Code:Ⅷ オペレーション:スカイブルー
夜も明け日が昇った午前9時半前のウロボロス内の廊下は人が行き交い、『表』と呼ばれる民間用窓口は多くの人々が列を成していた。それはイグナテス内の治安に対する具申や、支給物の申請など目的は様々。そして建物外には大きな弾幕を携えた集団も居た。
「我々は軍事力保持による統治に反対する者である!!」
「アンドロイドを用いた機械の権利の無視に反対!」
「ブラックボックス化している情報をコミュニティ内部の人間に開示しろ!!」
旧時代の拡声器を用いてキンキンと喧しい声を響かせる人間の群れ。それは随分と短絡的なものが殆どだった。
――――軍事力の無くなったこのコミュニティを、果たして維持しながら守護する力があの人間達にあるのか?
――――あくまで機械でしかないアンドロイドに権利を与えるメリットは何処にある?
――――秘匿されるべき情報が開示され拡散し、得をするのは一体何処の誰か?
結局何時の時代になっても目先にある手軽な正義に人間は集る。その量は時と場合によって変わるが。しかし彼らが叫ぶ内の殆どに関与しているアンドロイドの彼女からすれば、余計なお世話と言う言葉に集約される。有象無象にそういう心配をされるほどこの世界の構造は単純ではないし、生半可に数世紀の間この世界はコミュニティと言う形で存続していない。あんな齢数十歳が精々な人間がアンドロイドをどうこうだ、組織をどうこうだ言うのは甚だ滑稽だと思う。
民間用窓口が見える2階通路から、蓬はその光景を眺めつつそう考えていた。もうすぐ始まるブリーフィングに備え移動して来たのだが、外の光景が思いの外自分からすればあまりにも馬鹿らしい光景に見えて、小さく溜息を吐く。何故こうも、何時までも、人間の根源は変わらないのか。そのほぼ全てを鉄で構成された彼女には理解できないものだった。
「蓬、時間だ」
背後から低い男の声が聞こえ振り返る。相変わらずの無表情を携えた艾が、気だるげな様子でこちらに歩いてきているのを見て、もう集まる時間になったことに蓬は気が付いた。
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていたの」
「……また来ているのかアイツらは」
「暇なものよね、それでいて貰うものは貰ってるんだから人間ていう生物はよくわからないわ」
「俺達には理解することができないものなんだろう、害がない以上放っておくのが一番だ」
「そうね……行きましょう。もうあの子たちは来ているの?」
「篝火とアリスがサポーターのメンテナンスでまだ来ていないが、カルミアと李雨は既に居る」
「そう」
いつもの服装に着替えていた蓬はパーカーの裾とマフラーを翻しブリーフィングルームへと歩みを進める。艾も隣で歩きながら、手に持つ書類を眺めている。
「渡した書類は読んだか?」
「えぇ、昨日の今日で随分ハードワークね。私達を忙殺したいのかしら」
「相応の給金が払われていると思うが、お前たちは仕事が減る方がありがたいのか?ならそう手配するが」
「感情は常に一つで動いていないのよ、忙殺されることを憂うのと金を求めることは同時に顕在しているもの」
「確かにな。で、お前としてはどう思う?」
「あの内容について? 根が深いんでしょうね、末端組織としてはあまりにも不相応な流通数だったわ」
「加えて大本を辿ろうとすると不自然に情報が無くなっていたからな。俺の予想では、恐らくコミュニティに属さず、且つある程度の規模を有した組織が関わっていると考えている」
「目星をつけた場所に調査に行けって言うのが今回の趣旨で合ってるかしら?」
「あぁ」
目的の第三ブリーフィングルームに着く。作戦内容はデータ共有デバイスで李雨とアリスにも配布してある。今から行われるのは、作戦実行の際の行動シミュレーションと目的とする対象についての説明だ。今回は普段行う施設傭兵部隊としての木っ端雑用ではなく、ウロボロス直轄傭兵部隊としての任務。それがどういう意味かを理解していない者は誰も居ないだろう。ここに集まる者達は。
「待たせたわ」
「遅いなぁ
「李雨、少しは眠れたかしら?」
「えぇ……おかげさまでね。任務に支障は無いわ」
