第32話 子連れのハーフエルフ
「その……ごめんね、取り乱しちゃって……」
「ははっ、気にしないでくれ。歩いてればすぐに乾くさ」
ひとしきり泣いたあと、リィンの手を引いてテッドくん達とお店を出るなり、テッドくんへと頭を下げた。
彼は快く笑ってくれていたけれど、隣でお髭を撫でながらニコニコと笑顔を浮かべているオスカーさんにも謝罪する。
「オスカーさんも、御見苦しい所をお見せしてしまって……」
「お気になさらず。感情が豊かなのは善い事ですにゃあ」
「そ、そう言って頂けると……」
苦笑を浮かべて返すと、そんな様子をリィンは不思議そうに見守っており、オスカーさんは言葉を続けた。
「さて、それでは私もそろそろお暇致しますにゃ。リア嬢、週明けに改めて、街役場へお願い致しますにゃあ」
「あ……はいっ。よろしくお願いします」
彼は満足気にうなずいた後、リィンの頭をそっと撫でてから「またですにゃ~」なんて猫撫で声で優しく語り掛けてから踵を返し、街役場の方向へと戻っていく。
私達はオスカーさんを見送ると、テッドくんが話を切り替える様に「さて、と」っと声を上げた。
「リィンの面倒を一人で見るのは厳しいだろう? オレも手伝うから、何でも言ってくれ」
「あ、ありがとう……。それじゃあ、まずはお買い物かな? お洋服とか、あと雑貨も買わないと」
「それなら――」
と、声を上げるけれど……その先をテッドくんが口を噤んで、溜息交じりに両肩を下げる。
「どうしたの?」
「いやあ……恥ずかしながら、エルの店くらいしか思い当たらなくて。いけないな、もっと服装に気を遣わないといけないのは分かってるんだが……」
後ろ頭を照れくさそうに掻いて笑う彼に、私はくすりと微笑んだ。
「ふふっ、私はいいと思うよ? それだけ頼りにされてるんだって分かれば、きっとエルも喜ぶんじゃないかな?」
「それは恥ずかしいので遠慮させて頂きます。第一、君の前だと特にやりたくない……」
「え~?」
「……そういうところ、クロウにそっくりだぞ」
あぁ、ジト目で返されてしまった。そっか、あまり茶化すとクロさんみたいになっちゃうのか。
私は小さく笑いながら「ごめんね」と謝りながら、ふと思う。
そういえば、私はテッドくんの私服姿を見たことがない。カトレアもテッドくんも、武器の手入れや調整をクロさんに任せているから、何度も見た事はあると思うのだけれど……。うーん、私は仕事中の彼としか殆ど会えないから、学園の制服や騎士団のジャージ姿ばかり思い浮かぶ。
仕事人な彼のこと。お休みなのに今朝も詰め所に顔を出してお手伝いをしているから、私服はそんなにないのかも。
それがどこか可愛いというか……格好いいというか。あと私の涙でぐずぐずになったシャツも申し訳ないし……エルの所で新しいシャツを買ってあげる、っていうのもアリかもしれない。
「ママ?」
「あっ、ごめんごめん。それじゃあ行こっか」
一人でくすくすと想像しながら笑ってしまったところを、リィンが手をくいくいと引きながら意識を呼び戻してくれる。
少しむすっとしながらも口元を緩ませるテッドくんへと声を掛けたら、彼が「そうだ」と何か思いついた様にリィンへ語り掛けた。
「リィン、おんぶと肩車、どっちがいい?」
「……?」
唇に人差し指を当てながら小首を傾げるリィンに、私は前かがみになりながら笑顔で伝える。
「いいなぁリィン。テッドくんが肩車してくれるって~」
「かぁぐうま?」
「うんっ、肩車って言ってねー……」
「――あぁもう辛抱たまらんっ、うりゃっ!」
「きぁーっ?!」
「ちょっ、テッドくん!?」
肩車の説明をしようとした途端、テッドくんが我慢できなかったのかリィンの両脇に手を差し込んで肩に足を掛けると、リィンが奇声を発しながら彼の肩に落ち着く。
突然の出来事に私はあたふたしながらテッドくんにけしかけるものの、彼は「ちゃんとオレの頭掴むんだぞー」と言いながらリィンの足が落ちないように支えていた。
「やめてよもう……びっくりした」
