第21話 その背中は

 アレックスさん達との模擬試合から一夜が明け、今日は自由行動日。

 翌々日に控えた定期試験に備えて、身体のコンディションを整える人や、自室から飛び出して、装備の調整や調達に、自分の防具を布にまとめて炭鉱区へ向かう子達もいた。

 流石に学園の帰りに、街の正反対にある炭鉱区へ行くのは距離的にしんどいので、こうして装備などのお買い物に出るのは自由行動日くらいしか時間がなかったりする。

 かくいう私も後者の一人で、今日はカトレアとクロさんと一緒に、絶賛炭鉱区へ移動中だったり。

 ちなみにシーダも今日は学園には行かないこともあって、一人でエルとテッドくんのお家に遊びに行ってしまった。最近別行動多いなぁ。エルと仲が良いのはいいことなんだけれど。ちょっとジェラシー。


「いやー、悪いわねリア。アタシ達の買い物に付き合って貰っちゃって」

「気にしないで? 私も外に出たかったから、誘って貰えて嬉しかったし」

「っはぁぁああ~……。それが素で言えちゃうからほんっとずるいわぁ。……嫁に来ない?」

「いきませんっ」


 冗談めかして私の左腕をぎゅっと抱き締めた黒いTシャツに水色のショートパンツ姿のカトレアに、私は恥ずかしくなって顔を逸らしながら拒否すると、私の右隣りを歩いていた縦ラインの入った学園のワイシャツの中に黒色のタンクトップを着て、焦げ茶色のジーンズを穿くといったクロさんが終始ニヤニヤしていた。

 ちなみにどうしてこの場にクロさんがいるのかと言えば、昨日の模擬試合での軽装があまりにも目立ったからだったりする。

 その事を昨日の帰り道に尋ねてみると、


『悪ぃ、銅貨5枚しかねーわ……』


 ……と、泣きそうなほど切ない声で頭を掻いていたので、今日は仕方なく彼の装備選びに付き合う事になっていた。……というか、そのお金でどうやって一週間乗り切ってたの?

 学食や《迎賓館》で食べられる朝食は基本的に無料だけれど、夕食は各ギルドや職種によって帰りがまばらなので出されない。なので、基本的に夕食は自分達で食材を買ってきて食堂のキッチンを借りて調理するか、近場のお店で食べてくるかの二択なので、彼のお金の使い方が本当に分からない……本当に分からない。

 確かに、自由行動日にはよく外へ出かけているのは知っていたから、休日のお仕事をしながら……って、いや待って? まさかこの子、仕事帰りに港湾区に寄って無駄遣いしているのでは……?

 テッドくんからも「流石に金遣いが荒すぎるんじゃないか?」と苦笑い交じりに呆れられるほどだったし……。テッドくんも何か知ってるんじゃないかな……。


「………」


 私は疑いの視線をクロさんへと送ると、上機嫌な彼は私の視線に気付く事なく、後ろ頭に手を回しながら鼻歌を歌っている。

 ……はぁ。帰りにノートでも買って彼にお小遣い帳でも付けさせようか。

 というわけで、私からお金を借りる形で、クロさんの装備を買うために連れて来ていた。


「にしても、クロウ。アンタはもう少し金の使い方考えなさいよー? リアが大金持ちになった途端これなんだから」

「へいへい、これからは気を付けまーす♪ っつーわけで、今日はゴチになりますっ!」


 クロさんはカトレアに叱られても満面の笑顔で、調子よく弾んだ声で私に頭を下げてきた。この反応から、あのカトレアでさえお手上げという様に額に手を当ててため息を吐いた。

 その笑顔はまるで、子供が親に「何を買って貰おうかな~♪」とか期待しているような全く反省していない顔だったので……。

 私も彼に倣って笑顔のまま、冗談抜きでお小遣い帳を付けさせることを決めた。


「帰りにお小遣い手帳買うから、これから毎日つけようね?」

「はぁん!? なんでンな七面倒臭ぇものを……」

「つ・け・よ・う・ね?」

「……あ、あんだよ。そんな怖ぇ笑顔でこっちを見んな」

「………」

「お、俺が悪いってのか……? 俺は……俺は悪くねえぞ! 俺は悪く――」

「アンタが悪いでしょう、どう見ても!?」


 ……なんだかどこぞの親善大使を連想させる悲愴な顔を浮かべ始めたクロさんですが、話題を変えようとしているのは見え見えだったのでカトレアが私の後ろに回り込んで彼の腰に湾岸警備隊で鍛えられた膝蹴りが炸裂する。