「無視とは素晴らしい行いだ、そんなことで傭兵部隊を率いているなんて今でも信じられな――――」
「口を閉じて、腰を下ろし、その笑顔を張り付けていなさい。私の感情モジュールにその単語の羅列は一切何ももたらさないただの口害よ」
カルミアが瞬きをするよりも速く、蓬の持つハンドガンは銃口をカルミアの下顎に向けていた。カチリとセーフティが外れる音が響くが、その場の誰もが冷や汗の1つも流す事は無かった。
「やはり機械相手はどうにも苦手だな、気色悪い」
「そう感じる貴方の感性は正しいわ」
「カルミア、その脳髄で今からこのブリーフィングテーブルを汚したくないのだけど」
「おっかないおっかない……」
銃口は下げられ、カルミアは気だるげに背後の椅子に座る。ここでの出来事としては今の内容は茶飯事であり、誰も気にする事は無い。一連の様子を眺めていた艾は、道化の行為にすら見えないそれらに深い溜め息を吐きつつ、外から伝わる微振動を感じ取っていた。
「……はぁ、さて」
「遅れた」
「ごめんなさい、このメルヘン野郎がアリスのサポーターを見せろっていうから」
「昨日の今日で任務があるから整備をしろと上から言われてやっただけだ、オレに文句を言うのは筋違いも甚だしい」
「ふんっ」
「全員集まったな。ではブリーフィングを始める」
艾は全員が室内に居り、それぞれが話を聞く体制が整ったのを確認してから口を開く。部屋中央に設置された電子パネルには、調査場所となる建物とその一帯が映し出されている。
「ではまず、今回のミッションの全体の簡単な確認と、対象に対しての説明を始める」
その言葉と共に、テーブル上のモニターにテキストが表示された。
「目的地はイグナテスから南南西約350㎞にある、約280年前に廃棄された化学研究施設。凡そだが、ウロボロスが確認した最も古い記録では50年ほど前から目的の施設付近に詳細不明のEMP発生が確認された。それにより衛星観測や地上からの無人探査も不可能になっているが、大きな問題はそれではない」
「……調査部隊のMIAが後を絶たない、だろう? 艾」
「篝火の言う通り、この付近を調査するために派遣されたウロボロス調査部隊が計三部隊、15名MIAとなっている上、遺体回収すらできていない。不自然な状態の施設と謎の人間消失の調査をするのが今回のミッション内容だ。把握はしているな?」
「うん」
「しているわ」
「言わずもがな……だけれど、一ついいかしら?」
「なんだ」
艾の説明に対し、蓬が手を上げる。
「今回、EMPエリアがあると言うことだけれど、EMP攻撃もあることを前提で考えた時、私と李雨はそれをどうにか解除しない限りまともに行動できないのだけれど。そこはどうする気なのかしら」
「そこを今から説明する、カルミア」
「あぁ」
カルミアが面倒臭そうな雰囲気を隠しもせず、緩慢な動きでモニターの映像を変え、そしてテーブル上に包装された戦略式簡易注射器を置いた。その中にある液体は、蓬の内部にあるデーターベースには記録の無いものだった。
「何かしら、それ」
「順を追って説明しよう、その思考の遅い脳にね」
カルミアは蓬の言葉を遮るようにしながら、爪弾きでそれぞれの注射器を蓬と李雨の手元に弾いた。
「それは機械製品に対して影響を及ぼすEMPエリアの影響や攻撃に対しての対抗策だ。一時的とはいえその薬液を投与された対象はEMPからの影響を無効化し、通常と変わりない動作を行うことができる」
「へぇ……そんなもの、何時の間に作っていたのかしら?」
「さぁ、覚えていないねそんなどうでもいいこと。これが完成している以上それを問うことは愚問だ」
「なら潜入は――――」
「但し」
カルミアは李雨の言葉を遮り、人差し指を立てながら不気味な笑みを浮かべていた。
「その薬品の投与によってEMPエリアの影響や攻撃を無効化できるのは30分のみ。それ以上は効果が消え、元の様に行動不能、或いは動作不良が発生する。君達二人は文字通りの木偶……いいや、それ以下のゴミになるという訳だ」
「つまり、根本的な解決にはなっていないと」
「カルミアの言う通り、その薬品は見ての通り二つしか製造されていない。量産は現時点では不可、その二つの命綱は正しく緊急事態の時のみに使うことになる」
「じゃあアリスはともかく蓬と李雨は何もできないじゃん」
