Code:Ⅱ鉄血の残滓
所は戻り蓬とアリスの居るビル。
寒風吹きすさぶ屋上には最早人影は二つのみとなっていた。
「さて、帰りましょうか」
「おなかすいたー!」
「レーションあげるから我慢しなさい」
「もらいますー」
蓬が懐から軍用携帯食を出しアリスに渡すと、眩しいくらい目を輝かせたアリスは封を開け食んでいた。
「んー! 美味しくない!」
「元気に言うことかしら」
階下へと向かう階段を下りていく。
「息のあるやつは始末していくわ」
「ふぁーい」
「口に物を入れて喋らないの」
もごもごと口を動かしながらアリスは部屋の中を歩き、僅かな音も逃がさずに無造作にとどめを刺していく。片付けの片手間の食事、と言うよりは食事の片手間に片付けをしている様な。そんな光景に、部屋の隅で壁に凭れかかる一人の男はただ恐怖と戦慄に包まれるだけだった。その男の前に影が出来る。
「意外と意識はしっかり残ってるのね」
「……クソ…が。お前ら、ただのゴロツキじゃねぇ…な……?」
「そうね」
「ッハ……何処の誰かは知らねぇが、俺たちに手ェ出してタダで済むと思うなよ……?」
「肝に銘じておくわ」
「……チッ、気味の悪い…女だな。一丁前にティアドロップなんざ彫りやがッ――――」
男の声は唐突に切れた。いや、切られた。
170を超える長身とはいえ傍目には女性が屈強な男性を右手のみで首を握り持ち上げている様は、異様な光景に見えた。
辺りを見終えたアリスが戻ってくる。
「確認は終わった?」
「終わったよ、どうしたの?」
「ちょっとね、先に下に下りてて」
「はーい」
その光景を目にしてもアリスは一切の変化も無く、当然の様に階段を下りて姿を消した。
それを見送った蓬は、首根を掴み締め上げている男に視線を戻した。
「……この紅いティアドロップは私の存在証明、容易くこれに触れることは許さないわ」
「ゴッ……ァ………!」
「特別よ、貴方は私がこの手で、その喉を捩じ切ってあげる」
そう言い、左手を男の頭に添え握る。
男がもがく、もがく、暴れる。しかし彼女は微動だにしない。
そしてゆっくりと、両の手をそれぞれ反対方向に回す。
ブチリと、鈍い音がした。
「おそーい」
「ごめんなさい、後始末に手間取ってたわ」
「また涙を指摘されたの?」
「さぁ」
一階のエントランスホール、アリスは先程座っていたベンチではなく大きな二人掛けのソファーに寝そべっていた。愛銃を胸に寛ぎ、顔だけをこちらに向けている。
蓬はそれを尻目に、柱の陰に置いていたガンケースを開く。グレネードや暗視ゴーグルなどを仕舞い、蓋を閉めロックをかける。それを肩にかけ、ソファーに寝ているアリスの頬に手を添えた。
「行くわよ」
「はーい、帰りはどうするの?」
「疲れたから直帰よ、ウロボロスに行くのは明日でいいわ」
ソファーからアリスが身を起こし、UMP45を仕舞いガンケースを背負うと、二人は正面玄関を使い建物を後にし、人の居ない静かな町を歩いて行った。大通りを悠々と渡り、小さな路地に入ると、一台の車両と一つの人影がそこにあった。
「お疲れ様」
「お疲れ李雨、早かったわね」
「残党はほとんどいなかったもの、時間はそう要らなかったわ」
「りうー、アリス疲れたー」
「アリスもお疲れ様、戻ってゆっくり休みましょう」
「行くわよ」
会話もそこそこに、停めてあった防弾加工済み車両の運転席に乗り込む蓬。それに倣い李雨は後部座席に、アリスは後部座席に乗り込む。それを確認するとキーを回しエンジンをかけ、路地から大通りへと出た。他に車両もない道をゆったりと進んでいく。
「ここら辺は本当にこの時間人が居ないわね」
「だからこそおかしな輩の根城になってるのよね。ウロボロスも全部が全部把握できてるわけでもないもの」
「片っぱしから掃討するローラーはだめなの?」
「それでもいいのだけれど、取りこぼしが絶対あるから迂闊にはできないのよねぇ」
