第25話 初めてのボス戦

「今、何時だ?」


 松明が煌々と辺りを照らす学園地下ダンジョン。遺跡の様な空間の中に、古めかしい石壁へと身体を預けていたクロさんの呟きが静かに響き渡る。


「……10時過ぎ、といったところか」


 崩れた石ブロックの上に腰かけ、腰元に括りつけていた懐中時計を確認したテッドくんが重々しく口を開く。

 ダンジョン突入からおよそ二時間。開始から一時間ほどで、ボスエリア直前の合流ポイントにたどり着いた私達だったけれど、重要な他のパーティーが一向に現れない。

 床に座っていたエルは暇そうに自分の剣の手入れをしていて、シーダはその隣で、私が持ってきていたおやつを口いっぱいに頬張ってもぐもぐと咀嚼していた。

 私もテッドくんの近くにあった石ブロックに腰かけて、今回のダンジョンで得た情報を整理している。


 まず、戦闘経験値。これはパーティーを組んでいれば獲得経験値が共有される。けれど、戦闘時に於けるその魔物を討伐した際の手数でも経験値は入るみたいで、手数の少ない私は皆よりも少しだけ成長速度が遅い、という結果になった。

 あとは……その。出てくる魔物について。

 半固形型の「スライム」や「トグ」と呼ばれるスライム以上に液体化し、その液体から針を形成することで相手を攻撃するタイプの魔物については私とエルは対処することができたけれど……。

 問題は、「プリュム」。この領域、《イーストプリュム》にのみ生態している魔物で、丸々っとした愛らしい姿。クリクリとしたつぶらな瞳。そして頭の上から二本の双葉が生えたその魔物は……その、女性としては「可愛すぎて手が出し辛い魔物」だった。

