第13話 仲間

 夕刻になり、その日は準備室と書庫以外のスペースをくまなく掃除をするまでに終わった。

 個人的には夜通しでも構わない内容だったけれど、丸一日手伝ってくれたカトレアとクロさんには頭が上がらない。

 ……というわけで、主要な部分は片付いたことからルビア先生から初給金を頂いたので、いつものメンバーで食事へ行くことになった。……奢りではないので格好はつきませんけど。

 ルビア先生とアオヤマ先生にも色んな所で助けてもらっているから、何か贈り物をと思い、学園通りでアオヤマ先生には銀の十字が入った濃紺のネクタイを。ルビア先生は授業の方で色々と忙しいと思ったので雑貨屋でメモとしても使える牛の皮を使った手帳を購入する。

 あとはプレゼント用のラッピングをするためにフェルトとリボン、裁縫セットを買って、私は皆の待つ住宅街にある自営業の小さな喫茶店へと入った。


「いらっしゃいませ。お一人ですか?」

「いえ……待ち合わせです」


 入口にはブラインドの役割を持たせた観葉植物が置かれ、両脇に分かれた通路を進んで中へ入ると、暗色系の木材が使われた店内のカウンターで白髪のナイスグレイスな人族のマスターが出迎えてくれた。

 夜間はバーとしても経営されているそこは、夕刻には学生が、夜にはカップルが落ち着いた雰囲気を楽しもうと足を運ぶという知る人ぞ知る喫茶店兼バーなのである。

 ちなみに此処を教えてくれたのはアオヤマ先生。やっぱり大人は見る目が違うなぁと思いながら、立ち飲みもできる用脚の長いテーブルの間を通ってマスターへと「コーヒーを。ミルク多めで」とオーダーするなり渋く微笑んだマスターは準備に取り掛かってくれた。


「お疲れリア~」

「うん。シーダもお疲れ様」


 注文して振り返るなり、足元から肩へと昇ってきたシーダへと挨拶を交わし、奥にあった六人掛けの席で待つみんなのもとへ。

 すでに各々がジュースや紅茶、ブラックコーヒーを手にして私に手を振ってくれていた。


「ごめんね、遅くなって……」

「お疲れ。オレ達もさっき来たところさ。先に飲み物だけ頼んで席を取っておこうと思って」

「そうだったんだ……ありがとう」


 ソファに腰かけたテッドくんが隣に誘ってくれたので、椅子に座ったカトレアと向き合う形で腰かける。

 彼女の隣にはエルが居て、テッドくんの隣にはクロさんといった構図。なんだか気分的にそっちへ行きたい……緊張する。

 その緊張を和らげるべく、店内を見回す。恐らく歯車式であろう天井のシーリングファンと、大人っぽい落ち着いた雰囲気を醸し出す為なのかやや薄暗い黄色のランプが天井に埋め込まれ、ファンが回ることでその光が時折陰ってゆく。

 埋め込み式の壁には美術的な絵画が何点か掛けられて、その下には可愛らしい小さな鉢に植えられた観葉植物が置かれている。


「……なんというか、本当に大人の人が来そうな所だね」

「いいんじゃない、少しくらい大人な気分を楽しんでも? アタシは好きよ?」


 紅茶の入ったカップを傾けたカトレアがウィンクしながらそう言って、一度カップをソーサーに乗せてからテーブルへと置く。

 ……というより、さっきからエルとクロさんが不思議と大人しい。一体どうしたんだろう?

 植物で造られたエコストローを咥え、ぼーっとしながらジュースを飲むエルと、遠い目をしながらズズズっと静かにブラックコーヒーの入ったマグカップを傾けて飲むクロさんを見ながら、私はテーブル越しに二人と小声で会話する。


「(ねぇカトレア。エルとクロさん、二人とも大人しいけど……何かあったの?)」

「(飲み物を注文するときにひと悶着あってねぇ。『ジュースなんて頼むなよガキっぽい』とか、『ブラックコーヒーなんて邪道だよ!』とか散々言い争って、結局あんな感じに)」

「(あぁ~大変だ……)」

「(オレもあの時ばかりはフォローできなかった……申し訳ない)」

「(いやいや、テッドが謝ることじゃないでしょどう見ても……)」

「(メニューは私達で決めた方が良さそうだね……)」


 それがいい、と三人で決め合う。でも、席替えせずに対面に座り続けているままなら、二人としてはそこまで許容できないわけじゃないというのが分かる。

 暫く二人の様子を見続けていると、やがてエルが拗ねたように唇を尖らせてぽつりとクロさんへと尋ねた。


「………。……ねぇクロウ。あたしってそんなに子供っぽい?」


 確かに、エルの容姿は小柄で子供っぽい。背も百五十ちょっとくらいで私よりも少し低いけど……それでも胸は私よりかなり育っているので、俗に言う『ロリ巨乳』に該当する。

 また言い合いに発展するかもしれない。シーダはそう思ったのか、ソファの背もたれを通じてクロさんの許へすかさずテイクオフ。ナイスアクションだよシーダ。フォローは任せた。

 シーダはクロさんの肩へ乗り移る直前、一度こちらへ振り返ってドヤ顔しながらサムズアップすると、彼の肩へと乗り移ってゆく。

 現れたシーダの姿を見たクロさんは、彼の顔を見つめた後困ったように眉根を歪めながら口角を持ち上げ、彼女へのフォローに切り替えた。やっぱり動物って偉大ですよね本当。癒される。