後部座席から身を乗り出しているアリスの頭を優しく抑えながら李雨は言う。言葉の通り、掃討作戦は大量の人員の確保や周到な準備、情報規制や民間人の安全などの諸問題が多く重なり解消にも時間がかかる上、取りこぼしがあった場合のリスクも鑑みた場合安易に行うことができない。以前この街を統治する民間軍事会社『ウロボロス』はその計画の立案をしたが、結局決行されることなく保留になっていることからもその難易度がわかる。
「まぁ私達の仕事的には一度に片付けられたら商売あがったりよ、今のままでいいのよ」
「そうねぇ……ん?」
李雨がふと背後を向く。その耳には何か駆動音の様なものが聴こえた。同様にアリスも聴こえたのか、李雨に視線を向けていた。段々と大きくなる音、それは四輪駆動の車両の音だった。
「二人とも掴まりなさい」
蓬が一言、それに従いアリスと李雨は固定具を閉める。
そして数瞬後、後方の路地からカタパルトから射出される水上機の様な勢いで四輪駆動車が現れた。その車両には、武装した者が数人乗っているのが見える。
「数」
「一台、運転手、その他3」
「武装」
「不確定」
「振り切れるか試すわ」
淡々と状況確認をする蓬、正確に把握し伝達する李雨。状況の確認が取れるや否や、蓬はアクセルを踏み込み、ギアを3速から2速に変える。
嘶きを上げるエンジンと街に響くスキール音。一気にスピードレンジを上げた二台は速度をそのままにタイヤを激しく滑らせながら交差点を右折していく。
「どう?」
「ダメだよ蓬、食いつかれてる」
「…………増援みたいね、らしくも無い取りこぼしだわ」
「どう迎撃するのかしら」
「李雨、運転」
「ん」
「アリスはハンドガンでタイヤを抜けるか試して」
「はーい」
李雨にハンドルとシフトレバーを任せた蓬は、足を器用に使いアクセルを踏みつつ後部座席に立てかけていた416を手に取ると、天井のドアを開ける。そこから僅かに頭を出そうとすると、
「ッ!」
激しい射撃が襲い来る。即座に頭を下げた蓬は、射撃方式をバーストからフルオートに切り変え、アリスへと声をかける。
「アリス、私のガンケースからグレネード出して持っておいて。合図出したらすぐ引き抜いて投げられるように」
「タイヤは?」
「引き続き狙って、向こうの攻撃が止んだ時に。頭は私が抑えるわ」
「はーい」
蓬が再び頭を出す。今度は照準を即座に車両に合わせ、ホロサイト越しに覗きフルオート射撃を開始した。
激しく火花を散らす相手の車体をサイト越しに眺め、アリスはその隙にタイヤへ発砲をする。が、
「まぁ当然防弾にするよねぇ……」
「蓬、500m先に丁字路」
「減速入れて1.5秒後にアクセル、シフトは4速から3速で左折」
「これ中々無茶ぶりじゃないかしら?」
「文句言わない、座席移動できないし貴女アサルトあまり使わないでしょ」
「大人しくハンドル切るわ」
「ありがと……ッアリス!」
唐突に蓬が叫ぶ。その視線の先には車両から体を出した男の姿が――――もっと言えば、あまりにも過ぎる武器を構えた男の姿があった。
「っ!?」
「敵車両前に投擲してアリス! 対戦車ミサイル!!」
アリスが手に持つグレネードを投げる。後方より発射された対戦車ミサイルは真っ直ぐに前方車両へと向かい、グレネードは数秒の後に爆発。爆風と熱によって辛うじて軌道が逸れたミサイルは、車の脇に着弾。激しい爆風が車両を揺らす。
「あいたー!」
「とことんやる感じね……」
「このままだとジリ貧じゃないかしら」
「……李雨、サイド引いて車を盾にするような形で停められるかしら」
「出来るわ」
「OK、やって。アリスは私と向こうに牽制の射撃」
「オッケー!」
その言葉を合図に、車は一気に横向きに方向転換、白煙を上げながら弾幕を張る様子に流石に怯んだのか、後ろの車も急停止する。
動きが停まると同時に李雨とアリスはガンケースを持ち車両の後ろへと回り込む。互いに中から愛銃を取り出し、陰からの迎撃の体勢となる。
