第49話 支持者/ファン

「でも、まさかリアが引っ越しを考えているとは思わなかったよ」

「あはは……ごめんね、黙ってて。思いついたのもつい先日で」


 詰め所を出て、トラムを開発している港湾区の製造所への道中、テッドくんがほうっと息を吐きながら笑い、私も苦笑を浮かべて返す。


「リィン達には相談したのか?」

「もちろん。流石にテッドくんへ伝えるのは、実際にお話が決まったらにしようって思っていたのだけれど……」

「そういう事だったのか……」


 実のところ、土地関係についての知識はなかったので、また街役場のオスカーさんのお世話になっている。

 家については商工会に所属しているロイドくんに良い物件を教えて貰い、先日下見に行って来たところ。今の所そこをキープにして貰っているけれど、このままお話を進めて貰った方がいいかもしれない。


「ははっ、君は行動が早いからなあ。思い切りが良すぎる気もするが」

「二階建てで地下室付だったから、絶好のチャンスだと思って……つい」

「……やっぱり、昨晩の件が?」

「ううん、それより前から。師匠の家は遠くなってしまうけれど、自主的に練習するには、どうしても開けた場所が必要だから」

「なるほどな……」


 テッドくんは納得したように下顎に手を当てて頷き、「そういう事なら良いんじゃないか?」と笑ってくれた。


「ちゃんとテッドくんのお部屋も用意するから、安心してね」

「それは……喜んでいいのかっ?」

「ふふっ」


 戸惑う彼に笑って答えながら中央広場を通り過ぎ、港湾区へのなだらかな坂を下ってゆく。

 市場を通り、造船所の近くにある工場へ到着すると、中から甲高い金属音が響いていて、裏手にある関係者入口のドアを開いて、そーっと中を覗き込むと、


「おや……誰かと思えばスノウフレークさんじゃないか」

「あっ、ロイドくん」


 入口の近くにあった休憩所兼事務所の革ソファに腰掛け、市場の露店で購入したのか、アイスコーヒーの入ったカップと、目の前のローテーブルにファストフード店の紙袋を置く、スーツ姿のロイドくんがいた。

 レンガ調の内装はファンタジー世界そのものだけれど、内部にある黒板やコルク製のシフト表などは、現代の事務室を連想させ、ここを扱っているヒトビトが《彷徨人》だと再認識させられる。

 私としては見慣れた光景に、懐かしさと安心感を覚えながら、ロイドくんへ歩み寄った。


「休憩中?」

「うん。皆の買い出しついでにお昼休憩を貰ってね。そろそろ戻ろうと思っていたんだけど……。セージ君は付き添いかい?」

「まあ、そんなところかな。実はオレもリアから話を聞いて興味が沸いてさ。できれば見学したいんだが……構わないか?」

「大歓迎だよ。現地の人の忌憚のない意見が欲しかったところなんだ」


 ロイドくんは嬉しそうに頷きながら、テーブルにコーヒーを置いて立ち上がり「こっちだよ」と言って私達を中へ案内てくれる。


「それにしても珍しい組み合わせだと思ったけれど、二人はよく一緒に過ごしているのかい? 名前で呼び合っているし」

「よく一緒……と言えば、そうなのかな? 学園と詰め所も近いし、朝はリィンと三人で通勤してるから」

「あはは、なるほど。通りで」

「トラムづくりの調子はどう?」

「順調だね。僕ら以外の彷徨人が残してくれた資料のお陰で設計図も書き直せたし、部品の製造や素材は炭鉱ギルドと商工会の傘下にある店舗に委託しているから、こちらの仕事は組み立てと路線網の作成と測量かな」

「そっか……」


 この工場も、商工会で見習いとして働いているロイドくんがコネクションを築いて、企画立案を行い譲って貰ったもので、その他炭鉱ギルドや店舗との取引も彼主導で行っている。

 大元にはクラスメイトの見習い先、というのもあって、規模は小さいものの、その協力を結び付ける事ができたのも、彼の手腕が大いに振るわれてのこと。流石としか言いようがない。


「くれぐれも、無理はしないでね……」

「心配ありがとう。でも、この企画自体、スノウフレークさんの動力部へのアプローチが無ければ却下されていたかもしれないんだ。上層部の方々にも興味深いと称賛されてたよ」

「それについては、もっと適任な人がいるかもしれないのだけれど……」

「……君以外に?」


 キョトンとしながら、工場へのドアの前に立ち、ドアノブを捻るロイドくんへ頷くと、開かれたドアの先から一際強い金属音が響き渡る。


「おぉおお……っ!?」


 その先の光景を見て、テッドくんが感嘆の声を上げた。

 鉄と油の匂いが充満した空間。その中心に、トラムの車体が剥き出しの状態で佇み、その脇では鋼鉄の外装を、鉄の足場を利用して組み立てている数名のクラスメイトと、十数名の外部からの協力者の姿がある。


 テッドくんにとっては未知の存在を前に、作業をしているヒト達の許へ駆け寄り質問を始める彼の様子を、ロイドくんは嬉しそうに微笑みながら腰に右手を当てた。


「……ありがとう、スノウフレークさん」

「えっ?」


 不意にお礼を言われた私は、思わずロイドくんへ振り返る。一体どうしたんだろう?

 彼は私へ視線を向ける事はなく、ただ、目の前に佇むトラムを見上げている。


「あの雨の日。僕らを纏めてくれたからこそ……今日の僕達があるんだ。そうでなければ、きっと僕らは“見習い”という立場に甘えて、学園を卒業するまで燻り続けていただけだと思うから」

「そんなこと――」

「実際、僕がそうさ。経営に興味はあったけれど、いざその業界に入ってみれば、事前知識も無く、覚悟も決めていなかった僕は……失敗を恐れ、怯えで足が竦んで、気付けば上司の命令通りに動くロボット同然になっていたのだから」


 一月もしない前の事を、彼はまるで遠い昔の様に、目を細めて語っていた。


「そんな中、こうして僕を奮い立たせてくれたのは……他でもない、君だ」

「ロイドくん……」

「優しく、それでいて正しく……僕達へ道筋を与え、様々な道を歩む僕らを、必死に繋げようとしてくれた。……僕はあの時の君が、とても眩しく見えたんだ」


 まるで、その輝きを忘れない様に目に焼き付けて瞼を閉じたロイドくんは、すうっと息を吸い込む。


「君が見せてくれた輝きを、僕は生涯忘れる事はないだろう。だからこそ、あの輝きが今、僕の憧れとなって現在いまがある。――だから忘れないで欲しい。貴女・・に憧れ、貴女の様になれるよう足掻く……一人の馬鹿者ファンが居るということを」

「……わかった」


 彼の言葉が、胸にじん……と染み渡り、差し出された手を握り返す。


「でも、クラスメイトなんだし、対等にね?」

「っ!」


 そう。私達はクラスメイト。そこに憧れやクラスカーストという存在はあっても、道はヒトそれぞれに存在する。上下という区別なんて存在しないのだから。

 それを伝えたくて、彼へ微笑みかけた私を見たロイドくんは、その狼の耳をぴこっと大きく揺らして――


「――ああっ!!」


 心の底から嬉しそうに、笑うのだった。

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