第10話 ブレイシア散策

「はぁぁああ……」

「元気出しなよーリア~」


 港湾区にある港湾ギルドの真下に広がる市場マーケットにほど近い喫茶店のテラス席に腰かけていた私は、目の前に広がる海さえ眩しくて眺めることが出来ずテーブルに突っ伏していた。


 緩急のついた坂が続く港湾区ならではの建築法で縦長の家々が立ち並び、港の東側の堤防には多くの漁船や交易船が停泊しているものの、北側にはヨットなどがレンタルできるなど旅行客向けの宿泊施設も用意されている。

 東側から対岸の西側には炭鉱区があり、橋で繋がれた出島の様な形状をした土地から、漁船よりも一回りほど大きな船舶から金属類の輸出が行われていた。


 現在私達が居るのは東部であり、ギルドハウスの一階は壁や扉もない、あるのは太い柱のみといった開放的な空間。そこは鮮魚などが並ぶ卸売り市場となっていて、二階からが港湾ギルドへ所属するための受付などといった施設になっているようで、手前の広場は雑貨などが売られている市場が。

 市場から私の居る喫茶店沿いの坂を上ることでギルドハウスの正面玄関が伺えるのだけれど、卸売り市場からも階段で登ることが出来る仕組みになっている。

 そして坂に沿ってレストランや喫茶店などが立ち並び、高所には海を一望できるホテルなどが並んでいた。


 高所の裏側には天然の洞窟があり、現在は船渠として利用されているみたい。絶妙な自然の条件が噛み合っていなければ、そんな大空洞の真上にホテルを建てるだなんてことはできないだろう。


 市場もかなりの賑わいを見せていて、それでいて海風の当たる此処は最高のロケーション。個人的には慣れ親しんだ海なのだけれど、私の方でひとつ、問題を抱えてしまっている。


「テッドも気にしてないと思うよ~? むしろ光栄だったんじゃない?」

「でも、さすがにあれはないでしょ……。完全に上から目線でもの言っちゃったし……」


 顔を上げて再び溜息を吐きながら、遠い目をした私は額に手を当てる。完全にダウナーだ。

 シーダも穏やかにフォローしてくれるけれど、正直テッドくんに合わせる顔がないというかなんというか。


 結局、あれからテッドくんとはあまり言葉を交わせていない。彼とエルのクラス担任であるルビア・カーバンクル先生とアオヤマ先生の指示で班分けが発表されて同じ班になった今でも尚、その気まずい雰囲気は同じ班となったエル、カトレア、クロさんにも迷惑をかけてしまっている。


 彼が気に掛けてくれていたのは、此処に来るまでの道中、彼の後ろを歩いていれば分かることだったのだけど……。

 目が合えばつい朝の件を思い出してしまって赤面してしまう私を見てしまっては、少し落ち着くまで距離を置いた方が得策だと思う。実際クロさんがテッドくんのフォローに回ってくれたけれど、エルとカトレアはそんな私達を見てニヤニヤしっぱなしだったので、あの二人は戦力外だ。

 だからこうして現在、港湾ギルドへ所属するための受付作業を行う折にエル達から許可を貰って、シーダと共に単独行動をとっているのである。


 説明は一緒に聞いていたけれど、いざギルドへの加入申請を受け付けると言われた時には、体力的な面で力になれそうにはなかったので丁重に辞退した。

 意外だったのはカトレアで、彼女はどうやらこの港湾ギルドに所属するみたい。聞けば漁を行っている際、誤って海上の魔物を網に掛けてしまうことも少なくないらしく、彼女は湾岸警備隊マリントルーパーの見習いを志願するとか。

 行動的な彼女にしては少しお堅い仕事なんじゃないかな、と思ったけれど、思いの外やる気を出していたことから心配はなさそう。


「あまり引き摺るのも良くない、っていうのは分かるんだけどね……」


 私は店員さんから受け取ったミルクとオレンジの甘くほどよい酸味の利いた果汁の入ったジュースを見つめる。

 長く思考していたからかそのグラスの外側には水滴が張り付いていて、その雫がゆっくりと下ってゆく様を眺めていると、背後から「はぁ~っ」という盛大な溜息が聞こえて、シーダがふと顔を上げた。