車越しに相手車両を見ると、人影こそ見えないが、微妙な人の気配は確かにあった。先程の牽制射撃の際に確認した限りでは、全員重装備ではなく軽装備な事は把握できていた。
李雨が再び組み立てたAWMを構え陰から狙撃を試みる。が、
「ツッ!」
相手車両下からまずるフラッシュが見え、李雨の頭部からは赤い液体が徐々に滴ってきていた。
「置かれてるようね、傷は?」
「浅いわ、頭の傷は大げさに見えるのよね」
「でもどうするの? 完全に銃口が置かれてるけど」
「……」
この状況はあまり芳しくはない。
こちらは車高が低くはない車両の為凡その位置は足の位置でバレている。顔や銃を出せば即座に銃弾を浴びせてくるだろう。
軽装故に向こうの動きは慎重になる。長丁場になれば連戦の形となるこちらは分が悪い。短期での決着をつけるためには――――。
「……私が一気に詰めるわ。アリスは面での制圧を、李雨は状況の把握にまずは徹して」
「……どうするつもり?」
「こうするの」
懐から蓬が取り出したのは『フラッシュグレネード』。それを見たアリスと李雨は合図も無しに位置につき、前方を見つめていた。
「理解が早いの、私は好きよ」
そして蓬はピンを抜き、フラッシュグレネードを相手車両奥、男達の居ると思しき場所に投げ入れる。
起爆。激しい閃光が放たれると同時に、蓬は相手へと駆けていた。姿勢を低く保ち、半円を描くように、曲線を意識しながら走り、そして割れた車両窓を足場に跳んだ。
「遅いわよ」
跳躍した姿勢のまま416の銃口が火を噴く。防弾加工の施された車両とは打って変わって何ら防備をしていないその姿が視界に映ったが、関係はない。
一番手前に居た男の脳天を容赦無く打ち抜き、怯んだ二人目の髪を掴み持ち上げ、顎の下に銃口を置きそのまま発砲。生暖かい肉片が飛び散る感触が広がった。
残るは二人のところで、一人は車両横から転がる様に走り出し、
「ダメだよクリアリングはしっかりしないと~」
両足を銃弾で撃ち抜かれ、大きく姿勢を崩し地面に転がった。陰からはアリスがUMP45を構え、溜め息交じりに相手側を見ていた。
そしてもう一人は、左後方へと走り出し、
「迂闊に頭を出すとこうなるわよ」
距離がさほど遠くはないとはいえ、寸分の違いも無くAWMの弾丸を頭部にヒットさせた。赤い花が刹那咲き、そして散っていった。
李雨は血を滴らせながらも左眼を怪しく鈍く光らせながら、不敵な笑みを浮かべそれを見ていた。
静寂に戻った通りは相変わらず人気は無い。それが全て終わったことを如実に伝えてくれていた。
「終わったかしらね」
「終わったわよ、今度は間違いなくね」
掴んでいた男を乱雑に放り投げた蓬が戻ってくる。血に塗れた顔や体を一切気にする素振りを見せず、416にセーフティをかけた。
「……ん?」
蓬が首を傾げる。李雨と共に居たアリスの姿が無い。
「李雨、あの子は?」
「後ろ」
溜め息交じりに後ろを指す李雨の指先を追うと、そこにはアリスが足を撃ち抜き行動不能にさせていた相手の胸座を掴みナイフを向けているところだった。
「ねぇねぇ、君達を雇ったのはだぁれ?」
「……そう簡単に口割ると思うなよ、クソガキ……ガッ!」
敵意を未だ無くさない男の掌、もっと言えば指にナイフを振り下ろした。人差し指が斬り落とされ飛び、血を撒きながら地に落ちていった。
「答えるか、答えないかじゃないの。答えて死ぬか、答えなくて死ぬかだよ? 別にアリスはその情報が絶対欲しい訳じゃないんだもん、答えるまで切って死んだらポイッ」
「ッ……この……」
「君はアリス達に負けた、弱かった奴が強かった奴に従うのは自然な事でしょ?」
「何と言おうと、答える気はない……!」
「2本目」
苦悶の顔を浮かべながらも尚口を割らない男の指をまた斬り落とすアリス。順に中指、薬指、小指と斬り落としていく。
「いーち、にーい、さーん、よーん……もう片方行っちゃおっか」
「ハッ……ハッ……」
「アリス」
「あ、よもぎー」
