第51話 不安

        ◇Side Jerusalem◇



 ――第一印象は儚そうな女の子、だった。

 積もりたての雪の様な白い肌に長い髪、黒と青色の瞳。

 エルフの特徴的な尖った耳は控え目で、奥ゆかしい性格は目に見えて分かった。


 知り合ってみれば……まぁ、殆どがテッドと同意見。ただあたしからは『尊い』。その一言に尽きる。


 そしてそんな彼女・・を守る様に、何人もの仲間が周りについている。

 けれど……その枠の中に、エルサレム・セージあたしの名前はないのかもしれない。


「――………」


 あたしの数歩先では、仲良く彼女の子供を肩に乗せ、街を練り歩く銀髪の男子……クロウは、その隣で子供が落ちない様に注意しながら会話を振る薄紫色の髪をした女子……カトレアと笑い合っている。

 一見、あたしを含めて何事も無かった様に振る舞う彼らだけれど、間違いなく昨晩、何かが起きたことを隠しきれていない。

 目撃したわけではないものの、今朝の迎賓館に住む彷徨人の同級生達から発せられている独特な雰囲気。そして前を歩く二人の服装の状態から、明らかに朝の内に着替えたものではないのは明白だった。


 かといって、あたしの立場上、彼らの内容を聞く事は御法度。市長を任されているパパに訊ねても困らせてしまうだけ。

 だからこそ……せめてあたし自身が明るくして、彼女の心を支えてあげたい。

 ……そう、思ってはいるけれど。


「んふ~。珍しいね~クロちんが肩車なんて~」

「あははっ! クロウは面倒見が良いから、さすがにリアの前ではやらないだけかもよー?」


 肩に載っているシーダが、あたしと同じ目線で三人の姿を見つめ、あたしは笑いながら返す。

 するとシーダも上機嫌のまま、あたしへジョーク交じりに聞いて来た。


「構われすぎて疲れなきゃいいけど~……。いつもはエルが遊んでたもんね~。ちょっとジェラシック~?」

「ん……。………妬ける」


 気持ち顔を伏せながら、恨み半分にクロウを見つめてしまう。

 特にクロウは彼女と長い間一緒に過ごした仲だと言うのは知ってるし、カトレアも元の世界ではあまり接点はなかったものの、ずっと彼女を気に掛けていたのは、この世界にやってきた初日に、彼女の居ない処で聞いて知っていた。

 カトレアは湾岸警備隊の隊員という立場上、リアと一緒に行動するのは分かる。でも、クロウは別だ。

 彼は彼女と、一番心の距離が近い。たったそれだけのことで、同じ場所に立っている。

 あたしはあたしで、テッドやパパの立場を配慮して一線を引いた身。……今更それを覆すのは、あまりに虫が良すぎるし、彼を恨むのもお門違いも甚だしい……。


 そこで思考を停めたあたしは、自分とシーダの間で微妙な空気が流れたのを察して、ハッとしながら慌てて取り繕う。


「ぁ待った、違うっ! 違うからねっ!? あたしと遊んで貰えないのが悔しいって意味で……」

「おや~何が違うのかなぁ~? ボクはもともとそのつもりで聞いたんだけど~。他に妬けることでも~?」

「やっ、やだなぁー……ないよ~?」


 だからこそ、表情には出さないつもりでいたのに……。寄りにも因って、彼女の使い魔の前で仮面を落としてしまうとは。

 それを知ってか知らずか、シーダはくすくすと笑い、尻尾を揺らしながら言われ、あたしはそっぽを向きながら答える。あ、危なかった……。流石にあたしがクロウを恨むなんてことは、幸いなことに今までの行動で予想を立てられる心配もないし、これなら今後も話題に上がる事はない。……はず。


 ……ドツボにハマっているのかもしれない。その話題すら溝の様に感じて……その考えを振り払う様に顔を横に振り、気を取り直して前を歩く三人のもとへ駆け寄るのだった。



        ◇Side Painted◇



 暫く魔術の本を読みふけっているリアの姿を見守っていると、不意に執務室のドアがゆっくりと開かれ、視線を向ければ外からレティシアが顔を出すと、彼女の視線は真っ先にリアへと注がれ、彼女もリアを慕っている事がはっきりと行動で示されていた。