「あっ、クロちん~」

「ったく。身内とのコミュニケーションで勝手に負い目感じるのはいつも通りかよ?」


 溜息の主……クロさんは頭を掻きながら私の隣席へどっかと腰かけると、テーブルに半身を預けて私を見てくる。

 私は顔だけを彼へ向けてみると、クロさんは驚いた様に目を見開いて困ったように笑った。


「おらっ、ンな今にも泣きそうな顔してんじゃねぇよ。結果的にテッドの立ち直りも早かっただろ? 結果オーライじゃねぇか」

「……むう……」


 わしわしと頭を撫でられて、なんだか歳の近い兄に宥められているような感覚になった私は右腕に顔の鼻から下半分をうずめる。

 いつも飄々としていて、それでも誰かが弱った時にはふらっと現れてこうしてフォローしてくれる存在。どこに居てもこの人は変わらないんだな、と痛感してしまう。

 彼の身のこなしを見習いたい気持ちが半分だけれど、悪い癖である適当さでこちらの胃がキュッとなることも幾度もあった。その辺りは反面教師にさせてもらいたいところ。

 なんだかんだ言いつつ憎めない。そんな彼だからこそ周りも寄ってきたのだろう。


「なーに考えてんだよ」

「ううん。……あの頃の事を、少し思い出してた」

「そういえば~、この三人で集まるのは初めてだね~」

「そういやそうだな。まっ、あそこの話が出来んのはこの面子だけだもんな」

「確かに~」


 シーダは尻尾を振りながら、クロさんは思いついたように指を鳴らす。

 でも、みんなどうしてるだろうか、いつも居た私達が消えてしまってどうなっているのか、なんて会話は不思議と出てこなかった。

 なぜなら、分かっているから。信じているから。

 誰もがその“輪”を大切にしようと思っているからこそ出来た、居心地のいい空間。

 一人欠けたらみんなで悲しんで、それを分かち合いながら新しい楽しさを見つけて行こうとする姿勢……いや、体勢。

 穴の大きさに差異はあっても、その人と親しかった仲間を見捨てたりしない心構え。


 ……思えば、私はあの中で育ったと言っても過言ではないんじゃないかと思う。

 実際、現実的にはいつもの様に誰かを避け続けて。ゲームという異次元へ逃げた私の人格形成をしてくれたのは、他でもないあのゲームの人達なのだから。


 その“輪”へ辿り着くまでに掛かった時間に見合う以上のそこは、とても居心地のいいものだった。

 そう考えると、今の私の行動は居心地を悪くさせるだけじゃないのかとさえ思う。


「……そうだね。確かに、そうだ……」


 私は噛みしめるようにそう呟く。

 この世界にやって来たことで、新しく出来上がった……自分にとってはとても大切な“輪”。

 これ以上、その“輪”をを自分から乱すわけにはいかない。


 ぱちんっ、と乾いた音を鳴らして自分の両頬を張って叱咤する。

 懐から今朝貰った通貨である銅貨三枚を手にして、私はシーダを肩に乗せながら席を立った。


「気持ち切り替えて行こうぜ、相棒」

「――うんっ!」


 テラスから店内へ入り、お会計を済ませた私達は、急いでテッドくん達の許へ向かう。



       ◇



「――さっきはごめんなさいっ!」

「その――ごめんっ!!」

「えっ、どうして謝るのっ?」

「なんで謝るんだ!?」


 ……なんていう青春馬鹿っぷりを、港湾ギルドの正面玄関入口という公の場で見せた私達はあっさりと和解して、現在炭鉱区にある炭鉱ギルドへと港沿いで向かっていた。


 港湾区と隣接しているからアクセスもし易くて、出島との境にある水路には水車などが併設されているみたい。遠くからでもそれなりの数があって、歯車を回すために水力を利用したものなのか、現代でもよく見た木を土台に金属で補強されたクレーンなどが見える。


 港からはあまり判断できないけれど、エルが言うには高低差が激しいみたい。……まぁ、確かに切り立った崖との間に架けられたアーチ橋の大きさはかなりのものだからね。仕方ないね……。

 水路を進めば炭鉱から直通で輸出が出来る様に小さな船着き場もあるらしいし、大型船舶はともかく小型・中型の船舶なら簡単に通れそうな幅だった。


 なんとか和解できたテッドくんの右隣で、朝貰って生徒手帳に入っていたこの街の地図とにらめっこしていた私を見てか、クロさんが悪戯気な笑いを浮かべながらテッドくんの右隣りへ張り付き、肩に腕を乗せてゆく。


