えた。

「あれね」

「…………」

「――――処刑人シャルフリヒター起爆者デトネーター。これから始めるミッションはここ最近行っていたものとは訳が違うわ」

 蓬が語る。

「事前の情報は皆無と言っていい状態。本来のスリーマンセルではなく、斥候・観測援護・狙撃の三つに別れ単独での行動がメインになる。その際に十分な援護も望むことは不可能、何かミスを犯せば――――起爆者、貴女は特に死亡率が跳ね上がる。私は貴女の第一目標の破壊が終わるまで手を出す事はできないし、処刑人も十全には動けない。そのことを良く頭に入れておいて頂戴」

「……うん」

「あまり怖がらせちゃ駄目よ、殲滅者アナイアレーター。滅多に単独任務をしない子なんだから」

「……そうね、こっちに来なさい、アリス」

 コードネームではなく敢えて名を呼ぶ蓬に近寄るアリス。李雨もその言葉を聞き蓬に近寄ると、蓬と共にアリスを優しく腕に抱いた。

「逸らず、丁寧に、正確に、気付かれることなく。何時もの貴女を忘れなければ大丈夫。荷が重い仕事をさせているのは承知の上でこうしている私を許して」

「……ううん、蓬は悪くないもん」

「もしどうしても助けが欲しい時は、コントラクトの緊急信号を出すようにね。そうしたら私と蓬はカルミアの薬を使って貴女を助けに行くわ。任務の失敗は免れなくても、貴女が生きていれば次があるもの」

「ん、ありがと。がんばる」

 力はあり、しかし若干の不安げな声はプロペラの音に掻き消えた。体をシートに固定していたベルトを外し、アリスと李雨は自身の生命線であるガンケースを肩から袈裟懸けの様にする。それを確認し、腰にあるワイヤーをヘリの専用掛け口に引っ掛けた。

 外れる恐れが無いのを確認すると、二人は視線でタイミングを合わせ、解放されたドアからワイヤーを持ちながら降下を開始した。

 体が揺れる。浮遊感が全身を下へ下へと引っ張る感覚に襲われながら、慎重に、しかしスムーズに大地へと降り立った。ヘリの掛け口に引っ掛けた固定具を手元のスイッチで解除しワイヤーを収納する。李雨が上空を見てハンドサインを送ると、ヘリは踵を返して蓬が向かう地点のある方向へと消えていった。

「さて……これから私と起爆者も別行動。進入予定口が見える場所へ着いたら連絡をするから、それを聞き次第EMPエリアへ侵入してね」

「うん、行ってくるね」

 行動確認を終えたアリスは、携帯していたハンドガンのセーフティを解除し、人の気配のない廃墟都市居住区画へと進入していった。それを確認した李雨も、ガンケースを背負い直し目標地点へと走り出した。

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