第十三相 四相のスクエアイデア

 この学園の生徒の大体に当てはまることなのだが、在籍する生徒の大半が金持ちしかいない。勿論程度の差は当たり前だが存在し、家柄と言うのも古くからの名家も居れば最近地位を確立した家もある。文字通り千差万別だ。極めつけは海外からの留学生も居るからうちの学園はよくわからない。

 さて何故そんな与太話をしたかと言えば、単純に目の前にある親友月白涼の自宅が何度見ても意味の分からない広さだからだ。俺も別に一般的な一戸建ての広さを知らない訳ではない、そこまで世間知らずのつもりはない――――のだが。しかしこの広さには毎度驚かされる。そもそも巨大で堅牢な門があり、それが自動で開閉できるとなるといよいよもって驚嘆の一言だ。

 が、ここに居るのは俺以外良いところの家柄の人間。俺が一人眼前の光景に圧倒される中、残りの三人は特に何の反応も無く悠々と中へ入っていく。

「涼の家に来るのどれくらい振りだっけ?」

「前が三日前かな」

「あれ、そんなに経ってない?」

「うん」

「仲が良いみたいねぇ」

「幼馴染ですから」

 ふんすと鼻息が聞こえるような得意げな顔の浹とそれに苦笑する涼の図と言うのは、割とよく見る光景だ。抜けているようで涼は芯がしっかりあり真面目であるし、浹は物静かなようで割と遊び気質が多い。ある意味二人組としては1つの確立されたサンプルだと俺は思っている。

 まぁそれはどうでもいい。そこそこ広さのある庭を歩き進み、目的地でもある涼の家の玄関に着く。中に入れば、大きな照明が高い天井に設置された俺の家の三倍以上ある玄関が出迎えてくれた。

「適当に靴は置いておいて、後で整理してくれるだろうから」

「わかった」

 涼の指示に従い各々が靴を脱いでいく。俺も適当な場所で脱ぎ、後で整理しやすいように揃えて置いておいた。ここのハウスキーパー?家政婦?の方とは知り合いだが、だからと言って礼儀を忘れてはならない。心まで貧相になっては終わりだ。

 玄関からリビングへと続く廊下を歩き、その途中にある階段を上っていく。涼の自室が二階にあるので、まずはそこに荷物を置きに行くのだろう。

「月白君の家、結構広いねぇ」

「お前の家の方が広いだろ」

「あそこは例外じゃない?」

「承和さんの家はかなりの家柄って噂ですからね。俺の家なんて比較にならないでしょう」

「会長さんの家見てみたいっすね」

「機会があったら是非来てね、おもてなしするよー」

「やったー!」

 そうはしゃぐ浹であるが、こいつもこいつで実家は裕福でありそこそこの邸宅があるので、俺からすれば何を言ってるんだこいつらはと言う感じだ。そこまで親しくない間柄であれば貧乏人への当てつけかと思う。そんなことは勿論ないが――――ないよな?

「どうしたの? 銀士郎君」

 目の前の光景に思考を巡らせ、階段の途中で立ち止まっていると、何時の間にか雪乃が傍まで戻ってきていた。涼と浹は既に部屋に行ったらしく、そこにはもう居ないことに今更気付く。

「いや、少し考え事をしていた」

「珍しいね、考え事で立ち止まるなんて」

「大したことじゃない」

「瑠璃の勉強会についてでも考えてた?」

 ニヤリと笑いながら雪乃はそう言った。別に隠していたつもりはないが、何故こいつがそれを知っているのか。

「なんで――――」

「何で知ってるかって? この間図書室で勉強してるの見たから」

「あー……」

 なるほど。勉強をしている時は割と視野が狭くなるのは自覚していたが、しかし雪乃が見ていたのを気が付かなかったとは不覚だ。

 それにしても雪乃は生徒会長と言う身、偶然にしても忙しい状態でよく校内を歩いていると思う。タスク処理が速く上手いのだろうか。普段の業務の様子を注視したことがないのでわからないが。

