Girls:Murder Domination
出雲 蓬
Code:Ⅰ 鐵の街
血液と硝煙の臭いが辺りにこびりついていた。
摩天楼の様な鉄骨の超高層ビルがまるで竹林の様に存在する都市『イグナテス』。
夜が降りてきたその街の一角にある廃ビル、電灯が切れかけているのか明かりが明滅するその場所の一階フロアに、二人の人影があった。
煤けた桃色の髪に紅のメッシュとインナーカラーを入れ、くすんだグレーの瞳を持つ長身の女性。
鮮やかな金色の髪をそのままに流し、溢れ出たばかりの鮮血のような赤い瞳を持つ小柄な少女。
凡そその場に似つかわしくない少女二人が、その手にこれまた不似合いな銃を携えていた。慣れた様子でそれを握り、長身の少女が暗視ゴーグルを徐ろに外した。
「一階クリア、上に連絡をされる前に綺麗に片付いたわね」
「おつかれさまでーす、蓬」
「作戦中はコードネームで呼びなさい『
「ごめんなさーい『
アリス――――もとい『起爆者』と呼ばれた金髪の少女は、サプレッサー付きのサブマシンガン『UMP45』を片手に持ち軽々と振りながら、側に置かれているベンチに腰掛け暗視ゴーグルを外した。ギシギシと座りの悪い音を鳴らすそれを意にも介さず、そこが戦闘をつい先ほどまで行っていたことなど信じられないような寛ぎ方に、蓬――――殲滅者と呼ばれた長身の女性は溜め息を吐いた。
仕方ないとばかりに周囲に視線を巡らせ、上層階へと向かおうと考えたその瞬間、乾いた音が耳に入った。
「どうかした?」
「生き残りが居たから殺したよ、今日の方針はなあに?」
「うちの方針はいつも変わらないわ。見敵必殺、一切塵殺」
「んっんー、了解ですよー」
背後にはサプレッサー付きハンドガン『グロック17』を軽やかに弄びながら太もものホルスターに仕舞い込むアリスの姿。足元には力無く転がっている人間の死体があった。今まさに傷口から溢れ出す血液が少し前まで息があったことを示していたが、しかし蓬に対しては関心を向ける対象には成り得なかった。
「行くわよ、今日はそう時間がかかるものでもないし」
「密売組織の末端集団でしょ? そこまでわかったのなら大本もわかると思うんだけどなぁ……」
「今の時代、末端調べて大本に辿り着くような杜撰なリスク管理はしてないわよ」
そう言いながら蓬は非常階段の扉を開ける。
金属の軋む音を響かせる吹き抜けの階段、薄暗い非常灯のみが判別可能な階段を前に、蓬とアリスは暗視ゴーグルを再び装着した。ハンドサインで互いに合図をし確認すると、最小限の音に留めるためにゆっくりと階段を上っていく。僅かに、しかし耳にはしっかりと届く硬質な音をBGMに進んでいくと、上層階まで登ったところで不意に蓬がストップのサインを出した。
アリスは即座に静止し注意深く耳を澄ませると、男の集団の声が微かに聞こえてきた。
「……目標を確認したわ」
「どう行く?」
「制圧が余裕と言っても万が一ターゲットに逃げられたら元も子もないわ。だから……」
蓬は腰に付けたあるものを手に持つ。
「起爆者はこれを投げ込んで起爆してから1.5秒後に強襲、初めはナイフを使いなさい。私は後方から援護プラス制圧射撃で応戦する」
「アリスは切込みね、りょーかい」
「じゃあ行くわよ」
そう言うと、蓬は手に持ったあるもの――――フラッシュグレネードのピンを引き抜き、ドアの隙間越しから投げ入れる。
小気味いい音が部屋に響く。男達は予想だにしないその音に全員視線を向けた。
起爆。
鋭利な光の刃はその場にいる全員の男達の視界を白に染め上げた。
「――――ッなん!?」
「目がッ!!」
呻き声や驚愕の声が部屋を埋めた。
次第にその声は断末魔に変わっていく。
「ガッ!?」
「ゴェッ!!」
「ん~、イージー」
暗闇の中足に携えていたナイフを手に男達の喉を切り裂いていくアリス。返り血も気にせずに目に付く者を片っ端から斬り落としていく様は、殺戮の天使と形容して相違ないだろう。それほどまでに、手際鮮やかな殺戮だった。背後より来る射撃の音はそれを彩るアクセントとすら思えた。
