第28話 新米騎士と新米魔術師の休息日②

「索敵頼めるか」

「了解。ちょっと待ってね……。《風精よ、その清涼たる声音を、風と共に聴かせ給う》」


 索敵魔術である【ウィンド・ヴォイス】を発動し、風の精霊が風を吹かし、周囲の木々を縫うように生き物の反応を探していく。

 少し進んだ先には、恐らくテッドくんが話していた広場だろうか。切り株のような背の低い木々が広がる空間があり、そこに五体ほどの……。


「この先の広場で、子供が狼型の魔物に囲まれてる! 急がないと――!!」

「っ!? 分かった、すぐに向かおう!」


 なりふり構っていられない状況になった。テッドくんは顔色を変えて目の前に広がる草を剣で薙ぎ払いながら走り抜ける。


「リア、他に反応はなかったか?」

「うん! 半径五百メートル圏内に大型の反応はあの子達だけだった!」

「一人で森には入らないように、とは、親から聞かされてるはずなんだけどな……!」


 流石のテッドくんも焦りを感じているようで、草を払う速度が早まっていく。その姿のお陰で、私は幾分か冷静さを取り戻すことができた。

 今の彼に盾はない。ヘイト集中スキルの《アンカーハウリング》も使用不能。

 となれば、奇襲しかない。

 辺りは一面可燃物だらけ。その状況下で、今使える最適解を考えるの、リア・スノウフレーク……!


「――テッドくん、この前アレックスくん達の模擬戦でクロさんがやったのと同じ芸当、できる?」

「煙の中で暴れ回ればいいんだな、了解だ!」

「ふふっ、正解!」


 マラソンランナーのバトンタッチと同じ様に腰のポーチからパーティーベルを二人分取り出して、片方をテッドくんに渡して鳴らす。

 すぐに設定された位置にパーティーメンバーの窓が出現し、ベルをポケットの中に入れて詠唱を開始。

 規模的には先の戦闘時よりも狭い空間。それなら魔力をセーブして、小型の火精魔術【ブレイズ・クロー】と水属性魔法である【アクアスフィア】をぶつければいい。

 ――土壇場だけれど、やるしかない!


