第47話 黒の正体/明日へ
激動の夜が明け、教会の窓からはすでに朝陽が差し込んでいた。
結局、ヒューゴくんが目を覚ます事はなく、検査は順調に進み……
私達は、一つの結論に辿り着いた。
「魔薬、ですね……」
「……ああ」
彼の自室を検めていた警備隊の皆さんに見せて貰った証拠物品の中から、カトレアの証言を当てはめて出てきたもの。
それは一つの小さな木箱だった。
中にはピルケースが入っていて、中には鮮血の様に赤い錠剤が入っており、解析してみればヒューゴくんから採った血液の中に同じ成分が検出された。
師匠のお陰である程度薬草などの知識も身に着ける事ができた私達の見解は、一時的なステータスのブースト効果と同時に、多幸感をもたらす薬草が複数使われている事を知り、すぐに思い浮かんだのが『麻薬』という単語。
依存性も従来の麻薬とは非ではない程に強く、それらの薬草全ての薬効を増幅しながら抽出し、一つの錠剤に凝縮するとなれば……今の薬師さん達の技術では到底不可能。
だからこそ、私達はその製法を、魔術の一つである《錬金術》だと断定した。
私は魔薬の成分から、該当する薬草の名前を羊皮紙に書き記し、その間に師匠が警備隊の方へ指示してくれる。
「今弟子が該当する薬草を纏めてくれている。所長に各ギルド方面にこれらの輸入歴がないか、再度洗い出して貰う様に伝えてくれ」
「了解しました!」
この中にどれか一つでも当たりがあるのなら、その経路を辿って行けば必ず例の商会に行き着くはず――。
「――できました。お願いします!」
「承りました。我が命に代えてでもこの任、遂行してみせます!」
書き上げた私は、その羊皮紙の束を騎士の方にお渡しすると、彼は輝かしいばかりの笑みを浮かべて敬礼し、すぐさま部屋を出ていった。
私と師匠はふうっと息を吐いて、師匠は壁に寄り掛かり、私は椅子の背もたれに身体を預ける。
……これが、私達魔術師にとっての、第一弾。
あとはもうスピード勝負だ。商会が早いか、この街の正義が早いか。
どうかそれが、彼らの身体に突き刺さってくれる事を祈るしかない。
途端に襲ってきた疲労感に、私は眼鏡を取って眉間を揉み解していると、師匠が私の頭をぽんぽんっと優しく撫でてくれた。
「……リア、よくやってくれた。あとは結果を待つだけだが――」
「いいえ、まだです。昨晩のお話、忘れたとは言わせませんよ師匠?」
不思議と、疲れはあるけれど睡魔は襲って来ない。覚醒しきった意識で、師匠へ微笑むと……彼女は根負けした様に目を伏せて笑いながら、肩を竦める。
「……分かったよ。だが、まずはお互いに準備が必要だ。昼食を終えたら私の家まで来てくれ。君も子供が待っているだろう?」
「はい。流石に寂しくて泣いちゃってるかもしれません」
「はははっ! まったく、大した母親だよ、君は」
私が冗談交じりに返せば師匠に笑われ、検査キットの片付けを終えて、シスターさんに挨拶しながら部屋を出て、教会の入り口へと向かう。
するとそこには、カトレアを始め、いつもの三人が待ってくれていた。
彼女達は私の姿を見つけるなり軽く手を振ってくれて、私も振り返せば、師匠に背中を押され、持っていたトランクを取り上げられてしまう。
「師匠っ?」
「行ってこい。昨夜からとことんまで気を張り詰めていたんだ、時にはリフレッシュするのも大切な仕事だぞ?」
「……ありがとうございますっ、では昼食後に」
「ああ。またな」
そう言って師匠に一礼して別れ、私はカトレア達の許へ足早に歩み寄るのだった。
◇
それから一度迎賓館へ戻り、エルとリィンを起こしたあと、いつもの喫茶店がモーニングをやっていたので入る事にした。
「いや~、それにしても朝の街に出る、っていうのも悪くないねー!」
「あはは……ごめんねエル、ご飯作る時間なくって」
「んーんっ! たまには喫茶店でモーニングっていうのもアリ! ねっ、リィン?」
「ん。パンおいしいよ?」
座り順はいつも通りで、私とリィンが椅子に座り、その隣にはエル。反対側のソファにはカトレア達が腰掛け、徹夜組は見事に全員コーヒーをチョイス。トーストやクラブサンドを頼み、エルとリィンはベーコンエッグとコールスローの入った卵サンドを食べながら、和やかな朝食を送っている。