「さ、いつまでも立ち止まってたら二人を待たせちゃう。行こう?」

「あぁ、すまんな」

「いいのいいの」

 手を差し出してきた雪乃、その手に俺は軽く触れるとそのまま横を通り過ぎ上へと向かった。

「手は取ってくれないの?」

「手を取って欲しかったのか?」

「うん」

「なら残念だが俺の手は汚れてるからお嬢様には触れさせられないな」

「残念」

 涼の部屋に行くまで時間をかけ過ぎた、こんな大した距離でもない部屋に数分もかけられないのに情けない。

 勝手知った涼の部屋までの廊下を歩き、扉のノブを回す。

「悪い、少し話をしていて遅れ……た……」

「…………わぁ」

「お」

「何してたんすか先輩方?」

「それはこっちの台詞だ……数分時間があるだけでなにを……」

 部屋に入りまず真っ先に目に入った光景は、ベッドの上で壁を背に座る涼と、その上に対面になる形で座る浹の姿だった。何故そんな恰好をしているのかが理解不能だし絶対に作業するのに向いていない姿勢だと思うのだが、二人の表情は酷くリラックスしたものに見えた。

「いやー……二人とも仲いいなぁとは思ってたけど、お熱いねぇ……」

「いつもこんな感じですよ」

「そっすよ、これ落ち着くんで」

「よくそんな姿勢で居られるな、すぐ動こうとする時とかに効率悪いだろ」

「銀士郎君、それは野暮ってやつだよ……」

「……?」

「らしいと言えばらしいですよね、さて……キッチンに行こうか」

 浹の背を叩き立とうとする涼の頬を浹が突きながらふと質問をする。

「食材は家政婦さんが買ってきてくれてる感じ?」

「うん、学校を出る前に頼んでおいた。今回は俺と銀が作るから、浹と承和さんはテーブルの準備をしたら待ってて」

「因みに何を作る予定なのかな?」

「俺の得意料理で炒飯と、銀が適当にサイドメニューを作ってくれると思います」

「随分適当に投げたな」

「それだけ信頼してるってことだよ」

「そりゃありがたい限りだ」

 任せて問題ないと思われているのはありがたいが、キッチンに男のみと言うのは絵面としてはむさ苦しく狭苦しいと思う。が、俺の家とは比にならないキッチンの広さにただひたすら閉口し杞憂だったと言葉を飲むだけだった。冷蔵庫とかこんなサイズの必要があるのかと思う。

「涼ー! 食器はいつもの?」

「そうだよ、カウンターの上に置いておいてね。後はレンゲと箸を用意しておいて」

「はーい」

「私は何をすればいいかな? 月白君」

「承和さんは取り皿とかを浹から聞いて並べておいてもらえますか?その後はリビングのソファーで寛いででもらって構いませんよ」

「私はー?」

「浹もね、じゃあ銀」

「あぁ、やろうか」

「よろしくー」

 そう言って雪乃と浹はリビング中央のテーブルに食器類を並べ始め、俺はそれをダイニングカウンターから視界の端で様子を見つつ、冷蔵庫の中を吟味することにした。大きな観音開きの扉を開くと、中には俺の家ではまず見ないような食材や調味料が並んでいた。

 さて作るものを任せると言われたのはいいものの、俺は別に特別料理が上手いわけではない。普段からキッチンに立つ機会があるだけで、涼の様に美味い物を作れる訳でも、凝ったものを出せる訳でもない。本当に一般的なもの、更には貧乏人相応の物が関の山だ。いじめか。

「悩んでても料理はできないよ」

「いきなり作るものを考えさせておいて何て言い草だ」

「俺があれ作ってこれ作ってっていうより、好きな物作った方が楽だと思うけど。承和さんも銀が考えて作ったものの方が喜びそうだし」

「お前はどんな気遣いの仕方をしているんだ……」

「学校でのあの話を聞いたらそりゃあ、ね」

「…………はぁ」

 頭痛の種は増える一方だ。いくら生徒会での立ち回りに気を付けていようとも、雪乃と言うニトログリセリンの原液の如き危険要素がある以上は一切油断できない。現に今、涼からの要らぬ気遣いをされている始末だ。