「見えたぞ、広場だ――!」

「【アクアスフィア】。《来れ火精、灼爪纏いて――」


 テッドくんが森の広場へ続く最後の茂みを切り裂く。

 ワンテンポ遅れて、二人同時に広場へと躍り出た。


『グルッ……!?』

「――敵を裂け》」


 爆発する直前、その刹那的に見えたのは、黒髪に浅黒い肌をして、頭を抱えて丸くなった男の子と――

 まるで男の子を守るように、黒いオーラを纏った四頭の狼と対峙する、一頭の銀狼の姿だった。


 ――ドウッッッ! という水蒸気爆発が広場の中心で引き起こされ、私とテッドくんはお互いの位置を把握しながら男の子がいるであろう方向へと駆ける。

 今はリキャスト・タイム中。魔術を発動してから数秒は最詠唱ができなくなってしまう。

 それを補ってくれるはずのシーダはいない。だからこそ、私達が考えられる最善の手は――


「リアは男の子を――!」

「任せてっ!」


 テッドくんは狼達の方向へ駆け、私は男の子の許まで駆け寄る。

 視界の見えない霧の中、擦れ違いざまに狼の唸るような声が聞こえ、テッドくんの剣と交錯する音が響き渡った。


「もう大丈夫だよ。怪我はない?」

「あ、ぁ………っ」


 男の子は動揺しきった様子で私の顔を見るなり大きく顔を縦に振り、私は彼を抱えながら詠唱を再開。


「《風精よ、我が知に応じ、彼の真名を囁け》」


 追加で風精魔術、【ブレス・アナライズ】を発動して、敵の現在位置と、友好的と判断した銀狼の位置を把握する。

 銀狼は敵性の狼一頭と揉み合いになりながら戦闘を繰り広げ、テッドくんにも敵の位置が把握できたようで、2対1という状況の中、狼の攻撃を躱しながら一頭を屠った。


「ありがとう!」

『――グルァアッ!!」


 霧の中から彼の声が聞こえてきて、私は男の子を抱えながら、こちらに向かってきた狼の爪をテッドくんの居る左へ回避してさらに魔法を発動する。


「【ソーンバインド】!」


 方向転換して地を蹴った狼の後ろから荊が飛び出し、その荊は胸の辺りをとらえて締め付けた。

 慣性の法則で身体が揺れた私は、男の子から一瞬だけ手を放しながら杖の石突で狼の喉元を突き上げる。


「コフッ――」

『キャインッ!?』


 目の前の狼が脱力し、男の子を抱え直した直後、霧中から別の狼の悲鳴が響き、テッドくんがこちらへ向かってきて――


「――せいッ!!」


 霧から飛び出すと同時に、荊で締め付けた狼の首を刎ねた。

 すると、狼はどす黒い血の泡の様なものに変わってゆき、血も残さずに跡形もなく消えていく……。


「大丈夫か、二人とも!?」

「うん、こっちは大丈夫。テッドくんは?」

「ああ、問題ない」


 ふーっと息を吐いたテッドくんは、剣を振り払って鞘に納めると、未だに霧の中で戦闘を繰り広げている銀狼の方をみた。

 未だに揉み合っているせいで状況はよく分からないけれど、お互いにダメージを受けつつも、順調に敵性の狼の体力を削っている。


「加勢しよう」

「了解。霧を飛ばすね」


 テッドくんが銀狼たちの方へ駆けてゆく。私は再び索敵ついでの【ウィンド・ヴォイス】を発動して、辺り一帯の霧を吹き飛ばし、魔法を発動するために杖を前へと突き出した。

 けれど、そこで起こったのは――。


「――っと……!?」


 銀狼がマウントを取り、今まさに狼の首へ牙を突き立てる処だった。

 慌ててテッドくんは足を止め、その銀狼の姿を見る。


「――………」


 先程の狼と同じように、泡の様に消えて行く狼。その喉を噛み千切った銀狼は、ぺっとその肉を口から吐き出して、こちらを振り向いた。

 蒼と銀の毛が入り混じったその銀狼は、その場に佇み、鳶色の瞳は私の服をぎゅっと握りしめた男の子にだけ注がれている。

 テッドくんは銀狼へゆっくりと歩み寄り、片膝を突いて頭を下げた。


「ありがとう。君のお陰で、あの子を守ることができた」

「………」


 その言葉に銀狼は耳を傾けたのか、テッドくんを一瞥したあと、私と男の子の許まで歩み寄り……

 そして、私の前で停まり……座りながらゆっくりと目を閉じ、頭を下げた。


「え、えーっと……?」

「……ぅ」


 ずっと私の服を掴んでいた男の子は、掠れた声を上げながら服から手を放し、銀狼の首元を撫でて、私を見上げる。


「……うん。そうだね」


 せめてお礼はしないと。視線だけでなんとなく男の子と意思疎通ができてしまった私は、頷きながら銀狼へと向き直った。


「私からも、ありがとう。お陰でこの子は無事だよ」

「―――」


 銀狼の頭に手を伸ばして撫でてあげると……。

 銀狼は穏やかな吐息を漏らして、その場に伏せった。


『――誓約は此処に果たされた。感謝する、異界を彷徨うヒトの子よ』

「うぇっ!?」


 びくっと肩が震えて、私は思わず銀狼から手を放してしまう。

 きろっと瞼を持ち上げて、私の方を見つめた銀狼が……さらに、喋った。


『我が名は――――――――。………』


 名乗った言葉は、まるで靄が掛かった様に濁り、空気に溶けて消えてしまう。

 それが彼には堪えたのかもしれない。眉根を寄せながら溜息を吐く。


『……ふむ。やはりこの名は名乗れぬか。まぁよい、我が名はアル。仮初の名である事を、どうか赦して欲しい――』


 アルと名乗った銀狼との対面。そして私から放れない男の子との出会い。

 この一頭と一人の出会いが、これから先、私にどう影響していくのか。

 戸惑いながらも、歩み寄ってくれたテッドくんの瞳を見つめながら……私は彼へと頷くのだった。

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