うぅ、まだ心臓がバクバクいってる……と呟いていると、テッドくんは「ごめん。衝動的に」と笑いながら謝罪してくるので、私は溜息交じりに「絶対に落とさないでね?」と窘めておくと、彼は爽やかな笑顔を浮かべながら力強く頷いた。
「どうだリィン、高いだろー」
「んっ!」
「もう……」
まぁ、結果的にリィンも喜んでくれているからいいけれど……。
「それじゃあ、行こうか」
私は二人を見守りながら、エルが働いているブティックへと向かうのだった。
◇
大通りに連なるたくさんのお店の中に、エルの職場はある。
カーマインとピンク色という、かなり目立つ店舗テントにはお店の名前である《ペンタス》のエンブレムが刺繍されていて、その焼き印のついた木製のドアを開く。
来店を知らせるベルと共に、様々な洋服が並ぶ店内から女性のスタッフさんが「いらっしゃいませ」と華やかな笑顔でお迎えしてくれた。
「こんにちは、スノーフレークさん。珍しいわねお兄さん連れて? エルに用事?」
「あ、いえ。今日は子供服「リーア~~っ!!」を゛っ――」
買いに、と言うより先に、お店の裏にある作業場から飛び出して来たエルに勢いよく脇腹をタックルされてしまった。どうしよう、変な声が出たぁ……。
そしてがっしと肩を掴まれて、
「どーしたのリアっ!? その子は!? まさかテッドに何かされたの!? いくらハーフエルフでもたった一月だけで出産なんてこと――ないよねっ!? ねっ!?」
「やめてエル……これ以上は酔う……吐く……ぅッ」
がくがくっと激しく揺すられてグロッキーになった私を抱き抱えながら、エルはテッドくんへと冷たい視線を送る。
「お前は自分の兄を何だと思ってるんだ……」
「だっっって! テッドが抱えてるその子はどこの子!?」
そのままずいっとテッドくんへ詰め寄るエルに、私はおずおずと手を挙げた。
「わ、私の子です……」
「ほらぁー!!」
「君はどうして更にややこしくするんだっ!?」
「だっ、だって本当のことだし。ちゃんと言っておかないと、と思って……」
苦笑いを浮かべたまま私へツッコミを入れてくるテッドくんへ笑い返すと、彼は疲れた様に額に手を当てて天井を仰ぎ見た。
「(そこで天然は発揮して欲しくなかった……っ)」
「んっ、いまなんて?」
「そんな事はどうでもいいよっ! でっ、なんなのいきなり!? 恋愛のれの字も無かったリアとテッドが子連れとか、流石のあたしもびっくりだよ!?」
「どこが流石なんだ……まあ、かいつまんで説明すると――」
やれやれ顔のテッドくんが、リィンについて簡単に説明してくれる。
それを聞いていたエルは徐々に私を抱き締める力を抜いてゆき、最終的には放心状態に。
そんな私達の話を聞いていたであろう、アレックスくんと同じくらいの大柄な男性……いや、オネエさんが現れた。
「あ、ステラさん……」
「リアちゃん、いらっしゃい♪ んっふふ、ボーイフレンドにテッドちゃんを選ぶだなんて、流石はエルちゃんのお友達ね~! 見る目あるじゃない♪」
「ぼっ……?!」
「あの……オーナーさん。できれば説明中に心乱す様な事言わないでくれませんか……」
長く伸ばした金髪に小麦色の瞳。そして……熊の様に口の周りに生やしたお髭がなんとも可愛らしい。
服装も自分の体のラインに気を遣った女性らしい着こなしを心がけているうえに、この口調なものだから、あまり男性っていう認識がなかったり。
テッドくんもその時は流石に苦笑いしていたけれど、いざ私と視線が合えばくるっとターンして華麗に避けられていくぅ。
そんな彼が抱えていたリィンは「パパー?」と不思議そうに小首を傾げながら尋ねるものだから、私と彼の心中はそれはもう穏やかではなく……。両手でぺちっと顔を覆いながら(やめたげてよぉ!)と内心で叫ばざるを得なかった。
「やっ、あのっ、ちがっ……」
私もあたふたしながらそれを否定するも、「全部わかってるわよ♪」というような大人の余裕を見せつけられたら、もう何も言えなくなってしまう。
「うぅぅぅ……」
「と・に・か・く、リィン君に似合うお洋服を仕立てればいいのね?」
「は、はい……」
「可愛いのが良いのかしら? それとも、ちょっぴり格好いい方が好き?」