 ドゴォ! という漫画さながらの擬音が隣から聞こえてきたので、私は思わず笑顔が引き攣った。

 想像を絶するような痛み(だったらしい)クロさんはその場に腰に手を当てながらしおしおと蹲っていく。


「腰が……腰が……ッ! ……この野郎カトレア!! 男の命に何かあったらどうすんだ!」

「はっ、こんなロクでなしの腰にいつ使い処があるってのよ?」

「ふ、二人とも……公共の面前でそんな……」


 周りをちらちらと見てみれば、完全に周囲の視線を独り占めしていた。

 私はフードを被って髪と耳を隠す。


「……どうやら、目立っちまったようだな」

「流石にやりすぎたかしらね……」


 ふう、と二人して「目立つのはつらいぜ」とでもいう様に気障ったらしいポーズを悠長に取っていたので、私はカトレアの袖を掴んで引いていく。


「昼間からそんな会話してたら目立つのは当たり前でしょ……。と、とりあえずこの場から離れようっ?」

「そうね」

「賛成だ」


 こうして、私達は街行く人々の雑踏に紛れて目的地へ向かうのだった。


「ところで、どうしてお前さんはフード被ったんだよ?」

「少なくとも、あの時のクロさんと仲が良いって思われたくなかった」

「ひでぇ」



       ◇



 炭鉱区に入ると、炭鉱ギルドのギルドハウス前に長蛇の列が出来ていた。

 そこに並ぶタンクトップ姿の浅黒い肌をした男の人達の肩には、それぞれ思い思いのピッケルやスコップという採掘道具が担がれている。


「あー、この時間は受付が込み合う時間だからな。時間ずらしてもあんなモンだぜ」

「そうなの……?」


 ちら、と後方に聳え立っている時計塔の針を見れば、時刻は八時を少し過ぎた頃。

 炭鉱区の開放時間は朝七時だったはずなので、最前列の人は最悪1時間も待っているのでは……。

 鍛冶屋などは八時からお店が開き始めるから丁度いいと思ったのだけれど、この光景を見ると(職人さん達の朝は早いって本当なんだなぁ……)と実感する。


「たぶん、今並んでるのは前日に予定入れてない許可証の発行待ちの奴ばっかだろうけどな。飛び入りで炭鉱へ潜ろうとするとああなるんだわ」

「クロさんも経験が?」

「まぁ、ちっとな。最初の頃だけだわ」


 ニッと苦笑いを浮かべたクロさんに、私は彼も仕事してるんだなぁと実感させられる。

 たまに図書館へ遊びに来てくれた日なんかは炭鉱や鍛冶屋特有の泥や金属の匂いが凄く香ってくることがあったから、その辺りは心配はしていなかったけれど。

 そう思っていると、カトレアが不意に「あっ?!」と声をあげた。


「そういえばリア、こっちに来てから初めてマトモな休み取ってるじゃん?!」

「え? あー……確かにそうかも」


 今週は忙しくなると分かっていたから、今週分の本の受け取りは試験翌日に設けられているお休みに変えてもらっていたので、カトレアの通り初めてのまともな休日かもしれない。


「ったく。オーバーワークもほどほどにしとけって前から言ってんだけどなァ」

「それを言うならクロさんだってここ最近は早起きしてどこかに出かけてるよね? 夜遅くまで仕事してるのに。大丈夫なの?」


 頭を掻きながらぼやくクロさんに私は少しだけムキになって反論するけれど、お互い心配だからこうして棘のある言い方をしているんだって分かっているから、これ以上相手をイライラさせるような事は彼も言わないと思う。