「さっさと帰りたいからそれどうにかしなさい」
「情報はいる?」
「今回の仕事にそれは含まれてないわ、殺しなさい」
「りょーかいっ」
やや呆れた様な顔の蓬がガンケース片手にアリスの背後に立っていた。李雨はその更に後ろで銃を分解し収納していた。
「じゃあそう言うことみたいだから」
男の方に向き直ったアリスの顔が僅かな街頭に照らされる。その眼は先程までとは打って変わって、興味関心をなくした眼になっていた。
男は覚悟した。最早用済みならば見逃される可能性も皆無だろう。潔く死を受け入れ――――。
「じっくり殺すね」
そう言い、掌にナイフを振り下ろした。
苦痛。痛みが走る。されど己の意識は消えぬままだった。
「次!」
腹部、肝臓辺りに熱が篭る。
左腕、二の腕付近に血が滲む。
右目、眼球が潰れる。
苦痛、激痛、生殺し。
死にはしないが生きるには手遅れ。そんなダメージの蓄積に声すら上がらなかった。
「んー……そろそろ切り上げないとおやつ無しにされちゃうかな」
ぽつりとつぶやく。自身の片付けもある以上、いつまでもこれをしている訳にはいかないのはわかっていたアリスは、掌でくるりとナイフを回し、逆手に持ち男の首元にあてた。
「君は弱かった、私達は強かった。この状況はそれのせい。恨みながらさようならをしてね?」
そう言い、アリスは素早くナイフを振り抜いた。
噴き出す血液によってできた雨を抜け、崩れ落ちる男の体を捨て、踵を軽やかに返した。
「よもぎーりうー終わったー」
「早く片付けていくわよ」
「とんだ寄り道になったわね」
「予想だにしなかったわ。李雨、こっちの車運転して」
「蓬は?」
「あの車を鹵獲するわ。目標撃破と残党処理、ついでに損害軽微の防弾車両を渡せばケチなのウロボロス上層部も報酬を弾んでくれるでしょう?」
「強かねぇ……でもいい考えね、わかったわ」
「片付け終わったよー」
「ん、じゃあ行きましょうか」
――――時刻は23時。『イグナテス』中央に位置するウロボロス本部の裏手、限られた者達のみが知る車両入庫口に、二台の車が入っていく。
地下に向かい、一台を専用駐車場、もう一台を臨時用の駐車場に停める。
「到着よ」
「つっかれたー!」
「思いの外時間がかかったせいで帰り遅くなりそうね」
「それについては今は気にしないようにしましょう」
車両から降りた蓬、李雨、アリスは、ガンケースを背負い通用口に向かった。ほの暗い地下に点る出入り口と書かれた電灯をの下、鉄扉を抜けると、簡素な造りの廊下に出た。数人スーツを着た人影はあるが、何処か鬱屈とした静かな場所。そこを三人は慣れた足取りで進んでいく。
「戻ってきていたか」
その三人の前に、大柄な体躯と機械化された体を持つ一人の男が立っていた。
「今しがた帰ってきたのよ」
「あっ! ランヴァルト!」
「アリスは今は静かにしてましょうね」
「ごめんなさいね、それにしても貴方が居るのなんて珍しい」
「現場の視察を兼ねてだ。して、今回の任務はどうだった」
「多少イレギュラーはあったけど、イージーだったわ。殲滅し壊滅させた」
「上出来だ」
「報告に行くのだけれど、いいかしら」
「ああ、私も同席させてもらう」
「何故?」
「視察をしに来たと言っただろう。業務を監査するのもその一環だ」
「なるほどね、好きにしたらいいと思うわ。李雨とアリスは待合室で待っててちょうだい」
「はーい」
「よろしくね」
蓬はそう言うと、大男――――この民間軍事会社『ウロボロス』の創設者にして現最高指揮官『ランヴァルト・ハイデッガー』と共に廊下の奥に消えていった。
「取り敢えず一息いれましょう」
「和菓子置いてないかなぁ……」
「言えば出てくるんじゃないかしら」
残された李雨とアリスはその姿を見送ると、少し先に行ったところに設置されている待合室へと向かって行った。
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