「なぁおいテッド。本当にアレで良かったのかよ?」

「い、いいんだよ……。正直オレも、あれ以上掘り返されたくない……」

「ほーん……顔赤らめちまってまぁ。初心ウブだねぇ~」

「クロウっ! 流石に怒るぞっ!?」

「クロさん、それ以上テッドくん弄ると階段から落とすからね」

「へいへい」


 テッドくんは耳を赤くしながら苦笑交じりにクロさんの腕を振りほどき、私はこれ以上ないくらいの冷たい視線をクロさんへ送ると、彼は後ろ頭に両手をやりながらニヤニヤ顔で先を行くエルとカトレアの許まで逃げていった。

 私はまったく、と呟いていると、なにやらテッドくんが珍しいものを見た様に茫然としている。……え、何その顔? 私なんか変なこと言った?

 軽く小首を傾げながら彼の表情の変化に疑問を持っていると、テッドくんは口元に手をやりながらはにかむように笑う。わぁ、イケメン。


「いやあ……リアも冗談を言うんだなと思ってさ」

「わ、私だって冗談くらい言うよっ? それともいつも正論ばかり押し付ける委員長タイプだとでも思ってた……?」

「そこまでじゃないけどさ。言葉少なげで自分の意見はあっても言えないタイプかな、と」

「あー……。半分正解です」


 観念したように私は肩を落として地図を畳み、手帳と一緒にパーカーのポケットへ仕舞い込むと、テッドくんは「半分?」と尋ねてくる。

 うん、と頷いて空を見上げた私は、


「変わろうと思ったから」


 ついに誰かへと自分の決心を告げた。


「変わる……?」

「正直、私はあまり誰かと面と向かって話したりする経験がなかったんだ。昨日のエル達と一緒に喋ったのが最長記録だったくらい」

「……それは。迫害や種族差別、なのか……?」

「ううん、そんなに大それたことじゃないよ? 前に居た世界だとね、機械仕掛けの板越しにでも遠くの人と話したりすることが出来るアイテムがあったの。それこそ、文字を打ち込んで、実時間で会話する能力もあるくらい」

「へぇ、かなり便利な世界だったんだな?」

「確かに便利だよね。でも、私はそれに頼りきりだった。……だからかな、こうして相手の顔を見ながらお話することが苦手になっちゃったんだ」

「なるほど……。だから変わろうと」

「そういうこと。まだまだ話慣れていないところはあると思う。ひょっとしたら引いちゃうくらい驚く表現をするかもしれない。それでも、私はもう……誰かと話すことを諦めたり、躊躇ったりしない。そう決めた」

「リア……」

「ふふっ、子供みたいでしょ? 自分の周りに居る人と友達になろうっていう大切な時期に、私は背中を向けて他の物に熱中していたんだから。素直に周りに合わせて友達の作り方を覚えておけば良かったって、今更後悔してる」