もぐもぐと美味しそうに卵サンドを食べているリィンの口元に着いたパンのかすを、私はハンカチで拭いていると、隣で私が切り分けたトーストを食べていたシーダが口を開いた。
「なんだかこうして皆で朝ご飯食べるのって珍しいね~」
「ははっシーダの言う通りだな。なかなか新鮮だ」
「まっ、テッドとエルが増えただけでも、かなりの大所帯だからなァ」
「アタシとしては、毎朝
「あははっ! クロウは寝ぐせ凄そ~!」
「それ正解。ライオンみたいに前髪上がってんのコイツ。自室で直してから来なさいったら」
「はぁん!? 昔は俺よりリアの方が凄かったんだぜ?!」
「んぐっ――だからどうしてクロさんは私に矛先向けるの!? こっちに来てからはちゃんと整えてから出てるんですけどっ!?」
「ホントかよ~? 嘘じゃねぇだろうなリィン?」
「うそじゃないよ」
「まぁ、確かにリアはしっかりセットして出て来てるな」
「あんだよつまらねぇ……」
「あのねえ……」
誰かが口を開けば止まらない。その話題も重々しいものではなくて、いつもの日常会話が殆ど。
それがとても心地良くて、思わず頬が緩む。
「ねね、今日は皆どうするの?」
「オレは詰め所かな。何か手伝えることがあればいいんだが」
「あ、私は今日お昼過ぎに師匠の家に」
「アタシはゴロゴロしてるわねー多分。買い物でも行く?」
「おっ、カトレアいいねー! じゃあリア、リィン連れて行ってもいい?」
「うん。炭鉱区まではまだ連れて行った事がないから、見ていてくれるなら」
「それじゃあリィン、今日はお姉ちゃん達と探検だー!」
「おぉ~っ!」
「んじゃま、俺も適当に街をぶらつくかねぇ」
「いや、そこは着いてきなさいよアタシ達に」
もしかしたら、エルなりに気を遣ってくれているのかもしれない。
手を挙げて意気込むエルとリィンを見つめながら、私は気持ちが温まっていくのを感じるのだった。
◇
緊急連絡用にとシーダは早速炭鉱区へ向かったカトレア達に同行してもらい、テッドくんは割り勘でお会計を済ませた私を喫茶店の外で待ってくれていた。
「そうだテッドくん。上着返さなきゃ」
「ああ、オレも忘れててさ……」
お互いに苦笑いを浮かべ合いながら、私は鞄から彼の上着を取り出して手渡すと、彼はそれを腕に掛ける。
「リアは午前中どうするんだ?」
「んー……そういえばクロさん達がトラムの開発を港湾区でしていたはずだから、ちょっと覗いてみようかなと」
「ああ、例の乗り物か。オレも詳しくは聞いてないけど、興味はあるんだよなー……」
「あはは、男の子なんだねーテッドくんも」
くすくすと笑うと、テッドくんは少し耳を赤くして苦笑を浮かべた。
魔術的な要素も取り入れた、
ロイドくんが主導して取り掛かっているトラムの開発も順調に進んでいるらしく、夏至祭には陛下達に一度見て貰う予定になっているらしい。
「じゃあ、私も詰め所にお邪魔しようかな。部外者でもお手伝い出来る事ってない?」
「いや、君はもう内部の者だろう……。そうだな、簡単な書類仕事なら任せてくれるかもしれない」
「よかった。肉体労働は流石に迷惑掛けちゃうから助かる……」
そう言って騎士団の詰め所へ足を向ける。
するとおもむろにテッドくんが小さく笑った。
「ははっ……こうして二人で歩くのも、久しぶりだな」
「そう? つい数週間前までは二人で歩いてたと思うのだけれど」
「それもそうなんだが……。なんだかリィンが来たのも随分前の様に感じるよ」
「色々あったもんね……」
目を閉じれば、目まぐるしい毎日を思い出す。
確かに、彼の言う通りリィンと出会ったのも昔の様に感じられてしまって、あの頃からの成長具合を思い出して、つい表情がほころぶ。
――でも。
「お陰でリアの大泣きにも慣れた」
「うわぁぁぁああ……それだけは忘れてお願いだから……ッッ」
次に出された彼の言葉に、私は色々と思い出してしまい、思わず顔が熱くなって顔を覆ってしまった。
もう夏の気候のせいだとかそういう次元じゃなくて、これが純粋に羞恥によるものだと嫌でも理解してしまう。