「どうでしょう……。その年代の男の子達に合わせて頂ければ」
「なるほどね? 分かったわ、きっちりコーデしてあげる♪」
顎に人差し指を当てながらウィンクしてくれたステラさんに、私はえっと驚いた。
「で、でも……お忙しいのではっ?」
「うふふっ、そこで遜っちゃだめよぉリアちゃん♪ エルちゃんのお友達なんだもの。オーナーとしてこれくらいはさせて頂戴な? ねっ、エルちゃん?」
「うんっ! 謙遜しちゃうのはリアの悪い癖だけど、あたしが作るって事ならオーケー?」
「うぅ……」
二人にそう言われてしまったら、断るのも申し訳なくて。
私は頭をさげながら「お願いします」と、リィンの洋服を仕立ててもらう事をお願いするのだった。
◇
それから、エルとテッドくんに付き合って貰いながら生地を選んで、その後、暫く着る服を別に購入。
その頃には陽もとっぷり暮れていて、雑貨や食材を大通りにあるお店で購入しながらエルの仕事終わりを待って、二人も迎賓館で夕食を食べる事になった。
……なった、のだけれど。
「テッドくん、いいの? 夕飯のお手伝いまでして貰っちゃって……」
夕食は自由解放されている食堂のキッチンで、私とテッドくんは隣り合って包丁片手にお野菜の皮を剥いていた。
「はは……。まさかリアが一人でクロウとカトレアの食事を作ってるとは思わなかったよ」
「二人とも身体を使うお仕事だもの、疲れて帰って来てるのに調理なんてさせられないよ」
苦笑いで返すと、テッドくんはどこか申し訳なさそうに「そうか……」と呟く。きっと、いつも食事を作って待ってくれているサミアさんが頭をよぎったのかもしれない。
「でも、テッドくんも今日は色々あったのに……」
「それはお互い様じゃないか。正直、訓練しているオレより土壇場で命のやり取りをした君の方が心配なんだ」
「あ~……」
お互いに淡々とカレーライスの具であるジャガイモの皮を剥いて、包丁の根本で器用に芽を落としながら、そんなことを言われる。
……心配してくれるのは嬉しいし、戦闘が終わったあとの恐怖は、試験を受ける時点で覚悟を決めていた。
個人的には今更の様に感じてしまうけれど、テッドくんはそういったメンタル面も気にしてくれていたのかと思うと、なんだか申し訳ない。
「……大丈夫。ごめんね、ちゃんと話して居なかったけれど、私はもう、試験の時には覚悟を決めていたから」
「えっ?」
「え?」
誤解のないように伝えると、テッドくんはキョトンとした顔で私の方を振り向いて、その手が止まる。
「あ、いや……すまない。純粋に驚いたんだ。クロウやカトレアはともかく、彷徨人の女子生徒は試験後にカウンセリングを受けていた子も居たからさ。試験という名目はあるけども、その実やっていることは殺し合いだから。初めての戦闘じゃあ興奮もあって、抵抗もなく魔物を殺せても……ふと一人になった時、精神的に参ってしまう人も多いんだ。もちろん、彷徨人の子達に限った話じゃなくて、騎士団や港湾警備隊に入った人達も多い」
「そうなんだ……」
「ただこれだけは言わせて欲しい。決してリアが冷たいヒトだとも思っていないし、色々と考えた上でリアが行動しているのをオレはよく知ってる。……まあ、正直に言わせて貰えば、君は皆が思っているよりもずっと芯が強いから、そこが個人的に心配ではあるんだけども……」
「テッドくん……?」
彼なりのフォローが徐々に早口になっていったので、私は小首を傾げながら、正面を向いて目を瞑っていた彼の顔を覗き見る。
視線が合い、テッドくんは恥ずかしそうに小さくはにかみながら、真っ直ぐな瞳でこんなことを言ってきた。
「……強いな、君は。本当に」
「そう……? 人一倍メンタルは弱いと思うけど……」
「ははっ、前にもこんなことを言ったと思うけどさ。君のその、温かい心の在り方に、オレは救われたんだよ」
恐らく先月の、テッドくんがガイウス先輩との稽古で負けたことを話しているのかもしれない。
……というかっ、あの事は掘り返さないってテッドくん言ったじゃないっ!? どうしてここで掘り返すのっ!? 言い辛いなら顔赤くする前にやめておけばいいのにっ……!