 まさしく、強敵。女性のストライクゾーンをあんな形で埋めて攻撃してくる魔物……恐ろしい。

 攻撃方法は頭の双葉を伸ばして鞭のように引っ叩いてくるだけだから、その双葉がテッドくんに容赦なく切られた時のあの泣きそうに潤んだ瞳はもう……

 目を逸らすしかない。

 なので、私とエルの二人は完全に戦力外。こればかりはクロさんとシーダにも呆れられてしまった。


 閑話休題。次に負傷時における立ち直りについて。

 最前線で戦うテッドくんは予想通り、訓練もしているからか体勢を崩した所からの立ち直りがかなり早く、クロさんも同等レベル。やっぱり男の子って違うなと実感する。

 予想外だったのはエルで、攻撃を受けてももうそのまま相手へ斬りかかってしまうタイプだった。なんというか、肉を立たせて骨を断つを地で行く感じ。

 一方で私は、頼れる前衛が居るのもあって、後衛という事から攻撃が飛んでくることは一切なかった……。

 いや、できればノーダメージで行きたいけれど。決してマゾじゃないんだから。


 最後に、レベル。

 開始早々に経験値スクロールを使用したお陰で、私達のレベルは4まで上昇しており、あと1レベルで現在鞄に入れてある5レベル用の装備の効果がアンロックされる。

 恐らく、次のボス戦で上がることは間違いないと思う。


「……よし」


 私は目を伏せて、杖を支えに立ち上がると、それぞれが顔を上げた。

 眼鏡の渕を持ち上げれば、エルが嬉々として剣を鞘に納めながら立ち上がる。


「――時間、だね?」

「うん。予定通り、私達でこの先のボスを撃破します」


 私は重々しい石で出来上がった大き目の扉へと手を添えた。

 すると、隣から鉄製のガントレットを纏った腕が伸びてきて、私と同じように反対側の扉へと手を添える。

 見れば、そこにはテッドくんがいる。

 真剣だけれど、そこには笑顔があって。

 大丈夫、と。その目を見れば、全てが分かる。


「勝とう、リア」

「――うん!」


 口を開いて、それを言葉にしたテッドくんに大きく頷きながら、私達はその石壁を押し開いた。

 その扉が開かれると同時、真っ暗だったその先の空間に松明の炎が灯り、奥には一体のスライムが座している。

 雫状にも拘わらず、その姿は大きく、今まで戦ってきたスライムよりも一回りも、二回りも大きい。


「メガスライムか……厄介だな」


 スライムの倒し方は、身体を形成するために蓄えた水分を纏めた薄い表皮――袋を斬り裂くか、魔法で穴を空け、体内の水分を外へ排出させることで徐々に小さくしていく。

 そして、心臓部である『核』を破壊できれば、討伐完了。

 問題なのは、その規格外な大きさ。袋はスライム特有の再生能力で修復されて行くため、攻撃を受け、または回避しながら斬り続ける必要がある。


「エルは回避しつつ攻撃、クロさんは援護。できれば攻撃寄りに」

「分かった!」

「おうよ!」

「テッドくん、《アンカーハウリング》の効果時間は覚えておいて。クールタイムと再使用のタイミングは私が指示します」

「了解だ」

「それじゃあ、行くよシーダ!」

「りょ~かい~!」


 それぞれが戦闘態勢に入り、私は右手をメガスライムへと向ける。


『《風精よ、我が知に応じ、彼の真名を囁け》』


 閉鎖された空間にそよ風が吹き抜け、メガスライムの頭上にHPバーが出現する。

 するとのっそりとした動きで私達へ魔物――いや、“魔獣”が振り返った。

 水袋の様な出で立ち。その中心には赤い核が明滅して、闖入者を撃退しようとその水袋から触手が何本も飛び出してくる。


「――スタート!!」

「《来れ火精、灼爪纏いて――」


 私の掛け声と同時、三人が跳ねる様にメガスライム目掛けて駆け出した。


『――敵を裂け》』


 シーダの代理詠唱と共に火精魔術【ブレイズ・クロー】を発動し、三人の進行方向へ迫った触手の数本を斬り裂き、そこから水飛沫が舞う。

 着弾を確認するよりも先に、私はエルの居る左前方へと走りながら、次の魔術の詠唱を開始する。


「《風精よ、追い風となりて、彼の者達に力を》」

「――サンクス!」

「ありがとう!」

「ありがとー!!」


 移動速度上昇を効果のある風精魔術、【インクリーク・スピード】。前回の対人戦で使用した白魔【フィジカル・プロテクション】と同様、パーティーメンバーに付与するバフを発動する。

 更に加速した三人は襲い掛かる触手を次々と斬り裂き、弾丸で穴を空けながら処理し、更に本体へ接近していく。

 テッドくんは攻撃を受けながらのカウンターで。エルは軽快なステップで擦れ違いざまに触手を斬り裂き、クロさんは回避しながら後方へ回った標的を撃ち抜き、唯一の飛び道具である銃の利点を生かして本体を攻撃し、次の触手が生えてきそうな場所へ牽制を行っていた。


「――【ソーンバインド】ッ!」


 まずはクロさんの援護。地属性魔法【ソーンバインド】を発動させ、地点発動型で設置した魔法陣の中から太い荊が飛び出し、メガスライムの本体を拘束する。

 ぶちぶちと面白いくらいに棘が本体へ突き刺さり、圧が掛かったのか触手が根本から破裂した。

 一瞬だけ立ち止まり、鞄からマナ・ミドルポーションの小瓶を取り出す。


「テッドくん!」

「ああッ! 《アンカー・ハウリング》!!」


 テッドくんが持つ、ソードマンクラスでも一際強い効果のあるヘイト技、《アンカーハウリング》を発動さえ、私の脳内でのタイマーをスタートさせ、取り出したポーションを一気に煽った。


「はぁああああっ!!」


 ターゲットが安定し、左からエルが攻撃を仕掛け、切り上げ、切り下げから身体を捩じって横へ一閃。

 ソードマンの剣スキル、《デュアルスラッシュ》を発動させた後、無理矢理身体を捩って一太刀を与えたエルへと攻撃に反応して襲い掛かった触手が伸びる。

 対角線上にいるクロさんじゃ間に合わない……!!


「……っ!」


 エルは衝撃に備える様にバックステップを行いながら剣を前に出しカウンターの姿勢を取る。


「――【ウィンドエッジ】!!」

「《光精よ、我が守り手に、――」

「――おおおおおッ……!!」

『――守護の導きを》』


 けれど、ヘイトを管理していたテッドくんがエルの前へ飛び出し、腰で溜めを作り、盾を構え、ギリギリでカットインすることのできた【フィジカル・プロテクション】も相まってその触手を勢い良く弾き上げた。