「どこぞの兄妹思い出すわねー。いや、こっちの場合はリアがお姉ちゃん?」


 カトレアも私達の雰囲気を感じ取ったのか、腕を組んで肩を竦めながら半笑いを浮かべていて、私はむぅ、と軽く唸りながらカトレアの方に寄っていく。

 けれど、クロさんは特に気にした様子もなく、むしろ余裕の表情を浮かべながら得意げに胸を張った。


「誕生日は俺のが早いぜ」

「精神論の話だってのよ。ばーか」

「あんだとー?」

「あ、あはは……」


 二人はいつもこんな風にいがみ合ってるけど、相性は結構良さそう。カトレアは後々掘り返すことも無いし、サバサバとした性格だから色んな人に好かれてるし、コミュ力も高い。流石はコミュ力お化け。

 それに現代でもクラスメイトだったんだもの。距離感は掴み切っているのかも。


 こんなどうでもいい会話をしながら、炭鉱区の露店街へと辿り着いた私達は、まずはカトレアの用事を済ませる為にクロさんの見習い先である鍛冶屋、《ガロンズ》へと入っていく。

 生まれて初めて見る鍛冶屋の中は至ってシンプルで、焼き粘土が使われた壁、床にはそれなりに年季の入った板が貼られていた。

 その上に重々しい刀剣類やハンマーなどの武器を立て掛ける木製の棚が置かれていて、壁の焼き粘土に埋め込んだ金属製のフックには、目玉商品なのかな? 一目見るだけでも分かるほど上質な剣、盾が掛かっている。

 他にも払下げの短剣などが小さな樽に詰め込まれていて……なんというか、武器の値段や質の段階が一目で分かる様に工夫された内装になっていた。


「んじゃ、ちっと品でも見て待っててくれや」


 まるで実家に帰ってきた子供の様な気楽さで、作業場へと入っていくクロさん。

 どうやらカトレアの頼んだ品物を取りに行くみたい。

 私とカトレアは二人で頷いて、彼を見送る。


「うん、わかった」

「あいよー。リアもなんか買ってく?」

「えっと……。私の場合、できるなら剣そのものを買うより、素材を買いたい……かな。今はまだそっちの魔術には手が回ってないから、暫く先にはなりそうだけど」


 魔術の中にある錬金術は特にそうだけれど、薬草や鉱石などを利用してアイテムを作る事もできる。

 それに私の使う精霊魔術も魔石を利用すれば威力も上がるし、効果も違って来る。昨日使っていた火精魔術の【ブレイズ・クロー】に合わせて水精石を使うと、火属性ではなく氷属性に変化させることも可能だったり。ちなみにこれは消耗品だけれど、一度使ったら捨てるといったタイプではなくて、電池の様に一つの石に内包されている魔力を使い切ったら終わり、というもの。街灯での火精石を交換するのも同じ原理だったり。

 だからこそ、私……いや、《魔術師》の場合、武器は武器、素材は素材としての使い方の引き出しがたくさんあって、錬金術を会得できれば素材の代用も可能。狩猟系のゲームなんかでよくある「〇〇の素材が足りない。狩らなきゃ」、みたいに一つの素材を集めるのに同じ敵を周回する、なんてことにはならないのです。うん、まさにストレスフリー。逆〇とか天〇集めはホントしんどかった。部位破壊報酬もっと緩和してあげてください、もう後生だから。


 ゲームの話はここまでにして。カトレアは近くにあった投擲用のナイフを品定めしながら私へと笑いかけてくれた。


「そっか。精霊魔術、だっけ? 昨日のアレ凄くいいじゃん。リアらしいよ?」

「あ、ありがとう……。カトレアは何か予備の武器を?」

「まぁねー。太刀だけじゃ狭い空間はやりきれない事も多いだろうし」

「……カトレアの所の編成って?」

「ん? 言ってなかったっけ。アタシがサブタンクで、こっち住みのクレリックがメイン。あとはウィザード二人ってとこかしら」


 こっち住み、というのは私達彷徨人に対して、現地に住んでいた人達の事だと思う。メインタンク……私達のパーティーでいうところのテッドくんの様に、敵の憎悪値を上げる事でその攻撃を一手に引き受ける人の事をいうのだけれど、カトレアがメインタンクだったらびっくりする所だった。

