第20話 初戦闘は対人戦!?

 ……狼男さんことヒューゴくんのガン飛ばしとクロさんの煽りから始まった、お互いのパーティーメンバーを巻き込んでの模擬試合ケンカ

 例によってグラウンドの半分以上を占めていた土地を、訓練の時間だと言うのに生徒間のいざこざによって4体4の模擬試合に使われるという有様。……色々と勿体無い。時間とかスクロールとか、ほんっと色々。

 むしろそれに乗る周りの子達もそうだよ。カトレアもどうして場をあけちゃうのっ? しかも爽やか~な笑顔で。そうじゃなかったらやる事もなかったのに……。ぐぬぬ……。

 私は溜息交じりに白いパーティーベルを使用して、四人編成のパーティーを作成しながら眉根を寄せ、手渡したフェイスタオルで汗を拭っているクロさんへ嫌味を呟く。


「クロさんのせいだからね」

「クロちん沸点低すぎ~」

「わーってるよ。ただまぁ、ウチのメンバー貶されて黙ってられるほど出来ちゃいねーんだわ、俺はな」


 フードの中に隠れていたシーダもちょこっとだけ顔を出しながら軽く非難すると、頭を掻くクロさんはやれやれ顔で少なからず反省はしているみたい。おかげで留飲は下がったかな。

 問題は……


「その……テッドくんも、そんなに怒らなくても」

「今怒らずにいつ怒るんだっ! 君だってお荷物扱いされたんだぞ?」

「わ~お激おこだ~」


 ヒューゴくんに大層憤慨しているテッドくんだった。あまりの怒気にシーダも苦笑いである。

 いつもは理性的な彼だけれど、今は見る影もなく。ただ自分の妹と友達を貶された事に対して私の想像以上に腹を立てていた。……まぁ、ちょっと嬉しいから複雑。

 シーダの指摘によって若干言葉を詰まらせた彼は、肩の力を抜いて「すまない……」と言って、一つ深呼吸してから肩に掛けたフェイスタオルを被り、気を落ち着かせていく。

 エルはエルで「ま、仕方ないよねー。喧嘩売られたら買うっきゃないっしょー」と満面の笑みを浮かべながら手元のグローブの握り心地を確かめていた。今はその笑顔が怖いよ本当に……。


「ウソでしょ……」


 この人達、血の気多すぎ問題。

 私は額に脂汗を滲ませて苦笑を浮かべていると、相手パーティーのリーダーであろうアレックスさんが他の人達よりも数歩前に出る。

 彼の手にはその体格に相応しい大剣が握られていて、幅の広い肩にその刀身がゆっくりと乗せられる。刃引きはされていると言っても防具以外の場所に直撃したらひとたまりもないだろう。

 諸悪の根源の片割れともいえるヒューゴくんは鈍く光る手甲を両手に付けており、手足をくるくると回転させて準備運動を行っていた。

 恐らく中衛を任されているだろう茶髪の小柄な美少年は、槍を抱えておどおどしている。

 最後に弓を手にしているエルフの男子生徒は……なんだかよく分からないけれど目が死んでいた。


 見るからに物理メインの編成。

 展開の方法としてはアレックスさんが先陣を切って弓使いのエルフ男子が弾幕を張り相手の進行速度を遅らせ、大剣という高火力かつ広範囲の武器を振るい空間を作り上げ、その空間からファイターのヒューゴくんが相手を撹乱かくらん、槍使いの美少年が二人のフォローを行いながら布陣を展開していく。……こんなところだろうか。

 別手段としてはエルフ男子が弾幕を張りつつ美少年を突撃させて、ヒューゴくんが相手の前衛を撹乱させつつ視線誘導を行いながら熊男さんが後方へ回り込んで叩くといった戦略も十分に考えられる。

 ただ走力としては恐らくヒューゴくんとエルフ男子がトップクラスのはず。人族と思われる美少年と、巨人族とそう変わりないほどの巨躯を持つアレックスさんが早さで勝るなんてことはまずないだろう。


