第五相 赤色反応は微弱なまま

 放課後と言えば、学生ならばやることは大体予測できる代物だと思う。放課の課題や友人との雑談、部活動で大体の生徒は該当済みになるだろう。各々自由に過ごすのは勝手であるし校則の範囲内であれば俺は咎める事も無い。規範の内であれば自由を獲得できるのは素晴らしいことであろう。勿論例外も存在するが。

「本当、拍子抜けするくらい暇ね」

「何もないに越した事は無いだろう」

「面倒事は少ないのは助かるけど、ただアンタと校内を歩くのが不服かしら」

「そうか」

「反応が薄いわね、気味が悪いわ」

 校内の風紀取締業務の為歩いている俺と紅は、至って平和な学園内で随分と剣呑な会話を交わしていた。いや、俺にその意思は無いのだが、彼女としてはそうでもないらしい。

 二年生になり、そして生徒会として活動を開始して一ヶ月が過ぎていた。彼女との会話をある程度行い、向こうが幾分か気を許した――――と思う。正確にはわからない事である上に、彼女の情緒は俺に対して限定で常に憤慨しているのでどうにもわかり辛い。訳もなくただただ毛嫌いされるよりはまだコミュニケーションを取りやすいのは救いだろう。

「もう少しで校舎内の見回り終わりね、次は……私達の学年か」

「まぁすぐに終わるだろう」

 階段を上り二年生の階に着く。木造の階段と廊下は軋む音こそしないが、足から伝わる木独特の質感は中々に心地の良いものだと思う。木造板敷の床に馴染み深い自分としては、裸足で歩きたい位にはここが気に入っている。この高校に入ってよかったと思うものの一つだろう。

 廊下には幾人かの生徒たちが、窓際に立ち春の心地よい風と日差しを浴びながら和やかな談笑をしている姿があった。流石は高水準の学力と格式ある家系が多いだけあり、目について取り締まり対象となる存在は、少なくとも一年生徒として過ごしてきた限りでは見ていない。俺自身の周囲の関心と観察頻度が低いので正確な情報ではないだろうが。

「気になったんだが、この学園はどんな程度違反があるんだ?」

「普通……って言えるならいいんだけれど、実際は狡猾に不明瞭にしている者が多い感じだと思う。あとあまりにも度が過ぎたものや私一人じゃ対処不可のものは教師陣に報告する感じ」

「お世辞にもいいとは言えない感じだな」

「いくらいいとこの家が多いと言っても高校生、目を掻い潜ってやることやってるのは当然と言えば当然ね。まぁ、不本意極まりないけどアンタが就いてから幾分かそう言ったものは鳴りを潜めてるのも事実よ」

「それは面目躍如と言ったところだ」

「恐らく就任式でアンタが言ったことが効いてるんでしょ、流石にあんな事を言われれば誰だって警戒するわよ」

「そこまで特別な事を言ったつもりはないんだが……」

「少なくとも私は、性別的にアンタは変わらず嫌いだけど人間としては認める部分があると考えてるわ」

「…………」

「なによ」

「いや、驚いた」

「定義を曖昧にしてなんでも攻撃的になったら立ち行かないもの、そのくらいの分別はつくわ」

「なるほど、明瞭な理由だ」

「そういうこと」

 会話をしながら一つづつクラスを覗いて行く。教室内でも廊下と同様会話をする生徒がまばらに居り、特に目立ったものは見られなかった。一瞬、クラス内の全員が俺に視線を向けるのは先程紅が言っていた就任式での俺の発言のせいだろう、恐らく、俺は自覚が無いのだが。

 そうして場所は俺と紅の所属する2年C組、閉まっていた扉を開くと――――。

「ほお? あひふふひー」

「浹、行儀悪いよー」

「……んぐっ、涼もとんがるコーン指にはめてるじゃん」

「食べやすくない?」

「百里ある」

「ふぁ……んむ、伊桜……欠伸した瞬間にごはん放り込むのやめて」

「今日も昼休み音楽室でピアノ弾いててお昼食べてないでしょ? お弁当あるから少しでも食べて、ね?」

「んー」

「……………」

 なんというか、知った顔が居た。二組も。

 片や浹と涼、涼は手にスナック菓子のとんがるコーンをはめ爪に見立てながら1つづつ口に運んでいる。浹はと言えば、ポテトチップスを二枚口に咥え、嘴のような状態にしている。お互いがお互いの状態に言及しながら、しかし自分の菓子を相手に食べさせている奇妙奇怪な事をしていた。

 片や伊桜と響也、相変わらず眠そうな目で自分のではない机に遠慮なく突っ伏している響也が欠伸をし体を起こしたタイミングに、伊桜は手製と思しき弁当を箸で器用に響也の口に突っ込んでいた。

