第44話 踏み出した一歩

 シーダの温かさを知り、その後師匠達と少しぎこちないやり取りをしたあと、私達はアオヤマ先生と別れ教会へ向かう事にした。

 中通りへ降りて、炭鉱区寄りの立地にある教会へ向かっている道中、私は先ほどのヒューゴ君との戦闘で、クロさんの見せた手品の様なものが気になったので尋ねてみる。


「そういえばクロさん、さっき何もないところから拳銃出してたよね? あれはどういう……?」

「ん? あぁアレか。贈り物ギフトだよ、あのチャラチャラした神様のな」

「うわぁお……結構物騒な贈り物だね……」


 サラッと当然のように言ってのける彼に、私とシーダは苦笑を浮かべ、隣を歩くカトレアは額に手を当てて盛大に溜息を吐く。


「贈り物が銃って……アンタの趣味にはほとほと呆れを通り越して尊敬の念すら抱くわ……」

「へっ、ンな事言ったらコイツリアまで俺の同類になるんだぜ?」

「はぁー? リアは防具とか杖じゃない。実用的でしょうが」


 二人の言葉にピンときた私は、「あっ」と小さく声を上げたあと、カトレアが不思議そうに私を見つめてくるので、私は申し訳なく思いながら目を閉じて少しだけ手を挙げた。


「……ごめんカトレア。クロさんのあの武器、私知ってた……というか思い出した……」

「なによ、どういう事?」

「えぇっと、私とクロさんが同じゲームをして遊んでた、っていう話は覚えてる?」

「ええ。都会に来る前までは一緒に遊んでた、って言ってたわよね」

「うん……。その、私が引っ越す前から、クロさんが火器を扱う職業に転向するっていう話があって。それから二か月くらいするから、間違いなく所持品とかもそっち系統に――」


 だよね? と不安になってクロさんを見上げると、彼は正解と言うようにドヤ顔でカトレアを煽っていくぅ……。


「……でも、ちょっと待って? そういう事なら、定期試験の二日前にテッドくんが湾岸警備隊の詰め所へ向かっている時について行かなかったのは……」

「おぅ随分前の話掘り返すのな。……まっ、あの時は初めてのパーティでダンジョン攻略だったしな。お前さんに負担を掛けたくなかったんだが……結局、こうなっちまった」


 クロさんは目を伏せながら襟足に手を当てて嘆息する。……まぁ、私の事を考えてくれての事だった、っていうのはその表情から察してはいたけれど、これは少し訂正しないと。


「もう……。それは言いっこなしでしょう? カトレア達の力になろうね、って約束したじゃない」

「それはそうなんだけどよ……」


 彼はこう見えて、私と同じように石橋を叩きまくるタイプだ。飄々としているけれど、その裏ではしっかりと土台を固めてから歩く人。それは分かっているし、もし私があの時、テッドくんについて行く選択をしたとしても、彼にはなんとかする地力があった。

