第48話 ご報告

 それからのことは、あまり覚えていない。

 ただつらつらと日常的な会話をして、気付けば騎士団の詰め所へ入れば、騎士の皆さんがざわめきながら私を石レンガ調の所内へ通してくれた。

 少し圧を感じる佇まいとは違い、内装には気を遣っているようで、女性の騎士さんが取り換えているのか廊下にも花瓶に華が飾られており、その彩が映えている。


 そしてテッドくんが所属している第Ⅳ分隊が普段詰めているお部屋へ案内して貰うと、そこでは書類仕事をしていたエメルダス先輩が目を丸くして迎えてくれた。


「……どうしたテッド? 同伴出勤にしては随分珍しい相手だが」

「私服ですみません。何かお手伝いを、と思いまして」

「あの、拙いですが少しでもお力になれれば、と……テッドくんに無理を言ってしまいました」

「なるほど、君達らしいな。……だが、残念ながら今日はあまり渡せそうな仕事がないんだ。折角来てくれたのにすまないな」

「いえ、とんでもありません」


 エメルダス先輩は目を伏せて小さく笑ったあと、ペンを置いて席を立ちお茶の準備を始め、テッドくんが率先して交代していく。

 その様子を先輩は苦笑を浮かべながら私へ向き直り、席を進めてくれたので会釈しながら着席する。


「しかし、昨日は大変だったみたいだな……。話は師団長から伺っている。今日の所は二人ともゆっくり休んでほしい」

「……恐縮です」

「連絡は週明けにもするつもりだが、先に伝えておこう。我々第Ⅳ分隊も、週明けには彼の警護に当たる事になった。スノウフレーク、改めてよろしく頼む」

「こちらこそ、まだまだ半人前ですが、どうかよろしくお願いします」


 そうして一礼すると、右脇からテッドくんの手が伸びて、紅茶が出され、お礼を言えば彼は小さく微笑んでくれる。

 エメルダス先輩にもコーヒーが配られ、テッドくんの席らしい、私の隣の椅子へ腰かけた。

 そんな彼を目で追っていると、自然と視線が合って、お互いにぱっとエメルダス先輩の方へ視線を向ける。


「……本当にどうした、二人とも? 交際でも始めたのか?」

『――っ』


 すると先輩はコーヒーを啜りながら、落ち着いた調子でトンデモナイ事を尋ねられ、私は背筋がピンッと張り硬直してしまう。

 テッドくんもテッドくんで、盛大に喉を鳴らしたあと、額から尋常じゃないくらいの脂汗が吹き出していた。


「いやなに……。親戚に婚姻の報告に来たかの様な表情だったものでな……。邪推かと思ったが……そうか。これはとても嬉しい報告だな」


 くつくつと笑う先輩に、私達はぐうの音もでない。

 そんなに顔に出ていたのかな、と思いながらぺちぺちと頬を叩いていると、テッドくんが口を開く。


「その……実は、まだなんです」

「ん? まだ、とは?」

「えっと……情けないお話なのですが……私が、お返事を待って貰っている状態でして……」

「……ああ、そういう事か」


 私は恥ずかしさのあまり俯きながら伝えると、エメルダス先輩はふっと優しく微笑んだ。

 流石は先輩。私達の現状をよく知っているからこそ、ある程度は察しがついているのかもしれない。

 コト、っと手に持っていたカップを机へ置いた彼は、おもむろに引き出しへ手を伸ばし、一枚の羊皮紙を取り出す。


「それなら尚のこと、このタイミングでコレを渡すのは、二人にとって酷になってしまうのではないかと思うのだが……」

「なんでしょう」


 そしてテッドくんへその羊皮紙を差し出すと、それを広げて読み込むテッドくんの表情が、みるみるうちに青ざめてゆく。

 隣に居た私も横から覗き込もうとするも、テッドくんに羊皮紙を遠ざけられてしまった。

 わからず仕舞いで、私は小首を傾げたまま彼を見つめていると、エメルダス先輩が口を開く。


