第27話 新米騎士と新米魔術師の休息日①
郊外の森はこの街の西部……騎士団と歓楽街に分かれた道を真っ直ぐに進んで、魔獣対策用の分厚い壁をくぐった先にある。
シーダはクロさんの様子を見ておく、ということで迎賓館で待機ということになり、私は一人、森へと向かっていた。
その道中、騎士団の詰め所前に数台の馬車が停まっていたので不思議に思いながら歩いていると、後列の荷馬車の間から、重そうな木箱を持った、学園の制服を着込んだテッドくんが顔を出した。
「あ、テッドくん」
「はは、おはようリア。森に行くのか?」
「うん。近場だから、そんなに長居はしないつもり」
「そうか……。オレも行きたいけど、まだ仕事が」
テッドくんは苦笑を浮かべながら、その木箱を荷馬車に乗り込んでいた浅黒い肌をした、どこか見覚えのある先輩に手渡すと、片頬を掻く。
お休み返上で働いているとは知ってたけど……。まさかこんな朝から重労働とは。
私はぱちっとテッドくんへ控え目に合掌して、「いつもご苦労様です」と言うと、軽く笑われてしまう。
「テッドくんもどこかに行くの?」
「いや、別隊の先輩達が近くの村まで遠征に。オレ達は待機さ」
「そうなんだ……」
「せめて準備だけでも手伝わせて貰いたくてさ、先輩に無茶聞いて貰ったんだ」
ですよね、とテッドくんは荷馬車から降りてきた先輩に話を振ると、焦げ茶色の髪をした先輩は目を伏せながらテッドくんへ笑いかけた。
「俺は詰める日だから問題ないが、お前は少し働きすぎだ。オーバーワークは身体に響くぞ」
「はは……すみません、先輩」
「だが、むしろこうして助かっている処もあるから、一概には言えないがな。分隊長としては、非番の日はせめてしっかりと休息を取ってもらいたいのだが」
「えっと……」
テッドくんとの砕けた会話から、彼の上司だというのは察せたけれど……。それだけじゃないような……。
――あ。
「貴方は朝練にいた……」
「ああ、名乗るのが遅くなってすまない。――ブレイシア騎士団第四分隊所属、ガイウス・エメルダスだ。君の噂はよく聞いている」
エメルダスさんから差し出された右手を、私は一礼しながらその手を取る。
「リア・スノウフレークと申します。テッドくんにはいつもお世話に……」
「いやなに。君への伝令役を任せたのも我々だからな。……それに、彼も満更でもなさそうだ」
「ガイウス先輩?! そんな事言わないでくださいよ!? 自分がサボるの大好きみたいじゃないですかッ!」
「お前が必要以上に職務を全うしているのは彼女も既知の事だろう?」
「むしろ、友人としてはその熱心さが心配になる事もありますけどね……?」
「リ、リアまで……」
私とエメルダス先輩は少し悪戯気にテッドくんをからかうと、彼はがっくりと項垂れてしまい、私は思わず小さく笑うと、テッドくんは恨めし気に顔を上げて私を軽く睨んできた。
「……それを言うなら、君だって殆ど休みなしで働いているじゃないか。聴いたぞ、自由行動日でもルビア先生の所で勉強してるって」
「え゛っ、うそっ? 誰に……?」
「それは言えないな。けど、その反応なら確かな情報なんじゃないか?」
「むぐ……」
なんということでしょう。私のプライベートが、とある情報筋によって筒抜けでした……。
これ以上反応を見られたくなくて、私は両手を眼鏡の下から通して顔を覆いつつ、指の間を開いて半眼で彼を見る。
一体誰だろう。とそんな私を見て笑うテッドくんを見つめながら考えていると、背後に気配が。
「誰と話しているのかと思えば……珍しい組み合わせだな」
「アレックスくん、おはよう」
「ああ」
振り返れば、熊さんの様な体格をした同級生、アレックス・グレゴリーくんが両脇に大きな荷物を抱えて立っていた。
挨拶をすると、彼は渋く微笑を浮かべながら頷いてくれる。
「今日も、採取か?」
「うん。錬金術の素材が足りなくなっちゃって」
「……使い魔はどうした? 一人か?」
「あはは、ワケあって今日は別行動です」
「そうか。残念だ」
「また今度ね?」
「それは楽しみだな」
一瞬だけしゅんと寂しそうに肩を下げた彼だったけれど、すぐに持ち直す。
私は微笑交じりに返していると、テッドくんが呆然とした表情を浮かべていた。
「……い、いつの間に……」
「テッドくんは知らないかもしれないけれど、採取に行くときはここを通るから。結構声かけてくれるんだ。ね?」
「ああ」
「俺達も大概ではあるが……。テッド?」
「ええ……。この組み合わせはまず
「えっ……?」
「む?」
「違う、そうじゃない」
冷静に諫めようと務めるエメルダス先輩を無視して、テッドくんはこの上ないほど
「ひぇっ」
彼のあまりの迫力に圧されて、私は思わず肩を竦めてしまった。
アレックスくんは平然としているけれど……その、大丈夫なの? 心臓とか私キュッてなったよ……?