 それに残りのメンバーがウィザードということは、もう一人の在学生に先導して貰いながら魔法メインの戦闘が出来る、ということ。一人で後衛、というのは結構負担が多いし、プレッシャーも感じる。お手本がなく一人で先導しなきゃいけない点も含めて、戦闘時の選択肢が広がるから相性はいいんじゃないかと思う。

 クレリックは回復系の魔法を使うことで敵のヘイトを稼ぐタイプのタンクだから、構成としては魔法特化のパーティー編成にハマりやすい。


「わぁ……魔法構成なんだ」


 かなり盤石な編成に、私は安心しながら微笑むと、カトレアも大きく頷いた。


「クレリックはウィザードと相性いいっぽいしね。アタシが下手に太刀で動き回るより、盾担いでがっしりガードしてあげた方が当てやすいってものよ」

「カトレアの武器はダメージ特化だから、タンクは大変じゃない?」

「そこは気合いと立ち回りでカバーよ。回避していなしてー、ってトコ?」


 彼女は得意げに太刀を持ったようなポーズで斬り返すような仕草を見せて、歯を見せながら笑う。

 ……よかった。嫌々ながらタンク職に就いたわけじゃなかったんだ。

 ここ最近はパーティー毎の集まりが増えたから、あまりお話はできなかったけれど、それでも友達であるカトレアの笑顔が見れただけで充分。

 頑張ってるんだなぁと、素直に感じられて。彼女の気持ちの中に、少しだけでも私が居たらいいな、……なんて、おこがましい事を考えてしまう。

 パーティーを決めた日の夜。みんなとご飯を食べた時の、カトレアの言葉を思い出したから。


『リアのカッコイイところ、アタシも見てみたいけどさ。しっかり動けるパーティーの方がアンタも安心できるっしょ?』


 思えば、私がここまで頑張ろうと思えたのも、彼女の言葉があったからかもしれない。

 決してカトレアが他の皆に劣っているわけじゃない。それは誰もが知っていること。

 けれど、初めての戦闘で、初めてのパーティー。環境に慣れない中で、最もやり易い人、というのは誰かと尋ねられれば、“自分”という人間を知っている人……だと、私は思う。

 ゲームなら近くに居たフリーのプレイヤーと一時的にパーティーを組んで戦闘へ、なんて真似はできたけれど……現実じゃあ、居合わせた人達だけで連携なんていうのはそう簡単に取れない。

 今回は一緒に召喚されたクロさんという相方が奇跡的にいてくれて、エルとテッドくんみたいに長年一緒に生活してきた兄妹が前衛を支えてくれている。

 これならやり易いと、彼女も思ってくれていたのかもしれない。

 だからこそ、私は……私達は、彼女の思い遣りに感謝しながら、試験に向けて頑張ることができた。

 胸を張って、彼女と肩を並べて歩けるように。

 そして、彼女も頑張ってくれている。次は同じパーティーに入る事を目標に。


「……ふふっ」


 友達の為に頑張る。この言葉に、心が暖かくなるような心地良さを感じて……自然と笑いが零れた。

 ナイフを弄っていたカトレアは不意に笑った私の方へ視線を移して、小首を傾げる。


「リア? どうしたのよ急に?」

「ううん、なんでもないよ?」


 誤魔化す様にそう言って、「そう?」と言いながら品定めに戻るカトレア。

 こんな気持ちになれたのも、この世界にやってきた初めての夜に、エルとカトレアに、自分の中で無くなったと思っていた『誰かと仲良くなりたい』という気持ちを打ち明けて……受け容れてくれたから。

 私にとっては大切で、大好きな『友達』だから。


(だから……頑張れるんだよ? カトレア)


 カトレアを見つめて、ようやく纏まった言葉を、心の中で囁く。

 今はまだ、他の人達とはあまりお話はできないけれど……それでも。

 私にとっての心の拠り所は、彼女達でありたい。


(そのためにも、今回の試験はしっかり乗り越えないと)