 ……そう考えると、なんていうかクロさんって……。


「……過保護だなぁ、クロさんは」

「うるせっ」


 くすっと笑えば、彼は恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう。

 そんな様子を眺めていたカトレアは、私達から少しだけ距離を取って「やっぱクロウの方が弟分よねぇ」と呟く。


「ボクもそう思う~。お姉ちゃんが心配な弟が孤軍奮闘してる感じ~」

「あっははは! 嫌いじゃないわぁシーダ! そういうまとめ方!」

「お前ら裏路地に行こうぜ……久々にキレちまったよ……」

「やん、怖ぁい♪」

「こいっつ……!」

「ちょっ、クロさんどうどう! 流石に深夜に銃声は厳禁!!」


 完全に頬を赤くしたクロさんはカトレアへ腕を伸ばし、私はその腕を持ち上げる様にして頭の上へ乗せると、「放しやがれこのっ」と肘で私の頭を軽くごりごりし始める。


「いたっ!? ――ねぇちょっと、これ私にまで飛び火するの!?」

「見境ないね~クロちん~」

「黙れこのオコジョがぁ!?」

「ひえぇ~リアお助けぇ~」

「お前達……深夜帯だぞ……」

『……すみませんでした』


 私達の後ろを付いてきてくれていた師匠に窘められ、一気にその場が沈静化する。


「しかしまぁ……ふふっ。こうしてはしゃぐリアを見れたのは収穫だったな」

「うぐっ……。流石にリィンの前ではこんな事できないので……」

「うん? 私は構わないと思うぞ? 変に大人ぶっていると、子供に心配される事もあるからな……」


 自然体が一番だ、と腕を組んでしみじみと言う師匠に、先ほどの乱れ様を思い出して恥ずかしくなった私は「そ、そうですか……」と返す。

 するとクロさんがちょいちょいと私の肩を人差し指でつつき、


「帰ったらもう一発頭に肘喰らっとくか?」

「……ヒトの身長を進んで縮めてくるような人には、もうご飯は作りませんっ」


 なんて言って来たので、ぷいっとそっぽを向き、謝ってくるまで割と本気でご飯抜き案を考えていた。

 ……まぁ、教会に入る直前に「ごめんやっぱ飯ください……」と平謝りしてきたので許してあげました。



        ◇



 教会へ入る。たったそれだけの事なのに……なんだか、それだけで不思議な感覚だった。

 地球でも名前は聞くけれど入った事もない施設だったから、どんな雰囲気なんだろうだとか、想像でしか補えなかったけれど……。


「わぁ……!」


 月明りが照らすステンドグラスは薄暗い聖堂にある木製の長椅子や赤く染色されたシルク絨毯に彩を与え、ステンドグラスの前に立てられた神像はとても幻想的な雰囲気を漂わせていた。


「そういや、教会に来るのは初めてだったな」

「クロさんも? カトレアは?」

「アタシは結構来るわね。沿岸警備の時とか、無事に帰って来れますように、ってお祈りするのよ」

「事故とか怖いもんね~……」

「そういうこと」


 カトレアはウィンクしながら「行きましょ、テッド達も待ってるわ」と言って、聖堂の脇にあるドアを開き、通路を抜けてとある一室へ案内してくれる。

 その後ろ姿が頼もしくて、ついつい……目で追ってしまう。


「ん、どうしたのよリア? アタシの髪に何か付いてる?」

「えっ、ううん? ……なんというか、こうしてみると……本当にカトレアも警備隊の人なんだなって」

「あー。普段からアタシの制服を見るだけで、仕事してるアタシを見た事なかったものね。むしろそれが一番良かったんだけど」

「ふふっ、かっこいいよ? 今のカトレア」

「あら。テッドに続いてアタシも攻略対象に入れてくれるの? いいわよ全力で相手してあげるから゜っ――」

「おう早く案内するんだよお前は」

「時間押してるよ~ヤバいよ~」


 いつも通り私へ抱き着いて来ようとするカトレアを、今回ばかりはクロさんが止めに入ってくれた。

 口元を掴まれたカトレアは渋々前へ向き直ると、「けち」とクロさんへ毒を吐くと、彼は「へいへい」と言って頭を掻く。


「相っ変わらず、このメンツじゃあ緊張感ねえなぁ……」

「ま、部屋に入ればスイッチ入るでしょう?」

「そらそうだけどよ――っと、着いたみたいだぜ」


 あるドアの前に立ち止まったカトレアはひとつ深呼吸すると、スッと真剣な表情を浮かべてドアをノックする。


「カトレア・ミャーマです。協力者の方々をお連れしました」

『入れ』


 厳格な声音がドアの奥から聞こえ、私はこくっと喉を鳴らすと、そのドアが開かれ、カトレアを先頭に中へ入っていく。

 彼女に続くようにクロさんが入り、師匠は私の肩をぽんっと叩いて頷くと、私より先に入室した。

 するとカトレアはビシッ! と敬礼したあと、会議室の様な空間の奥で座っている男性に「休め」と言われ、すぐに手を後ろに組む。……なにこのイケ女ンカトレア。私知らない……。