 そして私の風属性魔法による風の刃でその触手を斬り裂く事で難は逃れ、二人は呼吸を合わせながら彼の盾にエルが蹴りを入れていく。


「突っ込むよテッド!」

「任せろ――!」


 それは、兄妹の阿吽の呼吸なんだと思う。

 お互いに【インクリーク・スピード】の効果時間内。それもテッドくんには【フィジカル・プロテクション】が付与されている。


「――《地精よ、彼の剣に、鋭利たる意志を》」


 エルは突っ込む気だ。そう思った私は、エルへと攻撃力を上昇させる地精魔術、【シャープネス】をすかさず付与。

 まるでバッターがボールを打って飛ばす様な勢いで、テッドくんが盾に乗ったエルを弾き飛ばした。


「俺を忘れてくれんなよ、っと――!!」


 彼女を迎撃する為なのか、表皮が蠢き、波を立たせ触手の先が現れた所を、反対側から現れたクロさんが潰していく。


「これで――決めるッ!!」


 剣スキルの中でも唯一の突進技、《ペネイトレイト》を発動したエルは、切っ先に淡い黄金色の光を纏わせながらメガスライムの核を表皮ごと貫き、反対側へと貫通したエルによって、メガスライムの身体はまるで水風船の様に破裂した。

 辺り一帯に雨の様に水が降り注ぎ、特に本体を貫通したエルはずぶ濡れになっている。

 着地して剣を収めた彼女は、幽霊の様に少しだけ腕を持ち上げながら、ゆっくりと振り返った。


「ぶえぇぇ~っ気持ち悪~い……ぬるい~っ! もっと冷たいのがよかったー!!」


 心底気持ち悪そうな顔をしたエルは、ぎゃいぎゃいと騒ぎながら涙目で暴れだす。


「……ぶっ、っははははっ!!」

「くっ……っくく、っはははは!!」

「ふふふっ……エル、びしょびしょになったわんちゃんみたい……!」


 全員がびしょ濡れになったまま、4人でボスを倒せたという実感と喜びが入り混じり、暫くその場には笑い声が響いていた。


 こんな攻略があってもいいのかもしれない。ゲームでは得られない、リアルな感触と実感。そして何より、『自分自身が成し遂げた』という、達成感。

 ゲームならボスを倒してはい、さようならとなるけれど、ここじゃあそんな事は一切なくて。

 ボスを倒しても、その先がある。明日がある。付き合っていく仲間がある。


「リーアーッ! タオルちょーだーい!」

「はいはい、おいで? 髪拭いてあげる」

「あ~っ、いいなぁ~」

「シーダも入りなよ! あたしが拭いてあげるっ!」

「やったぁ~」


 私がエルの頭を鞄から取り出したタオルで拭いて、その端でシーダを拭くエル。

 この場に居る皆が、その時だけは事件のことなんて忘れてしまっていた。

 今はただ、喜びを分かち合う年相応の若者の姿だけ。

 そんな私達の表情を、ボスエリアの扉の前で佇んでいたイビルアイとフェンリルは、嬉しそうに翼や尻尾を振りながら、静かに見守っていた……。



       ◇



「それでは、全員の無事を祝って――」

『かんぱ――い!!』


 結局、あれから特に変わったことはなく、定期試験は無事に終了した。

 私達のパーティーに合流するはずだった組は、どうやらフェンリルの手が出た所で途中棄権。開始地点に戻ってルビア先生に救護、そして反省点を話し合っていたらしい。

 ……どの道来なかった仲間だった、という呆気もない終わり方に、私やテッドくんの肩の力が完全に抜けてしまった。

 そんな一幕もあって、装備を学園のロッカーに入れて(私達は図書館の準備室に置いてきた)、学生食堂に全員集合。そこで祝勝会が始まった。

 びしょ濡れになった人はシャワーを浴びてジャージ姿だったけれど、私達の場合は火精魔術の【フレア・コンディショニング】を使ったことで乾かしている。まったく、魔術は最高だぜっ!


