第52話 暴走

        ◇Side Rear◇



「――あれ」


 ふと意識が本の外に行けば、薄暗い室内には自分一人が取り残されていた。


「紅茶……レティシアちゃんかな?」


 テーブルの上に置かれたティーセットにそっと触れればすっかり冷めていて、私は感謝しながらそれを飲んで休憩する。

 壁際の置き時計は午後三時半くらいを指しており、(ちょっと休憩……)と思いながらも伸びをしながら、読み込んだ本の内容を整理しておく。


 この世界に存在する戦闘職にも《サモナー》と呼ばれる、私のウィザード系列から派生するクラスⅢがあるけれど、それとはまったく異なっていた。

 どちらも言葉を正せば“召喚”という言葉になるけれど、クラスⅢのサモナーと呼ばれるものは“テイマー”と呼んで差し支えない存在。

 倒したモンスターなどをテイムして使役し、次の戦闘に扱う。ただそこで死んでしまえばそこまでだし、テイムの効力は長く持って数日。レベルの高いモンスターをテイムすればその時間は短くなっていくという、時間制限アリの職業。

 クラスⅣの《ネクロマンサー》になれば、その死体を半恒久的に使役できるものの、その……なんというか。肉体が腐敗するまでは使役したモンスター本来の力を奮えるものの、腐敗が進んで白骨化してしまえば、“スカル状態”という扱いになって、かなり弱体化してしまうのが殆どなのだそう。


 対して私が学んでいる召喚術は、“空想の具現化”……というのが、簡単な説明。

 自分の魂に縁のあるもの、もしくは強く望んだものが形となって現れ、それが自分の理想と重なる事で存在が維持できるらしい。

 例えば、小説などでいう『魔王召喚の儀式』がもっとも近しいもので、皆の空想が密集する事で、強力な魔王が召喚されたりする。

 大抵魔王を召喚した人達は殺されてしまう様な物語が殆どだけれど、この召喚術は魔王などを召喚したあと、殺してしまえば自分の存在意義や概念が消え、自身も消滅してしまうので、自分の野望の為には殺したくても殺せない、というのが現実。


 クラスのサモナーでは、テイムしたモンスターの契約を維持する為に魔力を消費し続けるけれど、召喚術では、初めて召喚して、契約を交わした時のみ魔力が代償として支払われる。……確かに魔王とか召喚したら大抵の人は疲弊したりしてるものね。