 後ろでひえぇ、と口を半開きにしていると、師匠に頷かれて隣へ歩み寄る。

 途端、会議室の両脇で待機していた警備隊や騎士の方々が「おぉ……」という声が上がった。


「御苦労だった、ミャーマ」


 その男性の言葉に、カトレアは目を伏せて応えると、彼は立ち上がりながら私へ歩み寄った。


「――さて、深夜にも拘わらずご足労戴き申し訳ない。私はブレイシア湾岸警備隊、所長のレグルス・バーデン。お会いできて光栄です。スノウフレーク殿」

「初めまして、リア・スノウフレークと申します。こちらは使い魔のシーダです。よろしくお願い致します」

「サイネリア殿は……例の信号弾の提案以来か。あの時は世話になった」

「ども。早速使って貰えている様で良かったっス」

「ちょっ……!?」


 バーデン所長はクロさんとの砕けた挨拶であわあわしていた私を見ると、小さく微笑みながら頷いてくれた。……よかった、優しい人みたいだ。


「いやあ、怖がらせてしまったようで申し訳ない! カトレア、もう大丈夫だ。解いていいぞ」

「はい」


 スッと休めの姿勢を解いたカトレアは肩を下げながら私へ微笑み、状況が把握できなかった私は困惑し、師匠が腕を組んで嘆息する。


「まったく……タチが悪いなお前らも。人員が入れ変わったと思ってヒヤヒヤしたぞ」

「いやあ、初対面ですから。多少は『こういう事もしていますよ』と伝えたいではないですか」


 そう言って笑うバーデン所長。気付けば周りの皆さんも厳格な雰囲気を解き、和やかなムードになっていた。

 うわっ、奥に居るテッドくんなんて笑ってるし……。あーもう、顔が熱い……。

 顔を覆っていると、師匠が私の肩を叩いてバーデン所長へ厭味を言う。


「いいかリア。ブレイシアウチの隊員と騎士殿達はこんなものだ。純粋な少女の心を平気で乱していく」

「誤解ですよ、流石に今回は悪戯が過ぎたのは認めますが」

「えぇっと……ユーモアがあって良いと思います。その、流石にあの空気は緊張しましたが……」

「まっ、ドッキリに引っ掛かった芸能人の気持ちが分かっただろ?」

「……ひょっとしてクロさんとカトレアもグルだったの?!」

「まぁ、お上に言われちゃあ、やらざるを得ないよなァ?」

「当然よねー。一端の平隊員だもの」

「………」


 さっきもそうだけど、今日の二人いつにも増してゲスい……っ!!