うわー……。あのトンデモナイ私の発言思い出しちゃったし……。
「……そ、その節は大変失礼しました……」
「あぁいや! ……えーっと……」
ようやく口に出来た言葉も虚しく、そこから会話に発展する事もなく……。
二人して手元のジャガイモと見つめ合うこと数十秒。
すると――
ばたんっ! と食堂の扉が勢いよく開かれる音が聞こえて、私達の視線は現れた人物に向いていた。
「あ、アオヤマ先生」
くたくたになった白衣。ネクタイは緩められ、中に着ていたホワイトシャツはぴったりと汗でくっついており、かなり急いで来た事が分かる。
お陰で息も絶え絶えで、膝に手を当て呼吸を整えていたアオヤマ先生が、私の呼び声でバッと目の前を向くと――その視線はクロさんと遊んでいたリィンに釘付けになっていた。
「……おっ……お、赤飯!!」
『はっ?』
次に口を開けば、なんだか訳の分からない事を叫び出す……。
先生も混乱しているのかもしれない。それはそうでしょう、いきなり自分の教え子が年端も行かない男の子を連れ帰って来たのだから……。
「――今晩は赤飯だなっ! よしっ、先生張り切って小豆買って来ちゃうぞっ!! カトレア上着頼むッ!」
「えっ? あ、はあ……?」
「いやいやいや待て待て落ち着けッ?! いきなり話がぶっ飛び過ぎだぜ!?」
勢いに任せて白衣をカトレアに押し付けて、ネクタイ――あ、先月私があげたやつだ……着けてくれてるんだ――をしゅるっと外してポケットに突っ込みながら食堂から踵を返すアオヤマ先生を、クロさんが慌てて引き留めた。
「第一もう飯だっつの! 赤飯なら明日だ!」
「そ、そうか……なら明日の分をッ」
「それは俺が買いに行くから心配すんな!」
「クロウもそういう話じゃなくねー!? ちょっと落ち着こ二人ともー!?」
途端に騒がしくなった食堂の入り口で、アオヤマ先生につられて混乱し始めたクロさんを宥めるエル。
そんな環から逃げ出して来たカトレアは、先生の白衣を畳んで腕に掛けながらリィンとその頭に乗ったシーダを連れて、疲れた顔で私達の許へ寄ってくる。
「ダメだわアイツら……動揺しすぎでしょ……」
「あ、あはは……。先生、あんな性格だったっけ……」
「どうせエルみたいにリアが産んだとか勘違いしてるんでしょ。物理的にあり得ないって。しっかりして欲しいわ理系教師が……」
肩をすくめて半笑いを浮かべたカトレアと、日常からは到底想像できないアオヤマ先生の動揺ぶりに、私は苦笑いを浮かべざるを得なかった。
「ははっ、いつ来てもここは賑やかで良いな。家族や同僚じゃない分、余計気兼ねが無いのかもしれないけども」
「そう、かな?」
「アタシとしては、こういう勘違いが起こりやすいのが難点なのよねー」
「カトレアも大変だな」
「まぁね。けど、テッドやリアほどじゃないでしょ。残念ながらアタシには休日に出勤したり訓練する気力も体力も無いわよ」
カトレアはキッチン前のカウンター席に腰掛けて、半身でクロさん達の騒ぎっぷりを見守る。
私はそんな彼女達に飲み物だけでも、と思ってジュースをグラスに注いで出すと、カトレアは嬉しそうに「ありがと」と言ってちびりちびりと飲み始めた。
そして何か思い出したように私へ向き直る。
「にしても、よく育てるって啖呵切れたわね? 何かリィンに思うところでもあったの?」
「まあ……うん。少しだけ、昔の私に似てると思ったから」
「……そう」
彼女には私の過去については少しだけ話しているし、私もカトレアの過去を聞いている。
だからこそ、かもしれない。カトレアは納得した様に目を伏せて微笑むと、隣の席に座ったリィンの頭をくしゃくしゃっと撫でたあと、手首を返す様にして私に指をさす。
「まっ、アタシに出来る事があれば何でも言って頂戴? あと相談も乗るから。ちゃんと言うのよ?」