斬り伏される死体の山、上機嫌な金髪の踊り子。やがて背後からの射撃が止み、崩れた態勢を直さんと生き残った男達は後退する。
そして何とか物陰に逃げ果せた男たちを待っていたのは、
「ここはセーフハウスじゃなく袋小路よ」
闇の中でも一層ハッキリと認識できる死を纏った赤、紅、朱。赤いカラーと紅隈、血涙の様なタトゥーが視界に入ったと同時に、全てが血に彩られた。それが自身のものと気付く間もなく。
脳天に数発、HK416サプレッサーの銃声が鳴り撃ち込まれる。
そして間もなく、左手に掴んだ男の亡骸を自分の前に掲げる。
刹那、夥しい銃声と共に弾丸が降り注ぐ。亡骸を盾に蓬は物陰に隠れ、そして身を低くしたまま逆方向から飛び出す。
床と胴が接触するスレスレの体勢を維持し行くのを見た者が銃口を向ける。引き金に手をかけ、持っていたアサルトライフルから弾丸が射出されるその瞬間。
「惜しいなぁ、ちょーっと遅かったね」
綺麗な弧を描いた笑みを浮かべたアリスの持つUMP45が、数瞬早くその手ごと打ち抜いた。
悲鳴、絶叫、阿鼻叫喚。
辺り一面に死体の山が積み上がり、薬莢が散乱していく。
フロアに居た人間の尽くが、抵抗すらままならずに。
やがて銃声が止む。
そこに立っていたのは、血液によっておどろおどろしい化粧をしたような様相になった蓬とアリスだけだった。
「フロアクリア」
「……あれ? ターゲットは?」
「ここにはいないわよ、さっき必死になって上の階に腰抜かしながら側近と駆けて行ったわ」
「逃げない様に奇襲したんじゃないの?」
「完全な離脱を先んじられない様に、よ。
蓬が耳に装着している特注のインカムに処刑人と声をかける。僅かなノイズが走り、そして声が聞こえてきた。
『名前では呼ばないのかしら?』
「……わかった上で言うのはやめて。鳥が羽ばたくわ」
『準備はできているわ』
「クソッ! クソがッ! なんなんだ奴らは!?」
額から血を垂れ流しながら、屋上への扉を蹴り開ける男。
それこそが今回の蓬たちのターゲットである密売組織末端の集団を束ねている男だった。
茶髪のドレッドヘアを振り乱し、側近であるスーツ姿の男とヘリポートにあるヘリに縋り乗り込んだ。
「早く出せッ!!」
「今出します!」
プロペラが徐々に回転し、音が次第に大きくなっていく。
ビル群の青い光に包まれた夜の街に、轟音が響く。
今まさに飛び立とうとする矢先、屋上出入口の扉から銃を構える蓬とアリスが現れた。
「ハッ! 一足遅かったなァ女ァ!」
「飛びます!固定具を!」
「残念だがこいつは防弾仕様だ、テメェらのちゃっちい銃じゃ傷一つつかねぇよバァーッカ!」
モーター音などを意にも介さず叫ぶ男。それを見る蓬の眼は冷め、アリスは不敵に笑っていた。
そして口を開く。
「室内に居ればまだもう少し生きられたかもしれないのに、ざんねーん」
「防弾が絶対と信じる傲慢さと私達に気付けなかった油断が敗因よ」
その声が届く事は無い、騒音に全てかき消されたから。
だが、ヘリに乗る男は何かを感じた。凍てついた殺意を、逃れられない命運を、認めたくない現実を。
蓬とアリスが居る高層ビルの隣、数十階高い位置の部屋に無骨なスナイパーライフル『AWM』を構えスコープを覗く女性の姿があった。
焦げ茶色の髪を一つにまとめ、黄色がかった碧眼を持つ『処刑人』――――名を
「毎度の事とは言え、一人でいるのは暇ね」
カチリとスコープの調整、観測手が居ない以上失敗は許されないこの状況においても、彼女は眉一つ動かさずにいた。何より信頼する仲間に役目を任され、他ならぬ蓬からのお願いならば尚更。後は変に気を張らず、いつも通りでいればいい。
そう考えている間に、どうやら戦闘は始まったらしい。戦闘と言えば聞こえがいいが、実際には強襲の後殺戮をしているだけだ。あの思い切りの良さと容赦の無さが好きではあるが。