「あ、ひんひろへんはい」

「我妻君、見回り? 紅ちゃんも一緒なんだね」

「……お前らは何をやってるんだ」

「バカップルの極みみたいね」

「凄い言われようだ……ね、伊桜」

「んー、そうだねぇ……」

「銀と紅さんもいる? とんがるコーン」

「要らん、何してるんだお前ら」

「あなた達、部活やってないわよね?」

 紅が胸下で腕を組み呆れた調子で言う。

「教室で私と涼がお菓子食べてたんすよ、そしたらいお先輩ときょーや先輩が来て一緒に話してたんすよね」

「うん、たまたま浹と俺がポテチととんがるコーン持ってきてたから食べてたんだ。銀もやる? 指にはめると鋭利な爪みたいになるんだけど」

「……頭が痛い」

「大丈夫銀士郎? 伊桜の弁当食べる?」

「だめでーす、これは響也君の分だから」

「要らん、俺は行く」

「余計な時間を使ったわね」

「酷いっすねぇ……あ、なら飴ちゃんチャレンジどぞ。今日は外れは引かなそうっすよ」

「お前のチョイスは偶に戦慄するが……貰っておこう」

「ゆのっち先輩も」

「……私も?」

「死なば諸共」

「最っ低……はぁ、わかったわよ、一本頂戴」

 スティック付きキャンディの詰められた袋を浹が差し出してくる。コイツの飴のチョイスは適当なの感覚がおかしいのか知らないが、普通のフレーバーに交じって罰ゲーム用かと疑うフレーバーが常に混入している。切らしたことが無いのを見るに、意図的に補充はしているのだろう。趣向的に欲しているからなのか、悪戯目的か。両方あり得るのが質が悪い。

 さて、何故かフレーバーの種類が書かれていないキャンディの包みを開ける。この包装も意地が悪いと思うが、俺も紅も持っている物の色は然して特異な物ではなかった。

「あら……外れは免れたのかしら」

「どうだろうな、普通の見た目して外れがある時もある」

「ホント嫌ね、まぁ舐めて見ましょうか」

 お互いが同時にキャンディを口に含んだ。俺の口腔内に広がるのは、至ってスタンダードなフレーバーであるアセロラ味。好みは分かれることが多い味だが、俺は可もなく不可もなくと言った好みだ。さて、紅は――――。

「………………………………」

「何だった」

「…………これ、モツ?」

「……」

「うわ、ハズレっすね。ご愁傷様っす」

「俺は割と行けるけどなぁ」

「涼はね」

 横にいる、一般的に美少女と形容される少女の顔が台無しどころか美を木っ端微塵にしたような表情を浮かべていた。まさかのモツ、同情を禁じ得ないしそのまま放っておくのも忍びないと思い、俺は紅の口にあるキャンディのスティックを抜いた。

「……おぇ」

「災難だったな」

「本当よ……口の中気持ち悪い」

「これ舐めて口直ししろ」

 そう言い、俺は紅の口に俺が貰ったアセロラ味のキャンディを突っ込む。流石にまたあの飴クジをやらせるわけにもいかない。口に一度含んだ物なので若干罪悪感はあるが、この後そのしかめっ面でいられるよりはマシだ。

「ひょっ ……! アンタこれ!」

「俺のなのは悪いと思ってるが、今はそれで我慢してくれ。口直しにはなるだろ」

「だからって……! 間接――――」

「ぎんじろ先輩ホントそういうとこっすよ」

「銀は本当わざとやってるのかってくらいやるよね」

「銀士郎、毎回聞くけど素なの?」

「我妻君何時か刺されそうだよね」

 散々なもの言いだ。一斉に四人からの非難が囂々と雪崩れ込んでくる。何故俺はここまで言われるんだろうか、確かに自分が含んだ物を渡すのにためらいこそあったが、モツの味を延々と残したまま暫くいる事を考えれば、割と最善の手を打ったつもりなんだが。

「飴クジはさせられない、すぐそばに口を漱げる場所が無い、手元にはすっきりした味の飴。俺としては最善なんだが……」

「人間的な最善と銀のそれは違うものだし割と悪手にも見えるよ」

「……ホント、最っ低」

「……なんかわからんが、すまん紅」

「…………はぁ。行くわよ、いつまでも油売るわけにもいかない」

「お……おう。じゃあな、程々の時間に帰れよ」

「あいよ、頑張れ銀士郎」

「死なない様にー」

 何とも酷い言葉だ。しかしここで更に下手な発言を繰り返せば紅の導火線に火を点ける可能性があることぐらいは理解している。そっと口を噤み教室を後にした。

 隣を見ると、俺が渡したキャンディを手に持ちジッとそれを見つめている紅の姿があった。やはり人が僅かとはいえ口に含んだ物は抵抗があるか。

「要らないんだったらそれは包みに入れて捨てればいい、それで罰は当たらないだろう」

「……えぇ、そのつもり」

 紅は持っていたキャンディの包装紙で包むと、手近のごみ箱に投げ入れた。随分と軽い音が響き、キャンディはごみ箱の底に消えていった。

「アンタはそれ舐めてるつもり? 流石に味覚を疑うわよ」

「俺でもさすがに選り好みは多少ある、だからこうする」

 俺はそこから間髪入れずに飴をかみ砕く。パキンと音が鳴り口の中の球体は粉々になったので、俺はすかさず嚥下を開始した。キャンディとしてこの味は拒否感が出るが、かみ砕き飲んでしまえばなんてことはない。勿体無いしな。

「とんでもない咬合力ね」

「歯ァ食いしばれなきゃまともな打撃の一つも打ち込めないしな」

「そういうもんなのね」

「そういうもんだ」

 口の中に残留するモツの味に若干眉を顰めはしたが、舐め続けるよりはマシだから。俺と紅は気を取り直し、その後も残りのクラスを見て回っていった。

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