「で?」

「ん?」

「承和さんとはどういう関係? 告白した、された仲なのはわかるけど」

「別にそれ以上も以下も無い」

「にしては承和さんの視線は一向に銀に向いたままだけど?」

 そう言われリビングの方に顔を向けると、雪乃がゆらゆらと手を振ってきていた。浹は浹で涼に手を振っており、女子はやることが似ているなと思った。と言うか雪乃は俺にやったらと関わろうとしないで欲しい。今こうして変に掘り返されてる原因はお前にもあるんだぞ。

「仲いいねぇ」

「お前達には及ばない」

「で、付き合いはどれくらい?」

「…………初めて見知ったのは小学生だ」

「……おぉ、マジ?」

 自前の中華鍋に火を点け熱している涼が、目を見開き俺を見てくる。丁寧に取っ手と持ち手の間に挟んでいた布巾をそのままに離し、火傷の危険の無いようにする所にコイツのマメな性格が出ているなと意味も無く思った。

「アイツが途中で不知火学園の初等部に転入するまでの間だったがな。その後は多少は関わりがあったが、実際にしっかり会話をまたするようになったのはそこから暫くした後だ」

「へぇ、空白期間があったんだ」

「あぁ、小学生の時の俺については簡単に説明しただろ?」

「そうだね、聞いた」

「丁度アイツが転入したのはその時期の前後だ、何かとバタバタしてたからな」

「なるほどね。で、告白されたのは?」

「……………………」

「銀?」

「…………言いたくない」

 それは本当に言いたくない。何が悲しくて屑男エピソードと言える出来事の時期を自分で詳らかにしないといけないことがある。いくら気心知れた中でも、未だ自分が渦中にいる問題の話をするには至らない。殊更その手の話題の勝手がわからない俺に、オブラートに包んだ展開や角の立たない話し方ができる自信がない。そもそも角が立ちまくりな内容なのもある。

「言いたくないか、うーん」

「……なんだ」

「銀はさ、多分色々思う所があるんだろうとは思うよ。じゃあもし諸々の問題がなかったとして、その時はどう応えていたと思う?」

「…………」

 ――――何の問題も抱えていない自分。

 そう言われなんとなく想像してみるが、しかしはっきりとしたビジョンは思い浮かばなかった。今の状況がそもそも切迫の限りのような状態なのもあり、イフとしての自分なんてものを考えた事も無かった。もしかしたら、なんて想像は、きっと空白のある人間ができるものなんだろうと内心考える。

 では雪乃と特別な仲になることはどうだろうか。恋愛と言うものの細かな知識こそないが、愛や結婚と言ういくらかわかりやすいものならば、多少考えることはできる。

 そう思い、雪乃と自身の仮定の姿を思い浮かべる。そこから関係性を構築させ――――。

「………………」

「そんな苦悶の顔を浮かべて考える事……?」

 どうやら俺の脳は素晴らしい出来らしく、一切思うように動いてくれなかった。まさか自分が幾分かは想像つくだろうと思っていた仮定すらできないとは、少し悲しい気分になる。

「どうやら俺にはそういう想像ができるだけの知識経験がないらしい」

「えぇ……」

「引くな、俺も少し引いてる」

「うーん、なら承和さんの事はどう思ってる?」

「雪乃にか……」

「大きい括りで構わないから」

「……まぁ、友人としての関係で言えば、好意的か」

「つまり好きだと」

「語弊がありすぎる」

「勿論異性愛的なものは想像不可ということで?」

「あぁ、それを判定するための知識が無いからな」

「取り敢えず承和さんが悲しむ結果ではないことでよかったかな」

「大きなお世話だ」

 そうこうと話している内に、油が熱を持ち良い音を響かせている。涼の持つ中華鍋には炒飯の具材であるネギやチャーシューなどが入れられ、小気味よくかき混ぜられていた。かくいう俺も、鳥のモモ肉を食べやすいサイズに切り分け、塩胡椒や生姜などの調味料と絡めた後に小麦粉や片栗粉をまぶし、それと並行して油を熱する。油温計の針は、もう少しで使えることを示す温度になっていた。

