皇后陛下のご登場!

 皇后陛下が、どうして? なんで?!

 ゲームに皇后陛下って名前だけ出てきたけど、実際にはほぼほぼ登場しなかったよね?!

 皇后陛下、つまり此花の母親は侯爵家の長女。もし男だったら侯爵家を継ぐのは彼女だっただろうと噂されるほどの才女だったと設定では書かれていたっけ。

 姿形は確か皇族特有の銀髪碧眼。一見ふんわりした雰囲気の美女だったかな。

 もとは黒髪の黒い瞳だったけれど、皇族に輿入れすると銀髪碧眼になるらしい。なんとも不思議設定だ……っていのは今はいらない。何はともあれ皇后陛下にご対面だ。実の親だけど乳母に育てられた此花は、数えるほどしか会っていないはず。


 どどど、どうすればいいの……!


「東屋に皇后陛下をお迎えしています。姫様、参りましょう」

「え、ええ……」


 カイは突然、わたしの足元にひざまずいた。カイの方が背が高いから、こうして見下ろすって新鮮だわ。というか、何コレかわいいっ……! 彼の真っ直ぐな視線が、こうして見下ろしているとまるで忠犬みたいで可愛い!


 内心萌えまくってくると、カイは手を差し出した。

 え、お手……じゃないわよね。


「東屋までお連れいたします。お嫌でなければ手をお取りください」


 ああ! エスコートね! って……エスコート?!

 うそぉ……推しのエスコートですよ! イヤなわけがないじゃない!!

 手! 今わたしの手って汚れてない? クリームとかジャムとか付いていないかしら?


「申し訳ありません。庭師風情がエスコートなど……失礼しました」

「いいえ! 是非! エスコートお願いします!」


 ああ! わたしがもたもたしているからカイに誤解させてしまったわ!

 追いかけるように彼の手を取る。カイはぱちりと瞬きをすると、ふっと小さな笑みを漏らした。


 うおおおおお……これは眼福でございます!

 驚いた様子から、少し困ったような笑顔! たまりません!


 庭師の青年はスチルの片隅で静かな笑みを浮かべているくらいだったから、こんなに表情豊かな人だったなんて知らなかった。

 ああ……顔が、不味いわ茹でダコみたいになっているのが自分でもわかる。このままでは鼻血が!

 がんばって此花! 皇女が鼻血なんて出しちゃダメ!


「失礼します」


 わたしをふわりと抱き上げ、ゆっくりと地面に下ろす。


 今のは……子供にする抱っこ。脇に手を添えて、よいしょって持ち上げるあれ。

 此花はまだ今の時点では十二歳で、身体も小さいし細いし、お子様体型だし、必然的にお子様抱っこになるわよね。お子様扱いよね。


「では参りましょう」

「ええ。お願いするわ……」


 ショックのあまり呆然としながらも、差し出されたカイの手を取った。

 わたしの手は小さくて、カイの手の中にすっぽり収まってしまう。

 少し乾いて温かな手のひらは、皮が厚くてゴツゴツしている。庭師も枝を切ったり大きな鋏やノコギリを使うからマメとか出来てこうなるのかしら。


「……カイの手、温かいわ」

「不快ですか?」

「ううん、なんだかホッとする」

「それは……光栄です」


 少し照れ臭そうにはにかむカイ。

 おおお……いい。その顔ものすごくいいです!

 お子様扱いでも、今はいっか!

 四年後までには、カイだってよろめいちゃうような素敵な女性になれる……よね?


 よーし、わたし頑張る!

 皇后陛下だって、どーんと来い!


