第二相 六相のエゴ
さて、今眼前に立ちはだかる『不知火学園生徒会』だが、実は創立以来この生徒会に男子生徒が所属した例は無いらしい。事実かどうかは正確な話が無いので噂程度だが、この学園の雰囲気を正しく認識できているのなら納得する内容だろう。そこに突然入ってくる俺――――言いそびれていたが、俺の名は『
だからと言って辞退する訳にもいかない。学費の件も然り、会長自らの推薦でもあるが故に。
顔にこそ出さないが、どうにも足取りは重い。メンバーも会長以外知らない上にここの生徒会は役員構成が特殊だという。どう立ち回るかと思いに耽っていた時、不意に後ろから声がかかった。
「あのー……大丈夫ですか?」
「……俺の事か?」
「そうですそうです、なんだかどんよりとした気配が見えたのでつい心配になって」
やや気まずそうに、しかしいい笑顔で話しかけてきたライトブラウンのセミロングと赤い目の女子。見た所同学年のようだが、見知らぬこんな人相の悪い男に声をかけるとは、お節介焼きなのか不用心なんだか。
「心配はありがたいが大丈夫だ。この先の部屋に用事があってそれで少し考え事をしていた」
「この先……生徒会室ですか?」
「あぁ、それがどうかしたのか?」
俺の言葉に反応し、むむむと唸りながら俺の顔を至近距離で覗き込んでくる目の前の女子。一体何なのだろうかと若干たじろぐと、恐る恐る俺に問いかけてきた。
「もしかして……今日から生徒会に来られる新しい男の人、ですか……?」
「そうだが……」
「やっぱり! 合ってました!」
当たったのがそんなに嬉しかったのか、その場で跳ねている。頭に着いている垂れたうさ耳の様なカチューシャと、服の上からでもわかる随分と豊かさのある胸部が揺れていた。
「喜んでるところ悪いが、お前は……」
「あっ、自己紹介がまだでしたね! 私の名前は
「近い……」
「おっとごめんなさい、まさかここで会えるなんて思ってなくて。えへへ」
ぐいと体ごと迫ってくる少女、胡桃瑠璃の肩を掴み押し戻す。
「取り敢えずお前が生徒会役員だってのはわかった、ええと……」
「瑠璃! です!」
「…………初対面の人間にいきなり名前を呼ばせるのはどうなんだ?」
「これからたくさん一緒にいるんですし、距離というのは詰められるときにドーンと詰めるべきです! なので、さぁ! さぁ!」
「やめろ近づくなわかったから…………その、瑠璃」
「はい! なんでしょう?」
「調子が狂うな……あぁ、俺の名前は我妻銀士郎だ」
「銀士郎さんですね、よろしくお願いします! では早速生徒会室に行きましょう!」
「引っ張らなくても帰らんから……」
「善は急かせですよ?」
「善は急げだ」
「あれ?」
どうにも不安なところはあるが、懸念していた一番目のコンタクトは問題なく行けたと言っていいだろう。瑠璃は随分とパーソナルスペースが近いというか、女子高のノリや距離感というのはこんなものなのだろうか。聞く訳にもいかないので気にはしないことにするが。
ぐいぐいと腕を掴み引っ張られ、生徒会室前まで辿り着く。一人だったら入るのにやや後ろ向きだったのだろうが、目の前の活発な少女はそんな事お構いなしに扉を開け放った。
「おはよーございまーす、新しい男の人が来ましたよー!」
声が大きい、これがデフォルトなのだとしたら凄いものだ。そう感心するのも束の間、その声に反応しこちらに向いた視線六つが一斉に俺に刺さる。なんとも居た堪れないしなんなら既に帰りたくなってきたが、何とか踏みとどまる。そうこうしていると、奥の方から随分高価そうな椅子に座っている、俺がよく知る人物から会話が振られた。
「お疲れ様銀士郎君、もう瑠璃とは会ってたのね。知り合いだった?」
「今さっき知り合ったばっかだ」
「仲が良さそうで何より何より。君、人付き合い下手だし」
そう言い、余裕ぶった顔で笑いかけてくるのがこの学園の生徒会長であり、俺をこの生徒会に勧誘した張本人。ややくすんだアシンメトリーのショートヘアな金髪とまたも赤い瞳の彼女の名は『
「さ、今日の主役が来たところで自己紹介しようか、みんなテーブルに集まってー」