「ほほう……いいセンスだね」

「料理上手なお前に褒められるのは悪い気はしないな」

「銀もよく作ってるでしょ」

「家事をせざるを得ないからな」

「なるほど」

「さて、これからしばらく手持ち無沙汰になる訳だが」

「うん?」

 油が適温になり、俺は調味料などで下味をつけた鶏肉を油に投入する。油がはねないよう注意しながら入れると、食欲そそる良い音が聞こえてきた。暫くは菜箸片手に様子を見るので、涼に少し意趣返しをすることにした。

「お前と浹の話は生徒会でも偶に聞かれる。どうやらお前たちの様子は恋人のようだとな」






 ――――――

 ――――――――






 俺は銀のその言葉に、珍しく面食らってしまった。あの色恋関連の話を始めた途端一切の言葉を発さず単語帳を開き、外界とのつながりを一切遮断するほどその手の話を避けていたあの我妻銀士郎が、『どうやらお前たちの様子は恋人のようだ』と、そう言ったのだ。これを聞き間髪入れずに返答できる人間は、恐らく彼を知る人間であればいない。断言できる。今俺はその動揺を悟られないよう表情筋を硬直させ平静を保っていた。

「はは……そう話題に出されると恥ずかしいな」

「お前でも恥を感じることはあるのか」

「失礼だなぁ」

「冗談だ」

 思えば銀はこの二ヶ月ほどでだいぶ変わった。元々冗談や今の様に俗な会話をあまりしない人間と言うのが、一年と少しの間共に過ごした俺の銀士郎評だった。

 だが、生徒会として活動を始め、見ている限り全員と良好な関係を構築していっている彼は、以前に比べ僅かに表情は柔らかくなり、関係を持つ上でも排他的な雰囲気は鳴りを潜めていっている。元々人を毛嫌いしている訳ではないが、事情が事情なので女性との関わり方には特に気を張っていたのが銀だった。それでも、今は簡単な冗談を交わしながら所謂恋バナと言うものを銀と話す機会が巡ってきたことに、内心涙を流した。

「話を戻すが、お前たちは恋仲と呼ばれるものに見られているらしい。俺には判断ができないことだが、複数人がそういう評価を下したと言うことはそれは概ね真だと考えられる」

「まぁ……」

「しかし俺はお前たちがそう言った関係になったと聞いた記憶はない。物覚えが良いと自称しているがもしかしたら聞き落してる可能性もあるから、ここで改めて聞く。涼、浹と恋仲なのか?」

 銀は良くも悪くもストレートだ。オブラートと言う言葉を知らないのではなく、敢えて無視をしている辺りが彼らしいと言うか。そう言った話題も本来言い澱みそうなものなのだが、銀は表情一つ変えず、しかし茶化しの意識も無く聞いて来る。まぁ、別に隠す事でもないからいいけれどね。

「俺と浹は付き合ってないよ。少なくとも俺はそう思ってる」

「ふむ」

「と言うか、お互い付き合ってるような感覚だと言えばいいかな」

「…………すまん、わかりやすく」

「えっと、恋人の関係になるってのは本来告白をするされるで始まるのが大体だよね。銀と雪乃さんの所みたいに」

「俺は付き合ってないがな」

「形式の話。それでまぁ、言ってしまえばそこからお互いの事を新しく彼氏彼女って意識することになるよね?」

「そうなった以上はそうなるんだろうな」

「俺はそういう、変に形式ばった様な関係で浹と繋がっていたくないんだ。俺も浹も、そういう何か区切りを作らなくても、そもそもお互いが通じ合ってて言葉にしなくてもいいくらいの仲だって思ってるから」