 すうっと深呼吸して、私は覚悟を決めた。


 ……暫くカトレアを見つめていると、ようやくクロさんが麻袋を抱えて作業場から戻ってくる。


「悪ぃ悪ぃ。待たせたな」

「クローウ。このナイフ買いたいんだけど。おいくら?」

「そいつらは銅貨7枚」

「高い。もう一声」

「これ以上下げようがないんだよなァソレ……。鉄鉱石の単価が銅3だから作業費絡めっと、どうしてもな」

「うわぁそんな鍛冶屋事情知りたくねー……」

「っつーわけで、それ以上は譲れねぇんだわ☆」


 彼が戻って早々商談が始まり、軽い調子でずんっと重い言葉を混ぜながら、クロさんはカトレアの値引き交渉をかわしていく。


「かぁ~っ腹立つー! ――よーっし分かったアタシも女よ! 4本買う!」

「毎度ありー♪ セット価格でちっとばかしオマケしてやるよ。銀2に銅5あたりでどうよ?」

「そこに友情割とかお得意様割は?」

「悲しいけどこれ商売なんだよなぁ」

「畜生めェ!」


 カトレアはクロさんの手の上にお金を叩きつけると、クロさんは持っていた麻袋をカトレアへと渡し、鼻歌交じりにカウンターへ入って、投擲用ナイフ専用の革製のホルスターと、色々な人の手に触れているからか、ナイフを手入れするための布巾などを持ってくると、入り口の窓辺にあった足踏み式の研磨機……って言えばいいのかな? その前に置かれた椅子へ腰かけた。


「えっ……クロさんが砥いで大丈夫なの……?」

「あーリアには話してなかったっけ? アタシの武器の手入れ、コイツに任せてんのよ」

「お互い修行中の身だからなァ。お安くやらせてもらってるぜ?」


 クロさんは得意げに笑いながら腰のポケットからハンカチを取り出し、それを口元に巻いて作業を始めていく。

 まずはナイフに着いた指などの油を丁寧に拭って、そこから歪みや刃毀れがないかを確認。そして修正する場所をカトレアから聞いて、研磨や取っ手に巻かれている革を貼り替えたりするなど、手際よく仕事を進めていった。

 そんな光景を、カトレアが作業監督さんのように腕を組んで見守り、私は彼が何かやらかさないかハラハラしながら見守る。


「凄いね……。たった三週間でこんなにできるんだ」


 前々からなんでも出来ちゃう人だとは思っていたけれど、まさかここまでとは。

 それにお休みの日でも構わず仕事をしてくれるあたり、お休みの日には外で買い物ー、なんていう私のクロさんに対する印象が一瞬で吹き飛んでいく。


「おぉっ? 俺今、ひょっとして褒められたか?」

「アンタがいっつもテキトーにやってるからでしょうが」

「へへっ、反論はしねーわ。でもま、長年付き合いのあるヤツから褒められるってのは、悪い気はしねーな」


 クロさんは嬉しそうに目を細めながらも、目の前の商品からは一切視線を逸らすようなことはなくて。

 ……なんというか、仕事するクロさん。いいなぁ。

 格好いいとかではなくて――いや格好いいことはいいのだけれど。イケメンではあるのだけれど。

 普段あれだけ適当でおチャラけた男の子が、仕事になると真面目に取り組んでいく。このギャップが凄い。


「(ちょっとは見直した?)」

「(……うん。かなり)」


 ぽそりと、隣に居たカトレアに耳打ちされて、私は小さく微笑みながら頷く。

 こうして見ると、クロさんの背中って結構大きいんだな、とか、仕事する男の人の背中ってこんな感じなのかな、とか。色々と意識させられる。……おっと、なんか不整脈が。


「――でも騙されちゃダメよリア! クロウの奴はこういうタイミングでときめくのを狙ってるんだからね!?」

「へっ?」

「はぁん!? テメェカトレア余計な事言いやがって!!」


 商品ぶっ壊すぞ! と口元のハンカチをほどいて立ち上がったクロさん。あぁ、いつもの彼だった。


「クロさーん、作業続けないと……」

「お前もお前で何のフォローもなしか?! っくぁー! この怒りどうしてやろうか……!」


 二人のやり取りに苦笑いしながらクロさんを窘めると、彼は盛大に頭を掻きむしったあと、脱力して作業へと戻っていく。

 それから少しして、私達はいよいよ作業を終えたクロさんの装備を買う為に、近くにあった革職人のお店へと向かうことになるのだった。

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