 こちらは物理メインで魔法補助ありといった編成になっている。

 前衛はエルとテッドくん。中衛はクロさんで後衛は私。配置としてはY字が望ましいけれど、正直弓使いがいる以上前衛との距離を離されると私が狙い撃ちされかねない。

 ただ、こちらには矢よりも早い弾を弾くクロさんもいる。ここ数日の鍛錬の結果を皆で見るには充分な相手だと思う。

 私はメンバーのステータス情報が載った光の窓を中空で浮遊させて位置を固定させると、深々と溜息を吐く。


「まさか初めての戦闘が対人になるなんてね……」

「ね~。時間もったいないんじゃない~?」

「いいじゃんいいじゃんっ! あたし達がどれだけ育ったか見るのにはもってこいでしょ!」

「それはそうだけど……。みんなくれぐれも無茶はしないようにね? 試験も控えてるんだから」

「へへっ、おうよ!」

「オッケー!」

「ああ」


 意気の上がったメンバーを見回した後、私はひとつ頷いてから、どう戦闘を展開していくか相談しようと口を開いたけれど――やめた。

 本来なら訓練日の最後の二日間を使って刷り合わせを行いたかったけれど、この土壇場、それもこの後すぐに実践なんて、戦術観の身に着いたクロさんならともかく、戦闘素人の私が足並みを揃える自信がないから。

 おまけに皆の足の速さとスタミナの数値は把握出来ているけれど、ダメージが入った状態から立ち直って戦線に復帰するまでの時間が分からないなどの不確定要素も付き纏っている。下手な作戦を出して前衛のエルとテッドくんに変な思考パターンを与えるのは悪影響になると判断。

 一応全クラスⅠのスキルについてはほぼ暗記済み。今回は相手にウィザードやクレリックなどの魔法クラスが居ない分、クールタイムだけを考えればいい。大技以外のスキルは殆ど連続で飛んでくるのは目に見えているけれど、使用者の熟練度に応じて大技もクールタイムが伸び縮みするから、しっかりと目を配らせておかないといけない。

 私は目元の眼鏡を軽く持ち上げて、九分九厘皆驚くであろうその言葉を口に出した。


「事前の打ち合わせはなし。唐突にエンカウントした、という想定で動きます。指示出しは戦闘開始直後から」

「開始直後から!? 大丈夫なのか?」

「相手の出方次第でエルとクロさんの位置を替えたりする事が考えられるので。ただテッドくんには真っ先に指示を出します。いつでも動けるようにしておいてください」

「あ、ああ……分かったよ」


 驚いたテッドくんは目を見開きながら私へと振り返ると、私は平然と頷き返してから優先度を明確にさせておく。

 彼の身なりは、盾を持つ右腕全体を鉄製の鎧で覆い隠され、胸と剣を振るう左肩にも同様の鎧が取り付けられている。その防具は革製のベルトで繋がれていて、正直一つ一つの鎧を取り付けるよりも、上から着た方が早いんじゃないかと思うくらい複雑な構造をしていた。

 足は鉄靴が履かれ、脛と膝当てが取り付けられているので、軽装の騎士、といった印象を受ける。

 右手に握られた盾を見る限り、彼もこの二週間足らずの時間で戦闘スタイルを変えたみたいだった。以前体育館で先輩との訓練を見た時は剣しか使っていなかったのだから。

 クロさんはどうやら防具類は金銭的に厳しかったみたいで、制服に革製のブーツを履き、腰には二挺の拳銃と弾丸が収められた革のホルスターしかない。……一体何に使ったのあなたは。服?

 問題点が浮上してきたところで、フィールドの中央端にルビア先生が現れる。


「双方準備はいいか?」

「問題ない」

「大丈夫です」

「よろしい。ではルールの確認だ。4対4のパーティー戦。どちらかのリーダーが戦闘不能となった場合、及びメンバー三名の戦闘不能が確認される事で勝敗が決する。異論はないな?」