その声を合図に各々が行っていた作業を止め、生徒会室に鎮座する大理石の長机とこれまた高そうなソファーに座る。何処に座ればいいものかと考え立ちすくんでいると、
「銀士郎さん! こっちですこっち!」
「お……おう」
先に座っていた瑠璃が空いている隣のスペースを叩いていた。そこに座れということは伝わったので、俺は大人しくそこに座る。前方に視線を向けると、セミロングでサイドテールの赤髪と赤目の少女がこちらを見ていた。
「……?」
「……ふん」
視線が合うや否や、そっぽを向かれた。一体何なのだろうか、逸らした割にはこちらをちらちらと見てくるし、余程俺の存在が異物的に感じるのだろうか。しかし、俺は彼女に見覚えがある。何処で見たのかはわからないが。
「さて、新学期が始まり今年度から始動する生徒会。銀士郎君以外は正直去年と顔触れが変わらないけどね。定例となってる顔合わせは今回彼の紹介になるけど、まずは私達からやりましょうか」
「会長がそう言うのなら。では誰から?」
「妥当かつスムーズな進行の為に私から。生徒会会長の承和雪乃、2年D組でーす。まぁ銀士郎君とは前々から顔見知りだけどね」
「今更な情報だな、よろしく」
「じゃ次はいろはね」
「わかりました」
雪乃にいろはと呼ばれた黒髪の少女が座り向きをこちらに向ける。几帳面そうな顔立ちとキリッとした赤目、サイドに結んだ髪を揺らし、通りのいい声で話し始めた。
「生徒会副会長を務める
「いろははちょっとお堅そうに見えるけど、慣れれば仲良くしてくれるから安心してね」
「余計な事を言わないで、今後に関しては彼次第です」
「だってさ、じゃあ次はー……七望ちゃん」
「ん……」
次に七望と呼ばれた少女は、白みがかった青い髪で赤目の右側が隠れている姿だった。ヘッドフォンを着けていたが律儀に外すあたりに性格が出ている。
「生徒会……書記、
「よ、よろしく」
寡黙と言うか、会話を嫌う質なのだろうか。あと彼女も見覚えがある、図書室で毎日何かしらの本を読んでいる姿を見たことがある。顔見知りという訳ではないが、見覚えのある姿があることに僅かに安心感を覚えた。
「いいねぇサクサク進んで。銀士郎君は何か質問とかあったらしていいんだよ? 彼氏居るのかとか」
最低最悪のキラーパスをしてきたぞこの性悪。案の定突き刺さる視線に冷たさまで追加されている始末だ。
「興味無い、つまらん話題を振るな」
「えー、健全な男子高校生がこんな美少女の花園に来たら気にならない?」
「容姿が優れていることについては否定しないが生憎そう言った話に縁も興味も無い、ただでさえ肩身が狭いんだから勘弁してくれ」
「つれないなぁ。ま、だからこそ君を指名したんだけどね。じゃあ次は双子姉妹」
「はーい、
「……月夜です、よろしく」
真っ白な髪と赤目が特徴の双子。快活に自己紹介をしてきた月乃はやや低めのツーサイドアップのロングヘア、物静かな月夜の方は長い髪をそのまま垂らしているスタイルで、月乃は2つ、月夜は1つ赤いリボンを髪に結んでいた。こういっては陳腐だが、本当に瓜二つ、人の区別は細かな所作の観察などを癖にしているおかげで何とか見分けはつくが。
「私達の事名字で呼ぶと面倒だから、名前で呼んでいいよ。これ許可される男子は初だよ? よかったねー」
「まぁ……そう言うのなら名前で呼ばせてもらう」
「ほいほい仲いいねぇ、そんなすぐ仲良くなるなんて妬いちゃうなぁ雪乃さんは」
「誰に対してだ」
「さぁ? じゃあ次は瑠璃かな」
「やっっっと私ですね!!!!」
「煩い」
「私はさっき名乗りましたが改めて、胡桃瑠璃です! 上も下も名前みたいな名前なのでさっき言った通り瑠璃と呼んでください! 役職は庶務、クラスは2年B組です!」
名前みたいな名前……言わんとしていることはわかるが、どうにも言い回しがふやけているというか。
「……お前はボリュームを下げて話ができないのか」
「銀士郎さんがいい人そうなのと、新しい人にワクワクしちゃいまして……」
鼓膜を破らんばかりの声に思わず苦言を呈すが、横で心底楽し気にしている笑顔に毒気が抜かれ、ただ俺は溜め息を吐くだけで終わった。大丈夫なのかここは。
