第43話 自覚する恋慕
テッドくんとエントランスへ戻ると、丁度騎士団と警備隊の人達が、眠り続けているヒューゴくんを拘束したベッドごと数人掛かりで運び出すところだった。
彼はそれを見つけるなり「行かないと」と言って階段を降りる足を速めてゆき、私は鞄に入れていたテッドくんの上着を取り出しながら引き留める。
「って、そうだ。テッドくん上着――」
「あ……すまない、持ってて貰えると助かるんだが……いいか?」
「うん、分かった。着いたら渡すね?」
「ありがとう、助かるよ」
間違いなく大仕事だし、汗もかくと思った私は、小さな約束を取り付けると、彼は早々に騎士団の先輩へ駆け寄って交代を申し出てゆく。
私も私で師匠の許へ向かわなければならないので、足早に先程の部屋へ足を向けた。
部屋へ入っても師匠の姿はなく、代わりに魔術道具の入ったトランクと、その上に乗るシーダの姿が。
「あれ……シーダ、師匠は?」
「アステル達の見送りに行ったよ~。外に居るんじゃないかな~?」
「そっか、良かった……置いて行かれちゃったのかと」
「そんなわけないよぉ~」
シーダは尻尾を振りながら私の肩へよじ登り、私はトランクを持って部屋を出れば、騎士団や警備隊の皆さんはすでに移動を始めたようで、エントランスにはカトレアとクロさんの姿だけがあり、どこか神妙な面持ちの彼らへ歩み寄ると、クロさんは珍しく困った様な表情を浮かべ、カトレアは唇に手を当てて「静かに」と暗に語っていた。
私はカトレアへ歩み寄り、こそっと耳打ちする。
「(どうしたの? 皆さん移動されたみたいだけれど……)」
「(いや~、今外に出るのはアタシらには勇気が要るというか)」
「(だよなァ……)」
「(ごめん、話が見えないのだけれど……?)」
私は小首を傾げてクロさん達を見つめると、彼は観念したように肩を落としながら窓を指差す。
一体何があったんだろう、と思って外を覗いてみれば、そこにはアオヤマ先生と師匠が隣り合って一服していた。
お互い同じ敷地内で働く教師であり、同僚という間柄なら、あれだけ親しいのは珍しい事ではないと思うけれど……。
いまいち疑問が解消されなかった私は、再びカトレア達へ振り返るも、肩に乗ったシーダがぽすぽすっと私の肩を叩く。
「(多分~もっと凄い事してたんじゃないかな~?)」
「(凄い事……あぁ……)」
そこで大まかな想像はできた。
師匠も年齢の割には恋愛に不得手とも言っていたけれど……。
「(そっかあ、アオヤマ先生とかあ……)」
親としての立場もあるけれど、いくら完璧超人な師匠だって一人の女性。惹かれる男性がいつ現れてもおかしくない。
この混迷している時期でも、幸せの蕾が芽生えたのなら……それはとても喜ばしい事だと思えた。
否定的な感情はなく、私は両手の指先を合わせながら、自然と頬がほころんでほうっと息を吐き出すと、
「(……いいなぁ)」
つい、そんな言葉が漏れてしまった。
それは決して、嫉妬などのマイナスな感情ではなく、純粋な
流石に今はこんなご時世だし、新米の魔術師にはとてもだけれど恋愛に現を抜かして気を緩めるわけにはいかない。
けれど……いつか私も、師匠の様に好きな人ができるのだろうか、という期待と不安が、その憧れの裏にある。
……だとしたら誰になるだろう? クロさん……は、まずないか。アレックスくんも……まぁ、友達ではあるけれど、そこまで親しい訳じゃないし……。
あるとしたら――テッドくん?
「~~っ!? ……―――」
先ほどの彼の言葉が本心なのだとしたら、私はなんてことをしてしまったのでしょう……。
かぁっと顔が熱くなったと思いきや、すぐさま自分の言葉を思い出して血の気が引いてゆく。
両頬に当てた手が震え出し、視線がぐるんぐるんと回る様な感覚に両手を頭に当て、その場に蹲りながら「ゔあ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙………」と羞恥やら後悔やら罪悪感とかが入り混じった脳からの悲鳴をあげた。
「(どっ、どしたのリア~?!)」
「(いや………。なんでもない、です……)」
私のあまりの奇行にシーダも見て居られなくなったのか、ついに声をあげて心配してくれる。……ごめんねシーダ、今フォローして欲しいのは私じゃなくてテッドくんの方なの……。
いやだって、考えてもみて? 彼にしてみれば、告白にも似た言葉を茶化されて、そのあと落ち着くまで抱き合って、最終的に自分の上着預けて仕事に行くんだよっ? 今の彼の心境が心配すぎる……。いや、害を加えたのは私なのだけれど……!