「……ふむ」

「……まぁ、向こうがどう思ってるのかはわからないけどね。もしかしたら待ってるのかもしれないし、それなら俺は銀の事をあまり笑えないかな」

「俺より余程考えているからそれは無いな」

「そう言ってもらえると少しは気が楽かな。ま、そういう訳で俺と浹は付き合っては無いけど付き合ってる感じの関係」

「俺が見ている浹の表情や視線を見る限り、お前との関係で不満気だったり何かを求めている感じはなかったと思う。変に気にし過ぎたら逆に指摘されそうだな」

「はは……銀のそういう特技、こういう時本当信用できるから便利だよね」

「光栄だ。ではこの話はお前が言った通りの関係性だと覚えておく」

「ありがとう。っと、そろそろできそうだね。銀が作ってるのは……」

「中華と考えたら付け合わせが油まみれになった、すまん」

 銀が作っていたのは唐揚げと油淋鶏。ご丁寧に二度上げをしタレもしっかり作っているのを見て、俺は素直に驚いた。まさか他所の人間のキッチンで突然料理を任されここまで作るとは思っていなかった。全体のバランスも考えている辺り、よく周りを見ている。

「いいね、うん。タレも味が濃くないから浹と承和さんも問題なく食べられるだろうね」

「お前の炒飯は相変わらず店に出せるレベルだな。流石は好きが高じて中華鍋を手に入れるくらいだ」

「お褒めに預かり光栄です」

 素直な誉め言葉に若干の恥ずかしさを覚え、わざとらしい声で返す。銀の誉め言葉は気休めやお世辞の無い混じりっ気なしの賛辞だ。そりゃあ照れも出る。

「よし、皿に盛り付けたら持っていこうか。時間もちょうどいい」

「そうだな」

 俺と銀はお互いに作った料理をそれぞれ皿に盛り付け、銀は彩に野菜を添えていた。俺はそれを確認すると冷蔵庫に入っていた烏龍茶のペットボトルを取り出し、コップに注いでいく。

 さて、楽しい食事の時間だ。






 ――――――

 ――――――――






「三毛さんは、今の月白君との関係をどう思ってるの?」

 食器を並べ終えた私と三毛さんは、リビングのソファーで休みながら談笑をしていた。その中で、私はかねてより話に聞いていた三毛さんと月白君の関係について聞いてみた。

 以前から顔と名前は女子生徒の間でも話題になっていた月白君、それに新年度に入ってから入学してきた三毛さんはその距離感や仲の良さもあり、月白君を狙っていた人間たちの間で噂になっていた。

 最早恋人同士の様な距離感であるにもかかわらず、聞いたところでは明確な恋人関係ではないと言う。そんな不思議な状態の彼女が今目の前で一対一で話せるのなら、聞いてみたくなるのが人間だ。奇しくも似たような似てないような関係の自分にとっては、個人的な興味も湧いている。

「涼とっすか? うーん……」

「聞いたところ、お互い告白したされたってことはしてないって聞いたけれど」

「っす、私も涼もそう言うのは言ってないっすよ」

「彼からそう言う言葉は欲しいと思ってるの?」

「全然すね、私はそう言うの気にしないっていうか」

「でもはっきりとした関係性じゃないともしかしたらうつつを抜かした彼に逃げられたりって怖さはない?」

「そういう心配も無いっすね」

 無い。彼女は全くの不安げも無くそう言った。

 正直それだけの自信が持てるのは凄いと思う。この年頃、色に目移りしても不思議ではない時期の男子に対し、全幅の信頼を寄せているのはとても珍しいと思う。

「あ、別に慢心とか傲りじゃないっすよ? 理由はありますし」

「どんな理由?」

「私も向こうも、『恋人だから』って言葉苦手なんすよ、多分。これだからこう、こうなってるからこうするって義務感みたいのが芽生える関係って窮屈じゃないっすか?」

「ほほー……」

「別に告白することに対してのアンチ的思考は無いんですけど、私と涼に関してはお互いそう言う関係じゃなく、言葉にしなくても安心できる関係を大事にしたいってだけなんす」

「……凄い、それだけお互い信頼して、好きなんだね」

「改めてそう言われるとちょっと恥ずかしいっすね……」

 へへ、と笑う三毛さんの顔はとても幸せそうな顔だった。私としては、そういう恋と愛の形もあるのかと言う新たな事実の発見の感動と、それを年下の彼女が言葉で言い表せるほどに考えていることに驚愕した。