「テッドには、正式にスノウフレークの警護に当たる命令が下った。君の住まいの都合上、彼を迎賓館に配備する、という形だが」

「ガイウス先輩っ!」

「一応、警備隊の方からもミャーマ以下数名が迎賓館の警備に当たる事になっている。こちらは君と同じ《彷徨人》が殆どだ」

「それって……」

「今回、彷徨人が標的にされた、というのが大きいのだろうな。自然に一般生徒を護るには、我々騎士団や警備隊の存在はあまりにも大きすぎる」

「……なるほど」


 ……良かった。最悪な想像ではなかったみたいだ。

 ヒューゴくんの一件もあったことから、クラスメイト皆にも疑いの視線が向けられるのではないかと思ったけれど、流石に被害妄想が過ぎたのかもしれない。

 でも、考えられなくもない、という事は痛いほど分かる。そのために、クラスメイト同士で目を光らせ合う必要がある。

 ……カトレア達にとっては、かなり辛い命令のはず。


「浮いた話をしてもらったのに、残酷な話ですまないが……頼めるか、テッド?」

「我が身に代えてでも」


 エメルダス先輩の言葉にすぐさま席を立ち、即敬礼するテッドくんに、先輩は小さく頷いた。


「……えーっと……」

「どうした?」

「大変申し上げにくいのですが……。私、そろそろ迎賓館を出ようかと考えてまして……」

「と、いうと?」

「その……子供も居ますし、魔術の練習などで流石にご近所迷惑かと思って。農耕区に格安の物件があるという事で、そちらに住まいを移そうかと……」

『………』


 二人は顔を見合わせ、私は申し訳なさすぎて肩身を縮めながら二人の様子を伺う。


 ……だってそうじゃない。錬金術は薬物を使うことから、リィンが手を出さない様に細心の注意を払って行っているし、魔術と真剣に向き合うのなら気兼ねなく鍛錬に励める場所の方がいい。

 つまり……専用のお部屋が欲しい。それに尽きる。

 それに立地としてはこれ以上ないほど優良。学園にも近いし、自然も豊かな所だからリィンと外で遊ぶ事もできる。

 金額は改築費用も多く見積もって金貨1500枚。今の私の手持ちとしては充分なお釣りがくるから、生活も問題ない……。困ったら装備を売れば問題ないし。


「……引っ越しの日付などは決まっているのか?」

「あくまで住まい探しの途中ではありますが……近いうちに」

「そうか……。まぁ、その辺りは当人の自由だからな。引き留めるわけにもいくまい」

「ご迷惑をお掛けします……」


 頭を下げて謝罪すると、エメルダス先輩は「いやいや……」と顔を横に振った。


「ルビア先生も言っていたが、魔術師には環境も重要だと言う。早々に聞かせて貰えただけでも有難い」

「とりあえず、引っ越しは夏季休暇中を考えています。それまでは迎賓館に居ますから、ご安心ください」

「承知した。しかし、その若さで一軒家とは……随分思い切ったな」

「人生で初めて大きなお買い物をしますね……」


 私は自分の行動を引き気味に笑い、エメルダス先輩も腕を組んで微笑む。


「引っ越しの際には呼んで欲しい。手を貸そう」

「あはは……。ありがとうございます」

「それじゃあ、どちらにしろオレは一旦家に帰って荷物を準備しないとな」

「ああ。テッド、君の事は信用しているが……くれぐれも、間違い・・・は起こしてくれるなよ?」

「起こしませんよッ!? 先輩はオレを何だと思っているんですか!?」

「それを聞けて安心したよ」


 顔を真っ赤にして先輩へ抗議の声を上げるも、彼の落ち着いた笑いに毒気を抜かれてしまったテッドくんは、大きく肩を下げながらため息を吐くのだった。

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