 私は眉根を寄せてうんうん唸ったあと、肩の力を抜いて突っ込みたい気持ちを心の片隅に置いておく。


「ところで所長殿。師団長殿の姿が見えないのだが?」

「ええ、師団長殿は現在、件の少年の周辺警備を指揮しています。もう暫くお待ちください」

「ヒューゴくんの……?」


 バーデン所長は私の言葉に頷き返し、ヒューゴくんが教会に運び込まれた後の事を教えてくれる。

 どうやら騎士団の師団長と、警備隊の所長であるバーデン所長が教会の司祭に協力を申し出たあと、一室を借りる事ができたらしい。

 その後司祭にヒューゴくんの周囲へ拘束用の結界を張って貰い、彼が脱走しないよう、師団長が警備計画を考案している最中なのだとか。


「と、いう事は……」

「我々は暫く待機ですね」


 あー……そういう事ですか、はいはい理解しました。

 だからあんなドッキリ仕掛けられちゃったのかあ……。私が着替えてる間によくそんな事できたなあ。

 むーっとクロさんを睨み付けると、彼は平然とその視線を受け続ける。くぅ、悔しいけど優しい人達で良かった……。


「この場は一度解散にして、お茶でもしていてください。私はこちらに待機して師団長と警備計画の相談もありますので」

「そうさせて貰った方がいいな。今は弟子のケアが最優先だ」

「あの、師匠。流石にそこまでダメージは来てませんよ……?」

「いやいや、純情なリアがこんなむさ苦しい男どもと長時間同室というのはあまりに酷だ。ちょっと外の空気を吸いに行こうじゃないか」


 やけにオーバーな表現をする師匠。うーん……これはなんだか裏がありそう。

 魔術関係なのか、それとも純粋に心配してくれての事なのかは分からないけれど……付き合ってみようかな。


「分かりました。……では皆さんすみません、少し外の空気を吸ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい」


 バーデン所長達に温かく見送られながら、私は師匠と共に中庭へ出ると、師匠は懐から見覚えのあるシガレットケースとオイルライターを取り出し、煙草に火を点けた。

 師匠が煙草なんて珍しいと思う反面、それだけ息の詰まる様な話なのかもしれないと覚悟を決める。


「……さて、リア。今回の戦闘はどうだった?」

「戦闘……ですか?」

「ああ。アステル達によれば、魔術のみで戦ったんだろう?」

「そうですね……。魔法が使えなかったので、補助魔術を中心に立ち回っていました。レティシアちゃん以外中遠距離が武器でしたから、なるべく、接近されないように距離を取れる攻性魔術を混ぜて」

「フフ、流石の戦術眼だ。……だが、私は君に謝らなければならないことがある」

「謝るって……どうしてですか?」


 フーッと紫煙を吐き出した師匠は、申し訳なさそうに目を細めたあと、空を見上げた。


「君の魔術への向き合い方はとても誠実だ。得体の知れない力を手に入れ、それを振り翳す様なバカな真似をする輩も居るが……君は、むしろその力を畏怖し、正しく扱おうとしている。だからこそ私は、君に魔術というものは優しいものであると教えてきた。だが――今回は、その優しさが仇となってしまった。本当にすまない」

「……ぁ……」


 煙草を片手に、私へ頭を下げる師匠。

 ……確かに、師匠は魔術という存在は優しいものであると言ってくれたことがある。

 それでも、こうして人を傷つける側面を併せ持っている事も、私は理解していた。そしてそれを扱う事がどういう事かも。初めて師匠に攻性魔術を教えて貰った時から。

 ああ――魔術という存在は、ヒトを映す鏡なのだと。

 だからこそ、師匠は私に攻性魔術をあまり教えなかった。私も独学で強力な攻性魔術を習得しても、使おうとはしなかった。

 それは生殺与奪に対する恐怖か、それとも相手に対する同情や心配、痛みに対する感受性によるものなのか。

 けれど……決まっている事は一つだけ。


 ――私は今日、命のやり取りの場で、初めて魔術でヒトを傷つけ、癒した。


「お顔を上げてください、師匠」

「しかし……」

「いいんです。私は大丈夫ですから」


 そう言って、私は師匠の両肩に触れて視線を合わせる。


 ――優しいだとか、可哀相だとか……もう、そういう次元の話ではなくなってしまったんだ。

 賽は投げられたという言葉もあるけれど……私は、そういう道・・・・・の一歩を、踏み出したのだから。

 なら……私が師匠に言えることは一つしかない。


「恐らく師匠には、酷なお願いになってしまうと思うのですが」

「……言ってみるといい」


 この女性ヒトは、優しい。

 それもそう、彼女は《クラスⅢ》――騎士団で言えば大隊長クラスの強さを持っている。

 それはつまり、それだけ命のやり取りをしてきているということ。

 他人の痛みを理解して、それでもなお魔術と真剣に向き合い、へ繋げようとしてくれている――。

 だからこそ、私は師匠を信じられる。お願いする事ができる。


「――私に、戦い方を教えてください」


 ……とびきり残酷で冷たい、彼女の古傷を思い起こさせる様な……この言葉を。

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