「そこで、今回のミッションの行動順序についてだ」
とんとテーブルを艾が叩き、表示されていたテキストや施設全体図から、拡大画像に変わる。
「先ほども言った通り、いくらその薬品を投与しここに潜入したとして、内部構造すら把握できていない状態で30分の間にEMP発生装置を発見するのは不可能に近い。敵がいないとも限らないそこで万が一行動不能になられても困るからな。しかしそれでは八方塞がり、そこでまず要となるのが」
「お前だ、クソガキ」
眼を閉じ、椅子に座ったままほとんど口を開いていなかった篝火が、クソガキ――――アリスに対してそう言った。アリスは一瞬その言葉に条件反射で噛みつこうとしたが、寸での所で止まり艾の方を見た。その眼はきょとんと言う言葉が似合うものだった。
「…………アリス?」
「あぁ、唯一機械パーツを身体動作の要にしていない彼女こそが任務全体の成功失敗を左右するキーとなる」
「説明をお願い」
「それはオレがしよう」
蓬の問いに篝火が答える。
「このクソガキの左腕についているサポーター、正式には内燃式ブースターだが、それは一見EMPの影響を受ける機械系物体に見えるだろう。だがそれは内蔵されたUA-275を加熱状態のまま循環機に流し込むことにより常時物体燃焼時のエネルギー放出と同等の稼働を可能にしている。故に、EMPによる影響のないままに通常時の性能を発揮することができる」
「続けて頂戴、篝火」
「現時点で蓬、君はそもそもこの目的地である施設の外周から半径500メートルに接近することが不可能。李雨は左腕と左目を外した状態であれば行動に支障は無いだろうが、戦力としては半減する。しかしEMP発生装置を破壊しない事には調査もままならない。ウロボロスの職員は軒並み行くのを躊躇う始末だし、上としても余計な痛手を負いたくはない」
だからこそ、と。篝火は忌々しげに強調する。
「このガキが単独での潜入を行い、EMP発生装置の発見とそれを隠す外壁の破壊工作。その後EMPの影響を受けない位置から蓬の超長距離狙撃によって破壊の後に調査開始をするのが流れだ」
「私はどうすればいいの?」
「李雨はEMPの影響を受けない円周ギリギリでの待機だ。君に狙撃を任せたいところだが、狙撃成功後の移動距離と時間の広がりや、そもそも超々長距離狙撃用対物ライフルを扱えるのは蓬か艾のみだ。故に君には、施設からの不審な人間や物体が出入りしていないかを監視しつつ、破壊成功後速やかにガキと合流してくれ」
「わかったわ」
「以上がミッションの内容、及びスケジュールだ。何か質問は?」
モニタの表示をデリートし、艾は室内にいる五人を見渡す。それぞれが肩を竦ませる、視線を合わせる、手に持っている書類を纏めると言った行動で質問がない意志を示しているのを確認した艾は、一つ頷いた。
「では、400分隊は準備が出来次第、オペレーション名『スカイブルー』を開始しろ」
「了解」
「了解したわ」
「りょーかーい」
蓬、李雨、アリスは各々返答し、第三ブリーフィングルームを後にする。部屋に残るのは、艾、カルミア、篝火のみだった。
「さて、今回はどの程度負傷して帰ってくるかな? 試薬が溜まっているんで適度に使わせてもらえる程度には手傷を負って欲しいね」
「お前の道楽で怪我人が増えるのを望むなカルミア……だが、今回は無傷とはいかないだろう」
「どうにもこのミッションは底が見えない、いくら替えの効く傭兵とは言えあまりにも無謀な作戦を言い渡したものだと思うよ」
「どうなるにしても俺達には特にできる事は無いしする義理も無い。なにより蓬が要る以上全滅はありえないだろう」
「不本意だが同意しよう、夜凪君が率いた場合の負傷率や死亡率は常に低い」
「蓬だ」
「おっと」
「EMP発生装置さえ破壊すれば問題ないだろう。オレは戻る。艾、有事の際の連絡係は頼んだ」
「あぁ」
「では俺も戻るとしよう、やりかけの物があるんでね」
「俺も仕事があるんでな、解散」
男達も扉を出る。廊下には相変わらず外の喧騒が響いているが、三人は一切関心を寄せることなく、薄暗い廊下の奥へと消えていった。
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