「アレックス。言っておくが、リアはオレ達のメンバーだからな? そこは忘れないで貰いたい」
「わっ……?」
縮こまっている私の肩をテッドくんに引き寄せられて、アレックスくんから距離を取らされる。
困った様に眉根を寄せてエメルダス先輩を見るけれど、彼もため息交じりに目を伏せて肩を竦めるだけ。
アレックスくんはやれやれ顔で顔を横に振ったあと、溜息交じりにテッドくんへと語りかけた。
「……そんな事を気にしているのか。安心しろ、別に彼女を引き込もうとは思っていない」
「だが――」
「他でもない、幼馴染が初めてマトモに交友している異性だろう。
「っ……!?」
あ。それは今言ったらまずいやつなんじゃ……。というか、異性の友人ならカトレアもいるよっ?
私の肩を掴んだ手がぶるぶると震え出して、テッドくんの顔を見上げれば……おおぅ……どこぞのハヤシライスソースのパッケージみたいに真っ赤っか。
「あの、そのお話はこのあたりでっ!!」
これ以上彼の精神的ライフを削ってはいけない。そう思った私は珍しく声を張った。
すると冷静になってくれたのか、アレックスくんもごほっ、とひとつ咳払いをして話を締める事に協力してくれる。
「――そうだな。すまない、本人の前で言う事ではなかったか」
「そこがアレックスの良いところではあるのだが……まあ、なんだ。流石に今のは……失言、だったか? スノウフレーク?」
「(………ごめん無理。すまない……っ)」
「わっ、私としては嬉しい限りですが……! その、テッドくんの顔がもう完熟トマトみたいに真っ赤になってしまっているので。これ以上ダメージを与えないであげてください……」
私から手を放してその場に蹲り、両手で顔を抱え込んでしまうテッドくんを見て、私はフォローすることに専念する。
そういえば、彼の騎士を目指して直向きに頑張る姿は誰もが認める処だけれど……異性との交友関係は苦手、って言ってたっけ。
エメルダス先輩を見上げると、「これはもうどうしようもない」と言う様に再び肩を竦めたあと、私に耳打ちした。
「(スノウフレーク。すまないが、君の採取に彼を同行させてやってくれないか)」
「(えぇっ……? いやでも、遠征の準備があるんじゃ……)」
「(その辺りは心配する事はない。彼は今日は非番だ。正直、テッドにとってはこのまま俺達と仕事をするのは気まずいだろうと思ってな。彼の精神衛生上よくないと判断した)」
その目はまさに同情の視線であり、アレックスくんを見れば申し訳なさそうに眉根を寄せて軽く頷いてくれる。
「(……分かりました。それじゃあ、暫くお借りしますね?)」
「(すまないな。よろしく頼む)」
「(いえ。私としても、彼もたまにはゆっくりして欲しいと思っていたので)」
三人で頷き合い、私は首筋まで真っ赤にした状態で蹲っているテッドくんへと向き直り、その場にしゃがんでから、そっと声を掛けた。
「ねぇテッドくん」
「……すまない。今は目を見て話せる状態じゃない……」
「うん、知ってる。だから今のうちに言わせてもらうね?」
流石に自分から、というのも恥ずかしくて。目を合わせながら言えばもう一日は悶え苦しんでしまいそうな……。でも、一度は口にしてみたい単語。