 私にとっては笑い話。でも、彼にとってはある意味で深刻な問題になってしまっているのかもしれない。テッドくんの顔がみるみるうちに真剣みを帯びてゆく。

 ……痛々しかっただろうか。唐突に言い出した故郷の話が暗い物だったとしたら、それはもう聞いた相手としては堪らなく不安になる。


 言い出した後に気付いた。気付いてしまったこと。慌てて取り繕ってもどうにもならないのは分かっていた。

 それでも、誰かに聞いて欲しかったんだと思う。結果的にそんな自分を変えたいという気持ちになれたのだから。


 眉間に皺を寄せたテッドくんの視線が徐々に足元へ落ちてゆく。ああ、これはダメな傾向だ。

 折角最初は良い気分で聞いてもらったのに、かなりシリアスというか、メンタルな話をしたらダメだということを思い知る。

 私は小さくため息を吐いて反省しながら、彼の前へ少しだけ入り込んで眉間を人差し指でつんつんとつつく。


「あまり深く考えちゃだめだよ? そういうアイテムがない世界なんだから、使わなくてもいいくらいにならないと」

「……君は前向きなんだな。オレだったら後ろ向きになると思うが」

「誤解だよ。かなり後ろ向きに見えるはずなんだけどなぁ」

「いやいや、自分が思っている以上に前向きだと思うぞ? 救われたオレが言ってるんだし――ってごめん!?」

「あっ、あれはその……っ。自分もイヤだったから。テッドくんのフォローが出来たのならよかったよ……」


 テッドくんが墓穴を掘ってしまい、お互いに再び顔を熱くさせながら視線を彷徨わせてゆく。

 彼の名前を使ってしまったけれど、あれは結局自分本位で動いてしまったこと。結果的にテッドくんが立ち直ってくれたのは幸いだった。

 そうこうしていると、前方からエルが私達を呼ぶ声が聞こえて顔を上げれば、階段の登り切った先で手を振っている。


「はは……行こうか?」

「ふふっ……うんっ。そうだね」


 お互いに小さく微笑みながら頷き合うと、その石階段を登る速度を早めてゆく。



       ◇



 炭鉱区に座する炭鉱ギルドは、採掘場と隣接していた。

 採掘場は大きな山に縦型の大穴を開けたような立地になっていて、頂上からは巨大なクレーンがあり、その大きさが採掘場の深さと規模の大きさを表している。


 地上から地下へはその大穴に沿って緩やかな坂から降りる事ができるみたい。木で舗装されているし転落する危険性もなさそう。道中にはすでに開拓されている採掘場への入り口があり、他にもピッケルなどの道具類を販売するお店や食品店などもあるような。


 最下層には炭鉱ギルドに所属している採掘師やその見習いが寝泊まりする宿屋や酒場もあって、籠りたければ一日中この採掘場に入っていられそうなほど施設が充足していた。


 炭鉱区自体にも同じ施設があり、遠くから出稼ぎにやってきた人々が寝泊まりする安宿、仕事を終えてすぐに入れそうな立地条件のよい酒場、ピッケルやスコップを作っている鍛冶屋などもある。

 炭鉱ギルドのエントランスはやや暗い色の木材が使用されている。採掘場は薄暗いので暗い色合いのものから目を慣らして外へ出なければ目がやられてしまうのだそう。


 壁には巨大な貴金属類を採掘したパーティーなのだろうか。数人組のノースリーブ姿の男性たちが肩を組み合い、その鉱石の前に座り込んだ白黒の写真が何枚も飾られていた。

 背景は恐らくギルド玄関前なんだと思う。今は新築されたのか古めかしい木材の一軒家の様なものだったけれど、このギルドは二階まで増築され、採掘場へと降りる為の階段が両脇の階段の間に設えられている。


「んじゃ、俺ここにすっからちっとばかし待っててくれや」

「そなのー? なんかクロウのイメージじゃないんだけどなぁ」

「まっ。色々と学びたいことがあるんでね」


 どうやらクロさんはこの炭鉱ギルドに入団して鍛冶技術を習得するために鍛冶師見習いになるようだ。エルに茶化されながら苦笑い交じりにシーダと一緒に受付へと歩いてゆく彼らを見送ると、カトレアが写真を見ていた私の隣にやってきて「写真なんてあるんだねぇ」と驚いた。

 確かに。カメラなんて代物は中世西洋風のこの街としては文明レベルが高すぎる。それでも先程のクレーンなども含めて、明らかに“誰か”の手が入れられたと判るほど現代に近しいものはちらほらと私達の前に現れている。


「全部が全部、先人の《彷徨人》さん達が築き上げたものだ、って言われたら、確かにそれはそれで納得してしまうけど……。蒸気機関の仕組みや戸籍という概念も含めて、普及している技術がほんの一部だけ、っていうのも少しおかしな話だね」

「電気ってあるのかねぇ。電柱なんて一本も見当たらないし」

「確かに……」


 一見すればおかしな話だ。ランプというのは基本的に火と燃料が必要で、蒸気機関にも専門の知識などを要する。でなければ船なんて造れるわけがない。

 私は口元に人差し指を当てて思考していると、エルが私達の許へやってきた。

 そして私に抱き着くなり、耳にふうっと息を掛けられる。


「ひっ……!?」

「リ~ア~っ。なーにそんな真剣な顔してるのー?」

「だっ、だから耳はやめてえっ!」


 息を吹きかけられた耳元を抑えながら慌てて距離を取ろうとするも開放されることは一切なく。むにむにとエルの胸が私の脇腹に押し付けられ、反対側に腕を回されて固定されてしまう。最早逃げ場などない。