 先生の言葉に各々が頷き、自分の得物を手に臨戦態勢を整えていく。

 私は左手で杖を握りながらそれを後ろに構え、開始直後に発動する属性魔法を悟られない様にした。

 ……まぁ、ブラフなのだけれど。


「シーダ。いつも通りフォローよろしくね」

「おっけ~。任せてよリア~」


 流石のシーダも戦闘となってはフードの中に隠れてはいられない。彼は私の首元に前足を載せ、フードの端に足を引っ掛ける形でその体勢を維持する。

 ルビア先生が頷いて、右腕を空へ掲げ宣言を行う。


「それでは、これよりアレックス・グレゴリーチーム対、ペインテッド・セージチームの模擬試合を開始する! ……始め!」


 彼女の右腕が振り下ろされたと同時に、アレックスさん始め相手チームが一斉に行動を開始する。

 予想通り。直線型となって中央を突破する、所謂“鋒矢の陣”と呼ばれるものだ。……まあ、大将がアレックスさんなのであれば先頭に立つのは間違った陣形だけれど。


「テッドくんは右翼へ、エルは左翼へシフト! テッドくんは前進!」

「――ああ!」

「オッケー!」


 正面左手に立っていた、右腕に盾を持つテッドくんとエルの位置を反転させ、外周から回り込むように前進するよう指示を行いつつ、


「《風精よ、我が知に応じ――」


 シーダが先行して風精魔術、【ブレス・アナライズ】の詠唱を開始する。

 私はその詠唱文に乗る形で最後の一節を唱えた。


『――真名まなを囁け》』


 詠唱を終えた瞬間、そよ風がこの場を吹き抜けてパーティー全体にアレックスさん達のステータス情報……体力、攻撃力、防御力、魔法防御力等が一斉に彼らの頭上へ開示されていく。

 使い魔の能力は、単にリキャストタイムを縮める事や魔法、魔術の威力を増大させるだけじゃない。

 主人の魔法や魔術の代理詠唱を行い、任意で発動できる様にストックさせることが出来る。これはゲームにはなかったもので、正直私としても驚いていた。

 そして風精魔術の【ブレス・アナライズ】は本来であれば敵の残存体力を簡易的に表示させる程度のものだけれど、私がいつも掛けている『探求者の眼鏡』に“付呪”された能力、「情報獲得率アップ」と相乗効果を生み出して、相手のステータスを細部まで閲覧することが可能になっている。

 ただこの魔術は、戸籍を作成した際に貰った羊皮紙と同程度のもの。ステータス情報は得られても、相手のスキルの成長具合などは見ることができない。

 でも、今はそれで充分。


「――ステータスが暴かれたぞ! 後方の《ウィザード》を狙え!」

『応っ!!』


 アレックスさんの指揮によって後ろに控えていたエルフ男子が弓に矢を番え、射線を見抜かれない様ヒューゴくんが左右にフェイントを掛けながら突っ込んできた。

 なるほど良い判断だ。彼の騎士甲冑を見れば分かるけれど、物理に強い防具は魔法に弱い。

 それに地属性の魔法などで進攻ルートを阻害し、水属性魔法で足場を覚束なくさせてしまえば移動速度は各段に落ちるなど、ウィザードが居るだけで実害だけでなくフィールドにもデメリットが発生する。真っ先に狙うのはごく自然な判断だと思う。

 ――まぁ、これで『はいそうですか』とやられていたら、クロさんの信頼もないし、シーダも私に懐こうとは思わなかったはず。

 私は左手に握られた杖を後方へ、右手を左上へと持ち上げて魔法を発動する。


「【アクアスフィア】」

「《来れ火精、灼爪纏いて……」

『――敵を裂け》』


「ッ!?」


 大気中に野球ボール大の水球を五つ生み出し、シーダの詠唱補助と平行して火精魔術【ブレイズ・クロ―】を発動。杖を振って水球を射出し、持ち上げた右腕をエックス字に振り払って先行していた水球へぶつけ、先行するアレックスさんと真後ろに控えていたヒューゴくんの手前で水蒸気爆発を意図的に起こさせる。

 直前でアレックスさんが大剣を盾にしたけれど、これで敵の出鼻をくじきつつ視界を奪う事も出来た。

 そして今、私達パーティーメンバーには【ブレス・アナライズ】によって敵の情報が表示されているという、俗に言う『HPバー』が見える。位置は丸わかりだけれど、相手がどんな体勢でいるかまではわからない。

