第46話 光明

 ブレイシア教会、大会議室――。

 落ち着いた雰囲気のある会議室の中心に置かれた会議机の上には、今回の件やそれ以前の事件の書類が置かれ、その奥では、この街に於ける重臣の三人が座っていて、少し離れた席に座って書類に目を通していた私でも、この空気に息を飲んでしまう。


「いやーすまんっ! どうもこういう計画ってえモンはややっこくて堪らんな……なんとかならねえか、彷徨人かなたびとの若人諸君っ?」

「いやいや、今日はそういう話をしに集まったわけではありませんから……!」

「深夜に集まってお話するようなことですか、それは……。お酒でも飲み交わしながらするものでしょうに」


 ……あまりに軽すぎると思うの。この重臣の皆さんの空気が。

 今回集まった趣旨からかなり逸れた事を笑い交じりに語る男性は、騎士団の師団長……ゲオルグ・グレゴリーさん。

 何を隠そう、アレックスくんのお父さんである。

 あの熊の様に大きな身体ではなく、彼の身体的特徴はお母さん譲りなのか、お父さんの方は普通の人族で、唯一遺伝しているのは、その焦げ茶色の髪くらいかもしれない。

 そしてそんなグレゴリー師団長を窘めるバーデン所長に、紅茶を飲みながら肩を下げる長髪の眼鏡美男性はブレイシア教会の司祭、エリヌス・ベルベットさん。

 教会の方ってお酒とかは飲まない様なイメージだったけれど……なんというか、私の中で理想像が崩れる音がした。


 そんな御三方を見て頭とお腹を押さえる方達は――大隊長の皆々様だったりする。


「えー……僭越ながら、ご報告しても宜しいでしょうか師団長?」

「おう、頼む」

「はい。昨日二一三〇時、ブレイシア迎賓館にてスノウフレーク殿以下三名がヒューゴ・アーカーシャと遭遇し戦闘。中通り広場まで退避し迎撃に成功。気絶したアーカーシャを昏倒し捕縛。以降迎賓館にて魔術的拘束を施した後、負傷部位を治癒。その際体毛を採取し、先に入手していた証拠物品と合わせ検査した結果、陽性反応が出たと、魔術師殿よりご報告戴きました」

「あぁ御苦労。して、魔術師殿の見識としては?」

「率直に言えば、『あり得ない』……この言葉に尽きるな。私の弟子がヒューゴ少年に鑑定魔術を使ったが、本人の名前やステータスの表示が狂っていた」


 その場に動揺が奔り、事の真偽を確かめる様にグレゴリー師団長がベルベット司祭へ尋ねる。


「……エリヌス司祭殿、その情報は確かか?」

「ええ、神に誓って。私も《看破》のスキルを用い彼を調べましたが、同様でした」

「そうなると、使用者の目的は……」

「――恒久的かは不明だが、自我を失う代わりに、大幅のステータスアップ。今回は私怨に因るものだったが……下手をすれば、見境なく暴れ出す可能性も捨てきれないだろうな」