するとカトレアまで歩み寄って、床に膝をついて私を抱き締めて来た。
「(どうしたのよリア? 師匠取られたのがそんなにショック?)」
「かっ……カトレアぁぁああ~………」
「あらぁ……これは今晩お持ち帰りコースかしら」
彼女の豊満な胸に顔を埋めながら「どうしようどうしよう」と呟いていると、頭の上からじゅるりと舌なめずりする音が聞こえてくる。
今の私はそれにツッコミを与えられるほど強メンタルではなかったので、カトレアは一つ息をついてから私の頭を撫でて落ち着かせてくれた。
「……何かあったの? アタシらで良ければ話くらいは訊くわよ?」
「えっと、実は――」
私は顔をあげて、ぽつぽつと先ほどの件を三人に伝えると、カトレア達はみるみるうちに優しい表情から真顔へ変貌していった。
その後、クロさんはそっぽを向きながら震え出し、カトレアからは何やら温かい微笑みが送られてくる。
「そう……。リアもようやく恋する乙女になったのね……。お母さん、嬉しいわ」
「待って。カトレアは私と違って子持ちじゃないと思うの」
「今はそういう気分なの。察しなさいな」
「傍から見りゃあ、とっくに自覚してると思ってたわ。しかしまぁ……そうかぁ……あの恋愛のれの字すら知らなかったお前さんがなぁ……うん……」
「クロさんもクロさんで親戚のおじさん感出さないでくれる!?」
「そらめでたい話だからな。感慨深くもなるぜ……」
ずび、と鼻を啜る音を立てながら、震えた声で語るクロさん。……なんだろう、喉も震えてるし、演技だったらそれだけで食べて行けそうなレベルなんですけど。
少しだけ思考が冷静になったおかげか、これからについて考えられるようになってきたので、恋愛の達人(?)であるカトレア先生に尋ねてみる。
「……でもどうしよう。謝るだけじゃだめ……?」
「そうねぇ……。テッドもかなーり奥手だし、謝るよりも別の方法で示した方がいいと思うわよ?」
「でも、後付けっぽくならない……? さっきも……その、抱き着いちゃったし」
「んや、そら気にしなくても良いと思うぜ? あっちもあっちで、意識してないトコもあるしな。改めて行動されりゃ、何かしら感じる事もあんだろ」
「そういうものかなあ……?」
「男ってのはそんなもんだ。一度告られた相手だろ? 楽勝じゃねぇか。要は
「そんな一級ソルジャーみたいな事言われても……」
すると肩のシャツを少しだけ引かれて、視線を向ければシーダが目を伏せていて、
「ボクはね~リア。キミが
「……シーダ……」
とても優しい声音で言葉が紡がれ、柔らかい尻尾が私の襟足を抱き締めるように回される。
するとクロさんがふうっと息を吐いていて、襟足に手を回したままくはっと破顔した。
「こりゃ、シーダに全部持っていかれちまったな」
「クロちんより付き合いが長いもの~。これくらいは言わせて貰わないと~」
「なんだかんだ言って、この中でシーダが一番リアの保護者っぽいわね」
「むふ~っ」
胸を張って答えるシーダに、カトレアとクロさんが顔を見合わせて笑う。
……そっか。昔の私を見ていてくれたのは、クロさんだけじゃないんだ。
シーダとの思い出は、この世界にやってきて始まったものじゃない。
彼と出会ったその瞬間から、『シーダ』という使い魔は私の事を知っている。
誰も居ないはずの場所で独り言を呟いたと思っていても、そこには彼がいた。いつだって、この子は何も言わずに見守ってくれていたんだ。
言葉を交わせることが普通じゃないことは分かっているけれど……こうして、彼の気持ちを聞けて、本当によかったと思う。
私は肩に乗ったシーダを優しく抱き締めた。
「シーダ……ずっと見ていてくれて、ありがとう……っ」
「っふふ……。あの頃よりも、随分と大きくなったねえ~……
彼の手に少しだけ力が入り、彼を抱く私の手が撫でられる。
そして、どの使い魔よりも優しい彼の言葉に……私の心と体は、寂しさと嬉しさで、小さく震えるのだった。
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