 だからこそ、その状況下で輝く存在が二人いる。


「テッドくんヘイト!」

「《光精よ、我が守り手に、――」


 私が叫び、テッドくんが立ち込める霧の前へ駆け出し、剣を空に掲げた。


「《アンカーハウリング》……!!」

『――守護の導きを》』


 彼のスキル名が叫ばれると同時に、彼の剣と盾が一瞬だけ黄金色に輝き、私の物理防御力を底上げする白魔【フィジカル・プロテクション】を発動して、テッドくんへ付与させる。

 テッドくんが発動したのはソードマンの盾専用スキル、《アンカーハウリング》。これは一定範囲内の敵対する存在からの憎悪値を一時的に増大させ、ターゲットをパーティーメンバーに変更した際カウンターの一撃を与えるというスキル。効果時間は30秒。

 CTは1分半長いものの、あの霧の中で、何処に居るかも分からないヘイト保持者へ殴りかかるのはかなりのリスクを要するはず。

 爆撃という攻撃に因る視界妨害、そして所在不明のヘイト保持者に囲まれるという状況下。相手の戦術思考にも必ず隙が出来る。


「クロさ――」

「――おうよっ!」


 ――だから、そこを狙う。

 私が言うよりも早く、テッドくんよりも外周に回り込んでいたクロさんが横にスライディングしながら――バッ! ババッ!! と、二挺の拳銃から三発の弾丸が放たれていた。

 三つの雷管を鋼鉄の引き金で叩く音がグランドに響き渡り、尚も移動を続けながら射撃を行う彼に、敵の方向性が撹乱されていく。それも無暗に攻撃してしまえばテッドくんの手痛い一撃が待ち構えているのだから手の出しようがない。

 そしてクロさんが未だ霧散している白霧の中へと飛び込んでいく。相手の位置も分かり、空気抵抗も少なく霧を吹き飛ばす様な面積のない武器を持っているクロさんなら、最早あの霧の中は彼の独壇場だろう。

 バババッ! バッ! という激しい銃撃の音が聞こえてくるけれど、鉄同士が交錯する音は聞こえてこないうえ、彼のHPも減っていない。それにテッドくんの《アンカーハウリング》がある以上、競り合いにもつれ込む、なんてことは無さそうだ。順調に相手のHPを削っている。


 けれど、相手もこのままでは終わらないはず。唯一、彼の《アンカーハウリング》の範囲外に居た後衛のエルフ弓男子からの牽制と思われる五本の矢が私目掛けて飛んできた。

 レンジャーのスキルである矢を放物線状に打ち出す《エアレイド》と、二本の矢を二連続で放つ《ファストショット》の複合技だ。

 それは霧の外から射られた矢は的確に私達の場所を狙って放たれていて、霧の中で激しく銃撃を繰り返すクロさんにもワンチャンスヒットする様な低空軌道。……いい狙いだ。どうやら革装備でも彷徨人じゃあなさそう。

 ただ、高速で飛来するその矢を杖で弾き落とすだなんて芸当は、戦闘素人の私なんかじゃとてもではないけれど、できない。

 訓練用として鏃は綿を革製の物で包んだ仕様となっているけれど、辺り処が悪ければ死あるのみ。それは近接武器でも同様。

 一発は覚悟しておかないと。そう思った矢先の出来事だった。


「――やぁあああっ!!」


 左翼に居たはずのエルが剣を引き抜きながら私の前へ躍り出て、幅広の刃元、そこから若干の山が作られた先の細い銀色の刀身が煌めき、飛来した矢を全て撃ち落とす。

 一本目の矢をあえて避け、追随した二本目の矢をやじりの先端から弾き落とし、一瞬で後ろへ宙返りタンブルを行いながら弾かれた剣先を一本目の矢へと当て軌道を逸らしていく。


「ふッ……!」


 そしてその矢を地面へ着弾させながら自分も地面に左手を付きながら着地して、クラウチングスタートの様に前へ駆け出しながら左、右と剣を振るい三・四射目を撃ち落とすと、踵を軸に回転しながら再び後退して、追射された最後の矢を弾き飛ばした。