 東屋は庭園の中の、少し小高い場所にある。人工的に作った丘っていうのかしら。なだらかな階段を上ると、薔薇で囲まれた東屋が。さらに上ると、テーブルに用意されたお茶やお菓子が、そして着物姿の銀髪の女性が座っていた。


 紺地の着物に白い藤の花の模様、帯は金糸や銀糸で織られた錦織。緩やかに結われた銀色の髪色がよく映えている。白磁のような肌。少し垂れ目がちで優しげな形だけれども、そこに宿る蒼い瞳は冷たい冬の海のよう。

 どこか少女めいた容姿で、とても四人の子持ちには見えない。四十代とは思えない美貌です。さすがはラスボス……いえヒロインの母上です。


「ご……」


 ご機嫌よう、母上。

 声を掛けようとしたけれど、その前に皇后陛下がこちらに気付いて目が合ってしまった。射るような眼差しに、怖じ気付いてしまった。

 カキコチに固まったわたしの隣では、カイが静かに頭を垂れる。でもわたしと手を繋いだままで、励ますようにきゅっと握り締めてくれた。

 頑張れって言ってくれているみたいな気がして、わたしは声と勇気を振り絞った。


「ご機嫌よう、母上」


 お姫様スマイルで決めてみせたが、皇后陛下には何も響かなかったみたい。ちらりと視線を向けたものの、わたしに構わずお茶を一口飲んだ。

 このピリピリした空気! 絶対好意的な意味で、皇后陛下がやってきたわけじゃないって感じるわ。


「……今日は何の御用でしょう?」

「桐人をお茶会へ招いたと聞きました」

「はい。ですが、兄上は」


 微笑みもせず、皇后陛下はわたしを見据える。

 うわあん。実の娘を見る目じゃないわ。でも、せっかく皇后陛下が自らお出ましになったのだから、ここは自分の意志をしっかりアピールするべきじゃない?

 そうよ、此花! 頑張れ!


「意図だなんて……ただ兄上と話がしたかっただけです」

「皇子派と皇女派、二つの派閥が水面下で動こうとしているのは知っているの?」

「……小耳に挟んだことはあります」


 うん、設定資料に載ってたなって程度知っています。

 桐人は帝の血は引いているもののご正室から生まれた子じゃない。だから正当な血筋を望む皇女派と、男子であることを重んずる皇子派が、どちらを皇位に付けるか争っているらしい。


「今まで交流がなかった異母妹が、突然接触を図ろうだなど不自然に思ったのでしょう。桐人は来ません。お前からの手紙は処分したと侍女頭の桔梗から聞いています」


 がつんと頭を殴られるような衝撃。

 捨てちゃったんだ……わたしの手紙。

 ま、仕方ないよね。不義理な妹からの手紙だなんて、怪しさ満載だもんね。

 途端、目の前が、ぐらりと傾いた。


「姫様っ」


 カイの声で、はっと我に返る。カイがとっさに支えてくれなかったら、目の前のお菓子や茶器が並ぶテーブルの上に突っ込んでいたわ。

 顔を上げると、固い表情のカイと視線がぶつかる。その雨上がりの瞳は労るような色を宿している。


「大丈夫よ、ありがとう」


 頼るように握っていたカイの手を離す。カイは心配そうに瞳を揺らす。

 大丈夫。ちゃんと一人で頑張れるから。

 とびきりのお姫様スマイルを決めてみると、カイは小さく頷いた。


「派閥のことは、わたくしの意思ではありません。わたくしは皇位など欲しいと思っていないのですから」

「お前は帝になりたくないの?」

「なりたくありません」


 思わず反射的に答えていた。だって、わたしがなりたいのは、カイのお嫁さんです!


「帝には兄上が相応しいと思います。むしろ兄上を後押しします。今日はそのことを伝えたかったのもあります」

「では、お前は何になりたいの?」

「カイのお嫁さんです!」


 途端、皇后陛下の目が真ん丸になる。わ、この人も鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔するのね。え、ちょっと待って……わたし、わたし!


「姫様、一体何を……」


 カイの呆然とした声が頭の上から降ってくる。

 わたし、わたし……つい勢いで本音を言ってしまったわ!!

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