第54話 彼女/彼女
――『ゆきちゃん』こと、灰咲小雪ちゃん。
元々私とクロさんが遊んでいたオンラインゲームで知り合い、“助け出した”女の子。
当時はアステルくん――
そんな“彼女”が、私の召喚術で
私とテッドくん、師匠、そして小雪ちゃんの四人は、応接室で紅茶やコーヒーを飲んで心を落ち着けながら、戸籍係のオスカーさんの到着を待っていた。
「しかし……まさか
「ひひっ、まぁかなり痛々しかったと思いますけどねー。一度やってみたかったんですよね、ああいう登場の仕方」
紅茶を一口飲みながら、ほうっと息を吐いた師匠は、私の隣に座る小雪ちゃんを見つめると、彼女はからからと笑いながら答えるので、私はひやひやするばかり。
「えっと、状況を整理しましょうか?」
「そうだな……。流石に、君達の関係性は次元が違う」
「はい……」
私がまず何から言おうかと悩んでいると、小雪ちゃんに袖をくいくいと引かれて視線を向ければ、彼女は微笑を浮かべながらぴこぴこと狐耳を揺らしていた。
「あー……私が話した方がいいでしょ。リア姉も混乱してるだろうし、一応ココへ来る前に色々教わったから」
「そ、そっか……」
なんというか、ついこの前まで「理愛姉~」って呼ばれながら遊んでいた身としては、彼女の急激な成長を見せつけられた様な気がして、ちょっと寂しくなってしまう。
そんな気持ちが表情に出ていたのか、小雪ちゃんは私の両頬をむにっと掌で押さえて変顔をさせてきた。
「んぁー言い方悪かった、ごめん。そんなしょぼくれた顔しないでよ。可愛いけど」
ひひっと笑いながらからかって来る小雪ちゃんに「もうっ!」と抗議の声を上げると、彼女は微笑みながらコーヒーを一口飲み、雰囲気だけで話の筋を戻す。
「ルビアさん……でしたっけ。簡単に言ってしまうと、私は並行世界――無数に枝分かれした世界の元住人です。つまるところ、ここに居る“灰咲小雪”という人間は、隣に居るリア姉の知る灰咲小雪ではない、って具合に」
「ふむ……だが、随分フランクすぎやしないか? 同一人物でありながら、全くの別人と相対して、同じ距離感で接しても困惑するものだろう?」
「確かに。私に対するリア姉の接し方はしょうがないと思ってますよ。ただ今の私には、このリア姉が知っている灰咲小雪の存在と過去を知ってます。……すぐに慣れろとは言わないけど、まぁ今後の為にも、私は自然体であり続けますけどね」
こんなトコかな、と言って私へ視線を向けて来た小雪ちゃんに、私はどもりながら「う、うん……」と頷く。
まさかこんなSFチックなお話をサラッと話して、これからの事を説明する能力が私にあるでしょうか……うん、ない。
「凄いなぁゆきちゃんは……」
「伊達に15年も生きてないぞ~? 前世含めるともうオバサンだけど」
「それ言ったら私だって16の倍だよ?!」
「うわっ、そう考えると百年の恋も冷めそうな……ごめんこの話やめとこ。……でもそうか~。ついに私もリア姉と一つ違いになっちゃったかぁ」
そう言って嬉しそうに微笑んだ小雪ちゃんは再びコーヒーを啜ると、
「でもま、早く今の私に慣れて貰わなきゃいけないしさ。色々と大変な事になってるみたいだし」
「なっ――」
サラッと息の詰まる様な話題を持ち込んだ。
その言葉に静観を貫いていたテッドくんと師匠の目つきが変わり、彼女は前かがみになりながら手を組む。
「……君は、何処まで知っている?」
「概ね把握してますよ」
彼女は微笑みを崩さず、コーヒーをテーブルに置こうと前のめりになった所で――目つきが変わる。
「――で、結局
その目は本気で、「降りかかる火の粉は払わなければならない」と告げていた。ひえぇぇ……昔より過激な子に育ってるぅ……。どこで育て方間違えたんだろう、その世界の私……!?
若干部屋の温度さ下がった様に感じた私は、思わず縮こまりながら返答を待つ。
「……ゆくゆくはそのつもりで動いているようだが、長い経歴から決め手になるとは限らん」
「……そですか。まぁなんせ、ようやく尻尾を掴めたところみたいですしね。仕方ないでしょう」
小雪ちゃんはふうっと息を吐きながら再び背もたれに身体を預ける。
「私にできる事なら文字通り“なんでも”やりますよ。気軽にお声がけください」
「……ああ。頼りにさせて貰うとしよう。……リア、中々
「ひぇっ!? えっ、やっ、あのぅ……」
くぁあ~っ! ここで私に話を振るのは厳しいですよ師匠! 久しぶりにコミュ障発揮しちゃったじゃないですか!?
