六相のデザイア

出雲 蓬

第一相 銀の円環

 学生という現代においてはある種特権階級である身分というのは、恐らくかなりの自由と呼ばれるものが保証されている。高校生及び大学生となれば、環境によって差はあれど、自己責任の下にそれ以前よりも行動の幅が広くなるのが大体であろう。勿論教育方針によっては寧ろ制限が厳格になる者も居るだろうが、ここでは前者の話を主とする。

 そんな学生時代、とりわけ高校生と言うものは多感かつ不安定さを内包しつつ、その自由を謳歌しながらその後の人生の分岐となるデリケートな期間となっている。大学生より親の庇護下としての色が残りつつも、自分自身の確立が最も盛んに行われることが多い故に、その情景・環境の変化が著しく起こる。それは世間で持て囃されている創作品にて高校生をテーマに取り扱う作品が多いことからも察することができるのだろう。

 要するに何が言いたいのかと言えば、特にメッセージ性は無い。あくまで俺が俺の思考を整理するための誰にも語らない独白の様なものだ。もう少し具体性を考えるなら、現実では自分の状況がその一般的な高校生像から逸れていることへの確認とも言える。それをこの時期の学生にある特別感で悦に浸る真似はしないが、自分が逸れているなら逸れているなりに自覚を持つのが妥当な行動だと思う。

 友人も少なく恋人など作る環境すら無い人生だが、信頼に足る親友が居ればそれでいいだろう。高望みはしない。

 ――――と、思っていたのだが。どうにも巡りというのは、自分が思い描く道程道理に行かないらしい。


 『私立不知火学園』。

 創立から優に一世紀を超える名門校であり、元々は女学校だったものが共学化し、現在では男子210人、女子340人を抱える学園となっている。元々が女子高だったこともあり、未だ学園内でのヒエラルキーでは男子は圧倒的に低い位置にいる。特段差別的という訳ではないが、発言力などは無いに等しい状態となっている。まぁただでさえ高校生と言う、異性間の関係がデリケートな時期ならば明確な隔てがあれば、そうなるのも仕方のないことなのかもしれない。

 言い方は悪いが、自分が低い立場にいるのは自覚している。自分がここに来たのも経済的な理由で、学業とスポーツが一定基準を超えれば学費免除という恩恵は想像以上に大きい。

 しかし、とにかく肩身が狭い。今もこうして学食にて昼食をとろうとしているが、俺自身の見た目も相まって視線が集まる。二年目ともなれば慣れたものではあるが。

「またしかめっ面で食べて、折角の昼食が不味くなるよ?」

「俺は何時もこんな顔だ、お前こそよくもまぁこの短時間にその量を腹に突っ込むな……」

「銀も大概だけどね、腹が減っては何とやら」

 俺を『銀』と呼ぶ目の前の男。銀髪蒼眼の長身痩躯で女に人気のありそうな顔立ちのコイツの名は『月白涼つきしろすず』。高校に入学してからの数少ない同性の友人であり親友、細身の割に俺と同程度かそれ以上を食べる涼はトレイに乗った茶碗を持ち丁寧かつスピーディに食事を口に運んでいた。

 恐らくここに集まる視線の八割はコイツのせいだ。

 ――――月白涼はモテる。入学当初から女子の人気が高く、またコイツ自身も人当たりが良いのもあり常に絶え間なく側には女子が居た。俺と行動する時間が増えてからはそれも鳴りを潜めたが、それ以外にも理由はある。

「ぎんじろ先輩も結構食べるけど、何処にそのエネルギー行ってるんすか?」

「銀は単純に運動量が多いんだよ、浹」

「そういうことだ」

「はぇー、私にはよくわかんないっす」

「いつも飴舐めてる浹もその体型維持してるのは凄いと思うけどね」

「涼の見えないところでちゃんと量を考えてるからー」

 涼の隣、俺の斜め前に座り棒付きキャンディーを舐めているのは涼の幼馴染で一つ下の後輩である『三毛浹みけあまね』。濃いピンクの髪を頭の半ばで二つに結び、ライトグリーンの様な瞳が特徴で、昼時だというのにテーブルに気怠そうにしなだれていた。

「そういえば銀、今日はいよいよ生徒会の初参加の日だっけ?」

「えっ、ぎんじろ先輩生徒会に入るんすか!?」

「……不本意ながらな、理由は色々あるが何かしらの組織活動に参加しない事には学費免除が取り消される」

「世知辛いっすねぇ……お金に苦心したことは無いんでわからないんすけどね」

「大体ここに来る学生は実家が裕福だからね」

「悪かったな金が無くて、妹の学費を賄うだけでも手一杯だ」

「偉いっすよねぇ、妹さんの学費を賄ってるって」

 そう、事情は込み入っているが現在俺には両親が居ない。居ないというと語弊があるが、簡単に言えば父親は既に他界していて、母とは縁が切れている状態なのだ。妹と二人で暮らしているが、やはり金はどうしてもかかる。俺が学費の免除にこだわるのもそれが理由なのだ。しかしまさか自分が生徒会に入ることになるとは思わなかったが。

「四月早々から気が重いが生徒会長直々に席を設けてもらったんだ、背中から刺されるのも冷たい視線を浴びるのも覚悟の上。虎穴に入らずんばとはよく言ったものだ」

「応援してるよ、困ったら話は聞くしね」

「女子目線からのアドバイスも無料でお付けするっすよ、ぎんじろ先輩なら背後から刺されそうになっても大丈夫そうっすけどね」

「どうだろうな。それじゃあ気は進まんが生徒会室に行ってくる。半日授業だから一時に顔合わせになっててな」

「いってらっしゃい」

「骨は拾ったげますんで」

「じゃあな」

 席を立つ。なけなしの金で食べた最安値の定食のトレイを下げ、食堂を後にした。

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