第53話 輪廻の環より出ずる者
……テッドくんとの
庭の芝生には大きな魔法陣が水銀で描かれ、外枠の大円を専用の手袋で繋ぎとめた私は、額に滲んだ汗を拭う。
水銀と言っても、魔力の循環を良くするために魔石を砕いた粉を使用していて、魔術を発動した際に蒸発するので、環境に影響はでない。
「……準備できました」
「――うむ。法陣にミスもない、上出来だ」
その様子を真剣な面持ちで見守っていた師匠は、最後にぐるりと法陣を確認して大きく頷いてくれた。
「さて、ここからが正念場だぞ。どのような者が現れたとしても、それは君の使い魔。一度否定してしまえば、たちまち無に帰す危うい存在だ」
「なんだかガチャみたいでイヤですね、そういうの……」
「……まぁそう言うな。己と強い縁で繋がれた者が現れる事が殆どだからな。詠唱後に一気にポーションを飲むことを忘れるな?」
「分かりました」
師匠は腕を組みながら数歩後ろへ下がり、私はそれを“始め”の合図だと言う事を察して頷き、法陣へ右手をかざし、瞼を閉じて意識を集中させながら詠唱する。
「……【巨いなる輪廻の環より出ずる者よ・其と契約せしめんとする我が真名はリア・其は我を契約者として認めるか否か・今此の地に顕現し・その答えを示せ】――」
初めての五節詠唱。それを終えた瞬間、言い様のない倦怠感が襲い掛かり、私は思わずその場で倒れそうになるのを、師匠が咄嗟に受け留めてくれた。
「っ師匠、あり――」
私は師匠へお礼を言おうと顔を見上げるけれど、師匠の視線は私ではなく目の前の法陣に向けられていて……
「――は。っははは――」
師匠の乾いた笑い声が響き、私も倣って前を向く。
描いた法陣は宙に浮き、縁のある者をこの世界に引き寄せると言われている、“円環”を司る輪は虹色に輝いていた。
一見、神々しい光景ではあるけれど……その反面、凄まじい
「し、師匠っ!? これは……?!」
「惑うことなく、君との縁に引き寄せられて来た
あまりに現実離れした状況に、流石の師匠も冷静さを欠いた様にその円環を見上げ、面白そうに口角をあげていた。
そして円環が収まりはじめ、それにつれて押し潰されそうだった重圧がフッと風に吹かれた様に消えてしまう。
宙に浮いていた円環は徐々にヒトの形を成してゆき、その足が地面に降り立った瞬間……虹色の燐光を放って消えていく。
そこに立っていたのは……浅黒いボロボロの骸布を全身に纏い、骸骨の面をかけて俯く人物。
その人物はゆっくりと顔を上げると、まるで呼吸をするかの様に骸布から蒼炎を揺らめかせる。
『――数多の
低音の声が私の耳に入り、その声音の重さと迫力に、私は思わず震えてしまう。
身長は……カトレアくらいかもしれない。男性にしては低いものの、まるで鋭利な刃を突き付けられる様な感覚に陥る。
けれどそれでも、先ほどの重圧といい、その実力は計り知れない。
――そんな思考をしてはいたけれど、果たして私の知り合いにこんな人いたかな、と早くも目の前に立つ人物を記憶の中で探し回る。
ある種の現実逃避をしていると……その人物はただただ私を真っ直ぐに見つめたあと、蒼炎を払い、頭から被っていた骸布を降ろし、肩に掛けながらその面を取り外す。
「う、そ……?」
――風に靡く、白金色の髪と狐の様な耳。
閉じていた瞼が開かれ、そこから覗かせるのは蒼紫色の瞳。
その面影が中学生の頃からよく遊んでいた少女と重なり……思わず声が漏れる。
「ゆき、ちゃん……?」
目の前に居る彼女が、その人物だと言う事を確かめる様に。
或いは、『そうであって欲しい』と、心の片隅で願ってしまう私がいた。
私の呟きを聞き取ったのか、彼女の耳がぴくりと震え、ぶわっと毛が弥立ち、全身を震わせる。
そして彼女はその震えを抑える様に自身を抱き、暫く俯いたあと――
「――滅世の刻より、報恩に参った。我が諡は
ひどく安堵した様な、満足気な表情を浮かべて、ぽろぽろと涙を流しながら微笑むのだった。
「……やっと逢えたね、理愛
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