 この動作をたったの一息で出来る彼女に、私は目を丸くしながら呟き、肩を乗り出したシーダは目をキラキラさせながら羨望の眼差しを送る。


「凄い……」

「エルすっご~い!」

「えっへへ、もっと褒めてー!」


 着弾した矢の影響で軽く土埃が上がる中、剣を軽く振るって振り返ったエルはいつもの数割増しで緩み切った笑顔を浮かべていた。

 あまりに衝撃な出来事に、兄であるテッドくんでさえ振り返りながら口を開けて驚いている。

 ……なんて精度と技術だろう。いつも笑顔でご飯を食べる可愛らしい印象を受ける彼女も、テッドくんと同じくかなりの剣の腕前を持っている事を思い知らされる。


 私はきゅっと喉を鳴らしていると、ばふッ! という音が煙の中から聞こえ、中から銃を構えたクロさんが飛び出して来る。

 そして彼を追う様に現れたのは、槍を構えた美少年だった。


『――ッ!? 待て!!』

「大丈夫! クロウは絶対にボクが仕留めるよ!!」


 ババッ! バババッババッ!


 アレックスさんの制止の声を振り切って、クロさんへ突撃する美少年。

 革製のウェスタンベルトに通された二挺分の弾丸、合計十二発を宙に浮かせながら、拳銃のシリンダーを左へ開いて再装填し、着地と同時に慣性を利用してシリンダーを閉じて再度牽制射撃を行うだなんて映画に出てきそうな芸当を見せるクロさん。なにそれイケメン。

 美少年が高速で槍を三連続突き出すというソードマンの槍スキル、《トライデント》を繰り出し、クロさんは軽快なステップを踏みながらその槍先を銃身で受け止め軌道を逸らしながら、脇の下から片方の銃を発砲。それが槍先の根本に当たり、跳弾して皮鎧の美少年の腹部へと叩きこまれた。


「うぐっ!?」

「おらよッと!」


 怯んだ美少年の腹部へクロさんは回転蹴りを決め込んでくの字に曲げると、


「はぁああッ!!」


 数秒遅れで《アンカーハウリング》の効果中だったテッドくんの盾の一撃、《シールドバッシュ》が美少年の右半身に襲い掛かり、華奢な彼の身体は容易く吹き飛んで行く……。

 激しく地面に転がった美少年は槍を手放し、そして動かなくなってしまった。……し、死んでない、よね?

 テッドくんのステータス上で点滅していた《アンカーハウリング》のアイコンが消えていく。どうやら時間ギリギリで仕留める事ができたみたい。


 そしてテッドくんが盾を構えた状態から再び霧の中へ意識を傾けると、強い風が中から吹き、一瞬で霧が払われた。

 中には先程の水蒸気爆発をモロに受けたのか、それともクロさんのあの凶悪な蹴りを貰ったのかはわからないけど、何故かヒューゴくんが倒れており、振るった大剣を肩へ担ぎ直すアレックスさんの姿がある。


 恐らくソードマンの大剣スキル、その体積を利用して剣圧を飛ばす《フォースインパクト》を発動したのだと思う。クロさんが煙の中で立ち回っていたから、発動が遅れたのかもしれない。