 オレは良い後輩だな、と思いつつルビア先生と共にレティシアへ歩み寄り、ティーセットを用意してきた彼女を部屋へ迎え入れる。


「(紅茶、お持ちしたんですけど……遅かったみたいですね)」

「(ありがとう。リアの場合、読み終えたら気付くだろうしな……。一応、置いてやってくれ)」

「(あは、わかりました)」


 ルビア先生がそう指示すると、彼女は慣れた手つきで静かにリアへ紅茶を運んでゆく。

 その姿を眺めていると、隣で見守っていたルビア先生に肩をつつかれる。


「(少し、一人にしてやろう)」

「(……そうですね)」


 読み物をしている際、誰しも気になるのが気配と音だ。流石に護衛対象といっても、その配慮を欠く事はまずい。

 オレはルビア先生、そして戻って来たレティシアと共に執務室を辞したあと、応接室へ通される。

 ローソファを勧められて腰掛ければ、レティシアから紅茶を受け取り、退室する彼女を見送ったあと、本題……という様に対面に座ったルビア先生は手を組んだ。


「さて……。そろそろ君の話を聞かせてくれないか?」

「……はい」


 そろそろ来る頃だとは思っていたが……。まさか見透かされていたとは。

 ルビア先生には、すでにリア・スノウフレークの警護という指令が騎士団から下った件を伝え、オレがこの敷地に留まる理由を説明していた。


 ……正直言って、公私共にルビア先生の邸宅は立ち入り難いというのが現状。

 この街に唯一存在する“魔術師”であり、この王国で“貴族”として扱われている、《四大宝家》の一角であるアクアマリン家の令嬢を抱えている……。理由は充分だろう。

 当のレティシア本人も、貴族風を吹かせていないものの、そのバックには現当主である御両親がついている。政治的に半端者のオレが無暗に近付き、市長を任されている父さん、そして騎士団の皆に迷惑を掛ける事だけは避けたかった。


 しかし弟子という立場から、頻繁に出入りしているリアに着いていけば、彼女と私的な対談が出来ると裏で思っていたのだが……こうもあっさり話を聞いて貰えるとは、思いもよらなかった。

 ……固唾を飲む。果たして、これから先の言葉が、ペインテッド・セージ個人の言葉と受け取って貰えるかどうか。

 彼女を護りたい――。その言葉は、彼女の言う『諸刃の剣』だ。

 オレから発せられる、一つひとつの単語に様々な意味が絡み合う。軽い気持ちで出していい単語など……殆どない。

 だからこそ……今、こうして言葉を待つ先生に、何一つ口を開けないオレが居る。


 オレは幼い頃、まつりごとに背を向け、この街に住むヒトビトを護ると、家族皆に夢を語った。

 それなりの教育を受け、政治的な観点もある程度は父さんから教わり、将来は政界に入ると思われていたのにも関わらずに。

 周囲の期待を振り払い、自分の理想を追い求め続けるオレに……政治や社会に精通している彼女へ、何が言えるのだろう?


「……ッ……」


 ――何も、言えないじゃないか。

 俯き、眉を歪め……重々しく肩を落とす。

 ぐっと目を閉じれば思い浮かぶ、彼女の姿。声。仕草……。

 一度は守れなかった、オレ自身が大切にしている存在を、自分の手の届く範囲で支え、護り抜くために――オレの総てを賭けると。

 そう覚悟を決めて、此処に来たハズなんだ――。


 ……けれどどうだ、この有様は。

 所詮、オレはその程度の覚悟だったのか?

 誰一人として守れず、道すら中途半端で、誇れる物も何もない――そんな、つまらない男が……

 彼女の傍に、立って居てもいいのだろうか……?


「――ペインテッド・セージ」

「!」


 彼女に名前を呼ばれ、オレは跳ねるようにして顔を上げた。


「君の眼に、私はどう映っている?」

「それ、は……」


 問われても、オレの視線は彼女の唇から上を見ることが叶わず、唇を引き結び、気付けば作られていた拳を更にきつく握りしめる。


「……では質問を変えよう。君は今、私をなんと呼ぶ?」

「………っ!?」


 そこで気付く。思わず息を飲み、見ることが叶わなかった彼女の眼を見つめる事ができる。

 全身から力が抜け、曇っていた視界が開かれてゆき……そこに在るのは、一人の恩師の姿。


「先……生……」


 喉すら力が抜けてしまったのか、掠れた声を上げながら敬称を言えば、恩師は腕を組みながら苦笑気味に嘆息した。


「ようやく気付いた・・・・か。まったく、おかしな所でも真面目になる所は血筋だな」

「オレが口を開けば……その言葉は、父や騎士団に繋がると……」

「ああ」

「っ……」


 その返答は、肯定ではなく……

 ……ただただ、師として、教え子の言葉を聞く様な、相槌で。

 どこか懐かしむような微笑みを浮かべながら、そんな返しをされてしまったら――オレは。


「――いいか、セージ。私達は魔術師や騎士、そして市長の息子という立場以前に、一人のヒト同士だ。そこに歳の差、そして経験の深みはあれど、言葉のはかりは存在しない」

「ルビア先生……」

「君の祖父や父親も、同じ様に悩み苦しんでいたからな。もう三度目になるが……口が酸っぱくなるよ」

「ッ……ははっ……」


 肩を竦めて語るルビア先生に、オレは今度こそ肩の力が抜け……思い切り、息を吸い込む。


「では、先生・・……」

「ああ。言ってみろ。今の私は大変に気分がいい。他ならない教え子の頼みだ、多少・・の無茶なら簡単に引き受けてしまうかもしれないぞ?」

「……そう言って貰えると、頼み甲斐があります――」

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