「そろそろね」
そう言うと、インカムから音声が聞こえてくる。
『処刑人』
淡々と、常に冷徹な声が聞こえてきた。
それが何故だか酷く面白くて、つい茶化しの言葉を言う。
「名前では呼ばないのかしら?」
『……わかった上で言うのはやめて。鳥が羽ばたくわ』
「準備はできているわ」
再びスコープを覗く。そこにはヘリに乗り込み何かを叫んでいる男が見えた。
滑稽だな、と単に思った。
自分が絶対の安全圏に居ると勘違いし、ここぞとばかりに叫び散らす輩。男でも女でも。
やがてヘリが空中に上がり、ビルから飛び立とうとしていた。
見た限り防弾仕様になっているヘリ、普通に狙撃したところで有効打は望めないだろう。
だから彼女は照準をヘリのプロペラ接合部に合わせた。
引き金に手をかける。スコープ越しの男がピタリと静止した。勘はいいらしい、残念ながらその勘が有効に使われることはもうないのだが。
「――――アインス」
「――――ツヴァイ」
「――――ドライ」
銃声。
淀みなく、逡巡なく、躊躇なく。
かけられた指は引き金を引き、マグナム弾は消音機によって抑えられているとはいえ確かな音を響かせる。そして放たれた弾丸はヘリ本体とプロペラの接合部、どれほど強化しても脆弱性の残るそこへ違いなくヒットさせた。
嗚呼、良く見える。硝子越しの男達は慌てふためき今正に失墜しようとしている機体からの脱出を図っている。
「それを許すほど甘くは無いの」
銃口を動かし、照準を操縦士である側近らしき男の頭に合わせ、
「ばーん」
もう一度引き金を引いた。
機体内の窓ガラスに飛び散る肉片と血、絶望の二文字が似合う表情の男と物言わなくなった死体がその中にいた。
墜ちていく。そして激しい炎と火花と主に散っていくのが見えた。
「ターゲット、クリア」
『ご苦労様、恙無く終われたわね』
『おつかれさまー処刑人、名前にそぐう始末の仕方だったね』
「いつもと変わらないでしょう、それで?」
『ミッションオールクリア、帰るわ』
『帰ったらいっぱいご飯食べたーい!お腹空いた!』
「そうね」
蓬の合図を聞き、李雨はそそくさと片付けを始めた。スナイパーライフルを分解し、武器弾薬などを仕舞っているショルダータイプのガンケースに一つ一つパーツを入れていく。
「…………」
ピタリと動きを止める。
小さく息を吸い、吐いた。そしてインカム越しに話しかける。
「ねぇ殲滅者、スナイパーが注意する事って何だったかしら」
略脈の無い質問、どんな返しが来るかは李雨にはわかっていた。
『……狙撃の成功失敗問わず、一発ないし二発発砲したら味方の援護がない限り場所を移す。脱出経路を確保しておく。そして万が一に備え自身の後方、特に室内なら防衛措置を作っておく』
「狙撃手をする人が他にいると確認が楽ね、だって――――」
視線を背後、出入り口の扉に向ける。
その数秒後爆発音が響いた。
『クレイモア仕掛けてたんだね』
「どうせ来るだろうと思ったもの、隣のビルだから」
銃を片付け終えた李雨が壊れかけた扉を開き廊下に出る。そこには数人の武装した男達が転がっていた。
呻き声が聞こえるのでどうやら死んではいないようだった。
「出入り口が塞がらない様に爆薬を少なめにしてたのが仇になったみたいね、まぁいいわ」
ガンケースの持ち手を肩にかけ、ホルスターからサプレッサー付きハンドガン『HK USP』を手に取り、歩行を止めることなく一人一人の脳天を撃ち抜いていく。抜けるような音が一つするたびに、小さな声と共に死体が増えていく。それを一々気にするような愁傷な心は持ち合わせていないが。
「残党処理完了、合流ポイントに向かうわ」
『了解、気を付けて』
「ありがとう」
通信を切る。辺りに息のある人間が居ないことを確認し、李雨は無人のビルを降りていった。
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