 でも、これで二対四。数的な有利はこちらにあるうえ、前衛が一人になった分クロさんも敵陣へ踏み込みやすくなった。

 アレックスさんは肩に担いだ大剣を手に、クロさんへと顔を向ける。


「――……なかなかの連携だな」

「へへ、そらどーも。こちとら戦術のプロが居るんでね」

「そうか……。彼女か」


 クロさんは肩を竦めながら答えると、アレックスさんは頷きながら……んん? あれ、なんか私睨まれてます……? ちょ、マ? ちょー怖いんですけど。あ、カトレアった。


「まっ、ウチの面子はしっかり自分で考えられるヤツが多いからな。おたくはアンタがしっかり指示出してやらねぇと動けねーだろ。あっても無謀に突っ込むだけだ」

「……彼らも初心者であり、俺もまた戦闘に於いては新参者だ。咄嗟の出来毎に対する選択肢が少なすぎる。これは、早々に身に着くものではないだろう」

「ハッ――言い訳だな。アレックス・グレゴリー」

「なに――?」


 鼻で笑ったクロさんへと、アレックスさんが怪訝そうに睨み付ける。

 クロさんも理解はある方だ。それでも、彼の物言いが気にくわなかったんだろう。

 銃を向けると、えらく不機嫌そうに目を細め、睨み返していた。


最初ハナっから言ってただろ。同じザコ同士仲良くしようぜ、ってな。お前ら――あぁいや、俺達彷徨人は甘えてたんだよ。この環境にな」

「……と、いうのは?」

ブレイシアココに来て二週間。戦闘でも生活でも、そんなモン調べりゃ幾らでも情報は手に入れられた。図書館で本読みながら戦術の知識を付けるだの、見習い先の先輩に稽古付けて貰いながら仲間の為に隠れて特訓する、っつー努力をする事も出来たんだ。そして、仲間と話し合いながら自分の立ち回りを模索するって事もな。――テメエ等は身内で擦り合わせる事すらひとっつもしなかった。一列で突っ込めば何とかなるとでも思ったか? ――考えが甘ぇんだよ、テメエ等はな」

「なんだと――!!」


 彼の言葉に激高したエルフ男子が矢を射る。それに応じてテッドくんが即座にクロさんの前で盾を構えたけれど、クロさんはテッドくんの肩を引きながら、彼の二挺拳銃が火を噴いた。

 放たれた三発の弾丸の内の一発は飛来した矢の鏃を弾き飛ばし、二発目と三発目の弾丸を互いの軌道上でビリヤードの様に弾き、シャフトを折りながら射手の命である弓の取っ手を破壊する。


「ッ……弓が!?」

「銃を扱う人間が、弾丸は直線状にしか撃てないとでも思ったのかよ?」


 驚愕の表情を浮かべるエルフ男子に、クロさんは嘲る様に肩を竦めてわらう。


「疑問は持っても、自分テメェの中だけで消化して思い込みだけで事を進めると、常に疑問を持ち続けて、自分でキッカケを作って仲間内で話し合う奴ら・・。――さァて、パーティーとしてどっちが正しいんだろうな?」

「………」


 アレックスさんは目を伏せたまま微動だにせず、ただ沈黙していた。


「――これが、俺達と甘ちゃんなお前らの明確な“差”、ってヤツだ。分かったかよ?」

「……身に染みて、な」


『――そこまで! この勝負、ペインテッド・セージパーティーの勝利とする!!』


 彼の言葉にクロさんは笑い、拳銃をホルスターに仕舞い込んで後ろ頭に手をやると、ルビア先生が声を張った。

 先生の戦闘終了の宣言を受けたテッドくんは、緊張で強張っていた表情を少しだけ緩めて朗らかに笑う。


「……いい仲間だろう?」

「ああ。少なくとも、俺達とは段違いの強さだ」


 そしてテッドくんに釣られたのか、アレックスさんもフッと渋く笑ったあと、「そこのウィザード」と私を呼んできた。


「はい?」

「見事だった。正確な戦力分析と、序盤で二連続魔法を放ち相手の視界を奪い、的確に仲間を運用するその能力。……悔しいが、見習いたいものだ」

「あ、ぇ……っと……」


 まさか此処で褒められるだなんて思ってなかったので、私は目を白黒させながらわぐわぐと口元を歪める。

 ……ど、どうしよう。変な事言ったら再燃しそうだし下手なこと絶っ対言えない……。いやでもこのまま無言でうなずくのもなんか素っ気ない気がしてアレックスさんに悪いしなぁ……うう……。


「……あ、ありがとう。……私よりポテンシャルが高い人達ばかりだから、振り回されそうになることもあるけれど……。みんな優しいから、私も声が出せたりする所もあるの。だから……えぇっと……」


 あぁああ、どうしよう言葉が続かないっ! どうしてこういう時言葉が出ないのかなぁ!?

 初対面でしかも大柄な人だから、っていう恐怖もあったのかもしれない。でも彼、いい人じゃない。肩の力抜いてちゃんと話さないといけないのにぃいい……!