 トントン、と師匠が会議机に手を伸ばし、指先で机を叩く。


「今回のヒューゴ少年すら素のレベルは4。しかし、黒い靄の影響で24レベルにまで上昇した。ステータスも桁が違う」

「騎士団じゃ、中隊長レベルでなけりゃあ対応は難しいわけか……」

「大まかに言えばそうだな。まぁ、私の弟子は低レベルながら無力化させたわけだが」


 そして腕を組み、胸を張って語る師匠に対して御三方は苦笑を浮かべる。もちろん私も。ここでマウント取るのはいかがなものかと……。


「無論一人というわけではない。彼女の戦術眼があってこその芸当だと見ている」

「そういう事でしたら、今後は警備隊と合流して街の警備に当たった方がよいでしょう。我々教会としましても、少年の経過観察と治療を最優先に行わせて貰います」

「おう、バーデンもそれで構わねえか?」

「勿論です。夏至祭も近い事もあります、王族の方々にご迷惑をお掛けしない様、暫くは街の警備に注力しましょう」

「頼む。俺らもそろそろ、下の面倒を見始めねえとな」

「……後程、隊員の強化計画も立てましょうか」

「そうだな」


 グレゴリー師団長とバーデン所長は肩を竦めながらそんなやりとりをした途端、周りに居た騎士や警備隊の皆さんの顔が引き攣り、どうしてか私の背筋もゾッとした。


 それからは重臣の御二人を中心に、騎士団と警備隊での計画の説明などが行われ、私と師匠はベルベット司祭に連れられ、ヒューゴくんが拘束されている部屋へ案内される。


「しかし、あの魔術師殿がこのような可憐なお弟子様を取られるとは。……フフッ、歳は取ってみるものですね」

「厭味かお前」


 廊下を歩いている際、ベルベット司祭が師匠へ笑いかけると、彼女は腕を組みながら半眼で睨み付ける。


「スノウフレーク殿は確か彷徨人でしたよね? こちらに見えてからそこまで時間は経って居なかったはずですが……どうして魔術を学ぼうと思われたのです?」

「そうですね……。きっかけはこの街に使われている生活技術などの殆どに魔術が扱われている事を師匠に教えていただいて。本当は自分の中に疑問を蓄積していただけだったのですが……そんなところを、師匠が気に入ってくださったんです」

「リアの物事を見つめる角度と発想はなかなか新鮮でな。私も久々に、魔術を教える事の楽しさを思い出したよ」

「フフフ、なるほど。好い師弟関係を築かれているのですね」

「当たり前だ。こんなに純粋で可愛らしい美少女は滅多に見られんぞ」

「スノウフレーク殿、師の愛が重いと感じた時は、いつでも教会へいらしてくださいね」

「オイ、それはどういう意味だ」

「あ、あはは……」


 やや前かがみになりながら、師匠へ聞こえるくらいの声量で耳打ちしたベルベット司祭に師匠は頬を膨らませるのだった。



        ◇



 案内された一室は夜間に巡回するヒト達の仮眠室の様で、すでに騎士団の方と教会のシスターさんが二人体制でヒューゴくんを監視していた。

 二人はベルベット司祭の姿を見るなり椅子から立ち上がって敬礼する。


「御苦労様です。魔術師の御二人をお連れしました」

「本人に様子はどうだ、と言いたいところだったんだが……眠り続けたまま、か。昏睡魔術もそろそろ切れている頃合いだと思ったんだがな」

「はい……。一向に目を覚ます気配もなく、獣化も未だに解けていません」


 シスターさんは少し俯きながら辛そうな表情を浮かべ、黒い靄を漂わせているヒューゴくんを見つめる。

 そしてベルベット司祭は眼鏡を軽く持ち上げた後、重々しく語った。


「精神干渉を受けている者によく起きる症状です。結界の維持と並行して修道士達に解呪を行わせていますが……いずれも該当せず」

「解呪は鍵の照らし合わせをしている様なものだからな……。そもそもこれが呪いだという確証もないうえに、それこそ呪いの種類も数千通りある。時間もかかるだろうよ」

「まさに原因不明、というわけですか……。バーデン所長から事の仔細は聞き及んでいますが……」

「警備隊の連中が本人の自室を検めているはずだ。連中と取引をした際の手掛かりがあればいいんだがな」


 話し合っている師匠とベルベット司祭の後ろから、私は眠り続けるヒューゴくんを見た。


「(ヒューゴくん……)」

「(ま~、あまり良い思い出はなかったよね~)」

「(……うん)」


 一度クラスメイト達と一緒に、今後について話し合う場を設けた時も、彼は出席を断っていた。

 内容については元クラス委員長のロイドくんが伝えてくれたけれど、あまり良い反応は貰えなかったらしい。

 もうその時から軋轢が生まれていたとするなら、きっかけはやっぱり私達との模擬試合だろう。


 クラスの殆どが元の世界への帰還を目指している以上、メンバーが欠けるという動揺は全体に伝播してしまうはず。

 なんとか救う手立てを考えて、その根源を抑えなければ、今後また彼の様な犠牲者を生んでしまう。


 それに、ステータスにも異常が発生しているのなら、一度リセットなどをしなければ、起きて再び暴れ出し、結界を破壊されてしまえばこの教会にも被害が及んでしまう。

 無力化するのなら、ステータスは出来るだけ低い方がいいは、ず――?


「――ん?」


 私はそこで沈んだ思考に待ったをかけ、おもむろに――


「《風精よ、我が知に応じ、彼の真名を囁け》」

「リア――?」


 ヒューゴくんへと、風精魔術【ブレス・アナライズ】を使用すると、師匠に驚かれてしまう。

 ステータスを見れば先ほど迎賓館の一室で見たのと同じ内容が記載されていて、私はそのステータスをまじまじと見つめた。

 通常のステータスに加え、黒い靄の影響と考えられる数値が別枠で入っている。そこまでは一緒だ。まだ理解できる。

 ご都合主義と言われても仕方ないけれど、もし、その黒い靄の存在が『ステータスの前借り』だとするのなら――。


 試してみる価値は充分にある。

 まぁ、私の懐が少し痛む程度の話。人の命と比べれば圧倒的に安い。

 私は鞄から一枚のスクロールを取り出し、師匠達へ小さく微笑む。


「少し、試したい事ができました」

「……どういうことだ、説明して欲しい」

「あくまで仮説ですが……彼のステータス値の異常は、『前借り』なのではないかと考えました。数値も別枠ということは、そのステータスを一度リセットする――もしくは、あまり恩恵の受けないクラスへ転職させることが出来れば、少なからず被害は抑えられるかもしれません」