「で、二人でなに話してたのっ?」

「ん。アタシ達が居た世界での技術がこの世界にもあってねえ」

「その知識の使われ方と言うか、法則性……って言えばいいのかな? それが分からないの」


 船が作れたのなら機関車だって作れる。輸出できるほど鉱石の保有量があるのなら、鉄道網さえこの国に敷けるのではないかとも考えた。

 でも、考えてみればその過程には街の外に出なければならないということと、作業中に魔物や魔獣などの危険地帯に足を踏み入れる可能性も出てくるということ。


 ああ……なるほど。結果的にはかなりの利便性リターンがあるけれど、その過程に発生するリスクが大きすぎるのか。

 リスクの付き纏う技術をあえて伝えずに、必要最低限の技術を教えたということ。要は知識の“種”を与えたに過ぎない。

 その種を育て上げるのは《彷徨人》の仕事ではないと、暗に感じ取れた気がした。


「んー、この街が出来上がる前だと、《彷徨人》の事を毛嫌いしている人は少なくなかったみたいだよ? 拗ねて教える気も無くなったんじゃないー?」

「あはは……。そういう事なら結構ありそう……」

「毛嫌いするのは良いけどオレ達の話は最低限聞いてくれ、みたいな所を想像するのが妥当じゃない?」

「的を射てる気がする……」


 二人の言葉になんとか自分を納得させて、いつか機会があれば調べてみようと思う。

 この話は終わり。そんな雰囲気が流れ出した時、ギルドハウスの外からきゃいきゃいと黄色い声が聞こえてくる。


「誰の声?」

「別の班の人じゃないかな? 十班近くあるんだし……」


 修学旅行でも色々な所を回っていて他の班とばったり、なんて事はよくある話。

 私達は玄関から外へ出ると、そこにはテッドくんの姿があり、彼は狐の尻尾を生やした狐人族の女の人や人族の若い女子に囲まれていた。


「セージくん彼女とかいるのー?」

「オレはそういうのはあまり……」

「うっそ?! あたし立候補しちゃおうかな~!」

「ちょっとやめなよ困ってんじゃーん」

「っは、ははは……」


 私は玄関の扉口からひょこっと顔を外へ覗かせながら口元を震わせて見守っていると、エルとカトレアが私の後ろから外へ出て「なーに、ナンパー?」と声を掛けてゆく。そのコミュ力に乾杯。


 テッドくんは助かった、というように表情を浮かべながら私と視線が合い、そそくさと自分に群がっている女の子達から逸してこちらへ向かって来る。

 げんなりと疲れたような顔をして、制服の襟元を掴んで中の空気を入れ替えながらギルドハウスへ入ると、木製の壁に身体を寄りかからせながら深々と溜息を吐いた。


「いやあ参ったよ……。他の班の子にいきなり道を聞かれてさ」

「あはは……お疲れ様。クロさんもそろそろ手続きが終わると思うし、少し休憩にしよう?」

「ありがたや……ありがたや……」


 拝むようにして私に頭を下げたテッドくんへ苦笑で返し、手続きが終わったのかクロさんが一本のスクロールを手に受付を離れたところで声を掛ける。


「クロさん、お疲れ様」

「おう。……テッドはどうしてそんな疲れた顔してんだ?」

「顔青いよ~? 大丈夫~?」

「まぁなんとか。クラスメイトに声を掛けられてさ……。もう少し上手く立ち回らないといけないよな」

「避け方教えてやろうか?」

「いやお構いなく。クロウの場合絶対ロクな事にならないと思う」

「おいィ? あんだよ~人の話は聞いておくもんだぜ?」


 テッドくんの肩に腕を回したクロさんへと、彼は青い顔をしながらノーサンキューを決め込む。

 その間にシーダを私の肩へ乗り移らせて、「ご飯、食べに行こうか?」とクロさんへと言えば賛成とばかりに指をぱちんっと鳴らす。

 ギルドハウスから出て、別の班の子達と話していたエルとカトレアへ声を掛けて合流すると、狐の尻尾を生やした女の子に「風銀さんいい顔してる」とウィンクされてしまう。


「あ、ありがとう……」

「こんどゆっくり話でもしようねー」

「うんっ」


 擦れ違いざまに今後の約束を取り付ける。なんとレベルの高い技術か。コミュ力レベル1の私ではとてもじゃないけれどできそうにありません。

 彼女達が炭鉱ギルドへ入ってゆく姿を見送り、二人へと休憩の話を持ち掛けると、エルがいい所を知っているということで住宅街の方へと移動することになった。

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