 代わりに維持する為に必要なものこそ、師匠の言った“概念の固定”というわけで。


「うーん……」


 細かい内容までは理解できたけれど、それを応用まで持っていくとなると、想像するだけではどうしようもない。


「実践、しかないかなぁ……」


 そう思案しながら、私は脇に本を抱え、紅茶のカップとソーサーを手に師匠を探すため、ドアを開いて師匠の御屋敷中を探し回る。

 攻性魔術などは、発動すればその場限りで消滅するからいいものの、召喚術はその存在が残ってしまう。だからこそ、こういうのは慎重に行わなければならない。

 ある程度精霊魔術には慣れてきたけれど、車の運転や実験でこそ、慣れというものは大敵。予想外の事が起きてからでは遅いのです。


 そうこうしている内に、リビングからレティシアちゃんがひょこっと顔を出して声を掛けてくれた。


「あれっ、リア先輩?」

「レティシアちゃん、紅茶ありがとう。……その、師匠どこか知らない?」

「たしかテッド先輩と応接室に居るはずですけど……」

「あ……それじゃあ、お邪魔はできないかな」

「……ひょっとして、ずっとその状態で探してたんですか?」

「え?」


 レティシアちゃんは私へすすすーっと近寄ると、その視線が手元のカップ達に注がれ、彼女は苦笑を浮かべながらそれを受け取ってくれた。


「ルビアさんも大概ですけど、リア先輩も魔術の事になるとだらしなくなっちゃうんですねー……」

「むぐ……き、気を付けます……」

「えへへ、わたしはそんなリア先輩も可愛くて好きですっ! なんというか、無償の奉仕をしたくなるといいますか……!」

「それはちょっと行き過ぎじゃないかなあ……?!」


 冗談交じりにそう言って踵を返す彼女に、今度は私が苦笑を浮かべる番に。


「新しい紅茶を淹れますから、ちょっとだけリビングでお話しませんか?」

「あ、うん……ありがとうレティシアちゃん」

「いえいえ~! 大好きなリア先輩の為ですからむしろわたしにとってはご褒美です!」


 むふーっと意気込んでリビングへ入ったレティシアちゃんは、すぐさまキッチンへ入ってゆく。

 私も私で彼女と二人だけでお話したいこともあったから、嬉しいお誘いだった。

 リビングには幸いにもアステルくんの姿もなく、私は所在なさげに適当なソファへ腰かけると、戻って来た彼女から温かい紅茶をいただく。


「……うん、やっぱり温かい方が美味しい」

「おぉやった、褒められたっ」


 エルの様に可愛らしい笑顔を浮かべて、ガッツポーズまでしてくれた彼女に、私はカップをソーサーに置いて視線を送る。


「レティシアちゃん、アステルくんの事なのだけれど……」

「うーん、やっぱりリア先輩はお姉さんなんですねー……。わたしの刀の事を先に聞かれると思ってました」

「あはは……、それも凄く気になるけれど、二人の人間関係の方が私は心配だから……」


 肩を竦めながら苦笑すると、レティシアちゃんは「それで、どうしたんですか?」と尋ねてくれた。


「昨日の話って、知ってたの?」

「……はい。何年か前――ううん、ごめんなさい。誤魔化すのはやめちゃいますね? 今から三年前に、本人から聞きました」

「そっか……。やっぱり」


 すると彼女の表情からいつもの“後輩っぽさ”が消え、年相応の……家族を想う優しい微笑みに変わっていく。


「その頃からですかねー……。正直もう放っておけないったら。彼が動けば自然と視線が行きますし、こっそり追いかけて何してるのか見守らないと、心の底から安心できないというか……」

「ふふっ、大変そう……。一度歩き出したら止まらないのは、血筋なのかなあ」

「ホントですよ!? あっ、ここで戦闘の話に繋がっちゃいますけど、アステルが魔導ポッドを作り始めた時なんて失敗続きで色々大変だったんですから! それでもやめようとしないからこっちはハラハラしっぱなしで――あっ、ごめんなさい……リア先輩の弟さんなのに……」

「いえいえ」


 一瞬で加熱されたあと、失言と思ったのかしおしおと身を縮こませてしまうレティシアちゃんを微笑ましく思いながら、私は紅茶を一口。

 すると彼女はきゅっと両手の指を絡ませながら、俯きがちに耳まで真っ赤にしながら、ぽしょっと呟いた。


「けど……そんな彼だからこそ、好きになったというか……」

「ん゛っ!?」


 ……いけない。微笑ましく、冷静に聞いていたはずなのに、彼女から発せられた『好き』という単語に過剰反応してしまう。

 思わずビクッと肩を竦めてしまった私は、平静を装いつつソーサーをテーブルに置く。


「あ……っすみません! なんだかテッド先輩のお話聞いちゃったので、つい……!」


 ぴぁぁあっと叫びながら顔を両手で覆い、ぷるぷると肩を震わせるレティシアちゃん。その様子は勢いよく私の心臓を貫いた。……なにこの抱き締めたくなっちゃうほどかわいい後輩。カトレアの気持ちを理解しちゃいそう。

 あー、これが俗に言う「てぇてぇ」なんだぁ……うぅん、素晴らしい……。好きっ……!

 私は縮こまったままのレティシアちゃんの隣に座り、そっと抱き締める。大丈夫、お姉ちゃんがついてるよ!


「ん゛ん゛っ……尊い……! ――ハッ」

「えっえと……リア先輩、いまなんて――」

「色々と頭の中が大変な事になって脊髄反射で言いました。でも反省はしてないですごめんねレティシアちゃん」

「い、いえ……」


 レティシアちゃんも恥ずかしいのか嬉しそうなのか分からない表情を浮かべていて、私はふぅ……と息を吐きながらなんとか落ち着きを取り戻そうと姿勢を正して、勢いよく彼女へ振り向いた。


「――それで、いつ告白するの? お姉ちゃん全力で協力するよ?」

「絶対落ち着いてませんよねえっ!? お願いいつものリア先輩に戻ってぇ!!」

「ご、ごめん……。弟と可愛い後輩ちゃんの恋愛を成功させたくてつい……。日常に告白のタイミングとか、ありそうでないからね……」

「あー! それすっっっごく分かります! いざ告白しようとすると邪魔が入って来るやつ!」

「そうっ! そういうタイミングは偶然じゃなくて必然で、必然は人為的に作らなければならないのです!」

「おぉ~深い……! でもいつものリア先輩ぽくない……!」


 思えば、テッドくんへの返答待ちの件だってエル達のお陰でチャンスを作って貰ったのだから、そういう事なんだと思う。

 ……でも待って? 近しい間柄の後輩の恋愛だからこそ、慎重に事を進めるべきでは……?

 アステルくんだって、少なからずレティシアちゃんの事を思っているはず。それを確定させるのもお姉ちゃんのお仕事。

 流石の私も、異性であるアステルくんへいきなり恋愛相談を持ち掛けるのは経験がないので、そこまで持っていける自信がない。

 一瞬で冷却され、フル回転していく思考に、私は眼鏡のブリッジを持ち上げる。この場合は……


「――間者を送りましょう。個人的にクロさんかテッドくんがベストだと考えます」

「いきなり物騒な話になってきましたね!? あとどうして後輩相手に敬語なんです!?」

「癖なのでお構いなく――んっ?」


 そこでぽんっ、と肩に手が置かれて、振り向いてみれば――


「て、テッドくん……」


 昨晩のカトレアとクロさんに注意した様な、満面の怖い笑みを浮かべた彼がいて、その後ろではお腹を抱えて笑いを堪える師匠の姿があった。


「……リア、ちょっと庭へ出て頭を冷やそうか?」

「ひぇ……。……はい」


 その時の私は、きっと……ううん、間違いなく引き攣った顔を浮かべていたに違いない。

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