「私とデートしよっか?」
「――へぁ?」
その顔が上がる。若葉色の瞳はお月様みたいに真ん丸に開かれて、口元はちくわでも入りそうなくらいに広がっていた。
きっと、私からデートのお誘いなんてされるとは思っていなかったんだと思う。かくいう私だって、スラッとその単語が出たことに驚いているくらい。
けれど、思い返せば思い返すほど、テッドくんには私にとって、同性でも、異性でも関係なく、恥ずかしくて言えない言葉ばかり聞いて貰っている気がする。
だからかな……。なんというか、私の過去を知っているクロさんじゃない、テッドくんだからこそ……言えるんじゃないかってくらい。
「まぁ、いいからいいから」
「ちょっ、リ、リア……?!」
呆然としたままの彼の手を握って立ち上がらせて、森へと向かっていく。
エメルダス先輩達に半身だけ振り返って小さく頷けば、二人は優しい目をしながら送り出してくれる。
思ったよりもすんなりと、激しい心音が耳まで聞こえてくる中で、それを隠して行動に移せた事に自分が一番びっくりするのだった。
その後、アレックスくんに「耳が真っ赤になっていた」と、少しからかわれたのは言うまでもない。
◇
街道から逸れ、顔を見上げれば生い茂った木々の合間から、ブレイシアの城壁のにある鋸壁が視界の端っこに映るところで、私は半刻ほど目的の薬草や木の実などを採取していた。
ちら、と所在なさげに私の後ろを付いてきてくれているテッドくんへと声をかける。
「ふふっ、少しは落ち着いた?」
「あぁ……。その、さっきはフォローありがとう。助かったよ」
「ううん。あれは流石に直球すぎたよね、私も何秒か固まっちゃった」
背を低い私でも、手を伸ばせば採る事の出来る木の実を小枝からもぎつつ苦笑を浮かべると、テッドくんも申し訳なさそうに笑いながら頷いた。
「リアはよくこのルートを使ってるのか? 道も慣らされてるし」
「普段はもう少し奥まった所かな。この辺りは子供達も遊びでよく通るルートだから、ある程度道ができてるの。……流石にアレックスくんが通るにしては、狭すぎるかもしれないけど」
「ははっ、今じゃあ片足しか収まらないだろうな」
「頭上も注意かなぁ」
お互いに悪戯気な笑みを浮かべ合い、顔を見合わせれば、思わず笑えてしまう。ちょっとした悪口ではあるけれど、少しでも彼の留飲が下がったらいいと思う。ごめんね、アレックスくん。
内心で謝罪しながら次の木の実を積んでいると、「そうだ」とテッドくんが声を上げた。
「この先にちょっとした広場があるはずなんだ。良ければ小休憩ついでに寄ってみないか?」
「へぇ、テッドくんもこのあたり詳しいんだ?」
「小さい頃の話だよ。随分と行ってないからどうなっているかは、着いてみないと分からないんだけどさ」
照れくさそうに片頬を掻いたテッドくん。ふむ、この街の子供達がよく通っている、ってことは、テッドくん達の年代からも使われているルートなのかもしれない。
というか、ショタテッドくん、だとぅ? よく擦れ違う子達くらいの身長のテッドくんかぁ……。お母さんのサミアさんも溺愛しているみたいだし、可愛かったんだろうなぁ。エルやアレックスくんとの昔話も、私、気になります!
