第36話 後輩の告白

       ◇Side Painted◇



 陽もすっかり伸び、十九時を回った今でも、空は赤く染まり、沈んでゆく太陽が道行く人々を照らしている。

 そんな中、オレとクロウ、そして可愛い後輩であるアステル・べゴラニアは、住宅街にある、馴染みの喫茶店。そのテーブル席で、軽食を摂りながら話し込んでいた。

 いつもは穏やかであり、人当たりも良く優しい……そんな後輩が、オレ達に持ちかけた相談。

 場所を移したのも、その内容があまりにも息の詰まるものだったからだ。


 すべてを語ってくれたアステルの表情は、いつもの華やかな笑顔が嘘の様に消え去り、今はただ……心に深い傷を負った少年らしい、消沈した表情を浮かべながら俯いている。

 ……オレ自身、彼とはかれこれ十年くらいの付き合いにはなるけども……。そんな悩みがあるだなんて、思ってもみなかった。

 あまりに唐突で、それでいて衝撃的な告白。オレはただ驚いて、彼の告白を受け入れようと必死に脳を動かしている。

 そんな中、オレの親友であるクロウ・サイネリアは――


「そうか……。お前が」


 ただただ、納得した様な……それでいて、複雑な表情をしながらアステルを見つめていた。


 曰く、彼はリアの従弟であること。そして、彼女との生活に耐えられず、家から追い出してしまったこと。

 曰く、彼の行動でリアを苦しめ、挙句の果てにはこちらの世界に《彷徨人かなたびと》として転移させてしまったこと。

 曰く、彼女を追い求め、十数年を過去へ逆行する“キカイ”と呼ばれる代物を作り出すチームに参加し、見事にそれを作り上げ……過去へ戻っても、当時の彼女への再会を果たせなかったこと。

 曰く――その世界に彼女の存在はなく、途方に暮れていた時……“神”を自称する男性に出会い、彼女への再会を望み、転生を選んだこと。


 生前から《彷徨人》として転生した今もなお、アステル・べゴラニアという少年は……彼女に対しての罪悪感と、自分に対する嫌悪感と戦い続けている。それだけは、オレにも理解できた。

 ……生まれて初めて体験した、彷徨人特有の悩み。

 リアと出会った翌日、彼女の過去を浅く聞いた事もあったオレとしては……。自分の知らない彼女がいて、そして慣れない環境に放り込まれた中でも、必死に自分を馴染ませようと努力する彼女を、心の底から尊敬した。

 決して冷たいだなどと思わなかった。なぜなら、彼女は何かある度に己の中の過去を受け入れ、迷いながらも、それでも前へ進もうと抗う……そんな彼女の支えになることができたらと考えるだけで、今まで以上に活力が沸いてきたのだから。


 けれど、それはただ……リア・スノウフレークという女性の心が、非常に強固なものだったから。

 彼女の様な芯の強い心を持った若者は、きっと数える程だろう。


 だからこそ、目の前の――《彷徨人》となるその前の悩みを引き継いで現れた、オレにとっては可愛い後輩であるアステル・べゴラニアは、長年の悲願を成就する前に、足が竦んでしまったのだと思う。


「アステル……」


 オレはなんとか彼のフォローをしようと言葉を探しながら、彼の肩に手を置くと、アステルは自嘲気な笑みを浮かべ笑い返して来た。


「……すみません。折角先輩達のお時間を貰ったのに……こんなお話しかできなくて」

「いや……そんなことないさ。むしろ、オレ達に相談を持ち掛けてくれただけでも嬉しいよ」

「――まっ、テッドから見りゃあ、そういう考え方もできるわな」

「クロウ――?」


 そんな雰囲気を壊す様に、クロウはコーヒーを啜りながらはぁっと深い息を吐く。


「恐らく、お前さんは俺からも厳しい言葉を貰いたかったんだろうが……前もって謝っとくぜ、悪ぃな。お前にとっちゃあかなり心抉る言葉になりそうだ」

「はい……。覚悟はしていましたから」

「転生の前後を含めりゃ、お前さんの前からリアが消えてから数十年経つんだろう。傍から見りゃ、よくもまぁ数十年もアイツの事を想ってられんな、と思うぜ。そこは素直尊敬する。――でもな、アイツにとっちゃあ、たった数か月前の出来事なんだよ。いくらお前さんがそれまでの努力を口にしたって、アイツにとっては『それからの話』にしかならねぇ。どれだけお前さんが思い詰めても、お互いの時間が並行してなけりゃあ、その懺悔の言葉に深みは出ねぇんだ」

「……っ……」


 鋭い視線をアステルへ送りながら、平然と心を抉っていく親友に、オレは思わず身を乗り出してしまった。


「クロウ! そんな言い方ないだろうっ!?」

「テッド先輩、いいんです。それが僕の望んだことですから」

「だからって……! 今、クロウは長年の君の後悔を、痛みを……無意味だと言ったんだぞ?! それでいいのか!?」

「……こんぐれぇ言ってやらねーと、コイツの気が済まないと思ったんでな。我ながらえげつねぇとは思ってんよ。……まっ、フォローになるかどうかは分からねーけど、長年アイツの相方やってりゃ、情もうつっちまうもんでな……」


 クロウは後ろ頭を掻きむしりながら、ぽつぽつと呟いていく。


「恐らくアイツは、お前との過去を未だに乗り切ってねぇ。……それでも今、アイツは幼い子供リィンとしっかり向き合ってる。……後押しするなら、今が一番いいタイミングだと思うぜ」

「クロウ先輩……?」

「へっ……なァに。アイツの兄貴分となりゃあ、お前さんも俺の弟分みてーなもんだからな。――弟のケツの拭き残しぐらい、俺がいくらでも拭いてやっから。どーんと姉ちゃんにぶつかってこいっ」

「うわっ……!? え、っと……ありがとう、ございます……」

「おうよっ、大船に乗った気持ちで玉砕してきな!」

「砕けたら元も子もないですよね、それ!?」

「細けーこたぁ気にするなってのっ」


 そしてわしゃわしゃとアステルの頭を撫で回すクロウに、オレは内心で安堵した。

 ……そうだった。彼はそういう人間だったと……今更ながらに理解する。


 当人の行動を決して貶すだけではなく、次に歩めるよう道を指し示していく……。

 そんな奴が、オレが親友と認めた男だったな、と。

 

 オレは椅子に掛けた盾の端を握りながら、小さく安堵の息を吐くのだった。

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