わたしと結婚してください
『カイのお嫁さんになりたい』
勢いあまって言ってしまったー!
皇后陛下は目が点になっているし、隣のカイは……怖くて顔が見れません!
「あの! これは、その! カイは関係ないのです! いえ関係ないわけじゃないけれど、わたしが勝手に結婚したいだけでして! カイの意志とか確認していなくてですね……」
もう支離滅裂! 自分で何を言ってるのかわからなくなってきたぁ……。
「落ち着きなさい、此花」
皇后陛下の凛とした声が、わたしを正気に引き戻した。
皇后陛下はティーカップを静かに置くと、静かな眼差しを向ける。
「お前がカイ?」
カイは跪くと深く頭を垂れた。恐る恐るカイの背中を目を向ける。カイが今どんな表情をしているのか、知るのが怖い。怖すぎる。
「カ、カイは庭師のゴウのご子息です」
「まあ、ゴウの」
皇后陛下は軽く目を見張ると、薄く笑みを浮かべた。
「ゴウ、こちらへ」
「御意」
ゴウなんていないじゃないと思っていたら、いつのまにかわたしたちの背後に立っていた。手には高い枝でも切れるという長鋏を、まるで剣を構えるようにして皇后陛下の側に立つ。
ゴウってば、まるで騎士様のような凛々しさだわ。というか……もしかして、わたしの台詞聞こえてた?
「この少年はお前の子なの?」
「はい。養子ですが、私の後継者にと考えています」
「そう」
皇后陛下は口許を扇子で隠すと、思案するように目を伏せる。
ひいぃ……心なしかゴウの視線も怖い。大事な跡取り息子を役立たずな皇女が狙っていると知ったら……心穏やかじゃないわよね。
綾女はどこにいってしまったの? 助けて綾女!
「此花、お座りなさい。いつまでもお前が立っていたら、お茶の支度が出来ないでしょう?」
母上、お茶会どころじゃないのですが!
「……はい」
重圧に負けて座りました。すると、皇后陛下手ずから、ティーポットからお茶を注いでくれたではありませんか。
でも途中でお茶が空になってしまったみたい。すると皇后陛下は手元に置かれた小さなベルを鳴らす。チリチリン、と可愛らしい音が鳴る。
「綾女、新しいお湯を持ってきてちょうだい」
まるで側に綾女がいるかのように話し掛けるから不思議に思っていると。
「畏まりました」
いつの間にか綾女いる!
しずしずとお茶の支度をする綾女を呆然と見上げる。
もしかして……綾女もゴウも忍者なの?! そんな設定は確かなかったはずだから、単に二人が有能なだけかしら……。
「此花」
はわ! 皇后陛下に呼ばれ、慌てて背筋を伸ばす。
「は、はい」
「どうして、カイと結婚したいの? 会ってからまだ間もないはず。なぜ?」
それは……と口籠る。
まさかゲームのスチルの片隅で、いつも此花を見守るような穏やかな笑顔に惹かれたとは言えないし。
しかも名もないモブキャラなのに庭園のスチルには必ず登場していて、容姿もメインキャラ並みに整っているからファンも多かったのよね。
公式設定にはない設定をファン同士で考えて盛り上がったりしたなあ。その設定というのは……。
「此花?」
怪訝そうな皇后陛下の声。しまったわ、つい妄想に耽ってしまいました。
カイと結婚したい理由ね。はいはい。
ゲームの中では庭園でしか会えないキャラだったし、公式設定では「城の庭園の庭師」だけ。だからファンの間で付け加えられ設定が「此花に密かな想いを寄せている」だった。うん、此花に向けるあの眼差しは、そうとしか思えない。
名もないモブとは思えない素敵な設定を知ってから、わたしもスチルの片隅にいる姿を探すようになったのよね。
前世では何度もその姿を探しているうちに好きになったわけだけど、今世では……あった時にびびっ! と来たから……やっぱり一目惚れかしら。
「一目惚れです!」
やっと出てきた結論を口にすると、皇后陛下は薄く微笑んだ。
「………そう。わかったわ」
その顔は絶対に信じてないですよね? まさかカイも……?
思わず傍らに跪くカイに目を向けたけれど、俯いたままだからやっぱり顔が見えません。でも多分、気持ちは皇后陛下と同じだろう。そりゃあ、会って間もない人間に求婚されて、信じる人はいないよね。しかも相手は皇女だし。何か企んでいるとしか思われないだろう。
どうすれば、どうすれば信じて貰えるの?
カイと結婚したいという気持ちを信じて貰えない、イコール皇位なんていらないってことを信じて貰えないことにもなる。
でも、確かに言葉だけじゃ信じて貰うのは難しいかも。
「お前が本気でこの少年と結婚したいのなら……そうね態度で示してご覧なさいな」
「態度で……」
そうよ……!
皇后陛下の言葉に、ぱあっと目の前が開けた。
口ばっかりじゃなくて、まずは行動で示さないといけないわよね。皇后陛下、ナイスなアイディアありがとうございます!
「わかりました母上。夫を支えるのが妻の役目。家業である庭仕事を覚えたいし、覚えるべきだと思うの。だから」
わたしは立ち上がると、ゴウの手を取った。
「ゴウ、わたくしを弟子にしてください! そして立派な庭師になれたら、カイとの結婚を認めて欲しいの」
「姫様……」
突然のわたしからの懇願にゴウは目を白黒させていた。
「私からも頼むわ。ゴウ」
皇后陛下からの直々のお言葉に、ゴウは一瞬迷ったように息を呑む。
「お願い、ゴウ」
わたしからも懇願すると、とうとうゴウは折れてくれた。
「……わかりました。姫様が成人される十六歳までに、一人前の庭師としてお認めできる腕前になられましたら、カイとの結婚を正式に進めるか考えましょう」
どうやらすぐには認めて欲しいの貰えないらしい。でもわたしは本気です! ただの思い付きや気まぐれではないって、証明するんだから!
「ありがとう、ゴウ!」
嬉しさのあまりゴウの手を取った。ゴウはわたしの手を取ったまま、屈んで目線を合わせて訊ねる。
「姫様、庭師の修業は大変ですぞ。それでも」
「やるわ! 私頑張ります!」
「わかりました。姫君扱いはしませんぞ」
「望むところよ」
鼻息荒く頷くと、ゴウは小さく肩を揺らしながら笑う。
「カイ。こちらに」
「はい、親父殿」
へえ、ゴウのこと「親父殿」って呼ぶんだ。
ずっと俯いていたカイが、ようやく顔を上げた。でも残念。やっと拝めた彼の顔からは、何の気持ちも読み取れなかった。
「カイ」
カイの前に立ち、頭ひとつ上にある顔を見上げる。戸惑いを隠しきれないカイに向かって、わたしは飛びっきりの笑顔を向ける。けれど、カイの表情はますます困惑の色が濃くなるばかり。
「あなたも……私と結婚したいと思える女性になれるよう頑張るわ」
「…………はい」
うああ……困ってる。今度は なんで? どうして? と周りに疑問符まで飛んでいる気がするわ。
だよね! 困るよね! こんな幼女で皇女に求婚されても。
でもね、わたし諦めたくないの。せっかくあなたがいる世界に生まれ変わったんだもの。可能性があるなら、とことん頑張りたいの。
よーし! カイ、四年後を覚悟しておいてね!
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