「う、うんっ。頼りにさせて頂きます……」
「流石に男子の事はオレに相談して欲しいけどな……」
「いーや。テッド含めてよ? アンタ達揃いも揃って抱え込むタイプなんだし」
「「……ゴメンナサイ」」
念を押されて言われる私をフォローしてくれたテッドくんも、カトレア姐さんの前には無力だったみたい。私達は二人してカトレアに向かって軽く頭を垂れると、彼女は苦笑い交じりに
「クロウもあんな調子だけど、二人の事心配してんだから」
「クロちんはツンデレさんだからね~」
と、シーダも含めて言って来た。
……まあ、クロさんもクロさんでリィンの事を怒らず前向きに受け入れてくれてはいたけれど……。まさか心配されてたなんて。
私は未だにアオヤマ先生と騒ぎ合っているクロさんを見つめると、視線に気付いたのか、彼はふとこちらを振り返ると――
どこか恥ずかしそうな、そして楽しそうな……そんな笑顔を浮かべてくれた。
「……そっか」
改めて、今日一日の行動を振り返って……。私は自分の周りの人達に恵まれていることを認識する。
戸籍の確認や、里の人達の足取りを掴んで引き合わせてくれたオスカーさん。リィンの服を仕立ててくれた、エルの見習い先であるブティックのオーナー、ステラさん。
何より……窮地に陥ったリィンを救ってくれた銀狼、アル。彼の記憶に鍵が掛けられている事を教えてくれたルビア師匠。今後を案じてくれた後輩の、アステルくん。
そして……残酷な過去を、包み隠さず教えてくれたガルドさんと、彼を案じているであろう、里のヒト達。
これだけのヒト達が、リィンを案じてくれている。その行く先を見守ってくれている。そう思うだけで、心の中がとても温かくなった。
それが胸中では収まらなくて。手元のジャガイモと包丁をキッチン台に置いて、胸元に手を当てながら目を伏せる。
そして、さらに温かくなってゆく熱と気持ちを吐き出した。
「……テッドくん、カトレア。シーダも、本当にありがとう」
「ああ」
「いいよ~」
「どういたしまして。見返りは結婚でどう?」
「しませんっ」
「えぇ~いいじゃない減るもんじゃないし」
「減るから。色んな意味で減っちゃうから……。バツは増えそうだけど……」
「言うようになったわね……これがお母さん効果か~」
「カトレアーっ?」
作業に戻ろうとジャガイモと包丁を握った途端に言われたものだから、私は包丁を軽く振りながら笑顔で彼女の名前を呼ぶと、カトレアは軽く顔を青ざめさせながらリィンを連れて退散してしまう……。ま、待って誤解だよ!? 別にそういうつもりじゃなかったのに……っ!
私が一人でわたわたと慌てていると、隣のテッドくんが静かに語り掛けてきた。
「リア」
「うん?」
「
「――………ふふっ」
その優しい声と瞳に。なにより……恥ずかしい記憶の中に置いてきたはずのその言葉に、私は自然と笑みがこぼれる。
「な、なんで笑うんだ……」
「いーえー? テッドくんの中にも、その言葉が根付いてくれてるんだなあって」
照れながらしょんぼりと肩を下げるテッドくんに、作業を再開しながらそう言うと、彼は思い出した様に「あ」と自分の口に手を当てた。
「ふふっ、からかってるわけじゃないよ? 純粋に嬉しいもの。誰かの中で、自分の言葉が種になって芽吹くのは」
「そ、そうか……なら良いんだ」
そうしてテッドくんはジャガイモを切り終えたのか、鍋へ投入する為にジャガイモをボウルに入れて、それを手に私から離れていく。
「(……これだから……っ)」
「えっ?」
彼の独り言かもしれない。どこか我慢している様な声音を聞き取って、テッドくんの後ろ姿を見つめると……。
「……わあ……」
朝の比じゃないくらい、耳が真っ赤になっているのが判った。
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