「ふむ……。一理あるな。レベルが別枠で加算されている以上、ステータスが上がるのは当然だ。しかし、そのまま数値が固定されている可能性もある以上、物理攻撃力が高まっている彼の場合、魔法系統に――」


 まさか、という視線で私を見る師匠に、私は小さく頷く。ベルベット司祭は驚きを隠すように眼鏡を光らせた。


「スノウフレーク殿、『クラス初期化スクロール』を使用されるのですね?」

「はい。ですが当然リスクもあります。師匠の言う通り、別枠のステータスは固定されている可能性もあり、クラスが変更された際、新しく振り分けられる可能性も十分にあります。ですが彼は近接スキルしか分からない以上、キャスター系にしたとしてもその戦闘スタイルは変わらない事もあります」

「魔法を使わずに襲い掛かってくる可能性も否定できないわけか」

「その通りです」

「……確かに、試してみる価値はありそうですね」

「では――」


 私はスクロールを結んでいた紐を解こうと手を伸ばすも、その手をベルベット司祭が止め、シスターさんへ『クラス初期化スクロール』を持ってくるように指示する。


「司祭様……?」

「ベルベットで構いませんよ。――教会側こちらには在庫があります。結果はどうあれ、スノウフレーク殿、貴女の持つそれは非常用として考えてください」

「……わかりました」

「しかし、まさか此処でスクロールとはな……。盲点だった」


 師匠に褒められて少し照れ臭く感じるけれど……あくまでこれは、私の経験談。


 ――この世界は、どこかゲームじみている。

 そう感じたのは、この街を知った時……いや、神様に会って、クラスなどを選択した時からかもしれない。

 だとするなら――私の知識も、少なからず通用するのではないだろうか、と。


 そんな事を考えていると、シスターさんがスクロールを携えて戻って来た。


「司祭様、スクロールをお持ちしました」

「有難うございます。……さて、それでは。スノウフレーク殿、鑑定魔術はそのままでお願いします。更新が見られなかった場合は都度使用を」

「分かりました」


 ベルベット司祭はシスターさんが持ってきてくれたスクロールを開き、ヒューゴくんへ使用する。


「司祭エリヌス・ベルベットが行使する。彼の者ヒューゴ・アーカーシャのクラスをウィザードへ――」


 瞬間、ヒューゴくんの身体が光に包まれ、みるみるうちに彼の獣化が解けていく。

 咄嗟にステータスを見れば――


「あっ――」


 ~~~~~~~~~~~~~~~

 氏名:―ュ―ゴ・ア―――シ―


 年齢:17歳

 種族:狼人族

 レベル:1

 体力:110

 スタミナ:120

 ~~~~~~~~~~~~~~~


 見事に彼のステータスが初期値に戻され、種族も『魔狼』から通常の『狼人族』へ切り替わり、別枠の上昇ステータスもリセットされていた。

 その事に私は声を上げるけれど、それでも、名前だけは戻らない。

 やがて光が収まり、ベルベット司祭も《看破》のスキルで彼を見るも……顔を横に振った。


「……完全に快復、とは簡単にさせてくれませんでしたか」

「ええ。ですが、ステータスの改善は成功しました。これは大きな一歩です。急ぎ王都の典礼省へ連絡し、スクロールの増産を要請しておきましょう。今後現れる可能性がある以上、備蓄量を増やさなければなりません。早速書面をしたためて来ます、私はこれにて失礼を」


 私は肩を落とすけれど、ベルベット司祭は眼鏡のブリッジを持ち上げたあと一礼し、急ぎ足で部屋を出ていく。

 すると彼を見送った途端、師匠が私の肩をぽんぽんと叩いた。


「大手柄だぞリア。これで検査も進めやすくなる」

「……私達としてもようやく一歩前進、といった感じですけどね……」

「ああ。しかし獣化していた時にはできなかった検査の種類が格段に増えた。早速取り掛かるとしよう」

「すぐに準備します」


 私は持ってきていたトランクを開き、師匠と共に彼の状態を調べる為に採血などを始めていく。


 ――そしてその日。

 私達はようやく、この事件に光明を見出すことができたのだった――。

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