全身からぶわっと冷や汗が噴き出すなか、結構冷たい笑顔をくれる師匠に何か言わないと、と気を急いていると、師匠はその笑顔をふっと笑い飛ばして「冗談だ」と意地悪な笑みを浮かべた。
「しかしこうなると、本来の目的である主人の守護がままならなくなるな。……どうする、リア? もう一回行っとくか?」
「そ、そんな喫茶店をハシゴする様にお誘いをされましても……」
正直、さっきから適度にポーションを飲んではいるけれど、小雪ちゃんを召喚した反動がまだ残っている。師匠に抱き留められていなければ多分意識を持っていかれていたかもしれないくらいだったから。
「しかしルビア先生。流石に彼女も徹夜明けというのもあるでしょうし、オレからも今日は控えて貰えると有難いです」
すると、まさかのテッドくんからストップが掛けられた。
師匠はそんな彼を見て「ほー」と目を丸くして、小雪ちゃんからは「おアツいね~この」と軽く肘でつつかれながらからかわれる。
流石にテッドくんにも心配を掛けてしまうし、回復してからもう一回! とは言い辛い。
できるとすれば、明日だと思う。
「まぁ確かに、セージ先輩の言う通りでしょうね。これから私の戸籍作成もありますし、迎賓館のクラスメイトの方々にもセージ先輩と私の事を説明しないといけませんから」
「うぁ、そうだった……」
「私がやっても良いんだけど、あっちはリア姉本人からの方が納得して貰いやすいだろうしね。ぶっちゃけクロにいに信じて貰うのがミソだと思ってる」
「クロウは案外信じてくれると思うぞ? アステルのこともあるじゃないか」
「ん……確かに。なら信頼と実績に定評のあるクロにいへ先にご挨拶しておこうかな」
「……うん、わかった。リィンも混乱させちゃいそうだからね」
三人でそう決め合うと、兎にも角にもオスカーさんが来てくれなければ始まらないため、私達はその後は当たり障りのない会話を繰り広げるのだった。
◇
「――では、グレイ・スノウフレーク嬢。改めて記入内容のご確認をお願いしますにゃあ」
「………ええ、大丈夫です」
あれから小雪ちゃんは、私の家名に加えてグレイという名前に改めた。
小雪という名前では家名に被ってしまうから、あえて苗字の色を取ったみたい。
現在、小雪ちゃん……グレイちゃんは休日にも関わらず来てくれたオスカーさん対応のもと、戸籍の作成を行っている。
私は彼女の隣で、渡された書類などを読み込んでいると、オスカーさんが今となっては懐かしい、ステータスを記録する
「それでは最後に、ステータスの記録をお願いしますにゃ」
「……なぜそんな事を?」
「彷徨人である貴女のお名前が、ステータスに反映されているかどうかの確認ですにゃあ。数値は守秘義務があるので、お名前が確認でき次第、お持ち帰りいただいて結構ですにゃ」
「……そうですか」
グレイちゃんは一瞬訝し気な表情を浮かべたけれど、オスカーさんの言葉を渋々承諾して、巻紙にステータスを刻み込んでゆく。
それをオスカーさんへ渡したあと、彼はグレイちゃんの名前が正常に上書きされた事を確認すると、「有難うございますにゃ」と言って返してくれた。
「しかし、リア嬢とは本当に御縁がありますにゃあ」
「あ、あはは……リィンの件といい、本当にお世話になっています……」
「これも、魔術師殿の御弟子様という役柄なのでしょうにゃあ。これからも、どうぞ私めを御贔屓にお願いしますにゃ」
「御贔屓にって……係長ですよね? オスカーさん……」
「名目上は、そうにゃっておりますにゃあ」
「……もう」
オスカーさんはおヒゲを撫でながら朗らかに微笑み、私もつられて笑うと、隣のグレイちゃんは身体を背もたれに預けながら巻物を懐へ仕舞い込もうとしたので、代わりに私の鞄へ入れておく。
そこで一つ思い出したことがあり、私は師匠へ顔を向けた。
「そういえば、学園についてはどうしましょう? この時期ですし、今から編入というのは可能なのでしょうか?」
「そこは問題ないだろう。だが、グレイがリアの使い魔という立場上、学年は飛び級という形で君と行動を共にしなければならないだろうが」
「一番無難でしょうね……。まぁ、リア姉の隣に居られるのなら、奇異の目で見られる程度どうってことありませんけど」
「ぐ、グレイちゃん……」
そう言って彼女は私の手を握りしめると、師匠へ鋭い視線を向ける。
「――文字通り全身全霊で護りますよ。大事な姉貴分ですから」
「……そうか。これは負けてられんな、セージ?」
「ちょッ、そこでオレを引き合いに出しますか!?」
「あ、大丈夫。リア姉と先輩が“いい仲”なのは知ってるんで、ちゃんと空気読みますから」
「「グレイ(ちゃん)っ!!」」
「若者の恋愛模様を見ていると、若返った様な気分になりますにゃあ~」
目の前のオスカーさんにまで生暖かい目を向けられ、恥ずかしさのピークに達した私はグレイちゃんの胸をぽこぽこっと叩くのだった。
元コミュ障JKのハーフエルフはクラスメイト達と異世界にやってきました。 神椎幸音 @yukine-kashii
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