「それじゃあ最後にトリで結乃、お願い」
「何で私が……まぁいいわ」
結乃と呼ばれた、ソファーに座った時に俺を見ていた少女が若干の不満を込めた声を出しながら俺に視線を向けてきた。その眼を俺は知っている。懐疑と不信の眼だ。
「生徒会……何故か私だけ役職教えられてないけど、まぁいいわ。役員、
「……なるほど、見覚えがあったと思ったら隣の席の」
「隣に座ってて気付かない間抜けとは恐れ入ったわ。顔くらい見ないのかしら?」
「生憎人との関わりは最小限にしていてな」
正直自分の周囲の関心の無さには少しびっくりしたが、記憶の中から見覚えを手繰り寄せただけ褒めてほしい。紅は半眼でこちらを睨んできているが、何が彼女をそこまでさせているのだろうか。
「あ、ここで伝えるんだけど」
ぽんと掌に拳を置き、わざとらしい笑顔と声色を雪乃が発した。その時点で俺は不明瞭な情報の因果関係の推測が出来ていたため、眉間に手を当てる。
「銀士郎君は察したみたいね」
「なんとなくはな、続けてくれ」
「うん。銀士郎君の役職なんだけど、生徒会風紀取締役となりました。で、結乃が風紀取締補佐ね」
「はぁ!?」
紅が尋常ではない声で意義の念が込められた声をあげる。俺としては外れていてほしかった内容だ。
「なんでアタシがコイツの補佐をしなくちゃいけないのよ! 百歩譲ってコイツが補佐でしょ!?」
「まぁ順当にならね。でも共学化してから今までで分かったことは、どうしても男子生徒に対して女子生徒の風紀取締は効力が弱いの。実力行使に出ようとどうしても力負けするから、最後の一手に欠ける」
「……それとコイツがトップに据えられる因果関係は?」
「明確な意思表示。これまで頑なに男子生徒が採用されなかった生徒会、それも風紀を司る役職に彼の様な生徒が就けば、嫌が応にも全校生徒がその意思を感じざるを得なくなる。それに彼の実力はお墨付き。学力的にも、武力的にも」
「……はぁ、わかったわよ」
大きな溜息を吐きこちらに振り替える紅。余程不服と見えるが、しかし道理を飲み込む理性はしっかりあるようだ。
不満げな声で彼女は俺に向き直り指を指してきた。
「いい? 雪乃が納得に値する理由を言ったから取り敢えずはアンタの下に就くわ。でも私はアンタを、男を信用しない。少しでもこの組織にとって不穏な因子だと判断したら罷免要求も辞さないから覚悟しなさい」
「お前のお眼鏡に適うよう努力はする」
「男なんて信用ならない。だから精々慎ましやかに行きなさい」
「手厳しいことだ」
「ハイハイ喧嘩しない。まだ銀士郎君の自己紹介は済んでないんだから」
素で忘れていた。俺は特に語る事は無いのだが、やれと言う雪乃の目線に渋々従うことにした。
「新しく生徒会に加入した我妻銀士郎と言う。役職は今さっき聞かされた風紀取締、クラスは紅と同じ2年C組だ」
「そっけないなぁ、何か他に言う事は無いの?」
「お前たちに倣って同じ内容を言ったんだが?」
「んー、まぁこの後歓迎会兼交流会するし何か聞きたいことあったらそこでにしようか。銀士郎君、家庭科室の冷蔵庫にある飲み物取ってきてもらってもいい?」
「新人をいきなり使い走らせるその性根、感服するよ」
「女の子に重い物持たせるつもり?」
「……行ってくる」
それを盾にされては何も言い返せない。確かに華奢な少女に飲み物を運ばせるのは忍びない上、歓待されるからと言って何もせず座っているのは性に合わない。俺は腰を上げ、離れた場所にある家庭科室に向かうことにした。
「あ、なら私も……」
「瑠璃、お前もここで待ってろ。一人で十分だ」
「でも……」
「大丈夫よ、彼なら大した量じゃないもの。ここで他の準備をしましょう?」
「はーい」
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい、急がなくていいからね」
「……? あぁ」
わざわざそんな事を言う必要があるのかと疑問に思ったが、別段掘り下げる事でもないとして俺は扉を閉めた。
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