 言葉にする必要のないほどの、関係。果たして自分はできているのだろうか。多分、できていない。私は彼女の様に強くは無いから。

「そういう会長さんこそ、ぎんじろ先輩とは実際どうなんすか? 返事貰えないのは中々ひどい現状っすよ」

「あはは……だよねぇ」

「必要なら私から言いますよ?」

「ううん、その必要はないよ」

「不思議な関係っすねぇ……」

「恥ずかしい話だけど、彼に骨抜きにされちゃってるからね、私。銀士郎君以外とはあり得ないって思うくらいには」

「……もしかして会長さん、重い……?」

「自覚はしてるよ……」

 やはり私は重いのだろうか。でも、かつて自分が作り自分を縛り上げ苦痛になっていた仮面を真っ先に気付き、私の本当の顔を知っても尚私を求め必要としてくれた彼は、私の中でどんなものを代償にしても手に入れたいものになっている。その過程でもし自分一人では彼が来てくれないのなら、他の要素を持ってきてでも、倫理に反していようとも使うつもりでいる。

 ――――うん、これ重いよね。三毛さんには黙っておこう。

「因みになんすけど、告白したのって何時なんすか?」

「中学一年生の時、日付は7月7日。彼の誕生日」

「そこまでは聞いてないっす……」

「あはー……」

「でも結構前なんすね、同じ学校だったんすか?」

「小学校の途中で不知火学園の初等部に転入しちゃって、高校までは別の学校」

「その間も関係は続いてたんすね、でも学校変わっても途切れないってすごいっすね」

「あー……まぁ色々事情が重なってね」

「……事情?」

「そこはあまり話には関係ないかな。とにかく私はその時に告白して、彼はそれに応えられないって返してきたの」

「それでも尚諦めないのは凄いっすね」

「彼の台詞は厳密には『今は』って付いてたからね。だからその時が来るまで私は諦めないって返したの。その時の銀士郎君の顔は面白かったなぁ」

「気になるっすね……」

 実際に彼に対して言質は取ってある。本人が覚えているかは定かではないが、当時から父の仕事を見てきていた私は誓約書の様なもの、所詮は中学生が作る手書きの物ではあるが、それに彼の署名をさせて今も保管している。いざとなればそれも使える。

 当然それだけあれば安心できる――――はずなのだが。

「生徒会の皆がね……」

「……どうしたんすか?」

「ほら、銀士郎君って無自覚にモテるでしょ?」

「天然タラシっすね」

「懸念は勿論していたんだけど、やっぱりと言うか」

「……もしかして、生徒会のメンバーさんが?」

「ほぼ全員……なのかな。私は詳しくは把握できてないけれど、全員取り敢えず好意的な感情はあると思う。ライクかラブかはわからないけれど」

「おおう……恋敵爆増じゃないっすか」

「うーん……増えたっていうけどわたしにとっては――――」

 と言いかけて止まる。危ない危ない、これは人には言えないんだ。

「……会長さん?」

「んーん、なんでもない」

「そっすか、にしてもまさかそこまで毒牙にかけているとは……ぎんじろ先輩、一体どうしてあんなになったんすかね?」

「昔はもっと違かったんだけれどね」

「え! そうなんすか?」

「うん、実はね――――」

 よかった、話が逸れた。このままずるずると話を続けていたらきっと核心に触れられそうだったので、若干心苦しいが彼の過去話で気を逸らすことにした。背に腹は代えられない。

 三毛さんは今と全く違う彼の様子に、面白いように反応を返してくれた。こっちもそれならばと話が弾む。彼の話をこうも楽しく聞いてくれる人がいると、つい普段の自制の心が緩んでしまう。

「おーい、ご飯できたよー」

「運ぶのを手伝ってくれ、熱いから気を付けろ」

「お、できたみたいだね」

「っすね、行きましょうか」

「わーい、どんなものがでるのかなぁ」

 私と三毛さんはソファーから降り、ダイニングカウンターまで行く。そこには湯気を燻らす炒飯や唐揚げ、その隣にあるのは油淋鶏だったか。良い匂いのするそれに私達は会話を弾ませながら、テーブルにそれを並べ席に着く。

 夜の蚊帳が降りる頃に、談笑と食事は進んでいった。

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