「――ふうっ……」

「あははっ! お疲れ様~リア~」


 普段は閉鎖されている二階の歓談席も今日ばかりは解放されていて、私とエル、カトレア、シーダの三人と一匹はそこで昼食を摂っていた。

 一階のホールにはテッドくんとクロさんの姿があり、ノンアルコールのシャンパンを激しく振った男子たちが栓を抜いて盛大に騒いでいる。

 今日は私達の学年の貸し切りになっているみたいだからできる事で、皆楽しそう。

 疲れていても気さくに話しかけてくれるエルに、私も「お疲れ様ー」と返すと、そのままテーブルに腕を組んで顔半分を埋めた。


「何事もなく終わって本当によかったわねぇ……本当に」


 歓談席の柱に身体を預けながら腕を組み、シャンパンを口にしたカトレアはしみじみそう語る。


「そうだね……」


 エルには語られていないあの件。私達は自然な形でやり取りをして、安堵の息を吐く。

 でも、此処でないのなら、いつかきっと……その時がやってくるという事。

 何を目的としているのか、この件が終わってしまったことで、より一層分からなくなってしまった。

 早く出てきてくれれば良かったものを、と思うけれど、その対処が私達だけでできたかどうかと思えば……難しいだろう。

 いずれにしても、今後も気を引き締めて行かなければ、いつか足元を掬われてしまう気がする。

 私とカトレアは視線を合わせてお互いに頷き合った。


「二人とも緊張し過ぎだよぉ。別にホントに危険な魔物いなかったじゃーん」


 もくもくとテーブルに持ってきた山盛りの料理を食べながら笑うエルに、毒気を抜かれてしまう。

 せめて大切な友達であるこの子の笑顔だけは、曇らせない様にしないと。

 私は改めて心にそう誓った。


「相変わらず食べるわねぇ、アンタは」

「むっふっふー! 今日は無礼講だからね! テッドの目もないし! 限界まで食べるよー!!」

「わぁ~お……」


 呆れた様に笑うカトレアに胸を張ったエル。そしてそんな彼女を感心しながら目を見開いたシーダを眺めていると。


『なんだ、ここに居たのか』

「あ……ルビア先生」


 今回の試験監督であるルビア先生が現れた。

 私は椅子に座り直して一礼すると、彼女は手でそれを制して私の隣の席へと腰かける。


「今回の試験だが……なかなか大きく出たものだな、リア」

「あ、あはは……。時間もなかったので、四人で行ってしまおうかと。でも、踏破できたのは皆のお陰です」

「フフ……謙遜もいいが、少しは自分の事を持ち上げてもいいんだぞ? それに悪くない考えだ。来ない相手を待っても意味がないからな」

「……あ、ありがとうございます……」


 さらさらと優しく髪を撫でられた私はその場に縮こまれば、シーダとエルにからかわれる。


「もうっ! いいでしょう褒められた経験少ないんだからっ」

「だってぇ、リアの照れた顔もっと見たいしぃ! 耳触ちゃうぞ~良いではないか、良いではないか~っ!!」

「ひぁっ……!? だ、から……耳はやめてぇぇぇっ!!」


 エルに抱き着かれて、耳をくりくりと軽く曲げられたり、はむはむされた私は珍しく叫んでしまった。


「フフッ、仲が良い事はいいことだぞ、リア?」

「先生は止めてくださいっ……! カトレアー! カトレアは!?」

「彼女なら飲み物を取りに行ったぞ?」

「誰か助けてぇぇぇ……」


 彼女に弄られる感覚になんとか慣れてきた私だったけれど、エルの口から爆弾が投下される。


「――あれっ? リア、こんなアクセサリ着けてたっけ?」

「えっ? ああ、それはこの間クロさんに――ハッ」


 バッ! と右耳を隠しながらエルから距離を取るけれど、時すでに遅し。


「ふーん、へぇぇ~え♪ クロウとねぇ~?」

「ほほう……これは女子会案件だな?」


 二人を見れば顎に手をやってニヤニヤと悪戯気な笑みを浮かべるルビア先生と、目を細めながらもキラキラと瞳を輝かせ、ニンマリと口を笑わせたエルがいた。


「やっ、あのっ、これっ、ちがっ、あがががが……っ!!」

「それを貰うまでの過程を詳しく!!」

「リアも大きくなったものだな……。友人から宝石をプレゼントされるとは」


 エルに手を抱き締められ、ルビア先生には後ろに回り込まれて肩を掴まれてしまった。

 ここはもう、恋愛事情に貪欲な猛獣の檻。

 するするとシーダが私の肩から逃げて行ったので、すかさず助けを乞う。


「シーダ、助けて……」

「ごめんねリア~ボクちょっとクロちんの所行って来るぅ~」

「シーダぁぁぁぁ―っ!」


 おのれぇこの使い魔めぇぇぇ……っ!


「それじゃあリア」

「その話をゆ~っくり聞かせて貰おうじゃないか♪ んん?」

「もうヤダぁ、泣きたい……お家帰るぅ……」


 私は顔を覆い隠しながら、椅子の上でも器用に体育座りして膝に顔を埋めた……。

 結局、正座で説明する事になったのは、言うまでもありません。

 良い子は女の子のアクセサリに触れたりはしちゃダメ、ゼッタイ。いいね?

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