「……そういう事言ったつもりはねぇよ。まぁもうちっと場所に合ったモンをチョイスするくらいじゃねぇとな」

「例えば?」

「カトレアみてーに紅茶とか? 渋かったらジャムでも入れりゃいいし、俺達の様にブラック飲めないならミルクと砂糖入れてカフェオレにすりゃいいだろ」

「なるほどっ」

「って、納得するんかい」


 がくっと肩を落として苦笑したクロさんは疲れたように溜息を吐き、エルは納得したようにジュースの入ったグラスを両手で握りしめながらぱっと目を開く。私達はその様子を見て安堵の息を吐いた。

 どうやら私が来たことでお互いになんとかしようと思ったのかも。……そしてごめんねエル。私も無難にカフェオレ頼んじゃったけど、ブラックなんて苦い飲み物はとてもとても……。

 そんな一幕を経て、カフェオレを持ってきてくれたマスターへとフィッシュアンドチップスとサラダ、スープなどを注文。もちろんチョイスはテッドくん考案のもの。さすおに。分かってらっしゃる。

 注文を受け取ったマスターは頷いて再びカウンターへと戻って行く姿を見送りながら、本題とばかりに私は腰の鞄から日中にルビア先生から貰った定期試験の内容が記された羊皮紙をテーブルに広げた。


「そういえば、来月は定期試験だったね~。あたしも貰ったー」

「うん。皆はどうするのかな、と思って」

「実技試験自体、オレ達も初めてだからな……。魔物さえ二回くらいしか遭遇したことがないんだよ」

「パーティーとしての動きも座学では習ったけど、実践するのは初めてだもんねー」

「そういうもんか?」

「そーゆーもんなのっ」

「……っつーと、ウチの学年は騎士見習い以外、誰一人として戦闘現場に居合わせた事がないわけか」


 ふむ、とクロさんが珍しく口元に手を当てて逡巡する。そんな彼の様子が珍しかったのか、エルはテーブルに頬杖を突いてクロさんを見つめていた。

 そしてでもさぁ、とカトレアは前髪を掻き上げながらテーブルに広げられた羊皮紙をまじまじと読み込む。


「最初は四人でも、最終的に他のパーティーと合流して八人になるわけでしょ? ダンジョンの形状も判らないし、完全に探り探りになるんじゃない?」

「だと思う。走破するとは言っても、別のパーティーと合同で行動する事になった場合、少なからずその地点まで積み上げてきたパーティーの戦闘時に於ける陣形や攻撃のタイミングに乱れが生まれて、色々な理由が重なり合って事故に発展する可能性も充分に考えられる」

『………』

「えっ、と……何か言って貰わないと不安になるんだけど……」


 一瞬で静まり返った皆にハッとして顔を上げた私は苦笑いを浮かべると、クロさんがそっぽを向いて吹き出した。そしてなんか震えてる。なにわろてんねん。


「あー、一応言っとくな。ソイツ、ダンジョン攻略とかの知識についてはマジで頼りになっから」

「いやいやいや、アテにされても困るからね……っ? あくまでゲームでの知識なんだからね……!?」

「そんでもセオリーとかあるだろー? そういうのを仲間内だけでも打ち合わせておくのもアリなんじゃねーの?」

「あまりハードル上げないでぇ……」


 身を縮こませながらカフェオレを飲む私。本当、頼りにされるのは怖い。確かにそれぞれが考えているものを汲み取って、本人に代わって代弁しながら味方を動かす事はしていたけれど……それはマップや第三者視点で視野も広かったから。現実の一人称視点での指示出しなんて次元が違う。

 そんな私の考えなんて露知らず。クロさん以外の皆は信頼の視線で私を見てくる。やめて! 私の精神的ライフはゼロよ!?

 けれどそのワードは実質敗北を意味する。これがフラグというものですか。使うんじゃなかった……。

 でも、問題が一つ。今いるメンツが五人だということ。つまりは誰か一人が他のパーティーへ入らなければならない。

 正直行かせたくないという気持ちもある。でも、こんな私が他のパーティーへ入って上手くやっていけるという自信は、はっきり言ってあまりない。


「――それじゃあ、とりあえず今回はアタシ他のパーティー入るから。エルとテッドはリアの活躍ちゃんと見といてよ?」

「え?」

「オッケー! 任せといて!」

「ああ、了解だ」

「クロウ、アンタ次は代わりなさいよね」

「っはは……。わーったよ」

「カトレア……」


 潔く手を挙げたカトレアによって、それぞれが決定事項と言う様に話を進めていく。私は困ったように対面に座った彼女を見つめると、前のめりになったカトレアはテーブルに肩肘をついて優し気な笑みを浮かべながらウィンクする。


「リアのカッコイイところ、アタシも見てみたいけどさ。しっかり動けるパーティーの方がアンタも安心できるっしょ?」

「やめてよ、そういうの……惚れそうになる」

「おーいいじゃんいいじゃん! どんっどんアタシに惚れなっ? いい思いさせてやんよ~っ?」

「あ、なんか本気っぽい……?」

「いやいや冗談だからっ。本気で引くのやめて心にヒビが入る!?」


 本当にこのイケ女ンどうしてくれよう……。いい友達過ぎてなんだか涙が出てきた。

 にわかにその場で笑いが起こり、私も口元を抑えて笑いながら思う。

 ……そっか。これが信頼なんだと実感する。

 たとえ他のパーティーに行ったとしても、気持ちが離れるわけじゃない。カトレアはそれを教えてくれたんだ。

 なら、次に彼女と組んだ時、この人一倍優しい女の子と肩を並べて歩けるくらいに成長してみせる。

 ……やがて運ばれてきた料理の味は、忘れる事がないくらい優しい味がした。

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