「それなら行ってみよっか。ひょっとしたら子供達もそこで遊んでるかもしれないし」
「はは、それは嬉しいな。――それじゃあ付いてきてくれ。案内するよ」
「うんっ」
テッドくんはそう言って、ショートカットなのか生い茂った草を掻き分けて道を作りながら進んで行き、その後ろを私は追い始める。
「そういえば、テッドくん達の家って凄く豪華だけど……お父さんは何をされてる方なの?」
「父さん……? 普通の市長だよ。だから、先月君達が現れた時にオレとエルが案内をしたわけさ」
「普通の市長って。それは普通じゃないと思うよ……?!」
ぎょっとしてテッドくんの背中を見つめた私へと、テッドくんは草を踏みしめながら笑った。
「っはは、そうは言われても、別に気取ってるワケでもないしさ。普通に同僚と飲んで潰れて帰ってくることもあるし。……ただ、皆に認められて立場が変わっても尚、変わらずに自分の持つ腕を振るえる所は見習いたいところではある、かな」
「いいお父さんなんだね? テッドくんの話聞いてるだけで、オヤジの背中を見よっ! って感じするもの」
「はははっ! 流石にそんな大層な父親像は抱いてないと思うぞ? リアのお父さんはどんな人だったんだ?」
「え、私の?」
軽く顔だけ振り返ったテッドくんにそんな質問をされてしまい、私は少しだけ立ち止まるけれど、進んで行く彼の背中を追ってゆく。
どんな人だったっけ、なんて薄情なわけではないけれど、なにせ小学校中学年の頃に別れてしまったから……家族の思い出や、普段のお父さんの印象でしか語れない。
「んー……。言葉少なげ、だったかなあ。でも、遊ぶときはよく一緒に遊んでくれたり、私の話が分からない時は色々調べて理解するように務めてくれてたよ?」
「へぇ、意外だな」
「どういうことー?」
「いや、オレの家みたいに娘を溺愛しているものだとばかり。他の家のお父さんなんて言ったら、アレックスや男友達のおじさんくらいしか知らないからさ」
「なるほどね。親バカじゃあなかったかなぁ。二人とも仕事人だったし」
亡くなったのも仕事の出張に行く途中の事故だったから、割り切れた今ならあの二人らしいと言えばらしいと思える。
できる事なら、いつになってでもいい。元の世界に帰ることができた時、二人のお墓参りにいきたいと、前向きに考えることができていた。
「仕事人かぁ。その様子だと、二人とも職人気質なんだな」
「まぁ、そうだね。一辺倒ーってわけじゃないけれど、それなりに自分の仕事に誇りを持ってる人達ではあったと思う」
「はは、母さんには耳の痛い話だな」
「サミアさんは主婦なんだっけ。いいじゃない、家を守るお母さんって大切だと思うよ? 家族の帰りを家でずっと待つのって大変なんだから」
悲しかな、元引き籠りだからこそ分かるその重要さ。両親の帰りを今か今かと待ちながら、一人で家事をする事の大変さは、経験してみないと分からないものがある。
例えば、夕飯の食材を買ってきてくれるのを待とうとすれば、その間に洗濯物を取り込んだり、アイロンを掛けたり、朝食や昼食で使った食器をまとめて洗ったりなどなど。
……いや、大人になれば慣れているの一言で済むけれど、当時の私、小四ですよっ? 組み立て式のアイロン台だった頃なんて組み上げるまでに二回くらい足を挟まれたことあったし。
「まあ、オレだったらヤキモキして素振りでもしそうだな……。居ても立っても居られないっていうのは、こういうことなのかな」
「そうだよー。私だったら読書とかで暇をつぶせるけれど、身体を動かす人って大抵外に出て「おかえり」って言えなくなっちゃうんだから」
「帰りに本でも買っていこう。そうします」
「ふふっ、よろしい」
そんなまとまりのない会話を繰り広げていると、風が吹いて木の葉がこすれ合う音が聞こえてくる。
街の湿度よりも木がある分、割と湿気の少ないこの森には、心地よい風が吹いていた。
私は目を閉じてその冷気を身体で感じとり、濃い緑の香りを楽しもうと息を吸い込むと――
「――リア」
「うん。もう臨戦態勢」
ひょっとしたら、テッドくんも同じだったのかもしれない。彼の腕が私の前に伸びて、私は動いた足をその場に落ち着かせた。
彼は腰の剣帯に提げられた鞘から剣を抜き、私はポーチから銀鍍金の杖を取り出す。
穏やかな雰囲気が一瞬にして張り詰めた空気に切り替わり、テッドくんは声音を抑えながら口を開く。
「やっぱり、オレの勘違いじゃなかったみたいだな」
「私も感じた。鉄の――ううん、
杖を握る私の手に力が籠り、その香りがした方向へと、私達は鋭い視線を向けるのだった。
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