「こんなの絶対おかしいよ……っ。テッドくん今日は意地悪だね……?!」
「ん゛……すまないっ。クロウが乗り移ったか……っ?」
指の間から彼を見上げれば、テッドくんも明後日の方を向きながら耳を真っ赤にしてゴホッと咳払いしていた。
昨日の夜の事といい、どうしてこう――
「――あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぅ゛……」
「っ!? ど、どうしたっ大丈夫か!?」
その場に蹲り、奇妙な唸り声をあげた私の脳内は真っピンクに染まっていた。思考の外でおどおどしたテッドくんが右往左往している。ごめんテッドくん、今余裕ないの……。
あの、私が唐突に泣き出して彼に抱き締めて貰った時の記憶が鮮明に思い起こされ、匂いや体温、心音……。なにより、優しく私の背中を叩いてくれた、あの労わり方。
そしてそんな甘ったるい記憶が急速に冷却されていくのが、その前の告白まがいな彼の言葉を茶化してしまった記憶であって……。
「た、立てるか……?」
頭の中がぐるぐると回って混乱しているにも関わらず、テッドくんは私の右脇を抱えて立ち上がらせてくれた。
――そして私の脇に手を入れられたその瞬間、プツンと頭の中で何かが切れた音が聞こえた。
「あの、はい……大丈夫、平気デス……ノンチェ・プロブレーマ」
「説得力の欠片もないんだが……」
ショートした思考で、「問題ない」と伝えようとしても、彼は納得してくれない。
私は復旧した頭から左腕へ信号を送って、顔を背けながら口元に手を当てる。
「その――」
「ん?」
彼の声音から、本気で心配してくれているのがいやでも分かる。――でもテッドくんごめんっ、恥ずかしかったり申し訳なさだったりで、もう顔が見れないの……っ!
でも、これ以上無言でいてもなにも始まらない。ただただ彼を困らせてしまうだけなのは分かり切っている。
「……昨日の、事なのだけど……」
「ああ」
「………怒って、ない?」
全身が強張る中、引き攣った声で彼の顔を見ずに尋ねた私は、ギギギ……と油の指していないブリキ人形の様にぎこちなく彼の方を向いて見つめた。
すると彼は、どこか考える様な素振りをみせたあと……苦笑を浮かべる。
「……怒ってるかと聞かれたら、怒ってはいるんだろうな」
「ひぇ……」
やっぱりだった。流石の温厚な彼も、自分の告白を意中の相手に茶化されたら怒りもするはず。当たり前な事を聞いてどうするんだろう、私……。
「君の窮地に駆け付ける事ができなかったし、悩んでいる君を支えてやれなかったからな……。正直、自分の行動が恨めしい」
「………ごめんテッドくん、私の主語がなかったせいだね、うん……」
「え?」
「……あの、迎賓館の階段での話なのだけれど」
「あ、あぁー……。まぁその、全然意識されていなかったんだな、というのは分かったよ」
「………」
……むぅ。その返しは予想していたけれど、そんなに寂しそうな顔は浮かべて欲しくなかった。
かといって、この場ですぐに返答しても、お互いに困ってしまうだけだと思う。
ようやく冷静になってきた私は、ばくばくと高鳴る心臓を宥めつつ……すぅっと深呼吸したあと、意を決してテッドくんの手を握りしめた。
「テッドくんは……まだ、我慢できる?」
「え――?」
「お返事を仕事に左右されるのは本当に心苦しいのだけれど……。私は不器用だから、一つ一つしかこなせないの。でも、この一件が終わったら……必ず、前向きなお返事をします」
「……っ、それって――」
彼の眼の色が変わり、暗かった表情がぱぁっと華やいでいく。
その反応が嬉しくて……それと同時に、恥ずかしくて、私はきゅっと目を瞑りながら俯き、声をひり出す。
「これじゃあ、ダメ……かな?」
「――いや、臨むところさ」
テッドくんは私の手を握り返し、向き直り――そして言うのだ。
「待つよ、いつまでも。君の返事を」
ただ真っ直ぐに、他でもない――私を見つめて。
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