 徐々に火照っていく顔をぺたぺたと触りながらなんとか言葉を紡ごうとするけれど、それはやっぱり難しくて。

 そんな時にエルが私に抱き着きながらアレックスさんへあっかんべーっと舌を出した。


「要はもっとみんな仲良くなった方がいい、ってことだよー! ねっ、リア?」

「う、うん……ありがとう……。この模擬戦で得た経験が、お互いのパーティーに良い刺激になれば嬉しい……です」

「あんで敬語なんだよ」


 締まらねぇなァ、と後ろ頭を掻いたクロさんへジト目を送ると、彼はいつも通りの笑みを浮かべて空気を切り替える様にパンッと手を打った。


「クク、勝負は着いたが……このままじゃお前さんらは不完全燃焼だろ?」


 俺は弾勿体ねーし、とクロさんは呟きながらテッドくんへと目くばせすると、彼はクロさんの心意に気付いたのか一瞬だけ目を見開いて……笑いながら大きく頷き、アレックスさんへと向き直る。


「――そうだな。構わないか、アレックス?」

「ああ。望むところだ」


 渋く笑ったアレックスさんはクロさんとの視線を切り、大剣を正眼に構えながらテッドくんと対峙する。

 その様子を確認したあと、クロさんはポケットに手を入れて私達の方へと歩いてきた。


「……気は済んだ?」

「まぁな。俺の言いてぇ事は言っちまったし。あとは、剣と剣で語り合うしか能のねぇ奴らで適当に閉めてくれりゃそれでいいわ」

「適当だなあ」


 隣にやってきたクロさんへと尋ねると、清々しい表情を浮かべた彼は肩を竦めて後ろ頭を掻きながら言うので、私は溜息交じりに苦笑を浮かべる。

 私達の視界の先では早々に訓練を始める二人の姿があり、それは精神をすり減らす様な張り詰めた空気ではなくて。

 むしろテッドくんとアレックスさんの二人としては、楽しく剣を打ち合うような……そんな雰囲気になっていた。

 そんな二人を取り巻く雰囲気に、私は「あれ?」と疑問を感じてエルへと尋ねる。


「……同じ騎士だからっていうのもあると思うんだけれど、ひょっとして二人って……」

「ん~? ケッコー仲いいよ? 幼馴染だしっ」

「………。んっ? え、ぱーどぅん?」

「幼馴染だったのかよ、あいつら」


 てことはお前も? とクロさんは腕を組みながらエルへ聞くとうんっと大きく頷く。


「ウソでしょ……。幼馴染だったらもっと平和的なやり方があったんじゃない……?」

「あの二人、昔っからずーっとケンカする時はあんな感じだよー? あたしは慣れちゃったけどっ」


 血の気が多いのは幼馴染さんもですか。すっごく冷静に見えるのは私の気のせいだった、ってこと……? でも比較的話の分かってくれる人ではあるから……。

 もう考えるのが面倒くさくなってしまった。

 はぁぁ~っ……っと私は深々と脱力しながらため息を吐くと、クロさんがくつくつと笑いながらからかうように声を掛けてくる。


「気苦労が絶えませんなぁ、リアさんや」

「まったくだよ、もう……」


 でも、いい経験にはなった。普段は適当にやり過ごしているクロさんも、あんな風に考えているだなんて思わなかったし、彼の気持ちがこもった言葉は……その、結構響いた。

 ちらっと見上げれば、腕を組んだまま二人の訓練を「おーおー」と声を上げニヤニヤと笑いながら観戦しているクロさん。

 これが私の相棒なんだ、と……今更ながら実感する。

 飄々としながらしっかり考えて行動をしている様に見えて、その敵を作りやすい性格と口調から、自分よりもしっかりとした人につつかれれば簡単にぐらぐらと揺れてしまう彼。そんな彼がいつも心配で、どうしても傍で見ていてあげたくなっちゃう。

 私にとっては大切なお兄さんの様な存在であり、それでいて弟の様に思えるような可愛い男の子であり……相棒なのだから。


「あん? どうしたよ?」

「ううん。なんでもないよ?」

「へへっ……そーかよ」


 子供の様に無邪気に笑うクロさんを見て、私は無意識に彼の頭へ手を伸ばし……そして優しく、その髪を撫でていた。


「良いこと言ったね。クロさん」

「ん。……おうっ」


 きっと今日の一件を経て、アレックスさん達の関係も少しずつ、良い方向に変わっていくんだろうな、と……。私は気付けば前向きに考えられるようになっていた。

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